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犯罪白書
平成26年版犯罪白書「特集 窃盗事犯者と再犯」を読んで
太田 茂
(はじめに)いわゆるバブル崩壊後の犯罪情勢の悪化は,平成13,14年ころ(以下元号を付さないものは平成を指す。)ピークに達し,我が国の安全神話が崩壊したとさえ言われるに至ったが,その後刑法犯の認知件数は減少に転じ,検挙率も相当程度の回復をみている。このような最近の犯罪情勢がかなりの程度において好転している原因・背景には様々なものが考 えられるが,犯罪予防と犯罪者の更生による再犯の防止を一層確かなものにしていくためには,近年の急激とさえいえる犯罪情勢の悪化と好転の原因や背景事情を様々な角度から分析検討し,その成果を踏まえて更なる効果的な諸施策の考案や推進を図っていくことが求められる。
他方,社会全体の少子化・高齢化が進むにつれ,高齢者による犯罪は顕著に増加し,高齢者による犯罪の予防や再犯の防止は極めて困難かつ重要な課題となっている。それは,既に多数の前科を重ねて高齢者となっている者に対する適切な処分や処遇の在り方の問題にとどまらず, むしろ,犯罪を重ねて次第に高齢者となり社会復帰が困難となる以前の問題として,そのような状況に立ち至らないためには,若年で犯罪傾向がまだ進んでいない段階からの再犯防止のための適切な処分や処遇,様々な社会復帰支援策の実施こそがまずもって重要な課題であろう。
窃盗事犯は,刑法犯の認知件数の過半数,一般刑法犯の認知件数の7割以上で,刑法犯の中で最大の割合を占める。最近の犯罪情勢好転の傾向も,窃盗事犯の認知件数が戦後最多を記録した14年の237万7,488件から大幅に減少し,25年には昭和49年以降初めて100万件を切るに至ったことが最大の要因である。この間,内閣を頂点とする官民の連携協力に よる様々な犯罪予防と再犯防止策はその多くが窃盗事犯に向けられていたものであり,18年には窃盗罪に罰金刑が導入されるなどの大きな制度の改革もなされた。更には,窃盗事犯も対象の一部に含まれる刑の一部執行猶予制度も,平成25年6月19日の刑法等の一部を改正する法律の公布後3年以内に施行されることとなり,窃盗事犯者の処分についての新たな選択肢も加えられることとなった。
これらを踏まえると,平成26年版犯罪白書(以下「本白書」という。)が,特集「窃盗事犯者と再犯」として,近年の犯罪情勢の様々な変化を踏まえて,この問題についての詳細な分析検討を行ったことは極めて時宜を得たものであり,その成果は,以下に紹介するとおり,窃盗事犯に ついての今後の更なる犯罪予防や再犯防止の諸施策の推進のためのみならず,他の様々な分野の犯罪におけるこれらの諸施策の在り方を検討する上でも裨益するところは大きいであろう。
第1 本白書の概要
本白書の概要の網羅的な紹介は,他の論稿においてもなされるものと思われるので,本稿においては,第6編「窃盗事犯者と再犯」を中心として,筆者の視点から注目に値すると思われるものを中心に要点を紹介した上,若干のコメントを付すこととする。
1 窃盗事犯の動向(第6編第2章)
(1) 認知件数・検挙件数・検挙人員の推移について
○ 検挙率は戦後最低の15.7%を記録した平成13年以降上昇に転じたが,25年は26.0%で前年より1.1pt 低下した(209頁,1−1−2−1図)。
○ 全般的に高齢化が進んでいる。とりわけ女子は,24年以降,窃盗の検挙人員の約半数を50歳以上の者で占め,高齢者(65歳以上)の割合は3割以上で推移し,25年は6年と比べて約4.6倍に上昇した(210頁,6−2−1−2図)。
○ 女子の検挙人員について,25年の一般刑法犯に占める窃盗の割合は78.1%で,男子(46.2%)に比べて顕著に高く,特に万引きの割合は男子の2.7倍である(252頁,1−1−1−8表)。
○ 少年の窃盗の検挙人員の人口比は,10年と比べると25年は半減した。これは少年人口の減少の程度よりも大幅な減少である。しかし,25年においても,窃盗は少年による一般刑法犯の約6割を占めており,依然として窃盗が少年非行の最も代表的な犯罪類型であることに変わりはない(221〜222頁,249〜250頁,6−2−2−2図,3−1−1−6表)。
○ 若年者については,窃盗の検挙人員に占める割合は低下傾向にはあるが,少年と比べると大きな変化はない。若年者では,侵入窃盗の割合が他の年齢層に比べて最も高い(210頁,216頁,6−2−1−2図,6−2−1−8図)。
○ 検挙人員の職業別では,学生・生徒等の割合が25年は6年と比べて半減した。これに対し,年金等生活者の占める割合は上昇傾向にあり,25年は14.5%で8年の6倍以上である(211頁,6−2−1−4図)。
○ 手口別では,侵入窃盗,自動車盗,車上ねらい,自動販売機ねらい,ひったくりの認知件数は15年ころ以降ほぼ一貫して減少を続けているが,万引きについては,他の手口に比べ,減少の程度は少ない。また,検挙率は,最悪であった13年以降,万引き以外の手口の窃盗についてはおおむね上昇傾向にあるが,万引きについては,約7割でほぼ変化がない(212〜214頁,6−2−1−5図)。
○ 再犯者については,窃盗による検挙人員のうち,再犯者率は10年から一貫して上昇し続け,25年は48.0% であった。特に侵入窃盗の再犯者率は同年で67.4% と顕著に高い(219頁,6−2−1−12図)。
(若干のコメント)
回復傾向にあった検挙率が若干とはいえ低下したことはやや気ががりであり,また,窃盗事犯者の再犯者率の高さは懸念される。年齢別人口比との比較において少年よりも高齢者,特に女子の高齢者の検挙人員の増加が著しいことが極めて注目される。また,万引き事犯の認知件数,検挙率について他の手口の犯罪よりも顕著な改善傾向が見られないことは,その絶対数の大きさに照らしても,重要な問題であり,その意味でも本白書の特集の意義は大きいであろう。
回復傾向にあった検挙率が若干とはいえ低下したことはやや気ががりであり,また,窃盗事犯者の再犯者率の高さは懸念される。年齢別人口比との比較において少年よりも高齢者,特に女子の高齢者の検挙人員の増加が著しいことが極めて注目される。また,万引き事犯の認知件数,検挙率について他の手口の犯罪よりも顕著な改善傾向が見られないことは,その絶対数の大きさに照らしても,重要な問題であり,その意味でも本白書の特集の意義は大きいであろう。
(2) 窃盗事犯の増減要因の考察
ア 雇用情勢や少子高齢化との関連
○ 雇用情勢との関連では,完全失業率は14年には5.4% を記録し,その後は19年にかけて大きく低下した後,いわゆるリーマンショックによる世界的な金融不安に伴って一時的に上昇したものの,23年以降は一貫して低下し,25年には約4%となった。窃盗事犯の多くは生活困窮等が背景にあること,検挙人員の約3割が年金等生活者
以外の無職者で占められていること,検挙人員に占める無職者の割合が極めて高い侵入窃盗,自動車盗などの認知件数は14ないし15年までは大幅に増加したがその後は大きく減少していることなどから,これらの傾向は雇用情勢の変化とも関係していると思われる(221頁,6−2−2−1図)。
○ 少年人口の減少の程度よりも少年の窃盗の検挙人員の減少の程度の方が大きいのに対し,高齢者の窃盗の検挙人員の人口比は,25年は6年と比べると約2.5倍に上昇しており(高齢者の人口は過去20年間で約8割の増加),窃盗の検挙人員における高齢者の増加は高齢者人口の増加をはるかに上回っている。これらからすると,人口
における少子高齢化の進展のみでは,窃盗事犯者における若年層等と高齢者の割合の変化を説明することはできない(221〜222頁,6−2−2−2図)。
(若干のコメント)
雇用情勢の変化が窃盗事犯の増減の要因として一定の関連を有することは自然であろう。人口における少子高齢化の進展のみでは,若年層と高齢者の割合の変化を説明することはできないとする点は重要な指摘であろう。
雇用情勢の変化が窃盗事犯の増減の要因として一定の関連を有することは自然であろう。人口における少子高齢化の進展のみでは,若年層と高齢者の割合の変化を説明することはできないとする点は重要な指摘であろう。
イ 犯罪防止に向けた各種施策等の実施との関連
犯罪情勢の好転・悪化には様々な事情が複合的に影響しているため,各種施策の実施の有無のみをもって窃盗事犯の増減要因を一概に論ずることはできないとしつつ,窃盗を含む犯罪抑止に向けた各種施策や取組は,街頭犯罪,侵入窃盗・自動車盗などの具体的手口や犯罪者の特性などを踏まえて官民の協力のもとに実施されていること,完全失業率が リーマンショックの影響により一時的に上昇した21年以降も窃盗の認知件数が一貫して減少していることなどから,各種の施策が窃盗事犯に対する一定の抑止要因となり得ていたのではないかと考えられるとして,以下の指摘・紹介等を行っている。
○ @自転車防犯登録の義務化(6年6月),A自販機堅牢化技術基準の制定(8年),B新五百円硬貨の発行(12年),C自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチームの設置(13年9月),D防犯性能の高い建物部品の開発・普及に関する官民合同会議の設置(14年11月),E街頭犯罪・侵入犯罪抑止総合対策の推進(15年
1月から),F犯罪対策閣僚会議の設置(15年9月),G特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律の施行(15年9月),H窃盗罪に罰金刑導入(18年),I警察庁が全国都道府県警察に「万引き防止に向けた総合的な対策の強化について」を発出(22年9月)の各施策について,それを時系列で表示し,それらの設置ないし開始と自転
車盗,車上ねらい,侵入窃盗,自販機ねらい,自動車盗,ひったくり,万引きの各種手口の窃盗事犯の認知件数の大幅な減少の流れと対比させた(223頁,6−2−2−3図)。
○ 街頭犯罪対策については,上記Eの総合対策やFの閣僚会議の設置を踏まえ15年12月には「犯罪に強い社会の実現のための行動計画─『世界一安全な国,日本』の復活を目指して─」が策定され,自主防犯活動に取り組む地域住民やボランテイア団体の支援への積極的な取組,警察官等の治安維持に当たる公務員の大幅増員等が行わ
れ,防犯ボランテイア団体の構成員数も10倍以上に増加するなど官民一体の防犯対策がなされてきた(223頁)。
○ 侵入犯罪対策については,上記Dの合同会議が警察庁を始めとする関係省庁と建物部品関連の民間団体によって設置され,侵入犯罪の手口を踏まえて侵入防止のための部品の基準等の検討が重ねられ,16年からは侵入まで5分以上を要するなどの防犯性能を有する建物部品をウェブサイトで公表して普及に努めるなどの措置が講じ
られた。また,上記Gの法の施行により,ピッキング用具等に対する取締りが強化された(224頁)。
○ 車両関連の窃盗事犯対策については,上記Cのプロジェクトチームの設置により,盗難防止性能の高い自動車の普及,イモビライザー等の盗難防止装置の普及促進,自動車の使用者や駐車場管理者等に対する防犯指導や啓発活動,港湾における盗難自動車の不正輸出防止対策等の措置が推進されてきた。また自転車盗については盗
難自転車の早期発見等を図るための上記@の自転車防犯登録の義務化が行われた(224頁)。
○ 自動販売機ねらい対策については,業界団体である一般社団法人日本自動販売機工業会が,自販機の施錠設備等の破壊防止のために上記Aの自販機堅牢化技術基準を定めてその普及を図り,飲料及びたばこの堅牢化自販機は18年までに全国に普及した。また,上記Bの新五百円硬貨の発行(16年には新紙幣が発行)も,偽変造通貨を
用いた自動販売機ねらいの防止策となっている(224〜225頁)。
○ 万引き対策については,自転車盗に次いで最も認知件数の多い手口であること,対面販売形態の個人商店が減少してセルフ式販売形態の大規模小売店舗が増加したこと,特に利益率の低い書店業界における万引き被害の増加が経営を圧迫していること等の情勢を踏まえて,警察庁の上記Iの発出に基づく,被害者となり得る業界の団
体に対し,万引きを認知した場合の警察への届出の徹底の要請や,被害関係者の時間的負担等軽減のための捜査書類等の合理化を図るなどの取組,警察や小売業界だけでなく学校等の教育機関やPTAをも含めた関係機関・団体の連携による万引き犯罪に対する啓発活動等の推進がなされてきた。他方,高齢者の万引きの検挙人員の増
加が顕著であり,その動機や背景事情は様々で万引き事犯における高齢者問題への対策が喫緊の課題であり,また,万引き事犯は検挙率が他の手口よりも高いとはいえ,現場で目撃されなければ検挙が困難であるため相当の暗数があると推察され,届出をためらう被害関係者も少なくないとの指摘がある(225頁)。
(若干のコメント)
近年の窃盗事犯の認知件数の減少と検挙率の回復の変化と,各種の犯罪予防・再犯防止の施策とを時系列的に対比させた上,リーマンショックによる完全失業率の一時上昇との関係も念頭に置きつつ,これらの施策が窃盗事犯に対する一定の抑止要因となり得ていた,との分析は妥当であり,今後の諸施策の推進に示唆するものが少なくないであろう。
近年の窃盗事犯の認知件数の減少と検挙率の回復の変化と,各種の犯罪予防・再犯防止の施策とを時系列的に対比させた上,リーマンショックによる完全失業率の一時上昇との関係も念頭に置きつつ,これらの施策が窃盗事犯に対する一定の抑止要因となり得ていた,との分析は妥当であり,今後の諸施策の推進に示唆するものが少なくないであろう。
(3) 検察(第3節)
○ 窃盗の新規受理人員は例年,一般刑法犯の5割前後の高い割合を占める(226頁,2−2−1−1図)。
○ 家庭裁判所送致の占める割合は,平成11年まで6割台で推移していたが,その後は大きく低下し,18年以降は3割台で推移している(226頁,6−2−3−1図)。
○ 公判請求率は,15年までは5割台で推移していたが,16年から大きく低下し,罰金刑が導入された18年以降は3割台で推移している(227頁,6−2−3−3図)。
○ 略式命令請求人員は,罰金刑の導入後,23年まで増加し続けていたが,24年から漸減している。略式命令請求率は23年以降8%台で推移している(227頁,6−2−3−3図)。
○ 男子の起訴人員が16年をピークに減少傾向にあるのに対し,25年の女子の起訴人員は6年の約4.7倍である。起訴人員の女子比も16年以降上昇し続けており,25年は6年の約3.7倍となった(228頁,6−2−3−4図)。
○ 有前科者率は,男子は23年以降60%以上で推移しており,25年は61.8%である。女子は男子と比べると初犯者の占める割合が高いものの,有前科者率は20年からほぼ一貫して上昇しており(25年は49.1%),とりわけ,前科が罰金のみである者の比率が顕著に上昇している(229頁,6−2−3−5図)。
(4) 裁判(第4節)
○ 窃盗は通常第一審での終局処理人員において例年最も多い人員を占めている。25年における執行猶予率は51.1%で,総数の執行猶予率58.0%よりも低いが,窃盗の執行猶予者の保護観察率は,13.6%で,総数の9.9%よりも高い(231頁,6−2−4−1図,2−3−2−1表)。
○ 罰金刑については,25年では,通常第一審での罰金刑を受けた者は791人,略式手続では6,642人である。通常第一審及び略式手続共に,20万円以上30万円未満の罰金額の占める割合が最も高い(231〜232頁,6−2−4−2図)。
(5) 矯正(第5節)
○ 窃盗の入所受刑者は,18年をピークに減少傾向にはあるが,全入所受刑者に占める窃盗の構成比は6年以降漸増している。特に女子の入所受刑者の窃盗の構成比の上昇は顕著であり,25年は41.9%(男子は33.2%)で,6年の約1.9倍となっている(232〜233頁,6−2−5−1図,6−2−5−2図)。
○ 窃盗の高齢者の構成比は,男女共に高齢者の比率が上昇傾向にあり,特に女子の初入者における高齢者の比率の上昇傾向が顕著で,25年の女子高齢者の初入者の人員は16年の約5.5倍となっている(234頁,6−2−5−3図)。
○ 窃盗の2度以上の入所受刑者数の構成比は,全入所受刑者と比較して男女とも高く,特に男子は年齢層が高くなるに従って入所度数が2度以上の者の比率が高くなり,男子高齢者では約8割を占めている。しかし,女子にはこの傾向は見られず各年齢層で初入者の比率が最も高く,
高齢者においても初入者が約半数を占めている(234〜235頁,6−2−5−4図)。
○ 入所受刑者の有配偶者率は,男子は初入者・再入者共に未婚の者が過半数を占め,有配偶者は10数% に留まるが,女子は,いずれも未婚の者は18% 台で有配偶者率は30% 台であり,男子よりも有配偶者率は顕著に高い(235〜236頁,6−2−5−5図)。
○ 窃盗は,窃盗以外の罪名と比べて,執行猶予歴のある者の構成比が高く,その傾向は女子において顕著である(237頁,6−2−5−7図)。
○ 窃盗の同一罪名再入者については,男女ともその割合は最近10年間では上昇傾向にある。特に女子の窃盗再入者の割合は男子よりも高く,25年は16年に比べて8.5pt 上昇した(237頁,6−2−5−8図)。
○ 窃盗再入者は,窃盗以外の再入者と比べて,男女共に,短期間に再犯に及んでいる者の構成比が高い(238頁,6−2−5−9図)。
(6) 更生保護(第6節)
○ 25年の保護観察開始人員の男女別構成比を窃盗以外の罪名との比較で見ると,窃盗は,仮釈放者,保護観察付執行猶予者共に,高齢者における女子の割合が,それぞれの総数における女子比と比べて顕著に高く,窃盗以外の罪名の高齢者における女子比と比較しても
顕著に高く,また,最近10年間の窃盗の女子比は大きく上昇している(244頁,6−2−6−3図)。
○ 窃盗の仮釈放者では,更生保護施設に居住する者の割合が25年では41.2% で,窃盗を含めた全罪名の割合より12.7pt 高い。高齢者を除き,年齢層が上がるにつれて親族と同居する者の割合が低くなっている(245〜246頁,6−2−6−5図)。
○ 保護観察の終了事由については,窃盗の保護観察付執行猶予者は,仮釈放者,保護観察処分少年,少年院仮退院者と比べて,処分の取消しにより終了した者の割合が顕著に高い。また,窃盗の保護観察終了人員は,いずれにおいても,全罪名での保護観察終了人員
と比較して,各処分の取消しで終了した者の割合が高い。さらに,いずれにおいても,取消しで終了した者の割合は,無職者の方が高い(247〜248頁,6−2−6−6図,6−2−6−7図)。
(若干のコメント)
以上の第6編第2章で示された窃盗事犯の動向についての各種統計資料の分析結果を踏まえると,窃盗について,検察における家裁送致事案の割合の低下,女子の起訴人員,起訴人員中における女子比,有前科者率の各増加・上昇,矯正における女子の入所受刑者特に女子高齢者の初入者の人員の大幅な増加,保護観察開始人員の男 女別構成比は他の罪名と比べて高齢者における女子の割合が顕著に高いこと等は,前記の窃盗事案の動向が示している少年の窃盗事案の減少,高齢者による事案とりわけ女子の高齢者による事案の大幅な増加等と顕著な対応関係にあると思われる。他方,男子と女子とでは,高齢者における入所度数や,有配偶者率等について顕著な違 いがあることは非常に興味深い。
窃盗の保護観察率が総数よりも高いこと,窃盗の保護観察付執行猶予者,仮釈放者,保護観察処分少年,少年院仮退院者のいずれにおいても,全罪名での保護観察終了人員と比較して,各処分の取消しで終了した者の割合が高いこと,また,取消しで終了した者の割合は,無職者の方が高いこと,(247〜248頁,6−2−6−6図,6−2−6−7図)は,再犯防止の視点から懸念される重要な指摘であろう。
罰金刑導入後の略式命令請求率の上昇等の動向や,罰金刑は略式手続のみによらず通常第一審でも活用されていることは罰金刑制度導入後の運用状況として貴重な情報である。
以上の第6編第2章で示された窃盗事犯の動向についての各種統計資料の分析結果を踏まえると,窃盗について,検察における家裁送致事案の割合の低下,女子の起訴人員,起訴人員中における女子比,有前科者率の各増加・上昇,矯正における女子の入所受刑者特に女子高齢者の初入者の人員の大幅な増加,保護観察開始人員の男 女別構成比は他の罪名と比べて高齢者における女子の割合が顕著に高いこと等は,前記の窃盗事案の動向が示している少年の窃盗事案の減少,高齢者による事案とりわけ女子の高齢者による事案の大幅な増加等と顕著な対応関係にあると思われる。他方,男子と女子とでは,高齢者における入所度数や,有配偶者率等について顕著な違 いがあることは非常に興味深い。
窃盗の保護観察率が総数よりも高いこと,窃盗の保護観察付執行猶予者,仮釈放者,保護観察処分少年,少年院仮退院者のいずれにおいても,全罪名での保護観察終了人員と比較して,各処分の取消しで終了した者の割合が高いこと,また,取消しで終了した者の割合は,無職者の方が高いこと,(247〜248頁,6−2−6−6図,6−2−6−7図)は,再犯防止の視点から懸念される重要な指摘であろう。
罰金刑導入後の略式命令請求率の上昇等の動向や,罰金刑は略式手続のみによらず通常第一審でも活用されていることは罰金刑制度導入後の運用状況として貴重な情報である。
2 再犯防止に向けた各種施策の実情(第6編第3章)
標記の題で,窃盗事犯者の再犯防止に向けた各種施策や取組の実情を,検察,矯正,更生保護に加え,多機関連携による取組についても紹介している。これらは,関係する官民の諸機関・組織等において今後の各種施策の一層の推進の上で大いに参考となる情報であろう。
(1) 検察
各地の実情に応じ,被疑者や被告人のそれぞれの事情を踏まえつつ,保護観察所,地方公共団体,福祉機関等と連携しながら,釈放後の帰住先の確保や福祉サービスの受給につなげたり,場合によっては保護観察付執行猶予の求刑を行うなどしている。庁によってはこれらの取組を専門に行う部署を設け,社会福祉士を採用してその専門的知見を活用する などしており,その具体例として,高齢の万引き事犯の被疑者を起訴猶予処分にするに当たり,地方公共団体と連携して地域包括支援センターによる生活支援につなげた例が紹介されている。
(2) 矯正
刑事施設においては,従来から,矯正局が定める標準プログラムを基準に,薬物,暴力団,性犯罪,交通等6種類の特別改善指導が実施されている。窃盗防止指導については,全国統一の標準プログラムはないものの,それぞれの施設において独自にこれに取り組んでいる。25年度の実情について法務総合研究所が実施したその実態調査の結果として,指 導者,年間の実施回数(1クールの実施期間や回数など),対象者の選定基準(高齢者で常習累犯窃盗の者,ギャンブルに係る問題者,若年からの窃盗累行者など)や,それを踏まえて,認知行動療法を基盤に開発した教材によるプログラム,矯正局監修の視聴覚教材の活用,外部講師を招いての講義,再犯に至る危機場面を想定してのロールプレイング, 窃盗の原因にアルコール依存がある者に対する酒害教育など様々な創意工夫による窃盗の防止指導が実施されていることが紹介されている。
(3) 更生保護
更生保護においては,保護観察対象者に対する類型別処遇などにより,窃盗事犯の原因となった問題性に着目し,その解消に向けた個別処遇が行われており,その実情について,@窃盗事犯の問題性の観点から,生活困窮者,ギャンブル・浪費の問題を有する者,A保護観察対象者の特性の観点から,高齢者・障害者,少年,女子のそれぞれが紹介されている。
@については,住居や就労先を失い生活に困窮して窃盗に及んだ者が少なくないことから,就労支援や住居確保・定住支援を行っている。具体的事例として,解雇されて住居を失い,空腹のために万引きをした者について,更生緊急保護事前調整の試行事案として,検察官から依頼を受けた保護観察所の保護観察官及び社会復帰調整官が勾留場所の警察署 に赴いて本人と面談し,聴取・検討の結果を検察官に報告し,検察官はこれを踏まえて起訴猶予・釈放した後,保護観察所が管内の自立準備ホームに委託するなどの調整を行った事例などが紹介されている。
Aについては,全国の保護観察所において,高齢又は障害により自立困難で住居もない受刑者について,特別調整を実施し,全国57の更生保護施設が「指定更生保護施設」として,これらの者に対する処遇を特に実施していること,保護観察処分少年で浪費癖のある者に対し,保護司が家計簿作成を指導し,少年にこれまでの無駄遣いを自覚させることに より保護観察開始当初の金銭管理の問題点が解消されて保護観察が解除された事例,女子を対象とする更生保護施設における女子の心身状況に配慮した処遇の実施の独自の取組などが紹介されている。
(4) 多機関連携による取組
窃盗事犯者の再犯防止と社会復帰を実現するためには,関係機関や民間団体等の多機関連携が重要であるとの視点から,警察庁による「万引き防止官民合同会議」の開催を始めとして万引き防止対策の全国的展開が図られてきたが,その具体例として,人口千人当たりの万引きの認知件数が全国最多であった香川県において,警察が防犯ボランティア団体 や香川大学とも連携して効果的な万引き対策を多角的に検討してきた実情等が紹介されている。
また,刑事司法機関と他の公的機関との連携の一端として,@四国少年院と香川大学との官学交流による窃盗に関する処遇プログラムの開発に向けた共同研究の準備が進められている事例,A東京都内の更生保護施設である両全会において,窃盗事犯者の処遇に力を入れ,臨床心理学専攻の大学教員,保護司・元保護司等の外部協力者との共同により, 「リ・コネクト」という窃盗事犯の在所者を対象とした処遇プログラムが実施されている事例,B前橋保護観察所が,群馬県の特定医療法人群馬会赤城高原ホスピタルに入通院している保護観察対象者の保護観察について,同ホスピタルの医療関係者と緊密に連携してカウンセリングや様々な療法の組み合わせによる充実したプログラムを実施している事 例,C全国的な医療・福祉事業を展開する社会福祉法人恩賜財団済生会において実施されている生計困難者に対する「なでしこプラン」という医療福祉サービスの提供の対象者に刑務所出所者も盛り込まれ,同会傘下の医療施設が保護観察所及び更生保護施設と連携して対象者の診療や健康診断などを積極的に行っている事例等が紹介されている。
3 特別調査(第6編第4章)
本特別調査では,窃盗事犯者について,平成23年6月中に有罪判決が確定した者2,421人を調査対象者とし,裁判書等の資料に基づき,その基本的属性や調査対象事件の概要及び裁判内容,再犯の有無等を調査した。更に,この調査に加えて,全対象者のうち,@罰金に処せられた者,A前科のない者で主たる犯行の手口が万引きであった者,B前科のない 者で主たる犯行の手口が侵入窃盗であった者,についてその実態を明らかにするため,刑事確定記録等を用いて,対象者の属性や生活環境,犯行の詳細等のほか,再犯の有無・内容等の詳細な調査を行って再犯要因を分析した。
後者の@ABの調査が対象者をこのように設定したのは,窃盗事犯については前科が重なるほど更に再犯率が高まって更生の道が閉ざされる傾向にあるため,犯罪傾向が比較的進んでいない段階での再犯防止対策が特に重要であるとの考慮に基づく。
以下にこれらの各調査で明らかになった重要と思われる諸点を指摘する。
(1) 全対象者調査の結果
○ 2,421人のうち,男子は1,930人(構成比79.7%),女子は491人(同20.3%)であり,国籍は日本人が95% を占める。年齢層別構成比は男女共に50〜64歳の者の割合が最も高く,高齢者の割合は女子の方が男子より顕著に高い(6−4−2−1図)。
○ 調査対象事件の窃盗の一人当たりの平均事件数は1.7件である。
○ 主たる犯行については,窃盗罪の既遂が91.4%,常習累犯窃盗が6.4%,窃盗未遂が2.1% であり,窃盗以外の罪も認定された者は23.2% で,主なものは住居侵入,覚せい剤取締法違反,詐欺,道路交通法違反,傷害等である。
○ 手口別では,万引きの割合が最も高く,男子は49%,女子は89.8% であり,女子の窃盗事犯者の約9割が万引きである(266〜267頁,6−4−2−2図)。
○ 全対象者の裁判内容別構成比は,懲役の実刑,執行猶予付きの懲役及び罰金の比率がおおむね約3分の1ずつである。執行猶予者の保護観察率は14.7% であり,全対象者とほぼ同時期に裁判が確定した執行猶予者総数では9.2% であるので,窃盗事犯者の方が保護観察率は高い(268頁,6−4−2−3図)。
○ 再犯状況については,調査対象事件の裁判確定から約2年後となる25年6月末日までの間に,全対象者のうち,再び有罪判決を受けて裁判が確定した者の有無等を調査しており,全対象者のうち再犯ありの者は475人(19.6%)であり,このうち窃盗による再犯者は
409人であった。再犯ありの者の男女別,年齢別構成比を見ると,全般に男子よりも女子の方が高く,女子の40〜49歳の者が32.6% で最も高い(268〜269頁,6−4−2−4図)。
(2) 罰金処分者の実態と再犯状況
○ 罰金処分者の総数は766人であり,男子が485人(63.3%),女子が281人(36.7%)である。女子の割合は全対象者の場合の20.3% よりも高い。罰金処分者の窃盗の事件数で見ると,延べ849件であり,そのうち734件(86.5%)が万引きの手口である。
○ 年齢層は男女共に50〜64歳の者の割合が最も高い。50歳以上の者の割合も高齢者の割合も女子の方が男子よりも高いのに対し,若年者の割合は男子が女子の2倍以上である(271頁,6−4−3−1−1図)。
○ 居住状況は,男女共に自宅(賃貸を含む)に居住していた者が大半を占めるが,住居不定者の割合は男子の方が女子より顕著に高い(272頁,6−4−3−1−2図)。
○ 男女共に同居人と暮らしている者が過半数を占めているが,特に女子はその割合が高い。女子は約8割が婚姻歴を有するのに対し,男子は約4割が婚姻歴を有していない(272〜273頁,6−4−3−1−3図,6−4−3−1−4図)。
○ 就労状況は,無職者は男子の60.5% に対し,女子は37.4% であり,また,女子の主婦・家事従事者は約4割を占める。無職の理由は,男女共に年金受給などにより就労の必要がない者の割合が最も高いが,就職難による者は男子が20.5%,女子が4.8% であり,勤労意欲
なしによる者は男子が22.3%,女子が6.7% で,いずれも男子が女子を大きく上回る(273〜274頁,6−4−3−1−5,6−4−3−1−6図)。
○ 経済状況は,安定収入のある者が77.2% を占め,その割合は女子(91.8%)の方が男子(69.2%)よりも高い。犯行時の収入の月額は,10万円を超え20万円以下の者が43.9% で最も多いが,20万円を超える者も25.1% いる。資産のある者が50.7% を占め,女子(63.7%)の方が男子(43.6%)よりも高い。
○ 精神疾患の既往歴のある者は105人(男子49人,女子56人)で,罰金処分者に占める割合は女子(19.9%)が男子(10.1%)よりも高い。診断名の内訳は,鬱病等の気分障害,アルコール依存症,統合失調症,摂食障害,パニック障害の順に多い。男女共に気分障害が最も多いが,男子はそれに次いでアルコール依存症が多いのに対し,女子は摂食障害が多い。
○ 前科の有無・内容は,前科のない者が多いが,男子(64.3%)よりも女子(79%)の方が前科のない者の割合が高い(275頁,6−4−3−1−7図)。窃盗前科のある者の前科内容は,女子は罰金前科のみの者が80.9% で大半を占めるのに対し,男子は罰金前科のみの者は35.1% に留まり,懲役前科のある者の方が大きく上回る(275頁,6−4−3−1−8図)。
○ 窃盗前科の回数は,総数では,窃盗前科1回のみの者が約8割を占める。しかし,窃盗前科が5回以上の者も4.9% いるなど,2回以上の者も約2割いる。窃盗の前科が懲役前科であった者はその約4割が2回以上の懲役前科があるのに対し,窃盗の前科が罰金前科のみである者はそのほとんど(98.6%)が1回のみである(276頁,
6−4−3−1−9図。ただ,罰金刑の導入が平成18年であることに留意)。
○ 起訴されていない前歴の有無別構成比は,男女共に前歴のある者が大半を占め,とりわけ女子は窃盗前歴のある者が約9割(男子は約8割)である(277頁,6−4−3−1−10図)。
また,男女共に2回以上の窃盗前歴を有する者が過半数を占め,その割合は女子の方が男子よりも高い。年齢層では,2回以上の窃盗前歴を有する者は,若年層は5割弱であるが,高齢者は約8割と高い(277頁,6−4−3−1−11図)。窃盗前歴の手口は万引きが最も多く,自転車盗がそれに次ぐ。
また,男女共に2回以上の窃盗前歴を有する者が過半数を占め,その割合は女子の方が男子よりも高い。年齢層では,2回以上の窃盗前歴を有する者は,若年層は5割弱であるが,高齢者は約8割と高い(277頁,6−4−3−1−11図)。窃盗前歴の手口は万引きが最も多く,自転車盗がそれに次ぐ。
○ 調査対象事件の内容については,主たる犯行の手口別構成比は,男女共に万引きが大半を占め,特に女子はその割合(97.2%)が圧倒的に高い。男子は万引き以外の手口も2割を占め,自転車盗,置引き,色情ねらいなどである(278頁,6−4−3−1−13図)。1件当たりの被害額は,1万円未満が8割近くを占め,3,000円未満も5
割を超えているが,10万円以上のものも1.9% ある(278〜279頁,6−4−3−1−14図)。被害回復状況については,89.1% の者について被害金品の全部還付がなされ,一部還付も含めると9割以上に及ぶ。
○ 調査対象事件の動機については,男女共に各年齢層を通じて,「自己使用・費消目的」「生活困窮」「節約」の比率が高く,「軽く考えていた」の比率も30歳以上の年齢層で比較的上位にある。男子は,若年者及び30歳代で「換金目的」の比率,また,30歳以上の年齢層では「空腹」の比率が比較的上位にある。これに対し,女子は,30
歳以上の年齢層では「節約」の比率が最も高く,また若年者及び高齢者を除き,「盗み癖」が比較的上位にあり,50歳以上の年齢層では「ストレス発散」の比率も比較的上位にある。
○ 背景事情については,男子は各年齢層を通じて「家族と疎遠・身寄りなし」「住居不安定」「収入減」「就職難」等の経済的要因の比率が高く,30歳〜40歳代では「習慣飲酒・アルコール依存」,高齢者では「ギャンブル耽溺」の比率が比較的上位にある。これに対し,女子は各年齢層を通じて,「体調不良」「親子兄弟等とのトラブル」
「配偶者等とのトラブル」などの家庭的要因の比率が高く,30歳代では「摂食障害」が比較的上位にある(279〜280頁,6−4−3−1−15図)。
○ 科刑状況は,略式命令による者が87.6% で,通常裁判による者が12.4% である。罰金額20万円の者の割合が47.8% で最も高く,それ以上の罰金額の者は漸減するが50万円の者も5.1% いる。
○ 罰金処分者の再犯率(調査対象事件の起訴後に再犯を行った者)は,総数では27.7% であり,特に高齢者は男子(17.2%)より女子(33.8%)の方が窃盗再犯率が顕著に高い(282〜283頁,6−4−3−2−1図,6−4−3−2−2図)。
○ 再犯率を前科前歴の有無別に見ると,男女とも,窃盗の前科前歴のない者の方が,窃盗前科のある者よりも窃盗再犯率は低い(284頁,6−4−3−2−4図)。また,窃盗前歴の回数が増えるにつれて再犯率が高くなる傾向にある(285頁,6−4−3−2−5図)。再犯期間
(調査対象事件の裁判確定日から再犯の犯行日までの期間)は,男女共に再犯者の約5割が6か月未満で再犯に及んでいる(286頁,6−4−3−2−7図)。
(3) 前科のない万引き事犯者の実態と再犯状況
前記のように,罰金処分者の調査が行われた窃盗の事件数849件のうち,その大半の86.5% が万引きの手口であること,罰金処分者の大半(特に女子)は前科のない者が占めていることから,本調査の対象である前科のない万引き事犯者の特徴は,罰金処分者において見受けられた特徴とおおむね同様のものとなっている。そして,本調査においても, @女子の場合には,経済状況に問題のある者は少ないのに対し,男子の場合には経済的要因の比率が高く,所持金が少なかったことが万引きの要因となった者が多いこと,A家族と疎遠などの家庭的要因や「体調不良」「摂食障害」など身体・精神の疾患に要因がある者の割合は女子の方が相当高いこと,B前歴についての初回検挙時の平均年齢は女子の方が高 いこと,C動機については,男子は「自己使用・費消目的」「空腹」等の割合が高いのに対し,女子では「節約」「盗み癖」「ストレス発散」などの割合が高いこと,D背景事情については,全般的に若年者においては「不良交友」の比率が高いこと,E年齢層別の窃盗再犯率は,高齢の女子は男子よりも顕著に高いこと,F窃盗前歴がない者の窃盗再犯率は 12.0% であるのに対し,窃盗前歴が3回以上になると窃盗再犯率は40%近くに及び,窃盗前歴の回数が増加するにつれて再犯率も高くなっていること,などが浮き彫りとなっている。
本調査では,これらの分析を踏まえ,小括として,前科のない万引き事犯者の問題性その他の特性等に焦点を当て,効果的な処遇を検討するための類型化を行っており,@経済状態が不良で生活困窮に陥っている者(「生活困窮型」),A社会的に孤立している者(「社会的孤立」型),B心身に問題を抱えている者(「精神疾患」型),C女子高齢者,D若年 者の類型に分けて,上記の分析結果を整理して取りまとめている。
(4) 前科のない侵入窃盗事犯者の実態と再犯状況
窃盗事案の中でも,侵入窃盗は,非侵入窃盗の典型でその高い割合を占める万引きと比べ,事犯者の特性や犯行内容等の実態にはかなりの違いがあるとの視点から,前科がなく犯罪傾向はそれほど進んでいない点では共通する万引き事犯者についての前記の調査と比較しつつ分析を行っており,次のような点が注目される。
○ 前科のない侵入窃盗事犯者の総数は110人で,男女別では男子が96.4%,女子が3.6% であり,男子が圧倒的に多い。
○ 調査対象事件における窃盗の事件数では,延べ379件であり,調査対象者の一人当たりの平均件数は3.4件で,前科のない万引き事犯者の1.2件よりもかなり多い。
○ 対象者の約3分の2が若年者であり,高齢者はおらず,侵入窃盗事犯者は明らかに年齢層が若い(309頁,6−4−5−1−1図)。
○ 犯行時の居住状況は,前科のない万引き事犯者と比べて,住居不定の者の割合が9.6pt 高い(309〜310頁,6−4−5−1−2図)。
○ 婚姻歴がない者が7割以上に及ぶ。
○ 犯行時の無職者の割合は6割に上り(310頁,6−4−5−1−3図),無職者の無職理由は,就職難が15.2% であるが,勤労意欲なしによるものが63.6% と極めて高い(310頁,6−4−5−1−4図)。
○ 経済状況は,安定収入がない者,預貯金等の資産がない者,借金・債務がある者が多数を占め,経済状況が不良な者が多い傾向にある。
○ 前歴については,前歴のない者の割合は58.2% であるが,前科のない万引き事犯者の場合には11.7% であったのと比較し,顕著に高い(6−4−5−1−5図)。
○ 調査対象事件の内容について,主たる犯行の手口は,空き巣,出店荒らし,忍込み,倉庫荒らし,金庫破りの順に多い。
○ 主たる犯行の1件当たりの被害額は,1万円以上のものが9割近く,5万円以上が7割を,50万円以上が3割をそれぞれ超え,現金被害の最高金額は2,400万円であり,万引き事犯よりも高額に及ぶ(312頁,6−4−5−1−6図)。
○ 動機については,年齢層に関係なく「生活困窮」が,背景事情としては「ギャンブル耽溺」がそれぞれ上位に位置している。若年者では,動機として「友人・知人の誘い」の比率が,背景事情として「不良交友」の比率が高い(312〜313頁,6−4−5−1−7図)。
○ 共犯者がいる者が38.2% おり,万引きの場合は,共犯者がいない者が9割以上であることと比較し(296頁),共犯者のいる割合が顕著に高く,3人以上で犯行に及んでいる者も少なくない(314頁,6−4−5−1−8図)。
○ 科刑状況は,懲役に処せられた者が98.2% であり(実刑が25.5%,保護観察付執行猶予が2.7%,単純執行猶予が70%),罰金が1.8% である(314頁,6−4−5−1−9図)。
○ 再犯状況については,調査対象者で罰金又は執行猶予付きの懲役に処せられた者の再犯率は,15.9% であり,窃盗の再犯率は12.2%である(315頁,6−4−5−2−1図)。
○ 小括として,@侵入窃盗事犯者は男子が圧倒的に多いこと,A万引き事犯者と比べ,若年層が多いこと,B共犯者があるものが多く,若年者の背景事情として「不良交友」の比率が高いこと,C無職理由に勤労意欲なしの者が多いこと,D安定収入や資産の乏しさなどから生活困窮型の比率が高いと共に,「ギャンブル耽溺」の比率も
高いこと,D前歴のない者が6割近くを占めているが,これは侵入窃盗事犯者の場合には前科前歴がなくとも起訴され,懲役に処せられる者が大半であるためであること,などを指摘し,これらを踏まえた上で,再犯を防止するには,初発の段階で,犯罪親和的な価値観や考え方の改め,アルコール・ギャンブル等の問題への対応,金
銭管理方法の習得,不良交友からの離脱のための指導・教育や,住居や就労の確保を行うなどの環境調整等の支援策などの多面的な働き掛けを行う必要があるとしている。
4 おわりに(第6編第5章)
上記の諸調査の結果を総合し,今後の再犯防止策を検討する上で留意すべきと思われる点についてとりまとめているが,特に以下の点が注目される。
(刑事処分の早い段階での処遇等の重要性)
侵入窃盗者については,前科前歴がなくとも起訴されて懲役刑を言い渡されることが多いのと比較し,万引き事犯者については,微罪処分や起訴猶予処分を受けた後に,再犯に及ばなくなる者も少なくないと思われるが,再犯を繰り返して起訴され,更には受刑に至る者も相当数に及んでおり,初めて刑務所に服役する時点においてはすでに規範意識の鈍 麻や窃盗に対する親和性,生活環境の悪化,自身に対する自己評価の低下等が認められることが多く,窃盗再入者の再犯期間は窃盗以外の再入者に比較して短い。これらに照らせば,万引き事犯者に対しては,犯罪傾向の進んでいない初期の段階において,適切な指導や処遇を行うことが極めて重要である。
(窃盗事犯者の特性等を踏まえた処遇の在り方)
窃盗事犯者については,生活困窮型,社会的孤立型,精神疾患型,若年者,女子高齢者の類型に大別され,それぞれの類型に応じ,また個々人の問題性等をよく考慮した適切な配慮に基づく指導や処遇が望まれる。
(窃盗事犯者に対するプログラムの必要性)
窃盗事犯者に対しては,犯罪傾向が進む前のできる限り早い時期に幅広い対象者に対して集中的かつ効果的な指導を実施していく必要があり,そのためには,現在いくつかの刑事施設で実施している窃盗受刑者に対する再犯防止指導の内容やその効果,指導方法等について精査し,より精度の高い効果的かつ標準的なプログラムを開発する必要がある。 このプログラムも,窃盗事犯者の類型に応じた効果的なプログラムの検討が必要である。
(関係機関との連携強化について)
窃盗事犯者に対しては,満期釈放者であるか否か等を問わず,就労支援や住居確保の対策が重要であり,その円滑な実施のために関係機関間での一層の連携が必要となる。不起訴処分が見込まれる場合でも事案に応じて検察庁と保護観察所,地方公共団体等との連携の強化が求められるし,窃盗事犯者に対してそれぞれの動機や背景事情等を含めてそれぞ れの特性にふさわしい一貫した処遇が実施されるためには,検察,矯正,更生保護の間で個々の窃盗事犯者についての情報が緊密かつ正確にやりとりされる必要があり,そのための情報連携データベースの早期の構築が待たれる。
第2 若干の所感
本白書は,24年に犯罪対策閣僚会議が決定した「再犯防止に向けた総合対策」では,対象者の特性に応じた指導及び支援の強化が重点施策に掲げられ,関係機関において実効性のある再犯防止施策が推進されており,法務総合研究所においても,これを受けて再犯防止に関する各種研究を実施している中で,同総合対策が掲げる対象者のうち,少年・若年 者,高齢者,女子の,それぞれの一般刑法犯の検挙人員が最も多い窃盗に着目し「窃盗事犯者と再犯」を特集としてとりあげたものである(はしがき)。
この特集に係る調査においては,少年・若年者から女子・高齢者等に分けて,きめ細かな分析を行い,窃盗事案についての犯罪の動機・背景事情,犯行の手口,再犯状況等は様々であり,これらの各年齢層等によって顕著な特徴があることが説得力をもって明らかにされている。また,平成18年に導入された窃盗罪についての罰金刑が,その後実際にど のような事案に適用され,窃盗事犯者に対する様々な処分の一環としてどのような役割・効果を発揮しているか,ということは筆者を含め刑事司法に関与してきた者にとってかねてから関心のある問題であり,制度の開始後約5年間を経た時点における実情が分析・紹介されたことの意義は極めて大きい。
また,本特集の3章が再犯防止に向けた各種施策の実情として,検察・矯正・更生保護はもとより,警察を始めとする関係機関,大学,民間団体等の多機関連携による窃盗事犯者の再犯防止と社会復帰に関する取組等が,様々な具体例をもって紹介されている。筆者は,23年までの約34年間を法務検察において奉職したが,本特集で紹介された,窃盗被 疑者を起訴猶予処分とするに当たって検察官が保護観察所や地方公共団体と緊密に連携して社会復帰の道を探るというような取組は,筆者の奉職中にはなされていなかった新たな意欲的な施策であり,その他の各関係機関・民間団体等の意欲的な取組の実情ともあいまって極めて注目すべきものである。
窃盗事犯の認知件数は14年に戦後最多の237万件を超えて以降減少を続け,25年には100万件を切るまでに至っているが,本特集では,犯罪情勢の好転・悪化には様々な事情が複合的に影響しており,各種施策の実施の有無をもって窃盗事犯の増減要因を一概に論ずることはできない(222頁)としている。確かに,個別の施策と犯罪予防・再犯防止の効果 がどの程度の因果関係にあるか,ということは,施策の内容によっても異なり,また,犯罪予防等の効果は様々な施策が直接間接に複合的に影響し合って生じ得るものであろうから,本特集においてはこのようないわば謙抑的な表現に留めているものと思われる。しかし,窃盗事犯の認知件数の急上昇に加え,その検挙率が13年に戦後最低の15.7% となった ことは,我が国の安全神話の崩壊とさえ言われ,これに対する深刻な危機感が,内閣を頂点とする警察や検察等の諸機関や関係民間組織等を強く動かし,従来の防犯対策に加えて自動車盗,侵入盗,街頭犯罪等防止のための様々な具体的諸施策が導入・推進されたことと,認知件数の減少や検挙率の上昇は,大きな流れにおいて軌を一にしており(223頁6− 2−2−3図),これらの諸施策の考案・推進がその効果をもたらすについて相当大きな力となったことは疑いがないであろう。
いうまでもなく,犯罪予防・再犯防止のためには,例えば自販機の堅牢化,防犯性能の高い自動車や建築部品の開発・普及などのような,具体的類型の手口の犯罪全般の予防のための客観的な施策の開発・推進と,窃盗を犯した個々の対象者に対するその特性等に応じた的確な処分や処遇による再犯防止・社会復帰のための指導・支援とが車の両輪である。
前者については,ある施策による予防や摘発が強化されれば,それをかいくぐったより巧妙な犯罪の手口が発生して拡がることは経験則が示すところであり,引き続き官民の連携による客観的な犯罪予防・摘発のための具体的諸施策の考案や推進が求められるであろう。
後者については,窃盗事犯者の犯行の動機・背景事情,犯行の手口,再犯状況等は様々な年齢層や男女の別などによって大きく異なることが本特集によって明らかにされたことの意義は大きい。第5章が,提言として,刑事処分の早い段階での処遇等の重要性,窃盗事犯者の特性等を踏まえた処遇の在り方として生活困窮型を始めとする各類型ごとに分け た望まれる再犯防止策,窃盗事犯者に対するプログラムの必要性,関係機関間の連携強化の各柱を示したことは,それが,綿密な実情調査を踏まえたものであるだけに,極めて的確・妥当なものだと思われる。
同提言は,窃盗事犯の多数を占める万引き事犯においては,微罪処分に始まり,実刑判決に至るプロセスにおいて規範意識の鈍麻や生活環境等の悪化等が進行するために,犯罪傾向の進んでいない初期の段階における適切な指導や処遇を行うことの重要性を指摘している。このことは,本調査で明らかにされた罰金刑制度のより的確な運用の視点からも 重要であるが,これに加えて,遠からず施行される刑の一部執行猶予制度の的確な運用のためにも極めて重要な視点であるように思われる。
刑の一部執行猶予制度を,従来の微罪処分に始まるいわば時系列的な段階的処分の中に単純に位置付けるだけでいいのかということは一つの重要な検討課題であろう。筆者は,法務省官房勤務時代に,ある刑務所を視察したとき,処遇部門での極めて豊富な経験と熱意を有する刑務所長から「私は地域での会合等で,裁判所関係者や地域の防犯等に関与す る関係者の皆さんに『刑務所に行かせることを最後で最悪の選択肢だとは考えないで欲しい。規範意識が鈍麻し切ってしまってから刑務所に送り込まれるより,もっと可塑性のある早い段階で短期であっても刑務所に任せてもらえれば,更生させられるのに,と思うことがある。そして刑務所からの出所者に前科者の烙印を押すのでなく,社会がなんとかそ れを受け入れるような皆さんの支援と協力をお願いしたい』と繰り返し話しています」ということを印象深く聞いたことがある。
そのような観点からは,窃盗事犯者について,刑の一部執行猶予制度を適用するのが適切であるか,その場合の実刑期間と猶予期間をどのように設定すべきかなどは重要な検討課題であろう。そのためには,刑務所内で窃盗事犯についてどのような効果的な再犯防止教育のプログラムを設けることができるか,ということも表裏一体の重要な問題であろう。
本特別調査は,窃盗事犯のうち,罰金刑とされた者と,それとかなり重複するところの多い前科のない万引き事犯者,また前科のない侵入窃盗事犯者を対象としてなされた。万引き事犯の認知件数や検挙率について他の手口の犯罪よりも顕著な改善傾向が見られないことは,その絶対数の大きさに照らしても重要な問題であり,また,万引きが窃盗の犯罪 傾向を生じさせる初期段階の事犯であることが多いことからも,本白書の特集の意義は大きいであろう。また,これらの調査研究の成果は,他の一般刑法犯における再犯防止のための適切な処分や処遇教育,社会復帰支援策を検討推進するに当たっても大いに参考となるものと思われる。
ところで,本特別調査では,犯罪傾向の進んでいない初期段階での再犯防止施策が特に重要であるとの視点から,対象者について前記の設定がなされたが,その反面,窃盗事犯の前科が多数ある常習的傾向のある者については調査の対象とされなかった。しかし,235頁の6−2−5−4図が示すように,65歳以上の男子では,入所が11度以上である者は24%, 女子でも4.1% を占める。社会全体の高齢化を反映して受刑者の高齢化は極めて深刻で憂慮すべき情況にある。筆者は,若手検察官のころ,前科10数犯の窃盗事犯者や,無銭飲食事犯者を取調べて起訴するに当たり,彼らの多くは家庭からも社会からも見放され,中には冬の寒さに耐えきれず敢えて窃盗や無銭飲食を犯して服役を望む者もいることに 暗然とした思いをもつことも少なくなかった。このような者は,若年者に比べて可塑性や更生の見込みがはるかに低いことは否定できないであろう。しかし,現在推進されている高齢者をも含む様々な再犯防止・社会復帰支援のための取組が,これらの者に対しても光を当てられ,目を見張るような効果は期待できなくとも,地道な努力により,一人でも多 くのこれらの高齢者や窃盗前科多数者の更生が実現することが期待されるのはいうまでもない。現在,処分や処遇,社会復帰支援の段階での関係機関等の官民の情報の相互提供や支援策実施等の連携協力が推進されているが,高齢や前科多数等により再犯防止や社会復帰支援が一般には困難と思われる者についての成功例等の情報提供がなされ,それを踏まえた更なる関係者の努力が傾注されることが望まれるのではなかろうか。
筆者は,ある大学関係者や管轄警察署の幹部から「大学内で学生の自転車盗が頻発していたが,駐輪場でそれまで雑然と放置されていた自転車を,整然と列を作って並べることで,自転車盗が減少した」というエピソードを聞いたことがある。このことも,自転車の並べ方自体が単独・直截的にその効果をもたらしたというよりも,近年重ねられている地域 における官民の防犯諸施策の遂行の相乗効果としての発現であるように思われる。各種の施策は,それが単独の特効薬的なものとして効果を発揮することはなかなか期待できない。しかし,一見目立たないような施策であっても,地道な努力により,また他の諸施策の遂行とも相補いあって,じわじわと犯罪予防や再犯防止の効果をもたらすであろうことも疑いがない。
本白書の特集の成果が,官民の犯罪予防・再犯防止に関わる関係者に周知され,共有されることにより,関係機関等における情報交換や連携協力が一層推進され,今後の更なる取組の強化のために裨益することが強く期待される。本白書の作成に携わった法務総合研究所の関係各位の御努力に敬意を表するとともに,窃盗事犯はもとより,あらゆる犯罪に ついての予防と再犯の防止の諸施策を担う官民の関係諸機関・組織の各位が一層の御努力を傾注されることを期待したい。
(早稲田大学法務研究科教授,元京都地方検察庁検事正)