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平成30年版犯罪白書(ルーティン部分)を読んで
宮 園 久 栄
1.はじめに
 今の日本は「犯罪減少社会」にある。刑法犯の認知件数は,1996年より戦後最多を記録し,2002年に285万4061件まで達したものの,それ以降15年一環して減少し続けている。2017年の認知件数は,91万5042件であるから,単純に計算するとその数は,最多を記録したときの3分の1以下を示している。


表1 [参考]日本は安全・安心な国か


(注)平成18年12月調査までは,「あまりそう思わない」となっている。
 ※:調査をしていない項目 出典:内閣府「治安に関する世論調査」の概要2頁。


表2 [参考]最近の治安に関する認識


※:調査をしていない項目 出典:内閣府「治安に関する世論調査」の概要4頁。


 内閣府は2004年から定期的に「治安に関する調査」を行っている。2017年9月に実施した調査によると,「日本は安全・安心な国か」という質問に対し,約8割の人が「そう思う」と回答している。2006年12月に実施した同調査では,「そう思う」と回答した人は,46.1%であったから,安全・安心に関する国民の意識は10年前に比べかなり高まってきていることがわかる(表1)。
 しかし,「あなたは,ここ10年間で日本の治安はよくなったと思うか。」という質問に対し,2006年の11.3%という数字に比べれば,その割合は高くなっているが,「よくなったと思う」と回答している人は35.5%にすぎない(表2)。まさに,この10年の間に,認知件数は「ジェットコースター」並みに少なくなっているにもかかわらず,国民の約3分の2は治安はよくなったと思っていないのである。この調査では,何を根拠にこのような認識に至ったのかについては分からないが,犯罪白書の果たすべき役割を考えるに当たって一つの示唆を与えてくれるように思われる。
 そこで,「平成30年版犯罪白書を読んで」というテーマで本稿を書くにあたって,そのルーティン部分(第1編から第6編)について,@犯罪白書の役割,Aジェンダーの視点から,という視点から検討を行ってみたい。

2.犯罪白書の役割について
 そもそも犯罪白書は誰に向けて書かれたものなのか,そのターゲットはどこにあるのか?
 犯罪白書は,犯罪の動向および警察,検察,裁判,矯正,更生保護の各段階における犯罪者処遇の実情を中心に,刑事司法の現在の姿を,統計を用いて記述し,分析・検討を行っている。特に最近では,図表も大きくカラー化されて見やすくなり,コラムは数も増えたばかりかその内容も充実している。今や犯罪白書は「刑事司法に関する唯一無二の総合的なハンドブック」と進化し,刑事政策・犯罪学を学ぶものにとって必携の書であることは誰もが認めるところであろう。
 しかし,犯罪白書はもはやこうした研究者や実務家等の専門家だけのものではなくなってきている。すでに井田は「犯罪現象とそれへの対応は,ごく一部の専門家の研究対象というだけでなく,国民誰しもが切実な関心をもたざるを得ない事情となっている」と指摘し,犯罪白書は,社会,すなわち国民に対し,「学問的に正確であるにせよ断片的な情報よりも,犯罪情勢の変更に対応した具体的な施策策定の指針となる『総合的な知』」を提供すべきと提言している
 むろん,犯罪の増加・凶悪化が叫ばれ,検挙率の低下と共に治安の悪化が強調され「犯罪に対する不安」が大きな社会問題となり「リスク社会」といわれていた当時と「犯罪減少社会」である今日とでは,当然のことながら,犯罪白書が国民に対し提供すべき「総合的な知」の中身は変わってくるかもしれない。しかし,犯罪白書は専門家のみならず,「国民に対しても開かれたものであるべき」であるという点については,おそらく異論はないだろう。
 一方,かつて瀬川は1990年代後半以降の刑事立法活性化の動きについて,「ピラミッドの沈黙が破られた」 と評したが,近年その動きはますます加速しているように思われる。特に,2005年に明治以来続いていた監獄法が改正され刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律となったのを皮切りに,2007年に更生保護法,2013年には刑の一部執行猶予制度の導入,2014年に少年院法・少年鑑別所法,2016年に再犯防止推進法,2017年には強姦罪が強制性交罪に改正された。法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会では,現在,「少年法における少年の年齢」や「犯罪者処遇を充実させるための刑事法の整備」について審議が行われている。とりわけ,「犯罪者処遇を充実させるための刑事法の整備」は,施設内処遇や社会内処遇の制度など刑事政策の根幹ともいうべき制度について議論が行われており,これまでの刑事政策の在り方が大きく変わる可能性もはらんでいる。まさに,刑事政策関連の制度改革は現在進行形で進んでいるのである。
 こうした状況下において,犯罪白書の持つ意味はますます大きくなってくると思われる。なぜなら,新たな政策の提言,政策評価を行うに当たっては,近年政府の文書においてもしばしば登場する「エビデンスに基づく政策(Evidence-Based Policy)」が求められるからである。
 エビデンスベースドポリシーは,「一般的に,一定の処遇や政策が実証的なデータに基づいて検証されなければならないという意味で用いられることが多く」,さらにその場合,「ある政策等を実施したときに,事後的にその効果を実証的に検証,評価することの重要性が強調される場合と,政策立案が,事前的に十分なデータ,根拠に基づいて行われることの重要性が強調される場合がある」とされる。刑事政策の分野において必要性が認識されていながら,ほとんど実施されていないのが現状であるとされ,その理由の一つとして,評価・検証のための公的データの入手が困難であることが指摘されている
 確かに,犯罪白書に対しては,「単なる業務統計に過ぎない」「中立的でない」「検証機能を持ちえていない」といった批判はあろう。しかし,犯罪白書は,毎年一定の視点から作り続けられ,経年で比較することができるデータを提供し続けている。とりわけルーティン部分は,犯罪や刑罰に関するデータを全ての省庁から集約し,横断的に分析したものが提供されている。しかも,現在の我が国において,法務総合研究所ほどの人的・物的規模と研究能力をもった研究機関は他に存在しない。そこには犯罪白書や研究部報告等で培った分析や調査に関するノウハウや長年の蓄積された膨大なデータが存在する。その意味では我々ももっと,エビデンスとして犯罪白書のデータを積極的に活用していく必要があるとともに,そして,犯罪白書もまた,検証的で批判的な視点をもった提言を行っていくことが求められていると言えるだろう。
 平成29年版,平成30年版犯罪白書では,そのはしがきにおいて,ルーティン部分を「犯罪情勢の定点観測を行うための素材として,効果的な刑事政策立案の基盤」と位置付けている。さらに今回取り上げている高齢者犯罪の特集では,高齢化の現状や高齢者犯罪の動向や刑事司法の各段階における高齢犯罪者の処遇の現状,高齢犯罪者の再犯の状況や高齢者を被害者とする犯罪の動向等を統計的に概観・分析するだけではなく,高齢者に関する意識調査や,特別調査を基に,「高齢者犯罪の防止に向けた提言」を行ったことを明言している。犯罪白書は犯罪現象の分析・検討に止まらず,政策提言や批判的な検証を行うことを目指したものに変わりつつある。

3.ジェンダーの視点から
 次に,ジェンダーの視点から,検討を加えてみたい。
(1)ジェンダー統計について
 統計は,前章で述べたように,エビデンスとして,政策を立案し,また評価する上でもその重要性は高まってきているが,社会制度や慣習,さらに人々の意識の背後に潜むジェンダーバイアスを顕在化するという観点から,ジェンダー統計の充実が指摘されている。ジェンダー統計とは,「社会におけるジェンダー問題を反映」することにより,ジェンダーの平等の実現を目指すものである 。
 ジェンダー統計について,第3次男女共同参画基本計画は,次のように位置付けている。すなわち,「男女共同参画の視点に立った社会制度・慣習の見直し,意識の改革」を推進していくためには,「男女共同参画に関わる調査研究,情報の収集・整備・提供」していくことが重要であり,それを実現していくために「調査や統計における男女別等統計(ジェンダー統計)の充実」が必要と指摘し,具体的には,「男女の置かれた状況を客観的に把握できる統計の在り方について検討を行い,男女及び家族に関する学習・調査・研究に資するための情報を含め,男女共同参画社会の形成に資する統計情報の収集・整備・提供に努める」ことや「統計調査の設計,結果の表し方等について,男女共同参画の視点から点検し,必要に応じて見直す」こと,また「統計情報について,可能な限り,男女別データを把握し,年齢別にも把握できるように努めるとともに,都道府県別データについても公表に努め」,「男女共同参画に関わる重要な統計情報は国民に分かりやすい形で公開し,周知を図る」ことが求められている。つづく第4次男女共同参画基本計画でも,「男女の置かれている状況を客観的に把握するための統計(ジェンダー統計)の充実の観点から,業務統計を含む各種調査の実施に当たり,可能な限り男女別データを把握し,年齢別・都道府県別にも把握・分析できるように努める」10ことを指摘している。
 こうした観点に立てば,ルーティン部分では,「第1編犯罪の動向」,「第2編犯罪者の処遇」の部分において男女別統計を示すことによって,わが国の犯罪の動向や警察,検察,裁判,矯正,保護の各段階における男女の状況の違いを客観的に示し,その差がなぜ生じているのか,それはそれぞれの性に応じた特性に基づくものなのか,あるいは偏見や差別に基づく差別的な取り扱いの結果なのか,といったことを多角的に検討していくことが求められていると言ってよい。
 確かに,犯罪の大半は,男性によって行われる。4-7-1-1図女性(成人・少年)の刑法犯検挙人員・女性比の推移が示すように,検挙人員の女性比は,昭和33年に7%を示して以降上昇傾向にあったが,1970年代後半以降は,ほぼ2割前後で推移している。それゆえ,犯罪現象を分析する場合に,その前提として「犯罪についての叙述は専ら男性中心としてなされ」てきたという側面はあろう。しかし,女性による犯罪が少ないのは女性犯罪の特徴であるのと同様,男性による犯罪が多いのは男性犯罪の特徴である。一方の視点に偏るという単眼的な陥穽の罠に陥ってしまうことなく,複眼的な視点から考えていかねばならない。
 「第4編各種犯罪の動向と各種犯罪者の処遇」の部分で,「女性犯罪・非行」11という形で扱うことは,女性犯罪者を犯罪者として例外的な存在と位置付け,「女性犯罪・非行」を女性に特有の問題として矮小化してしまうことにつながってしまう危険性がある12
 加えて,男性の犯罪にとってもこのことは問題があるように思われる。例えば,検察庁終局処理人員の処理区分の男女別構成比を示している4-7-2-2図を見てみよう。


4-7-2-2図 検察庁終局処理人員の処理区分別構成比(男女別)


 注 1 検察統計年報による。
    2 過失運転致死傷等及び道交違反を除く。
    3 ( )内は,実人員である。


 この図は,「第4編各種犯罪の動向と各種犯罪者の処遇」の「第7章女性犯罪・非行」に置かれている。それゆえ,この図は,その本文で,「女性は,男性と比べて,起訴の占める割合が低く,起訴猶予の占める割合が高い」(170頁)という女性犯罪者の特徴を示すものとして語られている。しかし,この図は,同時に,「男性犯罪者の4割以上が起訴となる」,という男性犯罪者の特徴もまた示しているのである。このように,「第7章女性犯罪・非行」に置くことで,男性犯罪の特徴が後景に退いてしまう可能性があることにも注意する必要がある。
 犯罪者全体の傾向はどうなるのだろうか?「第2編犯罪者の処遇」に置かれている2-2-3-1図の@が犯罪全体の動向を示している。しかしこの図は,検察庁終局処理人員総数として過失運転致死傷等および道交違反を含んでおり,4-7-2-2図は過失運転致死傷等及び道交違反は除かれており,両者を単純に比較することはできない状況となっている。「過去の犯罪白書を活用して,犯罪動向の推移を把握しようとするときに,白書冒頭の『凡例』に注意を払う必要がある」との指摘13があったが,上記のような同じ項目を扱う図においては注にも注意を払う必要がある。
 ルーティン部分は,該当する図表だけで考えるのではなく,連続的な刑事司法各段階の流れの中で,互いに関連し影響を与えていることを考えながら読む必要がある。
 女性受刑者の年末収容人員は,1993年から2006年まで増加し続け,その後ほぼ横ばいで推移していたが,2016年から減少している。受刑者の増減については,前述の起訴猶予率の影響があるのではないかと思われるが,「女子の犯罪・非行」の特集があった『平成25年版犯罪白書』以降,2018,2019年のデータはあるが,2013〜2015年の起訴猶予率の男女別統計はなく検討が難しい。
 ルーティン部分は定点観測的な側面ももつ。既に指摘されているが,「犯罪白書を継続的に利用しようとする立場からすると,同種の資料を同名の編や章に掲載し続けることに重要性を感じる。」14
 ただし,男女別統計を用いることにも問題がないわけではない。それにより刑事司法過程におけるLGBT の人たちへの配慮が抜け落ちてしまう可能性があるからである。拘置所における同性愛に関する図書の購入や性同一性障害(GID)15受刑者による刑務所の処遇に配慮を求める動き16に見られるように,既にその対応については問題が起きている。法務省は,全国の刑務所や拘置所で性同一性障害と診断されたり,その傾向があると認められたりしたのは2015年6月時点で約50人と回答しており17,当然のことながら,その配慮は必要だろう。こうしたデータも犯罪白書において,例えばコラム欄でもいいので取り扱うべきではないだろうか18
(2)女性刑務所について
 刑務所においては,近年,ジェンダーの観点から見たとき特筆すべき新しい動きが見られる。一つは,「女子施設地域連携事業」の推進である(173頁)。女性受刑者に対し,その特性に応じた処遇の充実を図るため,地域の医療・福祉等の専門家と連携が行われるようになったのである。2014年から実施された同事業は,当初は3庁でしかなかったが,2018年度では,対象となる女子刑事施設10庁全部で事業が展開されている。こうした取組が行われることになった背景には,摂食障害19やDVや児童虐待など被虐待経験など,男性受刑者とは異なる女性の特性に基づく女性特有の問題が存在することが明らかになったことが挙げられる。こうした処遇困難な女性受刑者の存在は,女性職員に多大な負担を強いてきた。地域の医療・福祉の専門家との連携を図ることが可能となったことは,女性受刑者にとっても,そこで働く女性職員にとっても望ましいと言えるだろう。
 第二に,女性受刑者特有の課題に係わる処遇プログラムとして,2015年度から一般改善指導の枠組みの中で,@窃盗防止指導,A自己理解促進指導(関係性重視プログラム),B自立支援指導,C高齢者指導,D家族関係講座の5種類のプログラムが実施されていることが挙げられる(173頁)。
 2-4-1-6図入所受刑者の罪名別構成比をみると,男性も女性も窃盗,覚せい剤取締法違反の占める割合が高いが,女性受刑者に至ってはこの二つで83.2%と8割を超えている。中でも,万引きを繰り返す高齢者も少なくない。また女性出所受刑者の5年以内の累積再入率は窃盗が最も高く45.1%に及ぶ20。『平成25年版犯罪白書』によって,こうした状況を防止するには「女子特有の問題点を解明していくことが必要」であり,女子受刑者の場合「家族・親族等の者の理解」も重要との指摘を受け21,特に上記A,Dのプログラムが導入されることになった。なお,これらプログラムの受講開始人員について,特別改善指導に関する2-4-2-3表特別改善指導の受講開始人員の推移のような内訳があるとよいと思われる。
 第三に,2018年より,加古川刑務所で女性刑務官により男性受刑者の処遇が行われている。日本ではこれまで同性処遇の原則が取られてきた。すなわち,女性の受刑者には女性の刑務官が,男性の受刑者には男性の刑務官が処遇するというのが一般的であった。しかし,社会は男性と女性から成り立っているのであり,このような取組みは,「社会生活に適応する能力の育成を図る」(刑事収容施設法30条)という観点からも望ましいだろう22。犯罪白書は,刑事司法全般についてのこうした新しい動きについても,いち早く紹介してほしい。
(3)強制性交等・強制わいせつについて
 今回,着目していたのは,強姦罪改正後の変化である。2017年6月刑法の一部を改正する法律(平成29年法律第72号)が成立し,同年7月13日に施行された。これにより,従来の強姦が強制性交等となり,被害者の性別が問われなくなり,かつ,性交(姦淫)だけではなく肛門性交及び口腔性交をも対象とし,法定刑の下限が3年から5年に引き上げられた上,監護者わいせつ・監護者性交等が新設され,非親告罪化された。今回の白書で初めて改正後の認知件数等の動向が数字となって出てきたことになる。

1-1-2-5図 強制性交等 認知件数・検挙件数・検挙率の推移


 注 1 警察庁の統計による。
    2 「強制性交等」は,平成28年以前は平成29年法律第72号による刑法改正前の強姦をいい,
     29年は強制性交等及び同改正前の強姦をいう。


1-1-2-6図 強制わいせつ 認知件数・検挙件数・検挙率


 注 警察庁の統計による。


6-1-3-1表  強制性交等・強制わいせつ 認知件数・被害発生率の推移


注 1 警察庁の統計及び総務省統計局の人口資料による。
   2 「被害発生率」は,人口10万人当たりの認知件数(男女別)をいう。
   3  一つの事件で複数の被害者がいる場合は,主たる被害者について計上している。
   4  「強制性交等」は,平成28年以前は平成29年法律第72号による刑法改正前の
    強姦をいい,29年は強制性交等及び同改正前の強姦をいう。
   5  男性の「強制性交等」は,刑法の一部を改正する法律(平成29年法律第72号)
     が施行された平成29年7月13日以降のものである。


 今回の改正により,被害者の対象も変わり,処罰の対象となる行為も広くなり,また非親告罪化されたのであるから,これまでの強姦罪とは異なるものであると思われる。したがって,上記のようにこれまでの強姦罪と連続したグラフとすることには若干違和感を覚える。
 まずは,数値だけを見ていくことにしよう。2017年の強制性交等の認知件数は1109件,うち,女性を被害者とするものは1094件,男性を被害者とするものは15件,検挙率は92.6%と前年より5.5pt 低下している。認知件数は前年より増えてはいるが,それは平成28年の数字が低いためであり,平成20年以降の動向の中では減少傾向にある。なお,このうち監護者性交等の認知件数16件,検挙件数13件,検挙率は81.3%であり,肛門性交のみ,口腔性交のみ,又は肛門性交及び口腔性交のみを内容とする第一審判決は3件だったという。
 強制わいせつは,肛門性交,口腔性交は強制性交等の対象行為となったためその対象が縮小された一方,監護者わいせつが新設されたことにより対象は拡大された。強制わいせつの認知件数は5809件と前年より減少し,検挙率は74.4%,このうち監護者わいせつの認知件数は18件,検挙件数12件,検挙率66.7%であった。
 強制性交等,強制わいせつも改正されてまだ半年経過しておらず,その変化を語るには,もう少し今後の動向を見極める必要があるだろう。

4.まとめに代えて
 今や犯罪白書は,ネットで全内容を検索でき,PC やスマホがあれば,誰でもいつでもどこにいても,アクセスできるものとなった。これだけの内容のある密度の濃い書物が,無料で読むことができるのである。もはや,犯罪白書は,一部の限られた専門家のものではなくなったと言ってよいだろう。
 そのことは,同時に犯罪白書の役割,使命も変わってくるということを意味する。上記のような状況を考えると,当然に国民を読者と想定して記述をある程度平明にし,図表などを取り入れ分かりやすくするという工夫は必要であろう。政府は再犯対策の中で犯罪者は外部から侵入してくるモンスターではなく,私たちのコミュニティの中から生まれるもの,と,位置付けた23

 「人びとの安全の要求に応えながら,しかし同時に,他者を排除しない開かれたコミュニティを作り出すには,この決定の主体である住民が,コミュニティや犯罪の問題に関わる『情報』,利用できる人的・物的な『資源』,広く参加できる自由な『討議の場』という点で,十分エンパワーメントを得ることが,最も重要な鍵になる」24

 どのようなコミュニティをつくるか,今,私たち国民一人ひとりがこのことに向き合い「討議」していくことが求められている。犯罪白書はその討議の材料となるための貴重な資料として,重要な役割を担っていくだろう。

(東洋学園大学人間科学部教授)

1 内閣府「治安に関する世論調査」の概要https://survey.gov-online.go.jp/tokubetu/h29/h29-chiang.pdf
2 井田良「最近の犯罪情勢の変化とその統計的把握―平成15年版犯罪白書をどう読むか―」法律のひろば57巻1号(2004年)11頁。
3 井田前掲論文12頁。
4 瀬川晃「刑事政策の視点からみた刑事法の現在と課題」『刑事法ジャーナル』1巻(2005年)18頁。
5 法制審議会−少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会の議事録については以下を参照。http://www.moj.go.jp/shingi1/housei02_00296.html
6 「課題研究 最近の刑事政策関連立法・施策における政策形成過程の再検討- エビデンス・ベイスト・ポリシーの発想に基づいて」犯罪社会学研究30巻(2005年)94頁。
7 守山正・小林寿一編著『ビギナーズ犯罪学』(2016年)成文堂202頁。
8 司法におけるジェンダー・バイアスに敏感な視点の形成が求められていることを指摘するものとして,第二東京弁護士会両性の平等に関する委員会司法におけるジェンダー問題諮問会議編『事例で学ぶ司法におけるジェンダー・バイアス』(改訂版)明石書店(2009年)24頁以下。
9 第3次男女共同参画基本計画については,http://www.gender.go.jp/about_danjo/basic_plans/3rd/pdf/3-05.pdf
10 第4次男女共同参画基本計画 W推進体制の整備・強化http://www.gender.go.jp/about_danjo/basic_plans/4th/pdf/suishin_taisei.pdf
11 犯罪白書では,長年「女性犯罪」という用語を用いていたが,『昭和60年版犯罪白書』から「女子犯罪」が用いられるようになり,以降「女子犯罪」という章が存在していた。しかし,『平成4年版犯罪白書』で「女子と犯罪」の特集が組まれて以降,その目次において「女子少年の非行」の言葉は見られるものの,『平成8年版犯罪白書』で女子少年の非行もなくなる。その後は散発的に取り上げられることもあったが,『平成18年版犯罪白書』から『平成24年版犯罪白書』の間,目次から女性犯罪の文言は消えている。『平成25年版犯罪白書』で「女子の犯罪・非行」という特集が組まれ,『平成28年版犯罪白書』以降復活している。
12 例えば刑事政策のテキストでは,川出敏裕・金光旭著『刑事政策(第二版)』成文堂(2018年)では,「各種犯罪とその対策」に女性犯罪の章はない。これに対し,大谷實『新版刑事政策講義』弘文堂(2009年)では「各種犯罪者の対策」において「女性犯罪と高齢者犯罪」,藤本哲也『刑事政策概論(全訂第7版)』青林書院(2015年)では「各種犯罪とその犯罪対策」で「女性犯罪」として取り上げられている。
13 辰野文理「平成29年版犯罪白書を読んで」罪と罰55巻1号(2017年)7頁。
14 辰野・前掲25頁。その他柴田守「平成27年版犯罪白書のルーティン部分を読んで」罪と罰53巻1号(2015年)17頁。
15 性別適合手術を受け,「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(2003年法律第111号)によって戸籍を変更している場合には戸籍と同じ刑務所に送致される。したがって,問題となるのは,戸籍の変更をしていない受刑者が多い。なお,矢野恵美「トランスジェンダー受刑者の抱える法的問題 スウェーデン,ノルウェーを参考に」『季刊刑事弁護』89巻(2017年)現代人文社77頁以下。
16 「心は女性,受刑者処遇改善を」朝日新聞2018年10月25日,「私は女性,塀の中からの叫び 性同一性障害の受刑者,処遇見直し求める」朝日新聞2016年8月2日,「LGBT に厳しい塀の向こう側 個々の事情に対応進まぬ拘置所・刑務所」産経新聞2016年1月3日https://www.sankei.com/premium/news/160103/prm1601030029-n1.html
17 「性同一性障害に柔軟対応 法務省,戸籍変更前の受刑者に」日本経済新聞2015年10月7日https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG07H06_X01C15A0000000/
18 「第3次男女共同参画基本計画」に,担当府省を内閣府,法務省,文部科学省,関係府省として,「性的指向を理由として困難な状況に置かれている場合などについて可能なものについては実態把握に努め」(http://www.gender.go.jp/about_danjo/basic_plans/3rd/pdf/3-11.pdf)とある。
19 『平成25年版犯罪白書』によれば,摂食障害のある女子受刑者は医療刑務所に18人,女性刑務所に106人存在することが指摘されている(194頁)。
20 同書195頁。
21 同書208-209頁。なお,各施設の具体的な取組については同書196-197頁参照。
22 すでにこの点につき,女子刑事施設等における執務環境改善に関する実態調査を行った細川も提言を行っている。細川隆夫「女子刑事施設等における執務環境改善に関する実態調査について(女子刑事施設執務環境調査)」刑政第127巻第8号(2016年)38-52頁。
23 「宣言:犯罪に戻らない・戻さない〜立ち直りをみんなで支える明るい社会へ〜」http://www.moj.go.jp/hisho/seisakuhyouka/hisho04_00026.html
24 伊藤康一郎「コミュニティのヴィジョン」比較法雑誌第45巻第3号(2011年)240頁。
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