日本刑事政策研究会
受賞者発表
平成17年度懸賞論文入賞者決定!

 財団法人日本刑事政策研究会は,読売新聞社との共催により,毎年度,刑事政策に関心を持つ学生の皆さんを対象として,懸賞論文の募集を行っています。
 第19回目となる平成17年度においては,「犯罪被害者に関する刑事政策はいかにあるべきか」を論文題目として募集を行いました。募集は,同17年8月末日をもって締め切られ,11月18日に開催された審査委員会において,審査委員による慎重な審議が行われた結果,次のとおり,受賞論文が選定されました。

優秀賞(1名) 三浦美佳子(中央大学法科大学院 法務研究科3年)
佳 作(3名) 菱田実希(同志社大学法科大学院 司法研究科2年)
江藤 里恵(慶應義塾大学 法学部法律学科3年)
小峰 剛(慶應義塾大学法科大学院 法務研究科法務専攻3年)

 なお,受賞者に対する表彰式は,平成17年12月1日,法曹会館において行われ,優秀賞には,当会から賞状及び賞金20万円が,読売新聞社から賞状と賞品が授与され,また,佳作には,当研究会から賞状及び賞金5万円がそれぞれ授与されました。
 受賞者の皆様には,心からお祝い申し上げます。
 以下に,優秀賞を受賞した論文全文及び佳作の論文要旨を掲載します。


  
平成17年度受賞作品
優秀賞犯罪被害者主体の事件報道を目指して
−犯罪被害者の人権と報道の自由の調和を考える−
(三浦 美佳子)」
佳作犯罪被害者に関する刑事政策の在り方〜メーガン法を例として〜(菱田 実希)」
佳作犯罪被害者等給付金制度の拡大と地方自治体による支援(江藤 里恵)」
佳作犯罪報道における被害者保護について(小峰 剛)」

優秀賞
犯罪被害者主体の事件報道を目指して
−犯罪被害者の人権と報道の自由の調和を考える−
三浦 美佳子
1.はじめに
 平成16年に犯罪被害者等基本法が成立したのを始め,近時は犯罪被害者保護・支援の動きが活発となっている。犯罪被害者を取り巻く問題はいずれも深刻であるが,中でも報道被害の問題は報道関係者側の権利・利益と衝突するため複雑なものとなっている。そこで,両者が互いに協力し合う関係を築き,あるべき事件報道の姿を実現するためには,どのような刑事政策がとられるべきかについて論じたい。
 まず,犯罪被害者(遺族を含む。)への取材や報道被害に関する問題状況は,どのようなものだろうか。被害者側から見た報道被害の問題として,通常思い浮かぶのは,プライバシー権侵害や名誉毀損である。しかし,一口に犯罪被害者といっても,過熱報道により伝えて欲しくないことまで伝えられてしまう場合のみならず,逆に事件の被害者として社会に対して訴えたいことがあるのに,取材や報道がされない場合もある。すなわち,報道関係者が記事になると判断するか否かで,被害者らに生ずる問題が異なってくる。ここで問題なのは,犯罪被害者の意思確認がされないまま,報道関係者の都合に振り回されてしまうという現実である。犯罪被害者は取材の客体にすぎないのではなく,その主体性を尊重し,取材を受ける権利も拒否する権利もあるということを見落としてはならない。
 これに対して,報道関係者側に目を向ければ,メディアが負う社会的使命を果たすべく表現の自由が憲法上保障され,取材の自由や報道の自由を有する。そして,メディアの取材・報道活動は,一般国民の知る権利に資するものである。このような報道関係者の有する権利・利益の重大性を考慮すれば,安易に法的規制を及ぼすべきではない。自由な言論活動の保障は,民主制の根幹ともいえるものだからである。
 以上のように,犯罪被害者が受ける報道被害の問題は,一方で被害者のプライバシーや名誉,そして被害者感情の尊重,他方でメディアの取材・報道の自由という非常に重大でセンシティブな利益が衝突する場面である。そこで,両者の利益が最大限尊重されるよう調整すべき法的整備が必要となる。
2.報道被害防止策としての「被害者版当番弁護士制度」の提唱
 そもそも,事件報道で被害者に関する情報はどこまで必要なのだろうか。抽象的に言えば,事件の概要を伝えるのに必要な範囲であろうが,各事件の性質,被害者それぞれの意向によって異なるものである。しかし,事件報道において,その範囲を確定するのは専ら報道関係者となりがちで,被害者は自己や家族に関するプライバシーが自分の関与しないところで世間に広まっていく恐怖にさらされてしまう。被害者本人やその遺族に承諾もなく写真が掲載されることが珍しくないという事実からは,いかに犯罪被害者の意思が無視されて事件報道が行われているのかがうかがえる 。
 そこで,報道被害を防ぐために最低限必要なこととして,犯罪被害者の意思や要望を確認し,尊重することが挙げられる。被害者は何を報道してほしくて,何を報道してほしくないのかを報道関係者が明確に把握し,事件報道を通じて社会に有効なメッセージを発するパートナー関係を築ける体制を作ることが必要である。
 この点に関して,平成13年12月に「集団的過熱取材に関する日本新聞協会編集委員会の見解」としてメディアが守るべき取材のあり方がまとめられたほか,マスコミ各社が自主的にガイドラインを作成する動きが見られる。例えば,日本テレビでは平成14年8月に「被害者報道のあり方」というガイドラインを作成しており,また,日本雑誌協会では「雑誌人権ボックス」(MRB)を設置して各雑誌記事における人権上の問題での苦情・異議の申立て窓口を設けている 。「報道」という聖域を法律で規制することは控えるべきである以上,このようにメディアが自主的に犯罪被害者に配慮した報道のあり方を取り決めることは非常に有益である。
 しかし,このような自主的規制には限界があるといわざるを得ない。情報媒体が多様化した現代において,他社を出し抜いていかにスクープを獲得するかに目を奪われ,犯罪被害者の心情に対する配慮が十分になされない危険は否定できない。
 そこで,犯罪被害者と報道関係者が対立関係ではなく,信頼・協力関係を築けるように,両者を仲介する第三者の存在が必要ではないかと考える。そして,そのような役割を弁護士が果たすことが有益なのではないだろうか。突然,「被疑者」という形で犯罪にかかわれば「当番弁護士制度」により弁護士にアクセスする方法があるのに,「被害者」という形ではこのような法律専門家の支援を受ける制度が保障されていないというのは問題である。確かに,現在でも各弁護士会が被害者支援の窓口を設けているが(例えば,東京弁護士会の犯罪被害者支援センター等),被害補償等の経済的なケアや刑事手続の説明等はともかく,事件発生直後の報道対策まで十分に対処しているとは言いがたい。
 これに対して,被害者と報道関係者の間に第三者が介入すると,事件直後に機動的な取材ができず,マスコミの取材の自由が損なわれるとの批判が考えられる。しかし,事件直後の被害者は捜査に協力することで精一杯であり,マスコミに対して十分対応する気力は残っていないのが通常である。このような状態では被害者側からの正確な情報発信は期待し得ず,それどころか報道被害の危険が増大するばかりである。
 やはり,事件直後のできるだけ早い段階で被害者が意思を明確にできるように支援し,適切な取材・報道がなされることが報道被害を未然に防ぐ一番の方法であると考える。
3.支援センターの運用に対する期待・展望
そこで,このような「被害者版当番弁護士制度」とでもいうべき役割を果たすものとして,平成18年秋にスタートする「日本司法支援センター」(支援センター)に期待したい。これは,平成16年に成立した総合法律支援法に基づき,国民が良質な法的サービスを受けられる社会を実現するための組織である。そして,支援センターの業務内容として被害者等の援助等に係る態勢の充実が図られることとされている(総合法律支援法30条第5号)。このような組織の設置は,犯罪被害者に対する保護・支援の充実という観点からは有意義なものである。しかし,真に被害者らの保護・支援に資するものとなるかは,今後の運用次第である。そこで,特に報道被害対策に焦点を当てて,支援センターや弁護士及び弁護士会は具体的にどのような活動をすべきか,提言する。
(1) 重大事件発生直後の過熱報道の対処について
 まず,支援センターは,国・地方公共団体等との連携が要請されていることから,警察を通じて事件の被害者が支援センターにアクセスできる仕組みを確立すべきである。そして,これを受けた支援センターは,被害者等の援助に精通している弁護士の紹介や,契約弁護士等の派遣を行うことにより,マスコミ対策に実効的な法的サービスを提供すべきである。
そして,各弁護士会は,被害者援助に精通している弁護士を育成するための勉強会や被害者や有識者を交えたシンポジウム等を積極的に開催すべきである。
 また,弁護士が行うマスコミ対策として,具体的には,まず取材了承の意思確認をし,応じる姿勢であれば,被害者の実名報道の可否,写真提供意思の確認,取材のあり方に対する要望(近所迷惑になるため自宅に押しかけるのはやめてほしい,葬儀の様子は撮影しないでほしい等)や,取材の際に答えられる質問の範囲等をあらかじめ細かく打ち合わせて,それを被害者の代理人としてマスコミ各社に広報することが重要である。さらに,事件の規模によっては記者会見の手配等も行うべきである。また,事件報道に誤報があればそれに対するクレーム,さらに場合によっては謝罪文の掲載や出版差止の請求等も適切に行うべきである。
 そして,報道関係者との関係では,被害者の意思に応じた報道協定を締結するよう促し,また,不当な取材自粛の申し入れ等を行うことが必要な業務であると考える。
(2) 事件を風化させないために取材・報道を被害者が希望する場合
 もちろん報道が被害者に与えるのは被害だけではない。むしろ,本来は報道により恩恵を受けるところも少なくない。事件の検証,再発防止,世論形成,法の不備に対する啓発等について,メディアの力は非常に大きい。そのようなメディアの力を借りて社会に対してメッセージを発したいと考える被害者も少なくない。それにもかかわらず,事件の規模・性質によっては,ほとんど報道されないものも多く,また,事件直後は大きく報道されても,日々次々に新しい別のニュースが報道される中,風化してしまうこともある。そこで,被害者がメディアにアクセスできる方法を確立する必要がある。
 この点に関しても支援センターの運営方法に期待したい。具体的には,弁護士会や犯罪被害者を支援・援助する各団体と連携して犯罪被害者の集会・講演会等を積極的に開催し,マスコミにそれを報道してもらえるよう働きかけることが考えられる。
4.まとめ
 メディアは,犯罪被害者等基本法第6条にあるように,犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないように十分配慮しなければならない。そして,報道関係者がそのような報道倫理の確立に自主的に取り組むことが重要であることはもちろん,支援センターを起点とした報道被害対策のネットワークを構築し,効果的に運用していくことが不可欠である。
 事件の取材や報道の際に,犯罪被害者の主体性が確保されて初めて,被害者だけでなく一般市民にとっても有益な事件報道のあり方が実現されるものである。インターネットや携帯電話の普及により様々な情報が行き交う現代において,信頼できるメディアの存在は貴重かつ不可欠である。そのためには被害者と報道関係者の利益を調整するための法的整備が必要であり,そのような役割を担う機関として支援センターの運営に期待するところは大きい。総合法律支援法の理念が画餅に帰することのないよう,支援センターの業務内容については,これからも詳細に議論されるべきであり,その一つとして「被害者版当番弁護士制度」を提唱したい。
以 上
1 「〈犯罪被害者〉が報道を変える」高橋シズヱ・河原理子編 2005年 岩波書店 37頁等
2 これらの自主規制に関する資料は,平成16年5月8日憲法記念行事四会実行委員会主催で行われた「報道の自由と犯罪被害者の人権」シンポジウムにて配布されたものである。

(中央大学法科大学院 法務研究科3年)
一覧へ戻る


佳作
犯罪被害者に関する刑事政策の在り方〜メーガン法を例として〜
菱田 実希
要旨
 近年,国際連合における「国際被害者人権宣言」が採択から10年を迎えたことを契機として,犯罪被害者への対応の改革が世界的な動きとなってきた。我が国でも犯罪被害者の権利が見直され,その保護・支援のための法整備や体制作りが急速に進められてきている。このような潮流は,平成16年に犯罪被害者等基本法によって一つの結実を見せたといえる。
 しかし,法整備は最大の刑事政策ではあるものの,人々が実際に生活する社会で理念と目的の実現を達成するためには,法だけでは不完全である。
 特に,犯罪被害者への支援は,金銭面のみならず精神的なサポートや様々なコミュニティでの受入れ体制の確立が重要となってくる。その最たるものの一つとして挙げられるのが,性犯罪の被害者に対する支援である。性犯罪は,その被害者が身体的よりもむしろ精神的に重大な被害を受けてしまうばかりか,周囲の十分な理解と配慮を得られない場合,二次被害・三次被害を受けることが少なくないという問題を有する。加えて,PTSD(=心的外傷後ストレス障害)も残りやすいとされている。また,性犯罪者の再犯のおそれも特筆すべき点である。
 その点に着眼し,加害者の所在を知っておきたいという被害者感情,犯罪への抑止力としての効果,更には監視による前科者の更生までを理念に置いた法としてアメリカで誕生したのがメーガン法であった。だが,このメーガン法は,実施されると間もなく,@登録者の社会復帰の阻害,Aコミュニティ内での私的暴力・排除のおそれ,B抑止力としての効果への疑問,C憲法違反の疑いなどの重大な問題を抱えることとなった。その原因としては,法整備に頼りすぎた政策の姿勢が考えられる。これらにかんがみると,我が国への導入に際して考慮されるべきは,法の整備のみを先行させるのではなく,社会に適合した支援機関との有機的な連携の重要性であり,そのような機関の必要性であるといえる。

(同志社大学法科大学院 司法研究科2年)
一覧へ戻る


佳作
犯罪被害者等給付金制度の拡大と地方自治体による支援
江藤 里恵
要旨
 長い間忘れられた存在であった犯罪被害者や遺族に対して,様々な事件を通じて社会の注目が集まっている。とりわけ被害者補償という問題は日本の被害者支援の歴史の中でも早い段階から論じられてきた問題であり,「犯罪被害者等給付金制度」はスタートしてから20年以上経過した。2001年の法改正により,重傷病給付金の創設や支給額の増額などが行われたが,その見舞金としての性格から支給対象の範囲にはかなりの制限がいまだに存在している。確かに見舞金は被害者等に迅速な支給を可能にし,さらには給付金の用途を限定しないため個々の被害者等にとって必要な支援を可能にする。しかし,財源的な問題を常に抱え,さらなる対象範囲の拡大はなかなか行えない。そもそも犯罪被害の回復は,加害者が行うことが原則であり,日本の給付金制度においても給付金を支給した際には国が被害者の代わりに加害者に対する求償権を有することが規定されている。ところが,現在では事務的負担や加害者側の資力の問題から求償権はほぼ行使されていない。延納や分納,一部返還など運用方法を変えることで少しでも求償を行うことが考えられ,その結果,わずかであっても財源を増やし,何よりも本来あるべき姿に近づくのではないか。
 ところで,埼玉県嵐山町が条例により犯罪被害者への支援金制度を開始したのを始め,自治体の中にも被害者支援への取組が広まりつつある。しかし,多くの場合は国と同じ見舞金としての性格を有するため,やはり対象の拡大が難しい。国の制度で対象外となる被害者にも何らかの支援を行うには,自治体で国とは違った貸付による制度を導入することが良いと考える。この貸付制度を導入することで多少の支給対象の拡大が望め,また被害者支援全体を見たときにも貸付による支援の「循環」が考えられる。被害者支援が一過性のものではなく,永続的なものになることを望みたい。

(慶應義塾大学 法学部法律学科3年)
一覧へ戻る


佳作
犯罪報道における被害者保護について
小峰 剛
要旨
 犯罪被害者等基本法が施行され,犯罪被害者は国からも国民からも然るべき配慮と保護を受けるべき存在であるとの方向付けが明らかになった。その流れの中で,犯罪報道において被害者をいかに保護すべきかについても,再考する機会が訪れているといえる。
 現在の日本における犯罪報道は,被害者に関しても「実名報道の原則」を採用している。しかし,「実名報道の原則」の根拠として主張されている社会的要請について十分検討してみると,必ずしも,匿名報道は例外であるという態度を採らなくとも,同様の社会的要請をかなえることが可能と分かる。したがって,今後の犯罪報道では,被害者の実名・匿名の選択がもっと柔軟になされるべきで,現状に比べれば匿名報道の範囲は拡大されるべきと考える。
 犯罪被害者の報道被害をなくすために必要なのは,実名・匿名のどちらが原則かという議論ではなく,犯罪被害者の意見を各メディアや社会全体に伝える制度の構築である。そのため,犯罪被害者と各メディアの間を取り持ち,双方の見解を国民に公表し,伝達する中立的な公的機関の設置を提案したい。その機関は,報道の在り方に論評を加えず,裁定もせず,マスメディアの報道の自由に一切干渉しない。その制度の実効性は,公権力の強制力によってではなく,一般国民による監視,そして,各報道機関の所有者たる株主らのコンプライアンス感覚によって担保される。こうした制度により,犯罪被害者は自らの考えを発表し疑念を解消する場を与えられ,メディアはより国民の期待に沿う形で社会的責任を果たすことができるようになるのである。

(慶應義塾大学法科大学院 法務研究科法務専攻3年)
一覧へ戻る