日本刑事政策研究会
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受賞者発表
刑事政策に関する懸賞論文募集の結果について
 一般財団法人日本刑事政策研究会と読売新聞社は,住み良い社会を作り上げるために刑事政策思想の普及が特に重要であるとの観点から,刑事政策に関する懸賞論文を募集しています。
 平成29年度の論文題目は「児童虐待防止に向けた対策について」であり,その募集は平成29年5月に開始され,同年8月31日をもって締め切られました。
 応募いただいた論文については,各審査委員による厳正な個別審査を経て,平成29年11月15日に開催された審査委員会で,受賞者が選定されました。その結果は,次のとおりです。
優秀賞(2名) 吉田 緑(中央大学法学部通信教育課程5年)
論文題目 「児童虐待予防としての親支援
〜「グレーゾーン」とされる母親のSOS を受け止めるために〜」
赤松 千種(三重大学人文学部3年)
論文題目 「学校におけるスクールソーシャルワーカーを用いた
組織的対応による児童虐待防止策」
佳作(3名) 狩野 俊介(東北福祉大学大学院総合福祉学研究科博士課程1年)
論文題目 「児童虐待の予防や深刻化の防止に向けたケアマネジメントとアウトリーチ支援
を目的とした包括型地域子育て家庭支援チームの重要性」
久田 光桜(三重大学人文学部3年)
論文題目 「児童相談所と警察の連携と改善
─イギリスの児童虐待対策をモデルとして─」
松本 茉夕(奈良県立大学地域創造学部4年)
論文題目 「家庭訪問事業によって社会全体で育児を支える体制づくり」
 なお,受賞者に対する表彰式は,平成30年1月18日,法曹会館において行われ,優秀賞には,当研究会から賞状及び賞金20万円が,読売新聞社から賞状と賞品がそれぞれ授与され,また,佳作には,当研究会から賞状及び賞金5万円が授与されました。
 以下に,優秀賞を受賞した論文(全文)及び佳作を受賞した論文(要旨)を掲載いたします。
平成29年度表彰式
平成29年度受賞作品
優秀賞児童虐待予防としての親支援
〜「グレーゾーン」とされる母親のSOS を受け止めるために〜
(吉田 緑)」
優秀賞学校におけるスクールソーシャルワーカーを用いた組織的対応による児童虐待防止策(赤松 千種)」
佳作児童虐待の予防や深刻化の防止に向けたケアマネジメントとアウトリーチ支援
を目的とした包括型地域子育て家庭支援チームの重要性
(狩野 俊介)」
佳作児童相談所と警察の連携と改善
─イギリスの児童虐待対策をモデルとして─
(久田 光桜)」
佳作家庭訪問事業によって社会全体で育児を支える体制づくり(松本 茉夕)」
優 秀 賞
児童虐待予防としての親支援
〜「グレーゾーン」とされる母親のSOS を受け止めるために〜
吉田 緑
(1)はじめに
 わが国では,乳児訪問や検診など,児童虐待を予防するための母子保健サービスは充実している。また,平成28年10月からは,医療機関や学校等が支援を要する妊婦等を把握した場合はその情報を市町村に提供するよう努めることとされ(児童福祉法21条の10の5第1項),早期の虐待発生の予防が期待される。しかし,虐待を予防するためには,虐待の発生だけではなく,虐待の深刻化の防止についても考える必要がある。この点,虐待には至っていなくとも,不適切な養育環境にある場合や虐待が深刻化していない場合などの「虐待予備群」といえる親や強い育児不安を抱えるハイリスクな親(以下,これらの親を「グレーゾーン」と記す)に対する支援は不十分である。また,虐待の通告を促す広報が積極的におこなわれる一方で,このような親の目線で相談を受け入れる広報はほぼおこなわれておらず,親の居場所も少ないといえる。逆に,このような親は非難され,社会的に排除されている現状であるとも考える。無論,子どもの生命と権利は当然に守られなければならない。しかし,親のSOS を受け止める体制が不十分だからこそ,より深刻な虐待に発展するのではないか。
 本稿では,虐待の加害者としてもっとも多い実母に注目し,グレーゾーンの親が安心してSOS を出すことができる体制の在り方を論じる。

(2)虐待に至ってしまう要因と親支援の必要性
 虐待に至る心理的要因として,まず,精神疾患を抱えていることがある。心中による虐待死の要因としても「保護者自身の精神疾患,精神不安」がもっとも多いほか,虐待者はなんらかの精神的な疾病をもっている割合が極めて高いとされる。また,被虐待歴やDV 被害の経験があることに加え,異性に対する依存の問題があることも少なくないとされる。社会的な要因としては,経済的困窮やネットワークからの孤立などがある。また,ひとり親による虐待が多く,この場合は経済的困窮に加え,精神疾患に罹患していることが多いとされる。ネットワークから孤立した親は声に出して他者に助けを求めることができないことを考えると,虐待は親からのSOS が不健全な形であらわれたものととらえることができる。加えて,母親に「あるべき姿」を求め,一方的に責任を追及する社会の風潮も,虐待親を形成する要素であることは否定できない。ひとり親であることや精神疾患を持つことは,そうなるに至った背景がある。しかし,それを理解することなく,心身ともに健康であり,仲がよい配偶者がいる「ふつうの親」や「あるべき姿」とは異なる親に対し,単純に逸脱者の烙印を押すことは,親が助けを求めにくい状況を作り出し,親をさらなる孤立に追い込むことになる。
 これらの心理的・社会的な要因が積み重なった結果,親は虐待に至っているといえる。ならば,虐待を予防するためにおこなうべきことは非難や指導ではない。親が安心して助けを求められる環境と居場所,そして心理的・社会的な問題を解決するための包括的な支援を提供する必要がある。

(3)わが国における親支援の現状
 わが国の児童相談所は,親からの相談を受け付ける一方で,児童虐待の通告先となっており,子どもの保護と強制的な介入をおこなうという権限を持っている。このような児童相談所の性質を考えると,グレーゾーンの親を支援することに特化した別の機関があることが望ましいといえる。
 児童相談所以外に,問題を抱える親が相談できる場所として,民間団体のCCAP(子どもの虐待防止センター)がある。ここでは,匿名による電話相談やMCG(Mother and child group)の運営がおこなわれており,相談者は被虐待歴や精神疾患をもつ親が多いとされる。MCGは,親が抱える精神的葛藤について話すことができる場として設立された自助グループであり,ファシリテーターを担うのは医師や心理職である。ここで,親は自らの否定的な感情を手放し,受容される体験を通じて,孤立感から解放され,自己肯定感を高めることができるのである。そして,継続して参加することで,子どもに対して余裕を持った接し方ができるようになるなど,効果が認められている。また, MCG に子育ての知恵を学ぶことを加えたプログラムであるH-MPO は,育児不安全般を低減させる効果があったとされている。一方で,これらのプログラムを途中で中断してしまう母親もおり,これを防ぐためには,参加目的の確認や動機づけが重要である10とされる。MCG 以外のグループミーティングとして,子どもに対して虐待的行動をおこなってしまう親を対象としたMY TREE プログラムがある。このプログラムはセルフケアと問題解決力を高めることを目的とし,多くの参加者が子どもに対する虐待的行動をおこなわなくなった11とされている。また,精神疾患のベースを持つ親のための自助グループでは,精神科受診につながるなど,さまざまな良い変化が確認されている12
 これらのプログラムは,その有効性から全国の保健所等で実施されるようになり,ミーティング中は子どもを預けるための保育サービスが提供される。また,親にとっては,否定されることなく受容される安全な居場所であるとともに,親が抱えている問題を援助者が把握し,適切な支援を提供できる場となっている。さらに,援助者による指導ではなく,援助者と参加者が対等な立場に立つことも特徴である。しかし,これらのプログラムは周知されておらず,その数も少ない。特に,精神疾患を抱える親やその疑いがある親を対象としたプログラムは極めて少ないといえる。

(4)アメリカにおける親支援
 アメリカでは,虐待をはじめ,心理的・社会的な問題を抱えている親が参加できる自助グループや支援機関が多くある。また,親が積極的に助けを求めることが推奨され,支援機関の紹介とともに親の体験談を公開する13など,親の問題に対してオープンである。これは,同じ問題を抱える親に道を示すことにもなる。
 支援機関としては,子育てに苦しむ親が中心となって立ち上げたFamily Paths がある。ここでは,24時間対応のホットラインやカウンセリング・サービス,子どもとのコミュニケーションの取り方を学ぶペアレンティング・クラスやグループワークに加え,トラウマやメンタルヘルスの問題を抱える女性のためのサービスなど,多岐にわたる支援がおこなわれている14。また,養育者が自らの問題と向き合うとともに,育児のスキルを学ぶことができる入寮型施設として,治療共同体アミティがある。治療共同体は,援助者と当事者の対等なコミュニケーションにより,問題を抱える当事者の生き直しや社会復帰を促進させる機能をもつ。アミティでは,親は子どもとともに同じ施設で生活しながら,グループミーティングをはじめとする薬物依存症回復プログラムを受けるとともに,子どもとの接し方を学ぶことが可能となっている15。加えて,子どものためのプログラムや退所後のアフターケアなどの支援も提供されている。さらに,治療共同体に限らず,メンタルヘルスや経済的困窮などの問題を抱える親に住居を提供するとともに,さまざまなプログラムの提供や支援をおこなう団体は数多くある16。子どもとの関わり方から親が抱える問題まで,包括的な支援を提供するアメリカの数々の取組みから学ぶことは多くある。このように,アメリカでは,親がSOS を出せば,それを受け止めるための体制が用意されているのである。

(5)親がSOS を出すことができる体制作りのための3つの提言
 そこで,親が安心してSOS を出すことができる体制を築くために,以下3つの提言をしたい。
 第1に,プログラムや相談先の広報である。この点,広報誌でMCGの参加者を募集した自治体によれば,親からの前向きな反応があった17とされる。オープンな広報は,親に「自分だけではない」という安心感を与える効果が期待できる。また,児童虐待を予防するためには,親の支援が不可欠であることを社会全体で認識する必要がある。そこで,親が足を運ぶと考えられる保育園や学校に限らず,コンビニや公共交通機関などだれもが目につく場所にポスターやチラシなどを設置するべきである。さらに,親と接触する機会があれば,積極的に広報をおこなうべきである。特に,家庭裁判所や区役所,精神病院は,直接ハイリスクな親に案内をおこなうことが可能である。ただし,広報活動がリスク要因をもつ親に「虐待予備群」という烙印を押すものになってはならない。そのためにも,広報はすべての国民に対しておこなうべきである。そして,自らの意思でプログラムに参加する親であれば,プログラムを継続し,変化することは期待できる。
 第2に,グレーゾーンの親に対し,自助グループや治療共同体などの居場所を提供し,その内容を充実させることである。特に,精神疾患を抱える親のためのプログラムは充実を図るべきであり,治療共同体がその役割を果たすことが期待できる。母子で入寮できる治療共同体があれば,安定した住居において,治療的なアプローチと包括的な支援を提供し,親としての生き直しと自立を促すことが可能となる。ただし,これらのプログラムは経済的負担を伴うものであってはならない。加えて,援助者の増員も急務である。
 第3に,上述した親のための居場所を各自治体に設置すること,そして精神科医や心理職などの専門家の参加を必須とすることを義務づけることである。グループワークには,親の問題をみつけだし,適切な支援を提供するための機能も期待されることから,専門家の参加は不可欠である。また,平成29年4月より,母子健康包括支援センターの設置が義務づけられ(母子保健法22条),妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援をおこなうこととされている。ここで,各センターに治療的なプログラムの設置も義務づけ,確実に受け皿がある状況を築くべきである。安心できる人とのつながりと安全な居場所を提供することで,親の孤立を防ぎ,異性への依存や強い不安感から回復することも期待できる。

(6)おわりに
 本稿で示した3つの提言は,グレーゾーンの親を対象とし,虐待の発生と深刻化の防止を目的とするものである。ただし,支援に対して拒否的な親や虐待に対する認識がない親に対しては,司法による強制力をもってプログラムにつなぐ18など,別のアプローチ方法を模索しなければならない。また,子どもの年齢や子ども側の要因を考慮したプログラムの在り方や治療共同体の運営方法など検討すべき課題は多くある。
 しかし,親が声に出してSOS を出すことができれば,虐待を予防することは十分期待できる。健全な親子関係を構築するためには,まずは虐待の根本的な要因となる問題から親が解放される必要がある。社会は親に「あるべき姿」を求めるのではなく,積極的にSOS を出すことを推奨するべきである。

  1. 1 厚生労働省「平成27年度福祉行政報告例の概況」(2016年)8頁。
      http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/gyousei/15/dl/gaikyo.pdf(2017年8月29日確認)
  2. 2 「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第13次報告)(社会保障審議会児童部会児童虐待等
      要保護事例の検証に関する専門委員会)(平成29年8月)」(2017年)25頁。
      http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000174735.pdf
      (2017年8月29日確認)
  3. 3 宮島清「虐待ないしその疑いで通告された子どもとその家族の状況及びそこから明らかになる
      児童相談所の対応の課題─ソーシャルワークの必要性─」全国児童相談所長会『全国児童相談所における
      家庭支援への取り組み状況調査』(全児相,2008年)7−8頁。
      http://www.zenjiso.org/wp-content/uploads/2015/03/ZENJISO087ADD.pdf(2017年8月29日確認)
  4. 4 西澤哲「親支援と家族再統合の現状と課題」『子どもの虐待とネグレクト』15巻3号
      (日本子ども虐待防止学会,2013年)267頁。
  5. 5 山野良一「ひとり親世帯における虐待発生要因の特徴」『子どもと福祉』6号(明石書店,2013年)125頁。
  6. 6 龍野陽子「「子どもの虐待防止センター」の活動」『母子保健情報』(母子愛育会,2005年)77頁。
  7. 7 広岡智子「虐待問題を抱える親へのアプローチ─ MCG の活動の意味と実際─」『小児看護』24巻13号
      (へるす出版,2001年)1757頁。
  8. 8 松野郷有実子・水井真知子・相田一郎・武井明「育児不安を抱えた母親に対するグループ・ケアの試み」
      『小児保健研究』63巻4号(日本小児保健協会,2004年)454頁。
  9. 9 藤原映久「子育て支援プログラム(H-MPO)の試み─児童虐待の予防に向けて」『子どもの虐待とネグレクト』
      11巻2号(日本子ども虐待防止学会,2009年)227頁。
  10. 10 林家朋子・山田恵子・矢野純子・葉山博子・中原民子・玉作恵子・山本節子・萩原粒子・岡澤昭子・清水洋子
      「虐待予防事業「マザーグループ」の評価と有効性に関する研究」『子どもの虐待とネグレクト』9巻2号
      (日本子ども虐待防止学会,2007年)229頁。
  11. 11 森田ゆり「子どもの虐待・DV ハイリスクの親の回復支援:MY TREE プログラム」『へるす出版生活教育』47巻1号
      (へるす出版事業部,2003年)39頁。
  12. 12 冨家禎子「子育て中のハイリスク女性に対する出会い・共感・安心・気づきと振り返りの場づくり」
      『小児看護』24巻13号(へるす出版,2001年)1775頁。
  13. 13 “It’s OK to Need Support: A Parent-to-Parent Guide to Family SupportServices”(Rise Magazine, 2010)
      http://www.risemagazine.org/wp-content/uploads/2015/07/Its-OK-to-need-support-1.pdf
      (2017年8月29日確認)
  14. 14 “Family Paths” https://familypaths.org/ 参照(2017年8月29日確認)。
  15. 15 “Amity Foundation” http://www.amityfdn.org/ 参照(2017年8月29日確認)
  16. 16 “ICL” http://iclinc.net/services/family-kids/, “St. Monica” http://www.stmonicas.com/ 参照
      (2017年8月29日に確認)
  17. 17 出石珠美「虐待の発生予防へのチャレンジ 母と子の関係を考える会『MCG』への取組み」『母子保健情報』50号
      (母子愛育会,2005年)107−108頁。
  18. 18 厚生労働省「児童福祉法及び児童虐待の防止等に関する法律の一部を改正する法律の公布について」(2017年)
      http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/kouhu.pdf
      (2017年8月29日確認)

(中央大学法学部通信教育課程5年)

優 秀 賞
学校におけるスクールソーシャルワーカーを用いた組織的対応による児童虐待防止策
赤松 千種
1.はじめに
 児童虐待の重篤化を防ぐためには,早期発見が不可欠である。平成12年に成立した児童虐待防止法により,児童虐待が疑われる場合の通告義務や学校職員に対する早期発見の努力義務などの規定が整備された。平成28年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待に関する相談件数は過去最高の122,578件にのぼった。去年の相談件数は103,260件であり,1年間で19,318件の増加となっている。厚生労働省等の分析によると,マスコミなどの報道により世間の児童虐待に対する意識が高まり,相談件数は年々増加している。児童虐待についての問題意識が高まり,相談件数が年々増えていることは大きな一歩であるが,その数は非常に多く,虐待が重篤化してしまってからの相談では遅い。虐待をより早期に発見し虐待の防止や関係の修復を行う必要がある。
 児童虐待は,日常的に児童と関わりのある,保健所,小中学校,医療機関,保健所による発見が多数であるため,この関係諸機関が連携を取り児童虐待防止に向けた取り組みを行うことが重要である。しかし,この関係諸機関の取り組みは一長一短であり,現在うまく連携が取れている状態とは言えず,連携の強化が求められている。以下では,児童が自宅以外でのほとんどの時間を過ごす学校において,早期発見に向けての取り組みが行われているかを軸に他の機関との連携についての現状と課題について述べる。

2.学校における児童虐待防止の取り組みの現状と課題
 文部科学省の発表によると平成28年現在,学校は日本全国に56,419校存在しており,教員数は1,896,537人である。これは他の関係機関と比べても規模が大きく,早期発見の強みとなる部分である。児童相談所が対応した案件の児童のうち,幼稚園から中学生までの割合が70%を超えていることからも学校生活を送る中での虐待の発見が期待できる。他にも学校は子供が1日の大部分を過ごす場所であり,教員免許を持った教師や専門のトレーニングを受けた職員が子供と長時間接する場であるため子供の変化に気づきやすい。実際児童虐待の第一発見者は,近隣・知人の16.1%,その他の家族親族の16.1%に次いで15.1%と学校が占める割合は高く,公的機関の間では最も高いという結果になっている。加えて,虐待の重症度が中度以上のものの中の第一発見者としては学校が最も高くなっている。また,教師の児童虐待に関する関心も高く,一般教員では約90%,管理職ではほぼ100%にのぼっている。これは,学校に虐待を疑われる児童がいることが大きく影響しており,やはり早期発見において学校は欠かせない場となっている。
 学校が行う適切な対応として求められることとして3つ挙げられる。1つ目は,児童の学校生活に加え日常生活についても十分な観察,注意を払いながら教育活動を行い,児童虐待の早期発見・対応に努めることである。そのためには学級担任,生徒指導担当教員,養護教諭,スクールカウンセラーが協力し児童の生活状況の把握に努めなければならない。2つ目は,虐待を受けた児童を発見した場合には,速やかに児童相談所等に通告することである。児童虐待を受けた可能性がある場合は,確証がない場合であっても通告しなければならず,日頃から関係機関へ連絡・相談を行うことで連携強化が求められている。3つ目は,管理職への報告,連絡及び相談を徹底し,学校全体の問題として組織的に取り組むことである
 学校に求められる対応としては主にこの3つが挙げられるが,実際に通告を行った教員は少なく,教員は「通告にためらいを感じている」という問題点がある。虐待を疑うケースであっても「虐待であるという自信がない」「事実関係を把握してから通告しようと思った」など,虐待でなかった場合のことを考え通告を躊躇している。これは教師が虐待の問題を,他の教員や生徒指導担当教員に相談せずに一人で抱え込んでしまう傾向が見られるためである。
 児童虐待問題は一人の教員が対応できる問題ではなく,学校全体の問題として捉え,校内チーム体制での早期発見・対応が必要であると考える。また,その対応を学校の中だけで終わらせてはいけない。

3.アメリカにおける児童虐待防止の取り組みとスクールソーシャルワーカーの役割
 児童虐待王国と呼ばれるほど虐待件数が多いアメリカでは,ChildProtective Services(CPS)への通告は約340万件と非常に多く,日本より虐待問題は深刻である。児童虐待王国と呼ばれる一方で,児童虐待防止先進国であるアメリカは,虐待防止に対して先進的な対策を行ってきた。
 アメリカの学校は他機関・多種職の連携を必須としており,スクールソーシャルワークを置いている。スクールソーシャルワーカーとは子供の問題解決の代行者となるのではなく,子供の可能性を引き出し自らの力によって問題解決できるようにサポートを行い,子供たちを取り巻く家庭・学校・地域での問題に対処するために,児童相談所と連携や教員の支援を行う者のことである。
 アメリカにおいてスクールソーシャルワーカーの大半は,全米ソーシャルワーカー協会(NASW)の一部門である全米スクールソーシャルワーカー協会(SSWAA)に属しており,学問的成長を妨げる社会的・精神的な課題へ取り組むことに関して,最も知識・技能を持った専門家である。
 そして,アメリカにおけるスクールソーシャルワーカーの児童虐待に関する役割としては,大きく3つに分けられる。1つ目は,児童,集団,家族へのカウンセリング。2つ目は,多専門職チームとの連携。3つ目は,虐待が疑われる児童の保護者や教員との話し合いの場を設けることである。
 カウンセリングを通して,児童には,問題の改善を促すこと,自身と他者への理解,ストレスへの対応を行い,親には,子育てへの関心や理解を深めている。そして,学校内での教育チームの一員として教員やカウンセラーなどの中で働き,そこからの情報とその児童の学校生活や日常生活の統合を試みている。そのために学校が関係機関との連携を取り易くする取り組みも行っている。そして,教員が虐待の疑いのある生徒を発見した場合には,教員が虐待を疑われる生徒を発見した際に,教員などで構築したチームや対象児童の親と話し合いの場を持ち,関係機関と連携をとることで,早期対応を行っている
 学校を閉ざされた機関にするのではなく,スクールソーシャルワーカーを通じて,校内のみならず校外とも連携の深い機関にすることは,日本の児童虐待防止における学校の体制づくりに非常に重要なことであると考える。

4.スクールソーシャルワーカーを通した校内と関係機関との連携
 以上のことから,学校内でのチーム構築と関連機関との連携が最重要となる。児童虐待防止の対策として他の関係機関との連携も重要であり学校も組織的に児童虐待防止に取り組む必要がある。しかし,日本ではそのチームづくりが困難となっている。その要因として,教育制度が変化したことによる学校の変化や若手教師が増加したことで時代の流れから教師の個人主義化が進み,同僚性が崩壊したことが挙げられる。そのため,教員のみでチームを構築することは難しく,学級担任に対応を任せがちになり他のクラスのことを知らないという教員が増えている。
 そこで教員との連携を取り,子供の生活環境にも目を向けることができることができる立場から,学校の利点を生かしつつ家族や関係機関との連携を深めると共に学校内のチーム対応の強化の調整役を担うスクールソーシャルワーカーを中心に配置し,チームとして児童虐待防止に対する取り組みを行うことを提案する。
 学校の教員内でチームを作ることにより教員が生徒の問題を一人で抱え込むことがなくなるため,通告を行うことへのためらいが軽減されるという効果がある。また,定期的に生徒の抱える問題に関する会議を行い学校全体で児童の状況を把握することにより,より多くの視点から生徒の観察することができ,小さな変化に気付きやすくなる。
 また子供の基本情報を入手しやすく,教育委員会や市立病院などとの連絡を円滑に行う為スクールソーシャルワーカーは地方公共団体の管轄の元で活動を行うことを想定しており,児童,親,教師,関係機関の全てに働きかけることが可能な存在となる。そのため一長一短である各関係機関の取り組みの溝を埋めることができる。学校ができないこととしては,家庭への立ち入り調査や被虐待児またはその親に対する医療,福祉,保険的な措置である。学校ができる範囲のことを終え,他の関係機関に引き継ぐ際に,校内の対策チームに所属しているスクールソーシャルワーカーが,そのつなぎ役となることで,児童が置かれた状況を把握し,学校ではできない対応が可能な児童相談所等の福祉施策の効果的な活用のための働きかけが学校での対応の延長線上でできることとなる。加えて,より正確に児童の状況を各関係機関に伝えることができ,他の関係機関で行われた対応を学校側にも伝えることが可能となり,学校内だけでなく各関連機関内でも情報の共有が可能となり,より的確で素早い対応が期待できる。

5.おわりに
 以上本論では,スクールソーシャルワーカーを中心として校内で構築したチームで定期的な話し合いを通して児童の状況を確認しあい,虐待が疑われる児童に対して各関連機関との連携を強化することを提案した。このように,児童の状態を最も確認することのできる場として学校での対応の強化が重要である。そして学校ができること,他の機関ができることを分けずにそれらを円滑に繋ぐことで,より早期に虐待の発見,対応を行うことができると考える。そのため,各関連機関の取り組みの溝を埋めることのできる存在として,スクールソーシャルワーカーを全国の学校に配置することは有効であると考える。

参考文献
  1. 1 平成28年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数〈速報値〉
      http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000174478.pdf
  2. 2 中村直樹(2015)「学校における児童虐待の対応と課題 : 教員の虐待対応事例の分析を通して」
      『北海道教育大学紀要。人文科学・社会科学編』,66巻1号,p.1-p.11,北海道大学
  3. 3 蓮尾 直美・鈴木 聡・山川 将吾(2012)「学校組織における被虐待児の発見・対応と 社会化をめぐる
      教師役割の再規定(1)」『三重大学教育学部研究紀要』2012年3月31日号,p.359-p.369,三重大学
  4. 4 磯谷桂介(2010)「児童虐待防止に向けた学校等における適切な対応の徹底について」
      文部科学省HP http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1289682.htm
  5. 5 青木紀(1997)「アメリカにおけるスクールソーシャルワーク」『教育福祉研究』,3: 巻p. 8-p.26,
      北海道大学教育学部教育計画研究室 http://hdl.handle.net/2115/28316
  6. 6 西野緑(2014)「子ども虐待に関するスクールソーシャルワーカーと教員とのチーム・アプローチ
      ─スクールソーシャルワーカへの聞き取り調査から─」『Human Welfare: HW』6巻1号p.21-p.34

(三重大学人文学部3年)

佳作
児童虐待の予防や深刻化の防止に向けたケアマネジメントとアウトリーチ支援
を目的とした包括型地域子育て家庭支援チームの重要性
狩野 俊介
要旨
 児童虐待対策を考える上で,マルトリートメントという概念が参考になる。マルトリートメントとは,身体的・心理的側面における児童のwell-being を害する行為および,児童のwell-being を保つ行為が欠如した状態を,安定した養育状態にある「グリーンゾーン」,児童の健康や発達に関するニーズが満たされにくくなっている「グレーゾーン」,児童への明らかな心身のダメージや生命の危険が危ぶまれる「レッドゾーン(クライシス)」のスペクトラムとして捉えるものである。この概念に基づいた児童虐待対策として,それぞれのマルトリートメントの状態像に対応でき,そして連続的な支援が提供できるように,地域関係機関と児童虐待対応機関の連携強化・調整・管理できるシステムが必要だと考えられる。
 本稿では,このシステムを実現するためにケアマネジメントとアウトリーチ支援の機能をもった包括型地域子育て家庭支援チームの可能性について考察した。この支援チームを児童相談所のサテライト機関として学校区単位に配置できることで,地域の子育て家庭への積極的なアウトリーチが可能となり,各家庭のマルトリートメントの状態に必要となる支援をケアマネジメントすることができる。さらに,このようなアウトリーチ支援を提供できる機関が身近な地域にあることから保育所や学校といった地域関係機関から「グリーンゾーンからグレーゾーン」の気になる児童家庭へ児童虐待予防のために支援が行いやすくなる。さらに,公的機関のサテライトとすることで,市町村に設置される要保護児童対策地域協議会で共有されている「要保護児童(グレーゾーンからレッドゾーン)」への支援やネットワークを構築するためのケアマネジメントを行う機能が担える。加えて,「レッドゾーン(クライシス)」の状態にある児童に対して緊急的な保護が必要となったとしても速やかな対応が得られることが期待できる。
(東北福祉大学大学院総合福祉学研究科博士課程1年)

佳作
児童相談所と警察の連携と改善
─イギリスの児童虐待対策をモデルとして─
久田 光桜
要旨
 児童虐待の防止のためには,関係機関の連携が必要であり,特に児童相談所と警察の連携を緊密にすることが求められるが,現在の日本の児童相談所と警察の連携は未だ十分なものではない。そこで本論文では児童虐待対応の問題と現在の取り組みを検討した上で,イギリスの児童虐待防止の取り組みを参考にして今後の連携について提言を行った。
 日本の児童虐待の相談件数は年々増加しており,その中には児童相談所と警察の連携不足のために深刻化した事案もある。連携が不足している理由として,現行法では警察が介入,児童相談所と情報共有できる範囲が限定され,また児童相談所の人員が不足していることが考えられる。現在,連携のためにDV 相談時における児童の保護,児童相談所と警察の合同研修の開催,警察OB の雇用,早期発見および継続的な支援を目的とした少年サポートセンターの同一施設内の設置の推奨が行われ,連携の強化が図られているが,その施策には問題があり児童虐待防止の効果は少ない。この問題を解決するために,イギリスの児童虐待防止策を日本に導入することが有効であると考えられる。その理由はイギリスでは児童相談所と警察の連携が強固であり,情報が常時共有されることによる早期発見,早期解決,児童保護を目的とした警察による保護,捜査や処遇に関する会議への警察の参加など子どもにとって最善になるように整備されているからである。イギリスの児童虐待対策を日本で導入することによって,事例に合わせた適切な対応,早期解決が可能になり,児童虐待の減少につながると考える。児童虐待を深刻化させないためには,虐待の早期発見,早期解決が重要であり,児童相談所と警察の連携を強固なものにすべきである。そのためには警察の権限を広くし,児童相談所への協力,情報共有の徹底,将来的な子供への処遇のための会議出席による多角的な視点の確保が必要である。
(三重大学人文学部3年)

佳作
家庭訪問事業によって社会全体で育児を支える体制づくり
松本 茉夕
要旨
 児童虐待の加害者は多くが自らの行為を「しつけのつもり」と考えており,虐待をしているという自覚はない。さらに,家庭という私的な空間故なのか,支援の手が届きにくく,育児に問題を抱えている保護者は地域から孤立しやすい。
 そこで本稿では,家庭訪問による育児支援ならば孤立している保護者に接触する機会があると考え,家庭訪問支援に着目する。日本にも,新生児や乳児を対象にした家庭訪問による支援は存在するが,支援期間が短いのが特徴だ。そこで,アメリカの新生児家庭訪問による子育て支援の事例を参考にしつつ,日本の家庭訪問制度について言及した。そして,支援は数カ月という短期間で終わらせるのではなく,学齢前まで継続したほうが保護者にとって望ましいとの結論に達した。
 また,家庭訪問支援ならではの課題にも触れた。家庭訪問は児童や保護者に接触できなければ意味がない。又,人材の育成と確保についても課題だ。そして,家庭訪問は主に乳児が対象である為,成長すると支援対象から外れてしまう。つまり,家庭訪問支援だけでは不十分だという事だ。しかし,他の機関と連携を図るのは容易ではない。
 子供が学齢期に達するまでは,家庭訪問による支援を行い,その後は,学校での虐待についての教育を行うなど児童自身にも虐待についての知識を積む必要がある。
 このように,子育てを社会全体で支え,児童虐待を防ぐためには,普遍的で長期に渡る見守りが必要と言える。
(奈良県立大学地域創造学部4年)