日本刑事政策研究会
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受賞者発表
刑事政策に関する懸賞論文募集の結果について
 一般財団法人日本刑事政策研究会と読売新聞社は,住み良い社会を作り上げるために刑事政策思想の普及が特に重要であるとの観点から,刑事政策に関する懸賞論文を募集しています。
 平成30年度の論文題目は「超高齢社会における高齢犯罪者対策の在り方について」であり,その募集は平成30年5月に開始され,同年8月31日をもって締め切られました。
 応募いただいた論文については,各審査委員による厳正な個別審査を経て,平成30年11月21日に開催された審査委員会で,受賞者が選定されました。その結果は,次のとおりです。
優秀賞(1名) 永井 ゆりの(青山学院大学法学部2年)
論文題目 「新たな処遇指標に基づく高齢者専用刑務所の導入
〜「高齢者のまち」による孤立防止と円滑な社会復帰を目指して〜」
佳作(5名) 木下 翔太郎(国際医療福祉大学大学院医学研究科博士課程1年)
論文題目 「認知症高齢者の再犯対策について」
松谷 萌々花(青山学院大学法学部2年)
論文題目 「高齢者の常習累犯窃盗事犯に対する問題解決型裁判所」
伊藤 良美(三重大学人文学部3年)
論文題目 「社会内矯正命令の導入による高齢犯罪者対策」
𠮷村 千冬(一橋大学大学院法学研究科博士後期課程1年)
論文題目 「高齢犯罪者に対する更生支援計画の積極的な活用の提唱
─少年法からの示唆─」
佐野 航介(明治大学法学部3年)
論文題目 「警察段階で釈放される高齢犯罪者に対する福祉的支援の必要性について」
 なお,受賞者に対する表彰式は,平成31年1月17日,法曹会館において行われ,優秀賞には,当研究会から賞状及び賞金20万円が,読売新聞社から賞状と賞品がそれぞれ授与され,また,佳作には,当研究会から賞状及び賞金5万円が授与されました。
 以下に,優秀賞を受賞した論文(全文)及び佳作を受賞した論文(要旨)を掲載いたします。
平成30年度表彰式
平成30年度受賞作品
優秀賞新たな処遇指標に基づく高齢者専用刑務所の導入
〜「高齢者のまち」による孤立防止と円滑な社会復帰を目指して〜
(永井 ゆりの)」
佳作認知症高齢者の再犯対策について(木下 翔太郎)」
佳作高齢者の常習累犯窃盗事犯に対する問題解決型裁判所(松谷 萌々花)」
佳作社会内矯正命令の導入による高齢犯罪者対策(伊藤 良美)」
佳作高齢犯罪者に対する更生支援計画の積極的な活用の提唱
─少年法からの示唆─
(𠮷村 千冬)」
佳作警察段階で釈放される高齢犯罪者に対する福祉的支援の必要性について(佐野 航介)」
優 秀 賞
新たな処遇指標に基づく高齢者専用刑務所の導入
〜「高齢者のまち」による孤立防止と円滑な社会復帰を目指して〜
永井 ゆりの

はじめに
 日本の人口の高齢化が進み,65歳以上の人口は3,515万人となり,高齢化率も27.7%となった。高齢受刑者の割合も,先進諸国と比較すると,60歳以上の受刑者の比率が日本は群を抜いて高いという現状がある。イギリス,ドイツの高齢受刑者が2%台,フランスやアメリカが3%台であるのに対し,日本は11%も占めている
 しかし,その高齢受刑者を収容する刑務所の設備・医療福祉の充実さは,十分とは決して言えないのが実態である。また,高齢者の一般的な特徴として認知機能や体力の低下が挙げられるため,それらに配慮した処遇方法が望ましい。加えて,日本の高齢者の平均寿命が伸びてきているため,高齢者とされる65歳以上であっても,まだまだ余生が長い。したがって,出所後の高齢受刑者の将来を見据えた,社会復帰・更生に力を注ぐべきである。そこで,新たに高齢受刑者の処遇指標を作り,高齢受刑者のみに特化した高齢者専用刑務所を各地方に設立することを提案する。

T.高齢者による犯罪の現状とその原因
 高齢者が検挙される犯罪の種類には,窃盗や横領が多く,高齢者の検挙人員に占める窃盗の割合は72.3%と最も高い。一方,高齢者による殺人や凶悪犯罪も存在し,殺人の検挙人員に占める高齢者の割合は18.9%である。高齢者犯罪の主な背景として,生活の困窮や社会的孤立が挙げられる。それは,病気等が原因で就労が困難であることや,配偶関係における,未婚や離別が一原因である。しかし,高齢者犯罪の大部分は,比較的軽微な財産犯である。つまり,生活の困窮・社会的孤立が犯罪原因であるため,一定の刑罰を科すだけでは解決しないことが分かる。一方,再犯理由として,前科や疾病により再就職ができず,所得確保が困難なこと等が挙げられる。そのため,高齢受刑者の犯罪・再犯原因となる根本部分を解決していくことが求められる。

U.高齢受刑者の処遇指標
 現在,65歳の男性の平均余命は19.55年,女性は24.38年である。したがって,出所後,高齢受刑者が社会で生きていく年月は伸びている。そして,余生が伸びた故に,困窮や孤独が原因で犯罪に至る割合も高まる。そのため,非高齢受刑者とは異なる対策をしなければ,社会は高齢者の再犯者で溢れることになる。なぜなら,高齢者は,認知機能や体力の減少といった高齢者固有の特性を持つため,非高齢受刑者と同様のプロセスでは,更生途中で挫折する可能性があるためである。そこで,その防止策として,まず,新たに高齢受刑者の処遇指標を作ることを提案する。
 現在,外国人や若者等の分類指標はあるものの,高齢受刑者固有の分類指標は設けられていない。そのため,認知機能や体力が低下している高齢受刑者も,基本的に非高齢受刑者と同様の扱いを受ける。しかし,高齢受刑者固有の分類指標を設けた場合,65歳以上の高齢受刑者全員を一律の方法で処遇して良いかという疑問が生じる。なぜなら,医療技術や衛生環境が進歩した現在,認知機能や体力面において,何ら問題がない高齢者もいるからである。そこで,高齢受刑者に対し,「高齢者の現状調査」(健康診断や認知症簡易検査等)を行い,個々人の様態に応じて処遇する必要がある。そして,認知機能・身体的機能の低下の程度に応じて,高齢受刑者を4つの段階に分類する。
 高齢者の分類指標符号は,「Elderly person」(高齢者)にちなんで,「E」とする。また,上記の現状調査に基づき,@健康で判断能力を有する高齢受刑者(E1),A身体機能には問題がないものの,認知機能が減少した高齢受刑者(E2),B判断能力は有するものの,身体機能が低下している高齢受刑者(E3),C認知機能と身体機能が共に減少している高齢受刑者(E4)の4分類に区分する。例えば,@ E1には,非高齢受刑者とほぼ同様に,「作業」,「教科指導」,「改善指導」を実施し,「生活指導」や「職業指導」を行う。しかし,高齢受刑者の特性に鑑み,作業時間や指導時間の短縮,作業内容の簡易化等に十分配慮する。A E2には,認知症の進行防止としての軽い運動等のリハビリを行う。B E3には,医療・福祉・介護を提供する。最後にC E4には,上記A E2とE3を併せた処遇を行う。
 高齢受刑者は,上記4分類に加え,更に「窃盗・横領等の軽微な犯罪を犯した高齢受刑者」と,「殺人等の凶悪犯罪を犯した高齢受刑者」に細分類する。まず,前者の犯罪原因は,生存のためであることが多い。しかし実際,犯罪動機として,他にも「供給型」,「強迫的窃盗」,「窃盗症」等が挙げられる。したがって,各受刑者の犯罪原因を分析した上で,罪の自覚・反省に対する指導・心療内科医や精神科医の診察の提供等が必要になる。一方,後者の犯罪動機は,報復や怨恨を抱いていること等が挙げられる。つまり,自己感情のコントロールができず,突発的に殺人に至る高齢者もいる10。そこで,解決策として,「アンガー・コントロール・トレーニング」(社会学習理論,認知行動理論に基づいて開発されたもの)を取り入れる。これは,自己の暴力についての分析,危機場面での対処方法や対人関係の技術を,スキルの練習やロールプレイを通じて体感的に習得させるものである11

V.E級刑務所の設置・特色
 E級に分類した高齢受刑者は,高齢受刑者専用刑務所(E級刑務所)で処遇する。まず,E級刑務所施設の特色を6つ挙げる。
1.施設形態
 施設形態は,開放型施設をメインとし,その中の一部に閉鎖型施設を設ける。(この呼称としては,Open 型とClose 型の頭文字を採り,O施設,C施設とする)。O施設では,人々との交流を図ることを目的とし,C施設では,脱走や暴行を防ぐことを目的とする。入所当初の施設区分の基準として,「軽微な犯罪を犯した高齢受刑者(E1〜E4)」と「凶悪犯罪を犯した高齢受者(E1〜E4)」で分ける。O施設には,前者の高齢受刑者を,C施設には,後者の高齢受刑者を収容する。つまり,入所当初,O施設に収容されるE1〜E4の者と,C施設に収容されるE1〜E4の者の計8類型に分類される。但し,入所後は,高齢受刑者の行刑態度・更生具合・刑罰等を考慮し,C施設被収容者をO施設へ移行したり,O施設被収容者をC施設に収容することもある。
2.高齢受刑者の管理方法
 E級刑務所は,認知症患者等も収容する開放型刑務所である。そこで,O施設被収容者の人数・現在地等を素早く把握できるようにするために,個々人にGPS を装着する。これにより,脱走や徘徊にも対応することができる。
3.E級刑務所の制度設計
 高齢受刑者の改善更生の意欲を喚起するために,優遇措置に倣った制度を導入する。優遇措置は,一定期間ごとの受刑態度の評価に応じ,物品の貸与,面会の回数等を優遇していく制度であり(刑事収容施設法89条),優遇区分は,第1類から第5類である。(第1類が最上位)12。E級刑務所では,この区分に倣い,C施設からO施設の格上げ等を実施する。つまり,受刑態度等に応じ,開放的な環境での生活を許可する。これは,高齢受刑者の更生意欲向上に繋がるであろう。
4.社会的活動
 E級刑務所が,原則として開放型施設である理由は,「高齢者のまち」のような形態により高齢受刑者を処遇するためである。つまり,個々人に職業指導の一環として簡易な職業を与えたり,商店を設置し,所内生活で用いる物品を作業報奨金で購入できるようにする等,刑事施設色を可能な限り排除し,実社会に近づける。また,洗濯や食事等に関しては,当番制ではなく,個々人が自由に行うようにする。つまり,E級刑務所内のO区分は,刑務作業等は存在するものの,刑罰の内容を限りなく「自由の剥奪」に純化するのである。そのため,E級刑務所内のO区分に収容された者は,施設内に収容されること以外は,可能な限り社会内と同様に過ごさせる。また,O施設内では,高齢者犯罪の原因にも当たる孤独を改善するため,人々との交流を図るグループワーク活動を積極的に導入する。
5.施設の内装
 E級刑務所では,バリアフリーの強化を図る。広島刑務所尾道刑務支所(全国で初めて高齢受刑者専用収容棟を設けた刑務所)等の刑務所よりも更にバリアフリーを充実化させる。つまり,他の刑務所で導入されているバリアフリーを参考に,それを積極的に取り入れる。例えば,人工透析室や個別ベッドを完備する東日本成人矯正医療センターや,段差の排除や,療養食・ペースト状の食事の提供を行なっている黒羽刑務所等がある。つまり,多様な健康状態の高齢受刑者に対応できるよう,医療・福祉に特化した刑務所とする。加えて,医師・介護士・社会福祉士等の人数確保にも力を注ぐべきである。
6.出所後を見据えた取り組み
 出所後,高齢者の帰住地・就労先を確保するために,@「E級刑務所と帰住地」,A「E級刑務所と就労先」の連携化が必要となる。@・Aの共通する対策として,「高齢受刑者リストの共有化」を挙げる。まず@E級刑務所と帰住地は,E級刑務所と出所後の高齢者の受け入れ先(地域生活定着支援センター等)を連携し,確実に帰住地を提供できるようにする。具体的には,(1)出所間近の高齢受刑者の人数,(2)刑罰の重さ,(3)健康状態,(4)希望帰住地の4項目を,受け入れ先施設の状況と照らし合わせ,帰住地を決定する。これらの情報をパソコン上で共有することで,個々人に適切な施設を相互に検討することができる。例えば,重病で医療を必要とする高齢者には,医療機関への入所を提案する。医療を要さず,身寄りのない高齢者には,更生保護施設等への入所を提案する。データ上の連携に加え,受け入れ先の職員が刑務所を訪問し,高齢受刑者と面接を行う等の連携を図ることも求められる。
 続いてAE級刑務所と就労先の連携は,両者の連携を強化することで,高齢者の就職率を高めることを目的とする。現状として,受刑者の就職状況(非高齢受刑者を含む)を見ると,入所中に就職が決定した者は,毎年約100〜150人前後であり,支援対象者(約3,000人)の僅か3〜5%程度に過ぎない13。そうなると,高齢受刑者のみの就職率は,なおさら低いことが予想される。そこで,高齢者の就労支援対策として,@帰住地確保と同様に,高齢受刑者リストの共有化を挙げる。つまり,高齢受刑者の(1)年齢,(2)職歴,(3)刑罰の重さ,(4)健康状態,(5)希望職種,(6)更生具合,(7)資格等の項目を事業主とパソコン上で共有する。これにより,事業主は雇用ニーズを満たす高齢受刑者を検索しやすくなり,高齢受刑者の就労先の確保にも繋がる。また,事業主は,高齢受刑者の現状を把握した上で刑務所を訪れ,就職相談・紹介をするため,高齢受刑者も自身のニーズに沿った就労先を見つけやすくなる。そのために,刑務所側も,事業主等に対し,「高齢受刑者リスト」を積極的に発信していくことが求められる。つまり,このリストの存在を,SNS 等を通じ,多くの事業主に拡散する必要がある。

まとめ
 高齢者犯罪が増加する現在,高齢受刑者の新たな処遇方法が求められる。そこで,本稿では,高齢受刑者の処遇指標とE級刑務所を検討した。高齢者犯罪の主な原因である,孤独や困窮は,E級刑務所での処遇や出所後の帰住地・就労先との連携化により解決される。一方,E級刑務所の制度を充実させることで,孤独・困窮に苦しむ高齢者が故意に犯罪を起こし,進んでE級刑務所に入所する者も出てくるかもしれない。つまり,高齢者犯罪は,犯罪後の取り組みだけでは不十分であろう。そのため,本稿の提案と併せて,高齢者が犯罪を起こさないための対策を行うことも,今後の課題となろう。

(青山学院大学法学部2年)


  1. 1 内閣府「平成30年版高齢社会白書」(2018年)2頁。
  2. 2 守山正・安部哲夫編『ビギナーズ刑事政策〔第3版〕』(成文堂,2017年)358頁〔守山正執筆〕。
  3. 3 法務省法務総合研究所編『平成29年版犯罪白書』(2017年)186頁。
  4. 4 安田恵美『高齢犯罪者の権利保障と社会復帰』(法律文化社,2017年)5頁。
  5. 5 法務省法務総合研究所編「研究部報告37 高齢犯罪者の実態と意識に関する研究」(2007年)45頁。
  6. 6 川出敏裕・金光旭『刑事政策〔第2版〕』(成文堂,2018年)184頁。
  7. 7 厚生労働省「平成28年簡易生命表の概況」(平成29年7月27日)2頁。
  8. 8 法務省法務総合研究所編・前掲注3,54頁。
  9. 9 読売新聞2018年1月14日朝刊1面「受刑者に認知症検査 新年度から60歳以上,入所時 主要8刑務所」。
  10. 10 法務省法務総合研究所編『平成20年版犯罪白書』(2008年)43〜44頁。
  11. 11 反中亜弓「粗暴犯の感情認知・コントロール特性についての検討」日工組社会安全研究財団2015年度若手研究助成研究報告書2頁。
  12. 12 川出ほか編・前掲注6,182頁。
  13. 13 総務省行政評価局「刑務所出所者等の社会復帰支援対策に関する行政評価・監視 結果報告書」(平成26年3月25日)3頁。
佳作
認知症高齢者の再犯対策について
木下 翔太郎
要旨
 昨今の少子高齢化の中で高齢者犯罪が増えており,特に再犯対策が急務となっている。本稿では高齢者犯罪のリスクとなっている認知症に注目し,再犯対策のための施策について検討を行う。
 認知症とは,一つの疾患を指す言葉ではなく,認知機能障害をきたす多くの疾患を含む病態を指す言葉である。認知症の中でも,アルツハイマー病など脳の非可逆的な器質的変性を伴う原疾患による認知機能障害では,治療やリハビリで認知機能の改善が認められないため,通常の刑事施設への入所による更生が難しい。一方,認知機能障害の中でも,ホルモン異常やビタミン欠乏などの原疾患による場合,原疾患の治療によって認知機能が改善するため,社会性の向上や更生が期待できる。そのため,認知症が疑われる高齢犯罪者については,その原疾患についての精査を十分行い,原疾患の病態に合わせて再犯対策を行なっていくことが必要であると考える。
 治療不可能な原疾患による認知症患者の場合,刑事施設への入所による更生が期待できないため,再犯対策としては,高齢者福祉施設への入所など社会的なサポート体制を確保していくことが有効である。そのため,認知症が疑われる高齢犯罪者については起訴前に十分な精査を行い,治療不可能な認知機能障害を有する場合,実刑以外の選択肢を積極的に考慮していくこと,高齢者福祉施設への入所などの支援を行っていくことが望ましいと考える。そのための課題として,福祉施設への入所の支援や調整を行う社会福祉士が不足しているので,社会福祉士の確保につき提案する。
 治療可能な原疾患による認知症の場合,通常の刑事施設での更生と並行して治療を行っていくことが望ましいと考える。しかし,矯正医官の不足などから現状の刑事施設内の矯正医療体制が不十分であるため,その改善のための具体策として遠隔医療の導入について提案する。
(国際医療福祉大学大学院医学研究科博士課程1年)

佳作
高齢者の常習累犯窃盗事犯に対する問題解決型裁判所
松谷 萌々花
要旨
 高齢者犯罪には特徴があり,窃盗,その中でも,万引きの件数が多く再犯率も7割と,非常に高い。このことから,高齢者の常習累犯窃盗への対策が高齢者犯罪の対策に繋がることがわかる。
 現在,「特別調整」や,「入口支援」といった高齢犯罪者の社会復帰支援のための政策も採られている。しかし,制度施行から10年近く経っても,高齢犯罪者の検挙人数は依然高止まりのままである。
 なぜなら,高齢者の常習累犯窃盗の原因は,社会からの孤立だけではなく,クレプトマニア,前頭側頭型認知症(認知症)等の精神病,もしくは,脳疾患による器質的精神病が関わっている場合があるからである。
 一定の類型の窃盗行為を犯罪ではなく病気という考え方は,来年度から,一部の高再犯率犯罪を対象に再犯防止策として治療を受けさせる制度として施行される予定である。しかし,この制度には満期出所が条件に含まれており,治療・再犯防止の観点からも,高齢犯罪者にとって社会復帰しにくいものとなっている。そこで,「ドラッグ・コート」の背景にある問題解決型裁判所の考えを用いて,常習累犯窃盗に特化した「常習累犯窃盗コート」を提案したい。
 常習累犯窃盗コートの対象者となった者は,裁判所の命令により治療過程へと進む。この問題解決型裁判所では,常習累犯窃盗の要因を踏まえ,(1)クレプトマニア・コートと,(2)前頭側頭型認知症(認知症)・コートの2種類を設ける。(1)クレプトマニア・コートでは,治療プログラムを全て修了すれば,公訴を棄却し犯罪者というラベリングを回避する。(2)前頭側頭型認知症(認知症)・コートでは,「初めから」保護観察付執行猶予判決を言い渡すことを前提に審理を進める。この制度であれば,刑罰を科さずに,刑事手続で対処できる。
 高齢者による常習累犯窃盗対策に求められるのは,治療による社会復帰のはずである。そのため,高齢犯罪者にこそ問題解決型裁判所が必要である。
(青山学院大学法学部2年)

佳作
社会内矯正命令の導入による高齢犯罪者対策
伊藤 良美
要旨
 高齢犯罪者における窃盗の検挙数が顕著である日本において,その処遇は施設内処遇が主流である。高齢者が窃盗に至った問題背景と高齢者の体力面を考慮し,高齢窃盗事犯者の再犯防止対策に関しては,社会内で犯罪要因を改善していくための支援・取り組みを行う,社会内処遇が適していると考える。オーストラリアでは,社会内処遇が主流であることから,本稿ではオーストラリアのビクトリア州の社会内矯正命令を参考にし,高齢窃盗事犯者に対する再犯防止策として,日本にも刑罰の一つとして社会内処遇を導入することの提言を行った。
 提言内容は,窃盗等の微罪な財産犯を犯した65歳以上の高齢者を対象とした財産刑と自由刑の中間に位置付ける社会内矯正命令を刑の一つとして導入することだ。この命令に伴い,特定の部局を設置し,その部局が高齢者への調査を裁判前に行う。そして,その調査を基に裁判官が,必要な治療や支援等の実施を遵守事項として命令する。
 この社会内矯正命令の導入することにより考えられる利点は3点である。1点目は,高齢者の施設内処遇の減少である。現在日本に存在しない,財産刑と自由刑の中間にあたる刑罰を導入することにより,拘禁措置の前段階として社会内処遇を促すことが可能になる。2点目は,高齢者に対する支援内容の向上である。裁判前に対象者への調査期間,そして支援調整期間を十分設けることができるため支援の質・量の向上を促すことができる。3点目は,高齢犯罪者に特化したプログラムの実施を期待することができる点である。対象者を高齢者に限定することにより,高齢者のニーズにより対応した支援プログラムが実施できるのではないか。
 本命令の導入は,高齢者一人ひとりの問題に寄り添い,それを社会内で解決していくことを可能にする。社会内矯正命令の導入こそが,再犯防止につながる唯一の方法ではないかと考える。
(三重大学人文学部3年)

佳作
高齢犯罪者に対する更生支援計画の積極的な活用の提唱
─少年法からの示唆─
𠮷村 千冬
要旨
 高齢犯罪者対策を検討するにあたっては,高齢者に対する理解が不可欠である。何故なら,高齢者による犯罪の背景には高齢者特有の要因が存在すると思われるためである。そこで,本稿では,高齢者の特性を概観するとともに,成人とは異なる特性を有する少年には少年法という特別な枠組みが存在することに着目し,高齢犯罪者対策の検討を試みる。
 人は高齢になるにつれて,心身機能の低下や社会的地位・役割の喪失等,身体的,心理的,社会的な変化が起こり,本人や本人を取り巻く環境に影響が及ぶ。そして,高齢犯罪者の多くは,貧困や孤立等の問題を抱えているが,それらは加齢に伴う様々な変化に起因している。それゆえ,犯罪行為を本人の生活上の問題による生きづらさの表れであると捉え,必要とされる支援が考えられなければならない。
 この点,少年法は,未成熟故に社会環境の影響を受けやすく,逸脱行動が本人の抱える困難や生きづらさの表れであるとする少年の特性に着目し,成人とは異なる手続を構築している。そして,社会調査を通じて,少年が抱える問題を明らかにし,立ち直りに必要な処分を決定する。このような発想は高齢者についても妥当する部分があると思われるが,我が国には判決前調査制度が存在せず,成人に対する調査は行われていない。
 そこで,高齢犯罪者の場合には,その特性に鑑みて更生支援計画の積極的な作成が求められる。更生支援計画とは,福祉専門職が作成する支援計画であり,犯罪に至った要因を分析し,犯罪行為を繰り返さないで生活をするために望ましいと考えられる生活環境や必要な支援等が記載されるものである。犯罪行為の背景に生きづらさがある場合,単に刑罰を科しても問題の根本は解決しない。したがって,更生支援計画を通じて高齢犯罪者が抱える問題を明らかにした上で,生きづらさを解消し,立ち直りができるような支援や処遇を行っていくことが重要である。
(一橋大学大学院法学研究科博士後期課程1年)

佳作
警察段階で釈放される高齢犯罪者に対する福祉的支援の必要性について
佐野 航介
要旨
 現在,人口の増加を上回るペースで高齢者による犯罪が増加している。その多くは窃盗などの軽微な犯罪ではあるが,再犯を防ぐためには早くからの対処が必要である。高齢犯罪者は認知症などの身体の衰えや社会・肉親からの孤独など様々な問題を抱えている。彼らを刑事施設に入れた場合社会復帰が遠のくおそれがあるため,福祉機関へとつなげる必要がある。そのような高齢犯罪者を現在,地方検察庁を中心に不起訴処分などのダイバージョンや福祉機関との連携といった「入口支援」を行っている。入口支援によって,刑罰を受けることなく,福祉の支援を得て,素早い社会復帰が可能となる。しかし,軽微な犯罪であり,検察官に送致されずに,警察段階で刑事手続きを終了する微罪処分を受けた高齢犯罪者は刑罰も福祉的支援も受けることがない。そこで,警察においても,入口支援を行うべきであると主張する。そのためには,高齢犯罪者を専従に扱う警察職員の存在が不可欠である。また,交番等で勤務する地域警察官においても高齢者と適切な意思疎通を取るための知識・技術の習得が必要である。送検し,裁判を受けるほどの罪を犯していない高齢犯罪者に対しても,早期のうちから福祉的支援を行うことで再犯の防止が可能になると考える。
(明治大学法学部3年)