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犯罪白書
平成26年版犯罪白書特集「窃盗事犯者と再犯」を読んで
川出 敏裕
T.はじめに窃盗は,例年,一般刑法犯の認知件数の8割前後を占めている。それゆえ,犯罪情勢を示す指標としてしばしば言及される一般刑法犯の認知件数の増減も,窃盗の認知件数の増減に左右される面が大きい。同時に,窃盗は,量的にも質的にも,誰もが被害者となりうる身近な犯罪である。その意味で,総体としての犯罪を減らすとともに,国民の犯罪への現実的な不安を取り除くという観点からは,窃盗への対応が,効果的かつ重要であるといえる。
他方で,一口に窃盗といっても,その犯行態様・手口には多種多様なものがある。また,同じ手口の窃盗であっても,その主体により,犯行の動機や背景事情が異なることが考えられる。それゆえ,窃盗の防止のためにいかなる対策が有効であるのかということも,その手口や主体に応じて異なるものとなろう。
このことは,これまでも当然意識されてきた。警察の犯罪統計では,窃盗については手口別の認知件数及び検挙件数が計上されており,それを受けて,犯罪白書においても,窃盗の手口別の認知件数が継続的に示されてきた。また,主体の面に関しても,平成20年版の犯罪白書では,高齢者の犯罪の分析の中で,窃盗事犯を取り上げて,その再犯防止策に言及がなされているし,平成25年版では,女子の犯罪を取り上げる中で,同様の検討が行われている。さらに,平成21年版においては,窃盗により初めて執行猶予判決を受けた者と,窃盗による受刑者について,それまでの犯罪歴や,その後の再犯状況を調査することにより,再犯リスク要因を明らかにするという作業が行われている。
今年度の白書の特集は,これらの調査,研究を土台として,それをさらに発展させたものである。そこでは,まず,平成6年から25年までの20年間にわたる窃盗事犯の動向が様々な角度から明らかにされるとともに,窃盗事犯に対する刑事司法制度における対応,さらには,それに対してとられた対策の内容と効果が検討されている。そして,犯罪傾向が比較的進んでいない者に対する再犯防止対策が特に重要であるという認識のもと,罰金刑に処せられた者や,特定の手口(万引き,侵入窃盗)による前科のない窃盗事犯者を対象として,その実態,特性,処分後の成り行き等を明らかにし,その者の社会復帰を含む効果的な再犯防止に役立てることを目的として行われた,特別調査の結果が記されている。 それらの中には,従来の調査,研究によって示された結果を改めて確認したものもあれば,新たな知見を提供するものもある。以下では,一般的動向の部分と特別調査の部分それぞれについて,その主たる内容を取り上げて検討することにしたい。
U.窃盗事犯の動向
1.認知件数の推移
窃盗全体の認知件数は,平成8年から上昇を続け,平成14年には戦後最多の237万7488件に達したが,その後は急激に減少し,平成25年は,98万1233件と,100万件を割るに至った(図1)。手口別の認知件数を見ると,侵入窃盗,自動車盗,車上ねらい,自動販売機ねらい,ひったくりは,いずれも,窃盗全体の認知件数と同じような増減を示しているのに対し,万引きだけは,平成22年まで高止まりの状態が続き,その後,緩やかに減少するという異なる軌跡をたどっている(図2)。
図1 窃盗認知件数・検挙件数・検挙率の推移
注 警察庁の統計による。
図2 万引きの認知件数・検挙件数・検挙率の推移
万引きの認知件数が,平成15年以降も高止まりを続けた理由の1つとして,白書では,平成15年頃から,万引きの被害に遭った場合に警察に積極的に届け出ることを推進する取組みが地域レベルでなされるようになったことや,警察側においても,平成22年9月に,通達(「万引き防止に向けた総合的な対策の強化について」)が出され,小売店舗をはじめとする業界団体に対して,万引きを認知した場合の警察への届出の徹底を要請するとともに,被害関係者の時間的負担等を軽減するため,捜査書類の合理化を図るなどの取組みがなされたことが指摘されている。これらの取組みにより,警察への届出が積極的になされるようになり,暗数が減少したということであろう。
平成16年をピークにいったん減少傾向にあった認知件数が,平成20年以降に再度増加していることなどからは,上記の点が,認知件数の増減に一定程度の影響を与えたものと推測される。ただし,その点を考慮に入れたとしても,他の手口による窃盗の認知件数の急減状況と比較すれば,万引きについては,その発生件数が減少しているとしても,その度合いは小さいものと考えられる。その原因としては,平成14年以降の窃盗全体の認知件数の急減をもたらした要因が,万引きには必ずしも妥当しないことが挙げられるであろう。
すなわち,白書では,近年の窃盗の認知件数の減少要因として,雇用情勢の好転と,それぞれの手口ごとの犯行抑止に向けた施策の実施を挙げたうえで,それらが,認知件数の減少に一定の効果を及ぼした可能性を指摘している。このうち,雇用情勢については,万引きは,他の手口と比べて,検挙人員に占める少年と高齢者の割合が高いことから,この要因が,他の手口ほどには影響力を持たなかったといえよう。また,平成14年前後に相次いで打ち出された犯罪抑止のための施策は,専ら,街頭犯罪や侵入犯罪を対象としたものであり,それに対応する手口の窃盗の抑止には大きな効果を発揮したものの,万引きには特別な効果を持たなかったと考えられる。
他方で,ここ数年は,万引きの認知件数が減少傾向にあることも確かである。とりわけ,従来,万引きによる検挙人員の多くを占めていた少年について見ると,その検挙人員は,平成21年から25年の間に,4割以上減少している(警察庁生活安全局少年課「平成25年中における少年の補導及び保護の概況」7頁)。これには,前述の通り,警察庁が万引き防止に向けた総合対策の強化を打ち出すとともに,各地で,万引き防止に向けた啓発活動が活発に行われるようになったことが関係していると思われる。
2.検挙人員の推移
窃盗による年齢別の検挙人員を見ると,少年の検挙人員は,平成11年以降,総数のみならず,人口比においても低下傾向にあるのに対し,高齢者の検挙人員は,逆に,総数において増加傾向にあり,人口比においても高止まりの状態にある(図3)。
図3 窃盗 検挙人員の人口比等の推移(少年・高齢者別)
注1 警察庁の統計及び総務省統計局の人口資料による。
2 「少年」は,14歳以上20歳未満の者に限る。
3 「人口比」は,各年齢層10万人当たりの窃盗の検挙人員をいう。
検挙人員全体に占める割合を見ても,平成6年には,少年が51.1%を占めていたのが,平成25年では24%と半減した一方で,65歳以上が,平成6年の4.6%から,平成25年には24.5%となり,ついに逆転するに至った(図4)。この傾向は,とりわけ女子において顕著であり,平成25年では,高齢者が検挙人員の3分の1以上を占めるに至っている(図4)。伝統的に,窃盗の対策は,少年非行への対応が中心であったが,いまやその重点を高齢者に移すべき時期にきているといえよう。
図4 窃盗 検挙人員の年齢別構成比の推移(総数・女子)
注1 警察庁の統計による。
2 犯行時の年齢による。
図5 窃盗 検挙人員の主な手口別構成比(年齢層別)
注1 警察庁の統計による。
2 犯行時の年齢による。
3 ( )内は,実人員である。
年齢別に手口別構成比を見ると,年齢層が上がるにつれて,万引きの占める割合が高くなっており,高齢者においては8割以上が万引きである(図5)。高齢者に関するかぎり,それによる窃盗対策は万引き対策であるといっても過言ではない。白書が,万引き事犯を特別調査の対象として取り上げたのは,時宜にかなったものであったといえよう。
3.刑事手続における処理
検察庁における窃盗の終局処理人員に占める家庭裁判所送致の割合は,平成6年には6割を超えていたが,少年の検挙人員の減少に伴い,平成25年には3割に半減している。他方,成人の被検挙者については,平成18年に,窃盗に罰金刑が導入されたことが,その後の検察の事件処理にどのように影響したのかが注目される。
罰金刑の導入の際には,立法当局から,それは,成人による万引き事犯の増加等を背景に,これまでであれば起訴猶予とされていたような比較的軽い事案を捕捉する趣旨で導入するものであり,それまで懲役刑が選択されていたような事案の処理に影響を与えるものではないとの説明がなされていた(眞田寿彦=安永健次「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」ジュリスト1318号74頁)。
今回行われた特別調査によれば,罰金処分者の主たる犯行の手口は,男子で80%,女子で97.2%が万引きである。また,窃盗既遂の事件での被害額は,1万円未満が約8割を占めているうえに,被害金品の全部の還付がなされたものが約9割となっている。さらに,約7割の者には前科がなかった。ここからは,主として前科のない万引き事犯者に対して,被害程度が比較的軽微であり,かつ被害回復済みの事件を対象として,罰金刑が適用されているといえる。その意味では,立法当時に想定された事件が罰金刑の対象となっているといえよう。実際にも,起訴猶予率は,とりわけ女子について,平成18年の罰金刑導入により明らかに低下しており(図6),起訴猶予事案が罰金に移行したことが伺える。 男子では女子ほど顕著な変化は見られないが,これは,女子に比べて,男子においては万引きの占める比率が低いことによるものであろう。
他方で,罰金刑の導入後,略式命令請求が増加する一方で,公判請求が減少するという状況も見られる。ここからは,従来は起訴猶予となっていた事案について罰金が科されるようになったというだけでなく,これまで懲役刑を言い渡されていたうちの一定部分が罰金に落ちたという事実も伺われる。
いずれにしても,最近では,男子の起訴猶予率が上昇しているのに対し,女子の起訴猶予率が下がったままの状態であるため,起訴人員における女子比が上昇を続けており,さらに,起訴人員中,罰金の前科のある者の割合が,女子は22.9%と,男子の12.8%に比較して顕著に高くなっている。
図6 窃盗 起訴・不起訴人員等の推移(男女別)
注 検察統計年報による。
また,年齢層別に起訴猶予率を見ると,高齢者は6割を超えており,他の年齢層と比較して顕著に高い。それにもかかわらず,とりわけ,女子では,高齢者の起訴人員,全体に占める割合が顕著に増加している。
次に,裁判の状況を見ると,通常第一審における窃盗事件での執行猶予率は,通常第一審の総数の執行猶予率よりも低い一方で,保護観察付執行猶予率は高いという結果になっている。これは,窃盗事件では再犯の比率が高いことによるものであろう。
矯正の場面では,窃盗による入所受刑者は,総数としては,平成18年をピークに減少傾向にあるものの,女子受刑者は逆に増加しており,その結果,ここでも女子比が年々上昇している。また,女子の全入所受刑者の中に占める窃盗による受刑者の割合も上昇を続けており,平成6年では約20%であったのが,平成25年には40%を超えるに至っている。
窃盗による受刑者を年齢別に見ると,男女共に高齢者の比率が上昇しているが,とりわけ女子について,それが顕著であり,初入者,再入者ともに3割を超えている。また,年齢別に入所度数を見ると,男子の場合は,年齢が進むにつれ,初入者が減り,多数回の入所者が増えていくという関係にあり,高齢者では,初入者は19.3%にすぎないのに対し,女子の場合は,そのような対応関係が,必ずしも見られず,高齢者でも, 初入者が約半数を占めている。男子の場合には,若い頃から窃盗を繰り返し,何度も刑務所に入るというパターンが典型的であるのに対し,女子の場合は,高齢者になって初めて窃盗を行って有罪判決を受けた後に,それを繰り返して刑務所に入ってくるという事例が少なくないことを示しているといえよう。
窃盗による再入者のうち,前回の入所も窃盗であった者(窃盗再入者)の割合は,男子で74.3%,女子で87.7%となっており,とりわけ女子でその比率が高い。また,窃盗再入者について,前刑出所日から再犯までの期間を見ると,その他の罪による再入者よりも短い傾向が見られる。
また,出所受刑者の2年以内累積再入率は,窃盗による出所受刑者は,満期釈放,仮釈放いずれについても,出所受刑者全体よりも高く,再犯率が高いことが伺える。
最後に,保護観察については,仮釈放者,保護観察付執行猶予者のいずれにおいても,男子の高齢者との比較,及び女子全体の中での,女子の高齢者の占める割合が高いことが特徴として挙げられる。これは,手続のあらゆる段階で見られるものであり,女子の高齢者の扱いが,今後の,窃盗に対する刑事司法制度の在り方を考えるうえでの1つの鍵になるものといえよう。
V.特別調査について
今回の特別調査は,平成23年6月に,窃盗により有罪判決が確定した者(全対象者。2421人)のうち,罰金に処せられた者(罰金処分者。766人)と,主たる犯行の手口が万引きであった者及び侵入窃盗であった者で,前科のないものを対象としたものである。前述のとおり,罰金が,主として前科のない万引き事犯者に対して言い渡されていることから,罰金処分者と,前科のない万引き事犯者(546人)は,かなりの部分で重なり合うことになろう。そこで,ここでは,この両者を併せて,特別調査の結果を分析することにしたい。
1.対象者の属性等
罰金処分者の年齢別構成比については,男子で19.2%,女子で26.3%を高齢者が占めている。前科のない万引き事犯者では,それが,男子15.5%,女子24.5%となる。女子の高齢者による犯行手口の大部分が万引きであることの結果である。
また,罰金処分者の属性を見ると,女子は,男子に比べて,住居あり,同居人あり,婚姻継続中,就労の必要なし,安定収入あり,資産あり,といった,本来は犯罪の抑止要因として働くと考えられる要素が備わっている割合が高い。他方で,女子は,精神疾患の既往歴のある者の割合が男子の2倍となっている。同じ状況が,前科のない万引き事犯者についても妥当する。
このこととの関係で,窃盗事犯に至る犯行の動機・理由及び背景事情・原因についても,男子と女子とでは異なる特徴が見られる。前科のない万引き事犯者について見ると,動機としては,男女いずれでも,「自己使用・費消目的」,「節約」,「生活困窮」が上位を占めているが,男子では,いずれの年齢層でも「自己使用・費消目的」が最も多く,「生活困窮」と「節約」がそれに続くのに対し,女子では,若年層を除いて,「節約」が最も多く,それに「自己使用・費消目的」が続くかたちになって いる。また,背景事情としては,男子では,50歳未満の年齢層においては,個人の性格的要因である「無為徒食・怠け癖」が上位に来るとともに,年齢層が上がるにつれて,「家族と疎遠・身寄りなし」の割合が上がり,50歳以上では最も多くなっている。これに対し,女子では,高齢者を除いて,身体的要因である「体調不良」が上位にあり,また,高齢者では,「近親者の病気・死去」が最も多くなっている。
罰金処分者のうち,前科がある者の割合は,男子が35.7%,女子が21%と,男子の方が高いが,前科の内訳を見ると,男子では,窃盗前科が6割程度であるのに対し,女子では,約8割を占める。また,窃盗前科の場合,女子は,8割が罰金であるのに対し,男子では,懲役前科が6割を占める。ここからは,女子の場合は,罰金の主たる対象であるところの万引き事犯を繰り返している者が少なくないこと,また,万引きにより罰金刑に処せられた者が,再び万引きを行った場合にも直ちに懲役刑になるわけではなく,2回目の罰金というのも珍しくないことが示されている。
また,前科のない罰金処分者であっても,男子で85.6%,女子で92.8%に前歴があり(万引き事犯者では,それぞれ85.1%と92.6%),前歴の大部分は窃盗である。窃盗前歴については,それが2回以上の者が,男女ともに過半数を占めており,5回以上の者も,男子で4.9%,女子で7.9%となっている。微罪処分歴がある者も,男子で57.4%,女子で79.3%となっており,女子では,それが複数回に渡る者も2割以上を占める。微罪処分は,再犯のおそれがないことを要件とするものであるが,その判断が必ずしも的確になされていないのではないかという疑問を抱かせる数字である。
2.科刑状況
罰金処分者の科刑状況を見ると,対象犯罪の大部分が少額の万引きということもあって,それほど多額の罰金刑が言い渡されているわけではない。それもあり,76%の者が罰金を完納しているが,労役場留置となっている者も12%いる。窃盗に罰金刑を導入する際には,その主たる対象として考えられていた万引きは,必ずしも困窮犯ではないから,財産刑を導入しても弊害はないという説明がなされていた。しかし,それが妥当しない事例も一定数は罰金の適用対象となっているわけであり,今後,そうした事案への対応を検討する必要があろう。
3.再犯の状況
再犯率を見ると,罰金処分者のうち,男子では23.1%,女子では28.1%が,調査対象事件の起訴から2年以内に,窃盗再犯で有罪の確定判決を受けている。年齢層別に見ると,女子の高齢者が33.8%と最も高くなっている。前科のない万引き事犯者でも同じ傾向が見られ,女子の高齢者の窃盗再犯率はさらに高く,37.5%となっている。
窃盗前科がある者,前科はなくとも前歴がある者のほうが,そうでない者よりも再犯率が高いことは,罰金処分者にも,前科のない万引き事犯者にも,同様にあてはまる。犯罪傾向が進んだ者ほど再犯に陥りやすいから,これは当然に予想された結果であろう。
さらに,万引き事犯者については,これ以外の要素と再犯率との関係についても調査がなされている。それによると,まず,少年時の前歴の有無については,男子は前歴ありのほうが高かったが,女子は差異が見られなかった。これは,女子については,高齢者が再犯を行う例が少なくないことが影響しているものと考えられる。
また,犯行に至る動機や背景事情と再犯率の関係についても,男子と女子とで差異が見られた。男子では,動機のうちの「生活困窮」,「空腹」,背景事情のうちの「無為徒食・怠け癖」に該当する者の再犯率が,そうでない者よりも高かったのに対し,女子では明確な関連は認められなかった。他方で,女子では,背景事情のうち,「近親者の病気・死去」に該当する者の再犯率が,そうでない者よりも顕著に高い一方で,男子では明確な関連が認められなかった。さらに,犯行時の就労状況(安定就労,不安定就労,無職)や,経済状況(収入の有無及び額)といった要素についても,男子は再犯率と相関関係が認められるものの,女子ではそれが認められなかった。
このように,これまで,窃盗(万引き)の再犯要因として想定されてきたものが,女子には必ずしも妥当しない場合が少なくない。再犯防止対策を立てるに際しても,その違いを意識することが必要となろう。
4.問題性に応じた対策
こうした男女間の差異だけでなく,男子,女子それぞれの中でも,前科のない万引き事犯の問題性や特性は多様である。白書では,それらを,@経済状態が不良で生活困窮に陥っている者(生活困窮型),A社会的に孤立している者(社会的孤立型),B心身に問題を抱えている者(精神疾患型),C女子高齢者,D若年者,に類型化したうえで,それぞれの問題性に応じた処遇を行う必要性を指摘している。平成24年7月に犯罪対策閣僚会議により決定された「再犯防止に向けた総合対策」の中でも,その柱の一つとして,対象者の特性に応じた指導・支援の強化が掲げられており,上記の指摘もそれに沿ったものといえよう。
一般論として,問題性に応じた処遇を行うべきことはその通りであるが,その中には,刑事司法の枠内だけでは賄いきれないものも含まれている。例えば,白書でも指摘されているように,上記の「精神疾患型」に該当する者に対しては,刑事処分とは別に,何らかの医療的・福祉的措置が必要とされる場合もあろう。高齢者や生活困窮者の中にも,福祉的支援が必要とされる者が含まれていると考えられる。これらの者については,最近進められつつある,福祉との連携の下での措置が活用されることが期待される。 他方で,「社会的孤立型」に属する者の問題は,根本的には,より広い意味での社会福祉の充実によってしか解決できないものであり,刑事司法の側で制度として取り組む段階には未だ至っていないし,その実現が困難な課題であろう。
他方で,刑事司法の枠内での処遇の改善も必要である。白書では,そのための施策として,窃盗事犯の受刑者に対する,より精度の高い標準的プログラムを開発し,上記のそれぞれの類型に応じた改善を加えていくことが提案されている。確かにそれも重要なことであるが,白書における特別調査が,犯罪傾向が比較的進んでいない者に対する再犯防止対策が特に重要であるという認識のもとで,その実態,特性,処分後の成り行き等を明らかにし,その者の社会復帰を含む効果的な再犯防止に役立てることを目的として行われたのだとすれば,本来は,刑務所に入る 前の段階での処遇にも焦点があてられるべきであろう。例えば,今回の特別調査により,罰金処分者の4分の1が2年以内に再犯に至っているうえに,再犯により再度の罰金が科される例が少なくないことが明らかになった。窃盗への罰金刑導入の目的は,刑の選択の幅を広げて,万引きを中心とした軽微な窃盗を抑止することにあったが,現実の運用においては,罰金が被害額に応じて機械的に科されるようなかたちになっていないのかを検証してみることも必要であろう。
さらに,万引き事犯を含めて,前科のない罰金処分者も,その大部分に窃盗の前歴があり,微罪処分の経験がある者も過半数を占めているという現実からは,初期の段階での微罪処分や起訴猶予が,再犯防止という観点からは機能しなかった事例が少なくないことが伺える。ここでも,単に犯罪の客観的な軽微性だけに着目した事件処理がなされていないかどうかを検証してみる必要があると思われる。起訴猶予処分に関しては,前述のとおり,対象者の再犯防止という観点から新たな取組みが なされているが,同様の考え方は微罪処分にも妥当するはずであり,今後は,警察段階までを含んだ再犯防止策を検討することも必要であろう。
(東京大学大学院法学政治学研究科教授)