日本刑事政策研究会
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受賞者発表
刑事政策に関する懸賞論文募集の結果について
 一般財団法人日本刑事政策研究会と読売新聞社は,住み良い社会を作り上げるために刑事政策思想の普及が特に重要であるとの観点から,刑事政策に関する懸賞論文を募集しています。
 平成27年度の論文題目は「ストーカー事犯対策の在り方」であり,その募集は平成27年5月に開始され,同年8月31日をもって締め切られました。
 応募いただいた論文については,各審査委員による厳正な個別審査を経て,平成27年11月30日に開催された審査委員会で,受賞者が選定されました。その結果は,次のとおりです。
優秀賞(2名) ア 真奈(鹿児島大学大学院人文社会科学研究科 1年)
論文題目 「ストーカー加害者の家族等への介入方策〜その必要性と可能性」
加藤 瑞季(三重大学人文学部 3年)
論文題目 「ストーカー被害者が相談しやすい環境づくり」
佳作(3名) 松村 拓実(首都大学東京都市教養学部 2年)
論文題目 「ストーカー事犯対策において求められる警察と婦人相談所の連携」
相崎 みき(慶応義塾大学法学部 3年)
論文題目 「ストーカー被害者のサイバースペースにおける個人情報保護」
伊藤 優希(三重大学人文学部 3年)
論文題目 「ストーカー加害者の更生に向けて」
 なお,受賞者に対する表彰式は,平成28年1月19日,法曹会館において行われ,優秀賞には,当研究会から賞状及び賞金20万円が,読売新聞社から賞状と賞品がそれぞれ授与され,また,佳作には,当研究会から賞状及び賞金5万円が授与されました。
 以下に,優秀賞を受賞した論文(全文)及び佳作を受賞した論文(要旨)を掲載いたします。
平成27年度表彰式
平成27年度受賞作品
優秀賞ストーカー加害者の家族等への介入方策〜その必要性と可能性(ア 真奈)」
優秀賞ストーカー被害者が相談しやすい環境づくり(加藤 瑞季)」
佳作ストーカー事犯対策において求められる警察と婦人相談所の連携(松村 拓実)」
佳作ストーカー被害者のサイバースペースにおける個人情報保護(相崎 みき)」
佳作ストーカー加害者の更生に向けて(伊藤 優希)」
優 秀 賞
ストーカー加害者の家族等への介入方策
〜その必要性と可能性
ア 真奈
1 着目点〜家族等への介入の必要性
 ストーカーによる殺傷など重大な加害行為(以下「加害行為」という。)を未然に防止するためには,警察署等関係機関が,身近に接してストーカー加害者(以下「加害者」という。)の動向がわかる家族,親族,同居人等近親者(以下「家族等」という。)からの情報を速やかに得ることが重要である。また,加害者には家族等でなければ成し得ない働き掛けがあるはずであり,この意味からも,その協力を得ることは有用である。「社会的に孤立したストーカーは,暴力に至るリスクがより高い。よって精神保健機関,社会奉仕団体,宗教団体,家族,および友人を含む社会的なサポートシステムと本人とのつながりを確保することが暴力に向かう危険度を低くすることになる。」とも言われる。家族等には,状況の重大さを知り,何とか事態がエスカレートすることを防ぎたいと思う人も多いはずであるが,それだけではない。実際には家族等は,加害者の行動の重大さに思いが至らない場合があるばかりか,認識をゆがめ,むしろ加害者に共感して被害者に憤る場合や,結果的にそのストーカー行為に協力,加担する場合さえある。
 ストーカーの家族が置かれた状況は,次の2つの文に要約される。
 「家族には,その愛する人が(ストーカーに)なってしまった事態を認めることが確かに難しい。しかし,家族はそれを現に目のあたりにし,その妄想の状態を,そして制御不能となった怒りが他者に向けて猛威をふるう様子を見ることができる。家族は,(ストーカーとなった彼から)いかに(彼が)被害者から『不当に取り扱われてきたか』という終わることのない話を聞かされることになる。(原文改行)家族は,愛する彼がいつやっかいな事態を引き起こすかを知っている。そして彼が今まさに現実となった危険を,他者に対して,そして自分の家族に対してももたらすようになることを知っている。だから,家族は,ストーカーとなった彼を救い,導くために,必要な助けを求めなければならない。」
 「ストーカーたちは,友人,家族,知人を自分がしている嫌がらせ行為に引き込んだり,さらには,自分が法的に正当なことをしているという幻想を得るために自分の味方にしたりということをする場合がある。」
 イギリスのストーカー被害者を対象とした全国的調査では,4割のストーカーは,報復行為を家族や友人の手助けを借りて行ったとされている
 同様の状況は,日本でも見受けられる。例えば,親が加害少年の危険を察知し少年を説得した(報道による。)が,被害者殺害を防ぎきれなかった例や,親族が被害者殺害に加担した例があるほか,小早川[2014]も,娘のストーカー行為に両親が加担し被害者の就職を妨害した例を紹介している。また,四方光らの調査によれば,全国の警察署のストーカー担当者がストーカー事案に対処する際に重視する要因として挙げたのは,第1位の「ストーキング行為の内容」に次いで「加害者の同居家族の有無」であった。家族の存在の意味や対応において家族との連絡をとり得るかどうかが重視されていることがうかがえる。民事裁判で,ストーカー殺人の加害少年に親の監督責任を認めた事例もあるが,加害行為に至る過程での家族等の対応の在り方が問われることは珍しくないと思われる。
 以上から,加害者の加害行為を抑止するために,警察署,保護観察所等関係機関は,ストーカー行為を認知してからできるだけ早い段階で家族等への積極的な働き掛けを行い,その理解と協力を得ていくことが重要と思われる。
 しかし,家族等への介入の手立ては,公式の制度としては限られている。
 まず,ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「規制法」という。)に基づく規制制度の下では,家族等への警告等の規定はなく,それへの働きかけは同法第9条の関係者に対する報告徴収等の範囲内と思われる。過去の事例を文献でみると,加害者の行動がエスカレートするにつれて,警察署が家族に照会しているケースがある10が,まれでしかない。
 少年法では,第25条2項に保護者に対する少年の監護についての指導等の措置をとることができる規定がある。しかしそれは,審判に至るまでの短い期間,少年事件に対してのみと限られることになる。
 更生保護法に基づく保護観察での家族等の規定は,本人が矯正施設に収容されている間の生活環境の調整の規定(第82条),少年に保護観察を実施する場合の保護者に対する指導等の規定(第59条)などがある。しかし,運用上は,家族に対する積極的な働きかけは難しいようである11
 もとより,ストーカー行為の責任は加害者本人にのみ帰すべきであって,その対応に家族等を参加させることには慎重を要するであろう。しかし,制約があるとしても,上述のような家族等の状況から,最低限の家族等に対する介入として何が必要かを検討し,可能な対策を導入していくことは重要と思われる。以下では,その可能性を検討する。

2 家族等への介入の方法
 我が国の制度において,ストーカーによる加害行為を抑止するために家族等に働きかける方式をとるとすると,次のようなことが考えられる。
 @家族等への通知,A家族等がストーカー行為に加担,幇助した場合の抑止措置の適用,B家族等に対する教育,指導,助言,C家族等への監督保証人などの役割の指定,D通常の動向確認,E加害者の問題の解消に関する連携,F緊急事態での連携
(1) 家族等への通知
 警察署から家族等に本人の状況を通知する。通知の目的は,加害者がストーカー行為について警察署からの警告,公安委員会からの禁止命令の対象となっていることを伝え,家族等についても下記(3)以下の働きかけがなされることについて教示し,協力を求めることである。これは規制法第9条の関係者に対する報告徴収等により実施することが可能であろうが,より積極的な実施を促すために明示した措置とする。加害者本人にとって不利益措置であるから,本人に対してあらかじめその可能性を知らせた上で,警告や禁止命令がなされたにもかかわらずストーカー行為が続けられている場合に初めて通知がなされることとなろう。家族等に知られたくない加害者には,ストーカー行為の抑止効果をもつと思われる。仮に,家族等が加害者本人の行為を既に知っているなど,通知それ自体が新たな抑止効果を生むとは言えない場合であっても,公的機関が家族等に働きかける端緒にはなる。
 ただし,適当な通知先を確認できないと通知ができない盲点はある。また,加害者の性格等個人的資質からみて,通知によってすぐにも危険な事態を招きかねない場合も想定されるため,通知の執行については,仮にその要件が満たされたとしても警察署の裁量を残し,慎重に行うべきである。
(2) 家族等がストーカー行為に加担,幇助した場合の抑止措置の適用
 家族等が加害者のストーカー行為に加担,幇助する場合,本人に対する警告に準じた抑止措置を導入する。「ストーカー幇助行為」などと規定して,加担した者にも警告,禁止命令などをできるようにすることである。現状では,結果に対する民事裁判での解決しかないと言われる12が,少なくとも明らかな実行行為に対しては規制措置が導入されるべきである。
(3) 家族等に対する教育,指導,助言
 警察署が相談を受けたのちのできるだけ早い段階で,家族等に一般的なストーカー問題の特質に関する教育を行うとともに,その家族の個別の事象に関して問題点の認識を促し,対処のあり方を話し合う。(1),(2)の対象に対し,警察署への出頭を求め,個々に説明の場を設ける。加害者から一方的に受けていた被害者に関する説明が,事実をゆがめたもので,危険な行動につながる可能性があることを知らせる。効果的な説明のために,説明冊子,映像資材を整備する。個別ケースとしての問題点と今後の対応の在り方についても話し合う。警察署への出頭を確保することが課題だが,警察官が訪問面談して促すなど最大限の配慮が必要であろう。
(4) 家族等への監督保証人などの役割の指定
 規制法の措置のいずれかの段階で,家族等を監督保証人などの名称により指定し,本人の行動の監督および警察署への協力についての枠組みを設ける。その指定を合理化するとすれば,処分(例えば公判に向けた刑事手続を開始すること)を留保するかわりに指定するということなどが必要であろう。加害者本人又は家族等が拒否すれば,処分に至る手続が実施される。
 これは,刑事手続における保釈時の身元引受人に類似する。被告人の身元引受人となった近親者や勤務先の上司等は,裁判所に届け出て被告人の出頭の確保を約束する13が,同様にこの監督保証人の指名では,加害者のストーカー行為の再発防止に関する協力について監督保証人に誓約させる。
(5) 通常の動向確認
 警察署が定期不定期に監督保証人又はその他の家族等に照会し,又は家族等からの相談,連絡,通報を受けるなどして,加害者の動向について常時把握する。規制法第9条の報告徴収等で行い得るが,明示して,家族等との連絡を基本的な実施事項にする。円滑な実施のため,加害者本人及び家族等への事前の告知が必要であろう。また,家族等が身内を擁護したいという思いから報告,通報をためらう可能性があることを踏まえ,例えば本人の側に立って関与する相談員の配置など,実効性を確保する対応措置を検討する。
(6) 加害者の問題の解消に関する連携
 加害者にストーカー行為やその感情から離脱するための相談支援を受けるように促すなど,加害行為を回避させるための働き掛けについて監督保証人等に説明を行い,その協力を求める。近年,警察署は,再犯防止を図るため加害者を治療につなげる試みを進めている14。治療への導入とその継続を確保するためにも家族等との連携は重要となろう。
 課題は,監督保証人等から加害者の回復支援の必要性の理解や支援を行う警察署への信頼が得られるかどうかであろう。家族等の自助グループの設置,民間を含む多様な相談窓口の開設などを促して,加害者と家族等の問題解決支援の実績を積み上げ,家族等の関心と信頼を引き付けていくことが求められる。
(7) 緊急事態での連携
 緊急事態が予測される状況に至った場合に家族等がどのように行動すべきか理解を得ておき,すみやかに通報を受ける態勢を整える。どのようなことが通報を必要とする事態であるのかを事前に例示しておく必要がある。  通報後は,関係者がそれぞれの特質を生かして加害行為の未然防止に役割を分担する。加害者がGPS機能を有する端末(携帯電話等)を持っている場合に家族等からの連絡によって本人の位置情報がわかる場合もあろう。緊急時の通報から対応までが,効果的に行われるかどうかは,そこに至る家族等との連絡状況,信頼関係にかかっているといえる。

3 まとめと補足
 以上,規制法による対応を想定して,その対象となる加害者の家族等への働きかけについて施策を提案した。現行法でも第9条等で同様の措置を採れなくはないであろうが,具体的な措置として明示することにより早期の段階からより頻繁に実施されることになろう。また導入後は,その協力を得る実効性が常に課題となるであろうが,限られた範囲でも介入が円滑に行われるなら導入の価値はある。そのほか,考慮すべきこととして以下を挙げる。
 1つは,家族等が警察署に協力する場合に,単にそれが加害者本人にとっての不利益処分につながるだけと認識されれば,協力の範囲は極めて限られたものになるということである。協力することで加害者の問題解決に資する(本人にも有利な)ことが明らかであることが必要である。そのため,家族等に働きかけを行い,協力を求める前提として,加害者の利益になるプログラムの開発,支援機関の設置などの対策が必要である。
 2つ目は,加害者家族からの一般相談など規制法以外での対応である。前記2の内容は,規制法に基づく制度の中で,被害者から警察署が相談,申し出を受けた後の家族等に対する介入の可能性について検討したものであるが,被害者から相談がない場合も,家族等が心配している場合もあり15,その時点から任意に相談できる制度が必要である。また,規制法下の制度に限らず,少年法,更生保護法の制度下での家族等への働きかけの仕組みも同様に検討されるべきである。

  1. 1 Debra A. Pinals『Stalking: Psychiatric Perspectives and Practical Approaches』Oxford University Press 2007 p69
  2. 2 「ストーカーの家族へのメッセージ」
      http://stoponlinestalking.com/help-for-stalkers-blog/97-a-message-for-families-of-stalkers.html
  3. 3 Paul E. Mullen, Michele Pathe, Rosemary Purcell 『Stalker and their victims』 2000, the press syndicate of the University
      in Cambridge, United Kingdom p176
  4. 4 Families help stalkers to pursue their victims By Jason Bennetto, The Independent, Thursday 01 June 2000
  5. 5 2013年10月8日発生,三鷹市ストーカー殺人事件。
  6. 6 1999年10月26日発生,桶川ストーカー殺人事件。
  7. 7 小早川明子 『「ストーカー」は何を考えているか』 新潮社2014,pp30-35
  8. 8 四方光,島田貴仁「我が国におけるストーカー事犯の現状と課題─全国の警察署担当者に対するアンケート調査の結果
      から─」警察政策2014年,pp147-153
  9. 9 名古屋高裁判決2003年8月6日。野澤萌子「語り継ぐ女性学─次代を担う女性たちへのメッセージ─」2015年,p206
  10. 10 前脚注7 p128
  11. 11 保護観察所から聴取したところでは,家族との接触は,成人では少年の保護観察ほどには確保されていない。実際に
      は成人,少年とも本人との接触に限られる場合が多いとのことである(平成27年8月24日 地元保護観察所に訪問)。
  12. 12 前脚注9 p206
  13. 13 東京弁護士会
      http://www.toben.or.jp/bengoshi/soudan/taihokeiji/hoshaku.html
  14. 14 「ストーカー1割再発…逮捕・警告から半年以内」読売新聞(2014年12月22日)
  15. 15 前脚注7 p100,p209

(鹿児島大学大学院人文社会科学研究科1年)

優 秀 賞
ストーカー被害者が相談しやすい環境づくり
加藤 瑞季
1.はじめに
 警察庁の統計によると,2014年に警察庁が把握したストーカー被害は2万2,823件で,前年より1,734件増えて過去最多となった。この件数について警察庁は,「長崎県西海市や神奈川県逗子市のストーカー殺人事件で社会的な関心が高まり,相談や被害を届け出る敷居が低くなったことと警察が積極的に事件化した影響である」と分析している。しかしストーカーによる犯罪は親告罪であり,警察庁が認知していない暗数が多数存在していることを踏まえると,ストーカーの被害者は増加していると言わざるを得ない。また,警察の認知件数が増えたからといって,圧倒的多数の被害者がストーカー被害から解放されたと判断することもできない。ストーカー被害者の中には,加害者からの報復を恐れて警察に相談出来ない場合や,事が大きくなるのを避けようとして一人で抱え込んでしまうケースも少なくない。そのような被害者を救うためには,警察で対応する前の段階で相談できる機関が重要だと考える。
 そこで以下では,ストーカー被害者がためらうことなく相談できる社会を目指す上で必要と考えられる諸機関の活動について提言を行う。

2.ストーカー被害者相談機関の現状と問題点
 ストーカーの被害に遭ったとき,相談する機関として挙げられるのは警察である。警察によるストーカー事案への対応の第一歩として「被害に遭ったら迷わず警察署へ」と示されているが,警察での対応は地域差があるという問題があった。それを改善するために,警察は,2012年から2013年にかけて3つの新たな取り組みを行った。一つ目は被害者対応マニュアルの導入であり,窓口での対応のばらつきを抑えるために,一律の基準を設けた。二つ目は,警察に寄せられる被害形態については,命の危険を伴うものもあればそうでないものも多数存在することから,それらを客観的に判断するための危険度判定チェックリストの開発が行われた。そして三つ目は危険度の高いストーカーの早期検挙体制等の構築である。これは警察の中の生活安全部門と刑事部門が共同で即応チームを編成し,すぐに重大犯罪に結びつきそうな事案に対応できる体制を整えているものである。このような新たな取り組みの結果,危険度が高いと判断された事案は即座に検挙する体制に変わったとされている。しかし,この警察の取り組みには問題が残されていると考える。それは警察組織だけで問題を解決しようとしていることである。被害者への対応の足並みをそろえることや,危険度の高いものは早期に事件化して凶悪な犯罪が起こる事を防ぐことはもちろん大切である。ただしこれらはすべて,被害者が警察に相談に訪れた後の話であり,警察に相談することをためらっている被害者は救うことができない。
 そこで必要なのが,民間などの他の組織や機関の存在である。警察の強みは加害者に対して法的な措置を取ることが可能な点である。その強みは活かしつつ,警察が積極的に被害者から情報を得るためには警察以外の機関による協力が不可欠である。しかし現在の日本では,警察以外で相談に乗ってくれるところは大抵有料であり,NPOと名の付くものでもほとんどの場合は,初回のみ無料,2回目以降からは料金が発生する。また,一見公的な機関に見えても実際は民間の企業や団体と変わらず,解決のために多額に費用が必要になることもある。その機関の活躍で解決することももちろんあるとは思うが,なぜ自分が被害に遭って料金を払って相談しなければならないのかと躊躇する被害者や,学生や無職で経済的に余裕が無い場合,料金が発生するという段階で諦めてしまう被害者が存在することが考えられる。
 このように,警察以外にストーカー被害に遭った際に相談をする機関があっても,その受け入れ体制や相談への対応は不十分であり,その結果,被害に遭っても誰にもどこにも相談できず一人で悩んでしまうケースが多い。したがって,それらを解決するためには警察とは別の,無料あるいは低料金で利用することが可能な公的な機関が必要となると考える。

3.諸外国に見るストーカー行為への対応
 ストーカーによる凶悪犯罪の問題は,日本に限ったことではない。海外においても早急に対応の迫られる重要課題となっており,各国は様々な面からのアプローチを試みている。
 例えばイギリスの場合,国営医療サービス事業であるNational Health Service(NHS)の傘下にあるThe National Stalking Clinicという特殊な衛生サービスを提供する機関が法的問題も取り扱っている。NHSは患者のニーズに合わせた公平なサービスをすることが目的とされており,基本的には無料でサービスを受けることができる。また,誰もが経済的事情を気にすることなく利用でき,合法的にイギリスに滞在していると認定されれば外国人でも利用できることが特徴である。そのNHSの傘下であるThe National Stalking Clinicではストーカーの被害者だけではなく加害者の精神分析や治療も行っており,加害者に対しては矯正を目指している。ストーカー事案に関しては,ロンドン周辺にある治安判事裁判所,マジストレイト・ジャッジが保釈または親権監護権の決定においてThe National Stalking Clinicに査定や事前影響評価を求めることができ,保護観察の過程でも査定調査書を求めることができる。さらには裁判所の判断としての治療も行っている。このような種類の機関は世界初であり,加害者だけでなく被害者のケアも十分に盛り込まれているところが注目されている。加害者はその行動形態から様々なパターンや特徴が推測され,それらに合わせた対策がなされようとしているが,被害者の精神分析を行うことはあまりなされていない。しかし加害者の行動形態が様々であるようにまた,被害者の状態もまた人によって違ってくるためそれぞれに合わせた対応をするという点では効果的な方法であると考えられる。
 また,アメリカでは犯罪被害者法と合衆国法典42条112章に基づく犯罪被害者補償制度をはじめとした犯罪被害者支援の体制が整っており,被害者に寄り添った一貫的なサポートが展開されている。その中でも特にストーカー事案については,全国犯罪被害者センターが中心となってストーキング・リソース・センターが開設されている。ストーキング・リソース・センターは,センターの関係者だけではなく警察や医療従事者も招いたストーカー対策セミナーを開催し,それぞれの立場から出来ることや行うべきことを広く知ってもらおうとする活動を行っている。また実際の活動においてもセンターの人員だけでなく,司法省の「女性への暴力」を担当する課や被害者の学校・職場,家族・友人等にも協力を仰ぎ,被害者本人に危機意識がなくとも,周囲の人間が危険であると判断した場合にはただちにセンターに連絡がなされ,未然に被害を防ごうとする積極的な活動が行われている。この活動における重要なポイントは「被害者に危機意識がなくとも」という点である。日頃から被害者が気を付けていたとしても,いざ当事者になると自分の置かれた状況が冷静に把握できないことが考えられる。そのまま誰も気づかずに凶悪事件に発展してしまうことは防がなければならない。そこで重要となるのが被害者の周囲にいる人間である。身近にいるからこそ被害者のことをよく知っており,なおかつ冷静に判断が出来る。被害者と加害者の1対1で考えられがちなストーカー事案に対して,画期的な対策であると考えられる。
 以上,イギリスとアメリカの取り組みから見える共通点は「警察以外の力を大いに活用していること」である。警察がすべてを対応するのではなく,それぞれの機関が得意とすることは任せ,あらゆる視点から被害者を救うことを考える。この点が日本の現状と大きく異なるところである。そして日本も,警察だけにすべてを任せるのではなく他の公的機関とも密な連携をとって対応していく必要があると考える。

4.警察との連携と相談窓口の公的化
 以上の点を踏まえると,ストーカー被害者が相談しやすい環境を作るためには警察に相談する一歩手前での公的な対応が非常に重要となってくると考えられる。しかし現在の日本ではその役割は民間が営利活動の一環として行っているのが現状であり,被害者が多額な費用を負担しなければならないという問題がある。その状況を改善するために私は,イギリスの被害者精神分析やアメリカの周囲を巻き込んだ対応を参考にして,全国の犯罪被害者支援センターが中心となったストーカー被害カウンセリングセンターの設置を提案する。
 具体的には,今は総合的に被害者支援を行っている各都道府県の支援センターの役割を分担し,ストーカー被害に遭った際の駆け込み口として新しくセンターを作るということである。これによるメリットとしては2点考えられる。1点目は相談窓口の公的化である。犯罪被害者支援に関しては平成16年に犯罪被害者等基本法が制定され,少しずつ犯罪被害者への公的な支援が拡大しつつある。しかし,ストーカー被害は殺人や強盗などの凶悪犯罪に比べて軽視されがちで,ストーカー被害への対応には十分な公的支援がないのが現状である。ストーカー被害のカウンセリングセンターを犯罪被害者支援センターの傘下に設置すれば,被害者支援に日頃から携わっている人物によるカウンセリングを受けることが可能となり,さらに被害者は無料で安心して相談をすることが出来ると考えられる。2点目は相談のハードルが下がり,自分自身の状態も理解できるようになることである。従来の日本では「被害に遭ったら警察」であったため,被害の拡大や報復を恐れて誰にも言い出せない被害者が少なからず存在している。また,たとえ言い出せたとしても警察では加害者をどうするかに重点が置かれるため,自分の精神状態等について考える余裕がないという問題がある。これに対して,被害者支援センターの傘下としてストーカー被害カウンセリングセンターが設置されれば,警察に行きにくい被害者も安心して相談することが出来ると考える。また,被害を相談するだけではなく,被害者自身のカウンセリングを行うことにより,法的制裁にまで至らない場合等にどのような姿勢で対応していけばよいのかを知ることが出来る。そして被害者の同意を得た上で被害者の関係者にも協力を仰ぐことによって,より強固な被害者保護の体制が整い,行為形態が凶悪化する前に被害を食い止めるきっかけを作ることが出来るようになると考える。

5.おわりに
 以上,本論では,ストーカー被害者がハードルを感じることなく相談できる環境を整えるためには警察以前の公的な相談機関を設置することが重要であり,さらに被害者自身のカウンセリングを行っていくことが重要であるという提言を行った。全国で広がりつつある犯罪被害者支援の輪をさらに柔軟に活用しストーカー被害を相談することのハードルを下げることが出来れば,ストーカー行為がエスカレートする前に被害を防ぐことが今まで以上に可能になる。そしてストーカー被害の公的相談機関の存在が知られることにより,ストーカー行為被害そのものに対する理解と関心も深まると考えられる。

参考文献
  1. 1 時事ドットコム【図解・社会】ストーカーとDVの認知件数と摘発件数
      http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_soc_tyosa-jikendv (参照2015-8-16)
  2. 2 ふらっと人権情報ネットワーク 人権関連トピックス【NHKニュース】新たなストーカー対策導入へ 警察庁2013-11-18
      http://www.jinken.ne.jp/flat_topics/2013/11/nhk_2.html (参照2015-8-16)
  3. 3 「ストーカー行為等の規制等の在り方に関する報告書」警察庁 2014年 10-12ページ
      www.npa.go.jp/safetylife/seianki/stalker/.../report.pdf (参照2015-8-16)
  4. 4 「ストーカー行為等の被害者支援実態等の調査研究事業報告書」39ページ 内閣府男女共同参画局 2015-3
      www.gender.go.jp/e-vaw/chousa/.../h26_stalker_report.pdf (参照2015-8-16)
  5. 5 守山正「諸外国のストーキング実態とその対策〜イギリスの状況を中心に〜」
      (『犯罪と非行』178号,2014年,123-143ページ)
  6. 6 「第1回ストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会」 警察庁 2013-11-1 8ページ
      www.npa.go.jp/syokai/soumu2/pdf/05.pdf (参照2015-8-16)
  7. 7 「ストーカー総合対策」警察庁 2015年 2-5ページ
      www.npa.go.jp/safetylife/seianki/stalker/.../siryou2.pdf (参照2015-8-16)

(三重大学人文学部3年)

佳作
ストーカー事犯対策において求められる
警察と婦人相談所の連携
松村 拓実
要旨
 今日においては,ストーカー犯罪を単なる付きまとい行為,待ち伏せ行為等を行う事犯であるということはできなくなってきている。ストーカー行為等に関する法律が制定された後もその件数は増え続け,傷害・殺人といった重大な結果に発展するケースも一定数確認されているのである。近年ストーカー規制法は一部改正され,従来までと比べて警察が早期段階において行為者に対しアクションを起こすことができるようになった。すなわち,被害者からの申出があった場合は,当該ストーカー行為者に対し警告を,それでも行為を中止しない場合には禁止命令を行うことができるとされたのである。警告,禁止命令はストーカー事犯に対しては効果的であるようで,警告を受けたストーカー行為者の大半はその段階で行為の継続を思いとどまっており,禁止命令がなされることは少ない。このようにして,ストーカー事犯を早期段階において食い止めることは,被害者の保護といった点に加え,将来的にみて行為者側をも救済するといった点において効果的であると考えられる。したがって,今後ストーカー事犯の増加を食い止めていこうと考えた場合,いかにしてこの警告といったストーカー行為者に対するアクションを効率よく起こしていくべきか,ということが重要になってくると思われる。そこで本稿においては,前記目的を達成するために有用であると考えられる,婦人相談所のストーカー相談窓口としての働きにスポットを当てることとする。警察が,警告といったストーカー事犯に対して効果的なアクションを適時的確に起こしていくためには,婦人相談所との連携が必要とされているということについて統計資料を参考にしつつ考察をする。

(首都大学東京都市教養学部2年)

佳作
ストーカー被害者のサイバースペースにおける
個人情報保護
相崎 みき
要旨
 ストーカー事犯対策,とりわけ重大事件につながるような場合には,被害者の住所をはじめとする個人情報を加害者に漏らさないようにする試みが必要となる。一方で,今日の高度情報化社会においては,SNSやスマートフォンの気軽な利用により,本人の個人情報が意図せずに流出する事態が懸念されている。そこで,本稿では,ストーカー被害者のサイバースペースにおける個人情報を保護するために,SNS利用による個人情報漏えいリスク,最近のスマートフォン乗っ取り事例を検討し,ストーカー対策にもサイバー支援を取り入れるべきであると結論付ける。
 SNSについては,特に20〜30代のデジタルネイティブ世代の利用が盛んである。ストーカー被害者・加害者ともにデジタルネイティブ世代が最も多いことから,彼らがSNSを利用する際の特徴と個人情報漏えいリスクについて検討した。その結果,SNSはアカウント名から,別のSNSのアカウントを容易に特定できる場合があり,また,投稿内容等により,個人情報が流出する危険性があることが分かった。一方,デジタルネイティブ世代はサイバースペースに対する不信感は強いが,SNSから個人情報が抜き出されるリスクに関しては認識が不足しているため,個人情報が漏えいする可能性があることがわかった。
 スマートフォン乗っ取り事例は,本来は盗難防止用のアプリを無断で被害者のスマートフォンにダウンロードした事例である。加害者は遠隔操作により,被害者の位置情報の取得や音声録音を行い,被害者の私生活を監視していた。乗っ取り事例においては,現行のストーカー規制法では対応が難しく,またどのような予防策をとればよいか課題となる。
 このように,サイバースペースにおいて個人情報が収集される危険性は増しており,被害者支援においても,正しいサイバー対策を行う意識を被害者に持たせる必要性がある。

(慶応義塾大学法学部3年)

佳作
ストーカー加害者の更生に向けて
伊藤 優希
要旨
 今までのストーカー対策は,主に被害者支援に焦点を当てたものが多く,被害者を守るために厳罰化して規制を増やすというものだった。しかしストーカー犯罪は,加害者側も苦しんでいる場合が多く,悩みを抱え,迷った上でスーカー行為に及んでしまう者がほとんどだ。ストーカーが殺人事件を起こした,というのは極端なことであり,ごくわずかである。
 よってこれからは,ストーカー加害者を更生させるための加害者支援を積極的に行っていくべきである。加害者支援が必要であることは,多くのストーカー犯罪に関わってきた専門家たちも訴えている。加害者の内心に生まれるうらみの感情がストーカー行為として相手に向けられる前に,第三者が徹底して話を聞くことで被害を出さずに済むことが期待される。またストーカーの考え方や行動はある程度パターン化されており,状況は様々あれど,事前に分析しておくことは可能である。
 そこで,加害者が相談に行ける窓口の設置を提案する。相談を受け,カウンセリングによって今後どうすべきなのかをアドバイスして,加害者の更生を手助けするのである。その窓口は公的機関の主導のもと,警察や病院,民間団体との連携を取るべきだと考える。連携を取って運営していくことで,加害者それぞれにふさわしい環境を用意することができるからである。また支援を拡大するにあたって,薬物依存者を対象に民間団体が行っている更生プログラムが参考になる。これをストーカー加害者に適用するよう工夫し,新しい更生プログラムとして実践させることで,加害者の苦しみを取り除き,同時に被害者を守ることに繋がってゆく。
 犯罪者だから悪だと突き放すのではなく,更生したいと望む気持ちを受け入れることのできる社会であるべきだ。

(三重大学人文学部3年)