日本刑事政策研究会
受賞者発表
平成16年度懸賞論文入賞者決定!

 財団法人日本刑事政策研究会と読売新聞社との共催による平成16年度の刑事政策に関する懸賞論文募集は,平成16年4月に開始され,同年8月31日をもって締め切られました。
 本年度の論文題目は「犯罪の抑止と犯罪者の更生」でしたが,応募論文は,各審査委員による厳正な個別審査の後,同年12月6日に審査委員会が開催され,その結果,次の受賞者が選定されました。

優秀賞(1名) 中島美恵子(明治大学法学部4年)
佳 作(5名) 出雲 孝(中央大学法学部4年)
菱田 実希(同志社大学大学院)
大場 勲(慶應義塾大学法学部4年)
甘利 航司(一橋大学大学院)
木下 裕一(大阪市立大学大学院)

 なお,受賞者に対する表彰式は,平成16年12月16日,法曹会館において行われ,優秀賞には,当研究会から賞状及び賞金20万円が,読売新聞社から賞状と賞品がそれぞれ授与され,また,佳作には,当研究会から賞状及び賞金5万円が授与されました。

 以下に,優秀賞を受賞した論文全文及び佳作の論文(要旨)を掲載いたします。


  
平成16年度受賞作品
優秀賞児童虐待対応システムの再構築(中島 美恵子)」
佳作犯罪の抑止および犯罪者の更生と地域社会(出雲 孝)」
佳作環境デザインによる犯罪抑止と犯罪者の更生
 〜CPTED の実践〜
(菱田 実希)」
佳作発達障害等を有する触法少年の事件抑止と更生(大場 勲)」
佳作犯罪の抑止と犯罪者の更生
 〜「社会内処遇」と「開放的処遇」の充実化による解決〜
(甘利 航司)」
佳作「二号観察と更生保護施設の役割」論文要旨(木下 裕一)」

優秀賞
児童虐待対応システムの再構築
中島 美恵子
 児童虐待は,加害者に犯罪の意識がない、継続性及び常習性のある潜在化した悪質な犯罪である。しかし,「法は家庭に入らず」の原則が壁になり,犯罪すら発覚しないこともある。児童相談所の児童虐待処理件数は,年々増加し,そのほとんどが実親によるものだ。
 今年4月,「児童虐待の防止等に関する法律」が改正されたが,いまだ福祉の位置付けが強く,司法体制の不備が指摘される。現在の日本の体制は,子どもの処遇に視点を置きながらも,その人権を将来に向かって守る構造になっていない。さらに,加害者である親の更生や虐待の再発防止は条文上記載されているが,その運用は不徹底であり,虐待の凶悪化への進行を放置しているともいえよう。現行法上,家庭裁判所は処遇の時点で初めて関与する。この関与の遅滞は,児童虐待の対応を行う児童相談所職員の職務遂行を妨げ,児童虐待自体の悪循環を招く要因といえるだろう。
 児童虐待の対応では先進国といわれるアメリカ(カリフォルニア州ロサンゼルス郡)のシステムは,被虐待児を保護した時点から司法関与が始まるところに特徴がある。さらに,中立公正な立場から虐待の事実を確認し,虐待親の更生を軸とした処遇決定をする。その後も定期的に虐待親の更生成果を審理し,家族再統合を目指している。
 そこで,アメリカのシステムから学び,日本の児童虐待対応システムの再構築を提言する。具体的には,@通告の強化、A児童相談所等の福祉機関の円滑な機能遂行と通告後の迅速な対応,B虐待親の凶悪な犯罪への進行回避(刑罰からの回避)及び再発防止,C通報窓口の一本化及び社会への広報,である。早期の司法関与は、犯罪の抑止や加害者の更生に貢献し,かつ,子どもの最善の利益を確保した家族再統合を目指すことを可能にする。被害者である子どもや加害者である親にとっても,将来に向かい幸福な結果をもたらす最良の手段だろう。
(明治大学法学部4年)
一覧へ戻る


佳作
犯罪の抑止および犯罪者の更生と地域社会
出雲 孝
 犯罪の増加に対処するためには,警察の捜査が効率的に遂行されるだけでなく,犯罪の抑止と犯罪者の更生とが並行してなされなければならない。そのためには,犯罪の出発点であるとともに,更生した犯罪者の復帰先でもある地域社会に着目する必要がある。
 まず,犯罪の抑止における地域社会活動の役割は,公共空間の管理による防犯である。この点,自治体による見回りや監視カメラの導入等が具体例として挙げられる。他方,これらの施策については,環境設計のための費用,外部に対する閉鎖性,プライバシー侵害等の問題点が生じる。また,単一の地域社会のみでは十分な防犯効果が達成できないため,他の地域社会や政府との協働が求められる。
 次に,犯罪者の更生における地域社会活動の役割は,犯罪者の自律的な社会復帰を支援するための環境作りである。地域社会は,住居や職場を提供することによって,犯罪者の社会復帰を直接的に支援し得るが,地域社会全体がこのような活動に積極的に関与することは少ない。このため,民間の保護司,更生保護女性会あるいは BBS 運動の会員等が,犯罪者と地域社会との間に介在する必要がある。また,地域社会の閉鎖性が,犯罪者の私的な行動に干渉することも防がねばならない。
 以上の問題点を解決するには,近代法の大原則である公私の区別を適用し,私事への干渉を厳格に規制するとともに,住民の公共への関心を復活させなければならない。したがって,公の活動に関心を持ち,かつ,プライバシーに寛容な地域社会の育成こそが,犯罪の抑止と犯罪者の更生とのバランスを図るために必要であると考える。
(中央大学法学部4年)
一覧へ戻る


佳作
環境デザインによる犯罪抑止と犯罪者の更生
〜CPTED の実践〜
菱田 実希
 近年,我が国では防犯の意識が高まってきている。その防犯意識の現われを犯罪者とのイタチごっことして終わらせないために大きな役割を果たす可能性があるのが,CPTED(Crime Prevention throng Environmental Design)である。環境を効果的に作り出す,あるいは改善することによって犯罪に対する不安感と犯罪の減少を導こうとするこの手法は,学者のみで成せるものではなく,建築家や行政,そして地域コミュニティーの結束と協力が不可欠であり,だからこそ社会のニーズに沿うものとなることが期待できる。社会の構成員が協力し合うという本来の犯罪予防の形がその根本にあるのである。
 また,これはしっかりとしたコミュニティーが元犯罪者をその一員として受け入れ,何らかの拍子に彼らが再犯に走るのを食い止めるという,犯罪者の更生に役立つ側面を持つ。
 CPTED の誕生国アメリカでは,1970年代以降積極的な実践が行われ,いくつかの失敗を教訓としつつ,警察活動やコミュニティー活動を支えとして展開することの重要性が確認されている。イギリス,オランダでは防犯面から見た建築基準を設け,専門家がアドバイスを行い,その基準に合格した建築は盗難保険の保険料が安くなるなどの民間との連携も盛んである。
 日本の場合,近隣との関係を含めた住環境の変化や都市化の発展によるコミュニティーの変質など独自の問題点も多く,特に行政や自治体による働き掛けが乏しい地域では問題点が如実に現れ,活動が低調ではあるものの,全般的には民間や自治体単位での取組みが増加してきており,今後更なる発展が見込まれる。
 CPTED には費用対効果の問題やプライヴァシー侵害の危険性,犯罪の推移の可能性,コミュニティーの性格などが問題点として挙げられている。特にコミュニティーの性格は元犯罪者を「異質な者」として拒絶しないためにも解決しなければならない問題であり,価値観や生活が多様化する現在,より一層の議論と変革が必要となろう。
(同志社大学大学院)
一覧へ戻る


佳作
発達障害等を有する触法少年の事件抑止と更生
大場 勲
 2003年夏,長崎で12歳の中学生による児童誘拐殺害事件が起こり,「触法少年」という言葉がキーワードとして注目されることになった。警察庁のまとめによれば,2003年における触法少年補導数は前年比約5%増の約2万1500人,凶悪犯の増加は前年比約5割増の212人だという。2004年6月には長崎県佐世保市において,小学生6年生女児による同級生殺害事件が起こった。「触法少年」による凶悪事件の防止及び彼らの更生は,今後の刑事政策における大きな課題の一つといえる。彼らが収容される児童自立支援施設における処遇の有効性,特に長崎の少年のような特異な性的嗜好,発達障害を有する者の対応に最大の問題がある。このような現状に対して,適切かつ的確な抑止と更生を検討していく。
 触法少年による凶悪事件の抑止には,学校・家族・周囲の人々,そして児童相談所・精神科の専門家等が互いに連帯して,「地域社会」を再構築することが必要である。なぜなら発達障害等を有する触法少年の凶悪事件には,予兆があり,それを地域社会で問題化し,解決することで,事件を未然に防ぐことができるからである。
 更生に関しては,医療や心理,そして非行問題に精通した専門的職員の養成が求められる。思うに触法少年の多くは,発達障害のような分類上の症状がなくとも,何らかの心的問題を有しており,彼らに対しては的確な診断に基づいて,適切な医療的措置,集団あるいは個別処遇を選択することが円滑な社会復帰へと通じると考えられるからである。
 以上のように抑止と更生を図ることで,社会の安全と被害者感情の鎮静という刑事政策の要請に応えることができるのではないだろうか。
(慶應義塾大学法学部4年)
一覧へ戻る


佳作
犯罪の抑止と犯罪者の更生
〜「社会内処遇」と「開放的処遇」の充実化による解決〜
甘利 航司
 最近,興味深い指摘がなされている。それは,近時においては,犯罪者を再び受け入れる家族ないしは社会がもはやない,というものである。もしこのような指摘が正しいとすれば,犯罪者は,犯罪に手を染めた後で,受け入れてもらえるところがない以上,再び犯罪を犯すこととなるであろう。このことと結び付くデータがある。最新の 『犯罪白書』 は,ここ5年において,再犯者の人員・比率が上昇し続けているというのである。
 ところで,犯罪はある意味で不可避である。例えば,どのような経済的に豊かな国でも殺人事件はあるからである。そして,確かに犯罪を抑止することは困難であるように思われる。しかし,再犯者の再び行う「犯罪」を抑止するということは,なお,現実的なものとして考えてよいと思われる。というのも,刑罰(処遇)は,常に犯罪者の更生を目標としているからである。そこで,犯罪者の更生に資する処遇内容を再検討してみる必要がある。ここで,まず着目すべきなのは,人は,他人から「人格」として認められて初めて他人を「人格」として認めることができるということである。そして,このような状況で,初めて「自立」して行動できるということである。このとき,この「自立」した「人格」が再び犯罪に手を染めるなどということは考えにくい。つまり,処遇は,受刑者の「人格」を認めるものであり,かつ,「自立心」の涵養に資するものであるべきである,ということになる。そのためには,「社会内処遇」によって,社会に接し,社会に向き合うことや,自分の犯した罪を自覚することができるということがスタートラインとなるであろう。また,施設内での処遇においても,単に刑務官に従順となることを最優先とすべきではなく,例えば,居室・工場・食堂での施錠はしないといった,受刑者の「人格」を認めるものであり,かつ,受刑者の「自立心」を損なわないものを考えるべきである。
 つまり,『犯罪の抑止と犯罪者の更生』 は,共に,受刑者の「社会内処遇」及び「開放的処遇」を充実化することによって達成する。本稿が提示するのは,そのような議論である。
(一橋大学大学院)
一覧へ戻る


佳作
二号観察と更生保護施設の役割
木下 裕一
はじめに
 少年法改正についての議論で,あまり触れられることのなかった少年の更生について,少年院仮退院者が受けることとなるいわゆる「二号観察」と更生保護施設の役割についての視点から論ずる。
1 いわゆる「二号観察」について
 保護処分として入院した少年のほとんどは仮退院によって出院し,二号観察を受ける。二号観察は,保護観察官と保護司によって指導・援護等が行われるが,二号観察の対象者は処遇が困難であると予想される者が多く,他の保護観察者よりも高い確率で,「保護観察分類処遇制度」により保護観察官の直接の指導を受けている。
2 更生保護施設の概略
 更生保護施設は,歴史的に民間の篤志家により運営されてきたが,国は,立法等により積極的な関与を強化している。現在,更生保護事業は,継続保護事業,一時保護事業,連絡助成事業に分類され,更生保護施設では,対象者の宿泊を伴う継続保護事業を実施している。
3 少年の帰住環境の悪化と更生保護施設の不足
 更生保護施設は,全国に101施設あるが,少年専門に受け入れている施設は4施設のみである。継続保護の実績をみると施設不足とは断定できないが,少年の帰住環境悪化,処遇の困難さ等を考慮すると潜在的な需要は高いと思われる。また,成人との分隔を考慮すると少年専門施設の増設が望まれる。
おわりに
 保護観察の問題点として,中間的処遇制度の欠如を指摘する見解がある。更生保護施設の規模・機能の強化により,中間的処遇制度のキーステーション的役割を担うことができるとともに,保護観察成績不良者に対する措置に代わる更生保護施設への通所・収容等の措置を積極的に実施することが可能になると思われる。
(大阪市立大学大学院)
一覧へ戻る