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犯罪白書
平成30年版犯罪白書「進む高齢化と犯罪」について
古 川 隆 司
はじめに刑法犯認知件数は過去15年連続で減少している一方,刑法犯検挙人員に占める高齢者の割合は増加を続けており,刑事施設に収容されている高齢被収容者の高齢化とともに出所した後の再犯率も,他の年齢層に比べて高い。平成30年版犯罪白書(以下,本白書)は,一層進んでいる高齢者による犯罪および高齢犯罪者の増加を踏まえた特集が編まれた。またこの特集は,平成28年に制定された再犯防止推進法に基づき,平成29年12月に閣議決定された再犯防止推進計画を踏まえて,今後の高齢者犯罪の防止等に関する施策の具体化のための基礎資料とすることが目的とされている。
評者は社会福祉とくに高齢者福祉を専門とする立場から,かねて高齢者犯罪および高齢犯罪者について,社会的援護の陰の側面ととらえ,関係各位の協力を仰ぎつつ研究に取り組んでいる。高齢犯罪者は,司法と福祉のタテ割り行政もあって,長らく社会福祉の対象とみなされないアウトサイダーだった。高齢社会対策の充実が図られる一方で,一般社会での居場所と社会関係を失って刑事施設しか社会との接点を見出せない状況は,社会的排除というよりむしろ社会的無視ないし忘却の状況におかれた存在という方が適切だろう。本白書の特集が再犯防止等の充実にむけた基本認識を提示するものと理解すると,高齢犯罪者の処遇と高齢者犯罪への対策が社会的包摂を含めた方向性から読まれ,もはやかれらへの認識を転換する視点と態度が求められる。その意味で本白書の特集は,喫緊の課題を扱ったといえる。
1.構成
本白書第7編の構成は,1章で概要と目的が提示され,先に述べたようにこれから「高齢者犯罪の防止等に向けた施策を更に検討するための基礎資料を提供すること」とされている。
2章では,関連する政府統計をもとに,社会における人口高齢化の概況と諸側面が扱われる。高齢者人口に占める一人暮らし高齢者の増加,意識調査に基づく暮らし向きや生活の満足度,貯蓄などや将来の備え,近隣関係など基本的項目が扱われる。
3章では刑事司法統計に基づき,高齢者犯罪の動向が司法手続に沿って概観されている。そして,警察・検察・裁判段階での特徴が他の年齢層との比較から示される。同様に,矯正と更生保護段階での高齢犯罪者の処遇についても特徴が示されている。高齢者の犯罪被害も7節で扱われている。
4章は,本白書の特集として,平成25〜27年に法務総合研究所が実施した特別調査の結果を再分析するなどし,過去20年間で増加した罪名に注目した高齢犯罪者の特徴が扱われている。
5章は,高齢犯罪者の処遇と社会復帰支援に関する取組の現況が概説されている。またコラム形式で諸外国での実践例が紹介されている。
以上を踏まえ,6章で高齢犯罪者の現状と課題を総括し,高齢犯罪者の犯罪防止等に向けて提言が行われている。
2.本白書の特集の概要と目的
高齢犯罪者および高齢者犯罪については,既にこれまでの犯罪白書でも数度取り上げられてきた。また法務総合研究所による研究部報告も2度公表されている。1章で一覧が示されているが,ここで白書について簡単に要点を確認しておくと,本白書の特集の意義が更に明確となる。
まず,最初に高齢犯罪者が独立した形で扱われたのは昭和59年版白書で,第2編4章「高齢化社会と犯罪」にまとめられた。「高齢者を犯罪から守ることも不可欠な政策」とし,『高齢者が直接犯罪の当事者となる場合,すなわち,高齢者の犯罪及び高齢犯罪者の処遇の現況と,高齢者の犯罪被害等の状況と』が概説された。ここで量的な増加として,刑法犯検挙人員が昭和49年に比べて1.7倍になり,検挙人員総数に占める高齢者の比率を性別にみると,女性が男性の2倍であったことが示されている。これらから,今後に向けて対策の必要性が提起された。
次に扱われたのは平成3年版白書で,第4編「高齢化社会と犯罪」において,刑事司法統計だけでなく,特別調査として行われた二つの調査,すなわち刑務所職員による実態調査と被収容者による生活意識調査を用いて分析が行われた。実態調査では高齢被収容者の特徴として,再入者の入所度数は50歳以上の高年群の半数以上が6度以上で,この半数が10度以上であり,20〜34歳の若年群の半数以上が2度であることと比較して累犯傾向が指摘された。また被収容者を対象として実施された意識調査では,初入および再入者の比較を行い,頼りにする親族等で配偶者・兄弟・子どもなどが選択されているが,再入者では「誰もいない」の選択される割合が多い等,累犯傾向の進行によって家族や親族と疎遠になる傾向が示された。これらから,高齢犯罪者が社会復帰の困難に直面しており,今後の増加が見込まれるため更生保護の充実が必要と提起された。
その次は平成20年版白書で,第7編「高齢犯罪者の実態と処遇」として扱われた。昭和59年版および平成3年版白書を概観し,特別調査として,検察庁の電子データ(電算犯歴)の分析による量的把握と,東京地検が平成19年に受理した1年分の対象から行われたサンプリング調査での犯罪歴別の属性などが分析された。結論として,高齢犯罪者の多様化が進んでいることをまず挙げ,特性に応じた対策の必要性が提言された。ここでは,窃盗・傷害や暴行および殺人事犯について言及され,とくに殺人事犯では「福祉を中心とした多様な高齢者対策による」対応もはじめて言及されている。
3.高齢者犯罪の動向
3章では,刑事司法統計に沿って高齢者犯罪の動向が概観されている。まず刑法犯として検挙される高齢者は,全体的には平成20年にピークを迎え,その後は高止まりの状況にあって,高齢者の割合が21.5%となっている。また,平成10年と比べ,総数では3.4倍の46,264人,うち女性は3.3倍の15,246人で,高齢者の割合が34.3%と日本の高齢化率を上回っている。
(1)検挙人員
検挙人員に占める初犯・再犯の割合をみると,総数では平成24年に再犯の割合が初犯を上回った。70歳以上を罪名別にみると,万引きおよび万引き以外の窃盗が約8割を占めるが,70歳以上の男性で約7割,女性で9割を占めている。殺人は,65〜69歳より70歳以上で検挙人員が多い傾向にあり,とくに初犯者の割合が高い。次に,傷害の検挙人員は増加傾向にあり,こちらも65〜69歳より70歳以上が多くなってきている。また,初犯・再犯の割合はほぼ同じである。暴行も増加傾向にあるが,こちらは65〜69歳および70歳以上ともに初犯が再犯を上回っている。
これら検挙された被疑者に対する微罪処分人員は,全体では平成13年以降18年まで増加が続いた後減少傾向だが,高齢者の割合は一貫して増加を続け,直近の平成29年では37.6%である。罪名別にみると,万引き等窃盗が8割を超える。うち70歳以上は3人に1人を占め,暴行でも70歳以上が1割となっている。
(2)検察
検察庁の終局処理人員も,高齢者全体では増加を続けており,高齢者の割合は,直近の平成29年では13.2%,女性は19.1%で,罪名別にみると70歳以上の女性では,窃盗が4分の3を占めている。特別法では,男女とも全年齢層と比べて廃棄物処理法違反の割合が高い。
実際に起訴された高齢者人員も増加傾向で,高齢者の割合は,全体では平成29年11.6%,女性は17.4%である。平成18年に窃盗と公務執行妨害等に罰金刑が新設された後増加が続き,直近2年はやや減少している。また初犯と前科ありの割合は,高齢者総数では大幅な変化はないものの,高齢者女性では罰金前科あり及び罰金以外の前科ありの割合が増加傾向にあり,平成29年では,半数以上を占めている。窃盗で起訴された高齢者女性のこの傾向が顕著に見られ,前科ありの割合が平成18年以降増加傾向にある。起訴猶予でも高齢者の割合は増加しており,全体では平成29年18.0%,女性は24.8%である。なお,平成29年の起訴および起訴猶予された割合を他年齢層と比べると,65歳以上では起訴猶予の割合は他年齢層より高い。とくに女性では起訴猶予された割合が起訴された割合の2倍であるが,経年的にはここ10年の動向が,後述の入口支援との関連を考える一つであろう。
(3)裁判
第一審における有罪人員の推移においても,高齢者の割合は増加傾向にあり,平成29年は全体の11.7%であった。また,全部執行猶予の割合および全部執行猶予者が保護観察を申し渡された割合は,前者では非高齢者とほぼ同様の傾向だが,後者は非高齢者より低い割合が続いている。なお,一部執行猶予での保護観察率は,高齢者は9割以上である。これも,後述の出口・入口支援との関連を考える要素である。
(4)矯正
入所被収容者における高齢者(以下,高齢被収容者)の割合も一貫して増加傾向を続けている。平成29(2017)年の高齢被収容者は11.8%,とくに女性は19.7%と高い。このうち,70歳以上の割合が増加している。懲役の刑期別は,男性で2年以下が約6割,女性では2年以下が7割以上を占め,男性で刑期の長い者の割合が高い。入所度数の構成割合の推移では,約10年前から2〜5度以上の割合が男女とも高まる傾向にある。男性では6度以上より1度,2〜5度が平成29年には約6割となっており,地域生活定着支援事業における特別調整をはじめとする各種の出口支援との関連を考える要素といえる。
出所する高齢被収容者では,満期釈放が男性で仮釈放の約2倍,女性ではその逆の傾向である。帰住先をみると,男女とも親・配偶者・子など親族の割合が,仮釈放で満期釈放より高い。しかし仮釈放の男性は更生保護施設の割合が約半数,満期釈放ではその他が4割以上を占めており,社会復帰の課題が見出せる。
なお出所後5年以内の再入所状況をみると,とくに仮釈放より満期釈放では高い傾向が続く。とくに1年未満の再入所が6割以上,2年未満でも8割以上と,他年齢層よりも多い。
(5)更生保護
保護観察対象となった仮釈放者および保護観察付全部・一部執行猶予者はいずれも増加傾向であるが,女性では,高齢者の割合がいずれも全体の2倍程度である。女性のほうが仮釈放率も高い。なお罪名別では男女とも窃盗がもっとも多いが,仮釈放者をみると,女性ではついで詐欺・覚せい剤取締法違反が続く。男性ではついで覚せい剤取締法違反・詐欺・道路交通法違反と続く。対象者の居住状況は,出所時の帰住先と似た傾向であるが,保護観察付全部・一部執行猶予者では男女とも単身居住者が多く,男性では半数近くで,親族などとの関係疎遠が反映している。
(6)犯罪被害
高齢者が被害者となった刑法犯の認知件数および罪名別被害について過去10年の動向が概観されている。強盗や窃盗ではやや減少傾向であるが,殺人は年間250件前後,傷害も2,000件前後を推移し,暴行や詐欺は増加傾向にある。関連して,高齢者虐待として通報・相談のあった件数および虐待と判断された件数が増加傾向にある。また,特殊詐欺の被害者に占める高齢者の割合は7割を超えている。
4.各種犯罪における高齢犯罪者の特徴
(1)窃盗とくに万引き事犯の分析
4章は,増加の著しい罪名などに絞り,特別調査を通した高齢犯罪者の特徴と背景等を分析している。まず窃盗であるが,平成23年6月中に有罪の確定した事件から調査対象者2,421名を絞り,事件に関する記録資料に基づいて,事件の背景や属性・生活状況や経済状況など調査分析した。年齢層別に比較すると,万引き事犯者は非高齢群が約8割で,65歳以上の高齢群は2割,平均年齢は高齢群で72.2歳,非高齢群で43.5歳だった。婚姻状況は非高齢群は婚姻歴なしが多いが,高齢群では婚姻継続中がもっとも多く,離別・死別と続く。両群とも就労状況で無職者がもっとも多く,主婦・家事従事が高齢群で高い。
万引きの態様では,高齢群は窃取物品の金額が1万円未満でほぼ全体,とくに食料品類が7割で,節約を動機とするものが男女とも多く,自己使用・費消目的が半数を占める(動機は重複計上による)。生活困窮を動機とする者は,女性より男性が多く,「空腹を満たすため」という動機も男性が多い。
背景事情として,高齢女性ほど心身の問題・近親者の病気や死去などの要素をあげるものが多く,高齢男性は身寄りなし,心身の問題,習慣飲酒などの要素が多い。また同居人の有無では,男性の高齢群・非高齢群とも単身居住者が多く,交流のある近親者の「ない」ほうが「あり」より多い傾向がほぼ同じである。
(2)殺人事犯の分析
殺人の検挙人員に占める高齢者の割合は高止まりの傾向にあり,平成28年中に地方裁判所で有罪判決の宣告を受けた事件から調査対象を絞り,高齢群および非高齢群で記録資料の分析が行われた。対象者は高齢群で男性が82.9%,女性が17.1%で,最高齢は86歳だった。非高齢群の性別割合と比べ男性の割合が高齢群では高い。なお,責任能力の有無について,心神耗弱の割合は非高齢群では7.1%だが,高齢群では4.9%と数ポイントだが低く大半が完全責任能力がある。
裁判結果は,高齢群で実刑が約7割,他は単純全部執行猶予または保護観察付全部執行猶予で,刑期は3年以下12.5%,3〜5年以下14.3%,5〜10年以下が37.5%である。非高齢群は実刑が8割以上で,刑期も5〜10年以下が30%,11〜15年以下が25.1%で,5年以下が約2割,15年以上も4分の1を占めている。
事犯の態様をみると,被害者との関係は,高齢群が配偶者・親や子・その他親族で約7割だが,非高齢群では約4割と顕著に特徴がみられる。また被害者の心身の状況では,身体・精神面の障害がある割合が約4割を占めている。犯行動機・背景に対する回答では高齢群では,「問題の抱え込み」「鬱屈した不満」「将来を悲観・自暴自棄」「かっとなって」等の割合が高く,非高齢群の「鬱屈した不満」「かっとなって」「対人トラブル」と傾向に違いがある。このうち高齢群に多い親族殺と非親族殺を比較すると,親族殺群は「問題の抱え込み」「将来を悲観・自暴自棄」「家庭内トラブル」で,非親族殺群における理由が「対人トラブル」「鬱屈した不満」「かっとなって」等と,それぞれの特徴が出ている。また,親族殺群の被害者の心身の状況は,障害等のあるものが約6割であり,家庭内の介護等を原因とする事件であったことが推察される。このうち親族殺でも割合が高い配偶者・子を被害者とするケースの特徴をみると,子を被害者とする群は被害者に精神の障害等ありの割合が最も多く,身体障害と重複するなど,9割の被害者に共通する特徴である。本分析では,知的障害・精神障害の区別を行っていないが,ここでいう精神障害には知的障害が多数占められていることが推察できる。
(3)傷害・暴行事案の分析
窃盗に次いで高い割合を占める傷害・暴行事案について,平成28年中に東京地方(区)検察庁に受理された事件から調査対象を絞り,高齢群および非高齢群で記録資料の分析が行われた。対象者の性別は男性がほとんどを占めており,女性は1%であった。これは非高齢者群も同じ傾向であった。
5.高齢犯罪者の処遇と社会復帰支援
5章は,高齢犯罪者の処遇と社会復帰支援に関する取組として,特別調整はじめフォローアップ支援・更生保護施設や更生保護就労支援事業の現況などが概説されている。またコラム形式で諸外国での実践例が紹介されている。これら出口支援に加え,起訴猶予者などへの入口支援についても取組が紹介されている。
(1)特別調整
厚生労働科学研究田島班の政策提言を受け,平成21年度から始められた地域生活定着支援事業(現,地域生活定着促進事業)に基づく特別調整は,本白書で初めてまとまった形での統計資料が提供された。特別調整は,高齢被収容者のうち身元引受先がない場合・心身等の障害(要介護状態)により福祉及び介護等を必要とする場合,保護観察所からの依頼に基づいて,本人に同意を得て社会福祉法人等の運営する地域生活定着支援センターが帰住先調整や必要な福祉及び介護サービス等の利用手続きを支援するものである。この終局人員数及び構成割合の推移をみると,知的・身体・精神障害のある者より高齢被収容者の割合が漸増している。また平成28年分の実績から特別調整による出所・出院後の調整について,刑事施設から保護観察所に依頼のあった93.2%が帰住先を得たことがわかる。
また,法務総合研究所の調査により,特別調整対象者と,特別調整を辞退した者・その他の高齢で出所した者との再入所状況の比較が行われ,特別調整辞退者では再入所した割合が約半数を占める一方,特別調整対象者では7.1%,その他の高齢出所者では13.5%と,対照的な結果が示されている。
(2)更生保護施設における特別処遇
また,更生保護施設のうち指定更生保護施設における特別処遇の実績も報告されている。仮釈放の高齢出所者では更生保護施設を帰住先とする割合も他年齢層より高く約4割を占めており,筆者がこれまで行ってきたヒアリング調査でも,特別調整において地域生活定着支援センターと連携するケースもある。なお指定更生保護施設は全国で71ヶ所と,平成21年度に始まった時と比べ14施設増加している。特別処遇の対象者は増加を続けており,対象者の約半数が高齢者である。同じく特別処遇の対象である非高齢者と比べ,保護観察の種類や退所理由では差がみられないが,退所先については非高齢者で家族・知人等の割合がやや高い。また,特別処遇を受け入れる際の判断で重視する点について,法務総合研究所による調査による結果が示され,非高齢者・高齢者で比較している。非高齢者では,過去の更生保護施設での問題行動や罪名・刑事施設内での規律違反歴に加え,フルタイム就労の能力・意欲が重視されている。だが高齢者では,身体・精神疾患や過去の更生保護施設での問題行動,施設面接の印象・退所後の住居等の見通しが重視されている等の違いが示されている。また,処遇上とくに苦慮していることについても調査結果が示されており,高齢者では退所先の確保が,非高齢者では金銭管理の問題性・アルコールや薬物依存による問題性・職場定着の難しさなどが上位にあげられている。この他,指定施設になったことでの変化や,今後高齢者の受入れ等のためとくに重要な項目が示されている。
(3)更生保護施設における特別処遇
また,高齢の保護観察対象者に対する就労支援について,平成29年4〜9月の実績が報告されている。こちらも非高齢者と比較が行われ,総数に占める高齢者の割合は4%,35名であるが,うち約半数が就職に結びついている。業種は,非高齢者で最も多い建設業やサービス業に比べ,高齢者ではサービス業が約半数,その他は製造業・建設業・卸小売業の順である。また,非高齢者の約半数が正職員での採用なのに対し,9割以上が正職員以外の雇用形態と,一般の高齢者の就労状況よりやや割合が高い。
(4)刑事施設における取組
刑事施設で受け入れる高齢被収容者にむけた様々な取組は,約10年前は本白書でも紹介されている尾道刑務支所など全国でも数少なかった。近年は,高齢被収容者の専用ユニットを設けた社会復帰促進センターや刑事施設における建物や設備のバリアフリー化が図られる施設がある他,高齢被収容者の処遇を充実させた刑事施設も増え,これらでは,食事の工夫,医療衛生面の配慮を充実させたりする等対策が進んでいる。また,高齢被収容者の休養患者数の推移が示され,高齢者の占める割合が増加傾向にあって,きめ細かに行われている各刑事施設での日常生活面の配慮が報告されている。また,作業面の配慮について,作業環境の工夫や作業内容について試みが進んでいる。
これに関連して,ドイツや韓国の刑事施設の取組がコラム形式で紹介されており,参考に資するものである。
また,社会復帰支援の充実を図っている取組も紹介され,事例として広島刑務所での取組がコラムで紹介されている。筆者が見学調査で訪れた別の刑事施設はこれより早く平成19年頃で,同県の少年鑑別所が協力してグループワーク形式による取組であった。この他,女子刑務所における万引きからの離脱指導,職員体制の充実等が報告されている。職員体制としては,平成26年から福祉専門官の採用が始められ,徐々に増員が進められている。一方,認知症(またはその傾向)のある高齢被収容者の増加が進んでいる結果が概数調査によって示されてコラムで紹介されており,限られた予算・人的体制の中でどう対応していくか,難しい課題であるとしている。
(5)起訴猶予者等に対する入口支援
地域生活定着支援センター等の加わった特別調整や更生保護施設における特別処遇などは刑事処分を受けた高齢犯罪者等が対象であるが,既にみた通り刑法犯として検挙され被疑者・被告人となる高齢犯罪者の増加は著しい。厚生労働科学研究田島班(平成21〜23年度)の政策提言を受け始まった,検察や裁判段階での福祉的支援は,更生と社会復帰支援を行うことで再犯防止に寄与するものととらえられる。本白書ではその体制整備や取組の概要が紹介されている。
まず,検察庁における取組として,最高検察庁に刑事政策専門委員会が平成24年に設けられ,検察における様々な取組の検討が行われ,平成28年には刑事政策推進室が新設された。ここでは被害者保護や支援・児童虐待事案への対応とともに,再犯防止と社会復帰支援に関する情報収集と全国の各庁へのフィードバック・助言指導などが進められている。
各検察庁でも,社会復帰支援や再犯防止の専門部署を設け,社会福祉の専門家の知見などを活用して各事件の処理への反映と,保護観察所や福祉関係機関等との連絡調整が進められている。このような社会福祉の専門家は「社会福祉アドバイザー」として採用されているところもある他,所在都道府県の社会福祉士会との連携でコンサルテ−ションを受けるようになっている。ここから,医療・福祉機関等との受け入れ調整や,公判において社会復帰を念頭に置いた求刑がおこなわれるようになっている。また,事件によっては,保護観察所や少年鑑別所との連携により,公訴の判断に関する知見提供をうけ,具体策の検討が図られるなどの連携も行われるようになっている。
なおこれらに関連して,ドイツにおける条件付き起訴猶予制度の概要も,バイエルン州の事例が紹介されている。ドイツも日本と同様高齢犯罪者の増加もあって対策に取り組んでいる。この他,地域生活定着支援センターと一部の検察庁で連携が行われて入口支援を行っている事例,各市町村に整備されている地域包括支援センターと連携する取組もあることが紹介されている。
(6)保護観察所における入口支援
刑事施設から出所する高齢被収容者は満期釈放が多く,従来から更生保護との接点としては更生緊急保護が中心であった。しかし,本人の申し出に基づく施策であったため限界があった。近年の入口支援では,起訴猶予処分となり更生緊急保護の申し出が見込まれる者について,釈放後の福祉サービスの利用手続および住居確保などを事前調整する取組が試みられてきた。平成27年度からは「起訴猶予者に係る更生緊急保護の重点実施等の施行」が全国の保護観察所で取り組まれるようになった。平成29年度の実績では,総数261名が対象者となり,就労や何らかの社会サービス利用に結びついたケースが就労支援では7割以上,生活保護申請支援では8割,高齢者福祉などサービス利用支援では7割となったことがそれぞれ報告されている。
また,再犯防止推進計画に基づき,保護観察所における入口支援が平成30年度から全国19庁で実施されるようになった。実施する保護観察所では,入口支援を専門で実施する部署を設けて,保護観察官・社会復帰調整官が市町村の高齢者保健・福祉・医療機関との連携をおこない,起訴猶予となった高齢犯罪者が地域社会へ定着・社会復帰できるよう個別指導も組み合わせて実践が進められている。これに関連した外国の実践例として,イタリアにおいて施設内処遇に替え在宅拘禁と保護観察を行っている取組がコラムで紹介されている。
6.特集の総括と提言
以上を踏まえ,6章では高齢犯罪者の現状と課題を総括し,高齢犯罪者の犯罪防止等に向けた対策の具体化に向けて提言が行われている。
まず1節では統計資料に基づき,高齢犯罪者の傾向が示されている。全ての統計で続く高齢者の占める割合の増加と,70歳以上の女性の検挙人員の9割以上が万引きによる窃盗犯であることが示される。そして,刑事司法手続の中で微罪処分や起訴猶予となった高齢犯罪者について,ほとんどが矯正・保護の処遇を受けないままであることが示される。また,刑事処分を受けた高齢被収容者および出所した元被収容者が,不安定な生活環境で,社会関係の乏しい状態にあり,再犯に至る高齢者ほどこの問題が深刻であることが指摘される。とくに住居の不安定さや,男性では単身世帯の多さが顕著である。加えて,再犯に至る割合の高さと,再犯に至るまでの期間が短いことが強調される。
2節では,高齢犯罪者の特性を踏まえ,平成21年度以降進んできた福祉的支援の進展があり,当初の出口支援だけでなく近年強化されている入口支援に一定の有効性があると評価されている。
3節では,4章で論述された特別調査の結果から,高齢犯罪者における主な罪種別の特徴が示されている。この中で,万引きなど窃盗では,刑事施設の処遇や出口支援をはじめ高齢者の生活背景に応じた個別的対応の有効性への期待が示される。また,殺人については親族殺へ焦点がおかれ,裁判において非高齢者は9割が実刑だが高齢者の親族殺は3割が全部執行猶予と,殺人でも「なお服役させることをためらわせる事情が存在することを物語」ることから,未然の予防策を充実強化する必要が提起されている。また,傷害について,動機や生活背景から,事件の衝動性や家庭内の事件の多さから未然に防止する課題に結びつける。そして,判決における全部執行猶予の多さから,事後の暴力防止プログラムやアルコール依存への指導など再犯に至らないための措置を講じることが必要としている。
4節で,今後に向けた対策への提言と課題が提示される。先に課題を示すと,認知症等のある高齢犯罪者の増加に対する取組の必要性があげられる。また,高齢者が被害者となる特殊詐欺等に対する防止の強化充実があるとする。
今後への提言として,高齢者の特性に応じた再犯防止策を講じることがあげられ,的確なアセスメントと多様な指導・支援を進める必要があげられる。また諸外国での先進的な事例や,高齢者の特性を踏まえた刑事処分や福祉的支援および就労支援等幅広い選択肢からなる具体策に効果的に結び付ける取組の充実があげられている。
7.考 察
以上を踏まえて,数点に絞り考察を試みたい。前年度の平成29年版犯罪白書のテーマは「更生を支援する地域のネットワーク」であった。ここでは,保護司や更生保護女性会・BBS など従来から更生保護に協力・支援する人びとだけでなく,協力雇用主などの協力が不可欠であることと,更なる充実が求められていた。そして,刑事司法に関わる専門機関・施設と,医療や介護・福祉などの連携の重要性も指摘されていた。以前別に論じた1)が,これら関係者のネットワークの充実と強化は必要なのであるが,一般市民の理解と協力を広げることが伴う必要があり,これは平成29年版白書も言及する通りである。だが筆者は,本白書でも評価を受けるようになった社会福祉実務者の別の専門性であるべき地域社会でのネットワーク作りの方が重要であると考えている。これは,特殊専門的な個別の支援について,より日常性に向かっていく必要性があると考えたからであった。したがって,再犯防止推進計画に基づく各施策の具体化を念頭においた本白書においても,地域社会の協力より,専門職間の連携強化が中心となっている点は,関係各位の努力をねぎらいつつも不満がある。いかに一般市民へ刑事政策の取組を知り,理解してもらうことが重要かは,全国の刑事施設が行う矯正展の充実をみても明らかである。これは,とくに高齢犯罪者の再犯防止や社会復帰支援において極めて重要な意味をもつ。日常的な社会関係を回復し,地域生活へどう定着していけるかは,当事者自身の努力はさることながら,関係機関・関係する専門家が媒介し環境を調整する必要があるからである。残念ながら,社会福祉の実務家も,とくに職能団体が刑事司法手続の一部を担うだけに関心が偏っている現実を踏まえると,その専門性を活用して刑事政策に有効な貢献を果たしているといえない。
とりわけ,積み残された課題とされた,認知症のある高齢者による触法行為や事故は,家族や地域社会の一般住民という支え手・協力者があることで発見でき,未然に防げる可能性が高まるだろう。したがって,担い手の確保と職能の充実に加え,支え手と協力者を広げる広報などもぜひ検討課題の裾野としてこの特集を読んで頂きたいと考える。
もう一つは,高齢者に関する認識である。各種統計と特別調査で指摘される高齢犯罪者の生活背景は,実のところ,成人後期の再犯者に共通する。したがって,平成28年版白書でも扱われた再犯者のカテゴリーには,本白書の特集した高齢犯罪者だけでなく,成人も含まれている。いうまでもなく老年期はそれまでの人生で形成されてきた社会関係や生活・経験などのいわば「結果」である。雇用の非正規化や不安定化・単身世帯の増加や親しい社会関係の乏しさは,日本社会の不安定化が進む中で幅広い年齢層に広がり,高齢者に特化した再犯防止は,マクロにはこれらを見据えた幅広い対策が求められる。高齢者の犯罪に至る背景を考えると,居住に加え地域社会における居場所やかれらの失ってきた社会関係の回復や補強へのアプローチは,刑事政策でなく,また福祉にとどまらない政策課題といえよう。少なくとも,成人期からの連続性を意識しつつ各種統計データや特集を読むことで,更に今後の方向性をともに考えることへ寄与できる。
そして,更に重要なのは近年の高齢者が活動量などから健康状態が変化しているという変化である。これを踏まえて,平成29年4月に日本老年学会・日本老年医学会が公表した「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ報告書」で,高齢者の定義を75歳以上に,65〜74歳を准高齢者にするという提言が行われた2)。刑事政策においてその変化へどう対応するかは将来的課題だろうが,現に本特集でも65歳以上の者による犯罪等を分析するだけでなく70歳以上との区別もみられるし,就労支援による入口支援も現実化している。この過渡期にある中だからこそ本白書の特集の意義があり,本論冒頭で冗長ながら過去の白書を紹介した理由もここにある。したがって,この特集で紹介された様々な施策や実践例は,今後の刑事政策全体を見直す基礎にあたるとも考えられる。そして,私たちが生きる現代日本で,いかに罪を犯した者が再び社会参加できるかというその本質を,高齢犯罪者への再犯防止対策と社会復帰の取組が問い直すものであると評価したい。
(追手門学院大学社会学部准教授)
註
1)古川隆司(2010)地域生活定着支援事業における専門職間連携─要援護性を中心に,犯罪と非行No.165,143-156.および古川隆司(2017)刑事処分を受けた者の社会復帰支援の現況と課題─地域生活定着促進事業10年をむかえて─龍谷大学矯正・保護総合センター研究年報7号,40-48.
2)日本老年学会・日本老年医学会(2017)「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ報告書」
(URL:http://geront.jp/news/pdf/topic_170420_01_01.pdf)
(URL:http://geront.jp/news/pdf/topic_170420_01_01.pdf)