日本刑事政策研究会
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グローバル化と日本の刑事政策
鮎川  潤
はじめに──「特集」の手堅さ

特集「グローバル化と刑事政策」は最高のタイミングで刊行された。オリンピックの日本招致を早くから的中させていたわけではないであろうが,時宜を得た特集企画となっている。 多数の外国人を迎え,大会を成功させる準備をする基礎的資料としても大いに役に立つ。
この特集の内容は非常に手堅い。きちんとした客観的なデータを提供することを第一義としている。 特定の施策を強力に推進しようと目論んだり,そうした意図を隠しながら暗黙のうちに読者をそこへ誘導しようとするものではない。
その意味で,マックス・ウェーバーを想起させる。具体的な政策の立案と選択は読者に委ねられている。また,ウィトゲンシュタインをも連想させる。 分からないことについては沈黙を守り,確実に言えることだけを記述しようとしている。きわめて禁欲的であり,好感が持てる。


1.本稿の方針

今年度の犯罪白書の特集は2つあるため,紙幅が限られていることもあって,本稿は,特集「グローバル化と刑事政策」を記述の順序に沿って見ていき, その内容にコメントしていくということはしない。筆者にとって気づきを与えてくれたり,興味深いと思ったことや,逆に,この特集では必ずしも十分とはいえないと気づいた点を中心に, いくつかのトピックを取り上げて述べることとしたい。おそらく犯罪白書の解説は法務総合研究所の研究官らによって,本誌をはじめとしてさまざまな雑誌に掲載されることと思われる。 特集の記述についての丁寧な説明については,そちらをご覧いただきたい。

2.国内の外国人犯罪への対応・外国人犯罪少年の処遇等について

本特集では,国内の外国人犯罪並びに外国人の成人受刑者及び外国人の犯罪少年等への処遇について,丁寧に記載されている。
自動販売機被害の減少は特筆に値する。平成16年に8千件あったものが,平成19年にかけて減少し,平成24年度はゼロとなっている。自販機ではないが,ショベルカーでATMが器械ごと掘り起こされ,持ち運ばれて放置された映像がまぶたに焼き付いている読者も多いのではないだろうか。警察の捜査活動や指導によって,また自動販売機供給会社の創意と工夫によって,被害にあいにくい機種が開発されたことが推察され,日本人のたゆまぬ創意工夫,努力に敬意を表したい。また,法務省による入国管理法の改正等も功を奏していると推測される。(235頁)
海外で販売することを目的としているのであろうが,自動車盗の検挙者に関して,ブラジル人についでカナダ人が第2位になっているのが興味深い。覚せい剤の仕立地については,アジアが減少し,アフリカからが増加している。現在の押収量は500キログラム近くとなっているが,平成11年には2000キログラム,翌年には1000キログラム等,大量の密輸が試みられたこともあり,覚せい剤への対策はグローバルな観点が不可欠である。
外国人少年院在院者の実態調査も報告(286頁以下)されている。保護観察開始の罪種は外国人少年と日本人少年とほとんど違わない。少年院に収容されるに至った少年の罪種は,外国人少年と日本人少年とでは,前者において強盗,覚せい剤取締法違反,後者において道路交通法違反の割合が高いが,家族構成については,両親と同居,母と同居,父と同居など外国人少年と日本人少年の家族形態に差がないというのは興味深い。
ただ,外国人少年院在院者については,筆者は2つの理由からさほど大きく心配してはいない。一つは,ヨーロッパ諸国で少年院や少年刑務所を参観した経験では,収容少年の圧倒的多数は,外国人少年であったり,外国からの移民労働者の子どもたちである。他方,わが国では,本調査でも半年間の対象者は103名となっているように,その割合は非常に低い。 もう一つの理由は,外国人少年の保護観察について,2000年から2001年にかけて自動車産業が盛んな複数の県においてブラジル人少年等の保護観察を担当している保護司に対する聞き取り調査を大学院生とともに行なわせてもらったことによる。1言語や習慣,さらに遵法意識の違い等に起因する問題を心配していた筆者らの予想に反して,外国人少年やその保護者は,便益,資源や情報の提供を求めて保護司に積極的にアプローチしてくる面が見られ,むしろ遵守事項を守ろうとしない日本人の保護観察対象少年に関する悩みのほうを聞かされたりもした。 外国人少年は義務教育を課されていないため,中学校に通っていても,受験が控えた3年生になるとやっかいもの扱いをされてしまい,学校から足が遠のき,学習の機会が実質的に奪われてしまう傾向があるように思われる。そうした外国人少年たちに対する少年院における教育と処遇の効果は日本人少年よりも顕著なのではないだろうか。

3.ある提案

この特集の内容は非常に手堅いと先に述べた。分からないことについては沈黙を守り,確実に言えることだけを記述しようとしており,好感の持てる姿勢である。ただ,他方で,それゆえに読者にとって何か期待が満たされないという不全感をもたらしているのではないかと思われなくはない。
とりわけ本特集の中心的部分は,来日外国人犯罪者の裁判,矯正,更生保護によって占められて,それらの分析は緻密で,説得力を持っている。ただ,彼らが犯した犯罪の多くは,窃盗などの因習的な犯罪である。
もし本特集のタイトルが「国際化と刑事政策」となっていたならば,それでよいのであろう。しかし,「グローバル化と刑事政策」となっており,「グローバル化」と聞いて,筆者が真っ先に想起するのは「多国籍企業」,「ヘッジ・ファンド」であり,それに伴って「デリバティブ」,「投資銀行」,「タックス・ヘブン」,「サブプライム・ローン」,「リーマン・ショック」等々である。
筆者はいうまでもなく経済学者でも経営者でもないが,「グローバル化」は国境を越えて世界中を巻き込み,多大な影響を他国に波及させ,一般の人々の生活に過酷な影響を与える経済状況を,まず連想させる。「グローバル化」は単に「人,物,金,情報の国際的な流動化」という以上のものであるように思われる。 世界中にばらまかれて過剰流動性を帯びた世界基軸通貨のドルが,何倍ものヘッジをかけて投資され,それに世界中が翻弄されている。そこには国境を越えてさまよう余剰流動資金があり,それを用いて短期的な利益を求めて,投資家──というよりも投機家というのが望ましいように筆者には思われるが──の利益を最大にして回収しようというヘッジ・ファンド,投資銀行が,ターゲットを虎視眈々と狙い,株価等を吊り上げたり,売り浴びせたりして,膨大な利益を得たり,損失を出したりしている。
別言すれば,現在,(暴力団や犯罪組織ではなく)社会で正統とみなされている企業が行なう利益追求活動の遵法性,正当性が問われており,それらが行なう非合法的活動,逸脱行動こそを抉り出してもらいたいと期待する。
いうまでもなく,そうしたことについて書かれていないわけではない。ただ,その内容は,例えば関税法違反としては密貿易であり,より具体的には違法薬物,銃器,偽ブランド品であり,犯罪インフラとして地下銀行,偽装結婚などである。それらは,かねてより国際経済学者,国際税法学者,シンクタンク・銀行や証券会社の研究員,さらにジャーナリストたちが指摘して注意を喚起するとともに,ヘッジ・ファンドや投資銀行の資金の運用者の実際の活動によって示されている問題とは異なる。
日本人の新興ファンドのインサイダー取引をはじめとする違法行為に対しては刑事制裁が課された。しかし他方で,営業停止処分などが課されていることから推測される欧米等の金融機関,ファンドや企業における問題活動に対する精査がはたして十分に行なわれているのか,探求の余地がまったくないとはいえないようにも思われる。
新法の制定が望まれる面もあろうが,本白書が既存の法を最大限に生かして合法的かつ公正に国民の生活と資産,国益を守るというパッションがみなぎった内容になっていたならば,どれほどすばらしい感嘆と賞賛の声が寄せられることかと思わずにはいられない。
日本の行政機構は,おそらく法務省や検察庁をも含めて,ジェネラリストの育成が中心とされてきたが,グローバル化の進展した状況では,それに対応したスペシャリストの養成が必要ではないであろうか。国連の公用語である英語,中国語,アラビア語,ロシア語,フランス語,スペイン語はもとより,すでに現在においても使用が求められているポルトガル語,さらにはG20の国の言語に堪能な検察官が採用されたり養成されたりして,捜査,訴追や裁判を余裕をもってこなすことができる体制が構築されることを願いたい2
おそらく犯罪白書の守備範囲ではないことを要望しているのではないかと思われる。ただ,歴史的にいえば,まだそれほど昔というわけではない,ソビエト連邦や東欧社会主義諸国が崩壊した後,日本は,空席となったアメリカ合衆国の仮想敵国である「悪の帝国」とされ,CIAの捜査のターゲットに据えられたのは他ならぬわが国の企業の経済行動であったことを示している研究もある3。大和銀行ニューヨーク支店事件に言及するまでもなく,諸外国はそれほどまでに経済に関係した刑事事犯と国益に敏感であるといえよう。

4.日本における外国人の犯罪被害者

先に述べたように,本特集の外国人犯罪者,とりわけ外国人受刑者の考察は,法務総合研究所の特別調査等をまじえて検討した優れたものである。 他方で,本特集では,犯罪被害者としての外国人についても取り上げられている。
外国人の犯罪被害は,日本人の加害行為による場合もあれば,外国人の加害行為による場合もある。 しかしながら,日本人による犯罪によって被害を受けた外国人の被害者の場合,外国人が形成する日本と日本人に関するイメージに大きな影響を与えると思われる4。 非常に例外的で特異であるがゆえに,かえって外国での関心を呼ぶ事件がある。たとえば,当時の英国首相によって首脳会談で話題にされるようなことも起きる。 現在,「犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律」の支給対象は日本国民に限られている。 しかし,「高度人材に対するポイント制による出入国管理上の優遇制度」が平成24年5月から導入され,知識や技能を持った外国人を日本へ呼び寄せ,居住を促進させようという内閣の計画がより実を結ぶためにも,外国人の犯罪被害者に対する新たなサポートが検討されてもよいように思われる。費用は僅少ですみ,効果は絶大である。

5.外国人犯罪者のパラドックス

外国人犯罪者に関する考察においては,日本の法律に違反した外国人が犯罪の被害者になるという,犯罪のダイナミズムに対する洞察が生かされると,さらに考察が深まったのではないかと思われる。違反者から被害者へ,被害者から違反者へという,パラドキシカルな犯罪のダイナミズムを把握する視点である。後ほど述べる国連の薬物犯罪事務所(UNODC)の組織犯罪に関する国際会議では,この観点からのセッションが数多くもたれていた。
確かに,当初から犯罪を行って収益を得るために入国あるいは密入国し,不法残留している外国人がいる。しかし,不法在住者は犯罪者でしかありえないという等式が固定的に成立するわけではない。すなわち,密入国や不法残留が問題なのは,彼らが犯罪を行なう可能性があるからばかりではなく,犯罪の被害者になる可能性が高いことから注目される必要がある。犯罪被害を防ぐ意味でも,密入国の防止や不法残留者の減少が求められている,というように認識図式を移相させることが求められている。 違法に入国したり,滞在したりしている外国人は,そのことについて脅迫されて,犯罪へ加担させられるという弱みを持っている。虚偽の目的によって入手したビザによって入国した男性が過酷な労働を強いられて収入を搾取されたり,偽装結婚等によって違法に入国した女性が売春等を強要されてその収益を収奪されるといったことは容易に起こりうる。
あえていえば,彼らは犯罪を行ないやすい社会的位置に置かれるだけではなく,他方で「被害にあいやすい」「脆弱な」(vulnerable)位置にも置かれることが認識される必要があるのではないだろうか。そのようなアンビバレンツな存在であることを認識することによって,はじめて効果的な犯罪防止策が立案されるといえよう。

6.国外における日本人の犯罪被害

「国外における日本人の犯罪件数の推移」と「国外における日本人の犯罪被害件数の推移」の図が229頁に並べて記載されている。ただし,2者の性質は大きく異なるように思われる。
素人の推論で恐縮だが,在外の日本の領事館や大使館は,日本人が受刑することになったという連絡を受けたり,そうした情報は入手されやすいが,被害については,重大なものを除いて,届けられることや把握されることは少ないのではないだろうか。多くの暗数があるのではないかと推測される。
例えば,筆者もかれこれ20年以上前のことになるが,恥ずかしながらパナマを訪れたときに強盗にあった。行くのは差し控えたほうがよいと警告が書かれていた地域に,犯罪や逸脱行動の研究のためには必要だとノコノコと出かけていって被害にあった。ただ最終的に金銭だけの被害で済んで幸いだったと考え,どこへも届け出ることはしなかった。
かつて,ロバート・K・マートンは,デュルケムが復活させたアノミー概念を発展させ,社会的に共有されている目標と,それを達成するための手段の落差からアノミーの発生を指摘した。
すなわち金銭的,社会的成功が称揚されそれが人々に広く内面化される一方で,それを合法的に達成するための手段が不平等に配分されていると,非合法的な手段によって目標を達成しようとすることになる5
経済的成功,金銭を基準とする価値観が世界的に拡大しているのがグローバル化の特徴の一つではなかろうか。金持ちであるという一元的な尺度が「社会主義」を標榜する国民にまで浸透し,世界中を席巻しつつある。 数の過多は別として,そうした原因によって動機づけられた犯罪者による犯罪の被害者になることは十分に予想される。一見したところ経済発展が著しい国や経済成長が見込まれる国や,農村的な調和が破られ経済競争に巻き込まれ,人々の意識が大きく変動しているような社会においても,裕福に見られる日本人旅行者は被害にあわないような注意が必要に思われる。

7.もう一つの国外における日本人の犯罪被害

以上は,日本人のとりわけ旅行者や生活者が,強盗や窃盗などの通常犯罪の被害者になる場合が典型的なケースである。
それに加えて,企業の現地に派遣された職員がテロリズムの巻き添えになって被害を受けるリスクも高くなっているように思われる。 2013年1月,アルジェリアのガス生産施設の建設現場でイスラムグループが外国の企業から現地派遣されていた労働者を人質に取った事件は記憶に新しい。 37人の人質には日本企業の従業員17人(そのうち日本人は10人)が含まれていた。
人質事件では取引は行なわないことが原則となっており,ゲリラの要求もフランス軍のマリからの撤退等とのことで,人質の人命を最優先の課題にして交渉しても,その成果を獲得することは必ずしも容易ではなかったと推測されるが, いわゆるイスラム原理主義的なゲリラが最もターゲットとしている大国と外交の責任者が共同で記者会見し, 2国の親密な協力関係を強力にアピールして協調して対処すると宣言すれば,結果は必ずしも好転する方向へ推移するようには予測されないように思われる。 2013年にアメリカ合衆国とイランの両首脳の対談が電話によって34年ぶりに再開されたが,日本はイスラム諸国とは良好な関係が維持されており,前記事件の邦人被害者のご冥福をお祈りするとともに,日本がイスラム諸国に対して持っている他の多くの先進諸国とは異なる優位点が,海外で邦人が犯罪の被害にあうことを防止する上でも有効に機能することを期待したい。

8.国連の会議と日本の刑事政策

本特集の「第4章 グローバル化に対応した刑事政策等の取組」の第2節は「刑事司法における国際協力」となっており,最初に国連を中心とした活動が記述されている。国連の犯罪対策はウィーンにあるUnited Nations Office on Drugs and Crime(UNODC:国連薬物犯罪事務所)が中心となって行われている。幸い筆者は,2012年から2013年にかけてオーストリアのウィーンへ留学していたため,複数のUNODCにおける国際会議にオブザーバー等として参加する機会を得た。 ここでは組織犯罪と薬物犯罪の2つの条約に関する国際会議について述べることとしたい。
「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(Convention against Transnational Organized Crime)」については,日本は批准していないが,刑法を一部改正する等をして,マネー・ローンダリング,人身取引等に対処している。
麻薬に関する委員会(Commission on Narcotic Drugs)に関して,白書では「国連は,昭和36年(1961年)の麻薬に関する単一条約,昭和46年(1971年)の向精神薬に関する条約に引き続き,昭和63年(1988年),麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約を採択した。我が国は,これらの条約を締結し,国内法を整備したほか,UNODCが中心となって取り組んでいる国際的な薬物犯罪対策への協力にも力を入れている」(301頁)と述べられている。
日本が批准していない国際組織犯罪防止条約に関しては,東京からの派遣人員は少数であり,できることは限られているように思われる。ただし,日本はこの条約に関する取り組みに,アメリカに次ぐ,他国をはるかに引き離した多額の資金を提供していることだけは指摘しておく必要があるように思われる。
後者は,法務省以外の省庁からの派遣が中心となって,おそらく前者の10倍近い人員が派遣されてきたと思われる。公開の発表イベントを見る限り,薬物依存者には刑罰以外の対応が注目を集めているように思われた。また国際的に連携しあった意欲的な取り組みの成果の報告もなされていた。 たとえば,オランダの裁判官とアメリカ合衆国のドラッグコートの指導的裁判官等とが協力し,オランダで試行施行したドラッグコートに関する報告,ドイツとイタリアの団体が協力し合って,とりわけ前者が後者から示唆を受ける形で設立した薬物乱用者の薬物離脱のための居住施設の成果についての報告など,興味深い報告が──元薬物乱用者もプレゼンテーションを分担する形で──行われたりもしていた。日本からの派遣団は厚生労働省の麻薬取締事務所や他の省庁の職員が大多数を占めていたようで,法務省とは無関係なことであり,派遣団もクローズド・セッションで活躍しておられたのかもしれないので,的外れなことを申し上げたらご海容いただきたいが,もう少し日本について国際的にアピールしていただけると,納税者としてはありがたいように感じられた。2つの国際会議における東南アジア諸国の活躍ぶりには眼を見張るものがあった。

9.日本の刑事司法・刑事政策のグローバルな評価

筆者は国連の人権理事会における,「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の政府報告書に対する審査を傍聴したことがある。刑事政策と関係した政府の報告書が人権委員会の審査にかかるのは,このいわゆる人権B規約に加えて,「拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱又は,刑罰に関する条約(Convention against Torture and Other Cruel, Inhuman or Degrading Treatment or Punishment)」,「児童(子ども)の権利条約(Convention on the Rights of the Child)」等がある。
わが国の矯正処遇や容疑者や被告人への対応に関する司法制度や刑事政策に対する国際的評価も,グローバル化した時代におけるわが国の刑事政策のテーマの一つといえよう。ぜひとも高い評価を獲得し,世界の刑事政策をリードしていく存在となることを願いたい。
今から遡ること約85年,1920年代後半,アメリカ社会学会会長をも務めた犯罪社会学者であるウィスコンシン大学教授のジョン・ジリン(John L. Gillin)が世界の矯正施設調査の一環として来日した。彼は,小菅監獄をはじめとする成人の受刑施設や少年の矯正施設等を訪問し,本にまとめて出版した6。 その記述を読むと,わが国の刑務所の処遇は,敗戦を経た後も大きな変化もなく,2005年(2006年施行)の「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の制定に至ったことに改めて思いが馳せられる。ジリンは受刑者の処遇に関して,当時のアメリカ合衆国の矯正にとって特に新しいことはないとしながらも,特筆すべきこととして,関東大震災において見られたある典獄(刑務所長)と受刑者との間に成立していた信頼関係に感銘を受けたことを述べている。また,非行少年の処遇にも好感を持ったようである。 ジリンの関心を最も引き,アメリカ合衆国が学ぶべきであるとしたのは,刑務官の研修制度と,刑務官の年金(恩給)や傷病の手当て(健康保険)など福利厚生が手厚く整備されていることだった。
日本の処遇制度や刑事司法制度が全体として世界に対してグローバルに誇るべきものとして提示され,世界がこぞって学び,自ら取り入れ,輸入しようとするような時代が来ることを願っている。

10.今後の日本に関する展望

本特集でも示されているように,在留外国人数を国籍別で見ると,平成19年には中国が韓国・朝鮮を抜いた。 昭和60年頃には中国は韓国・朝鮮の約10分の1に過ぎなかったが,約20年間で追い抜かした。日本の人口の1%を超える日も遠くないであろう。
多文化共生は非常に重要な促進されるべき課題である。とりわけ定住外国人との交流を進めていくことが必要である。 (316頁以下の記述参照)ただ,万が一外国人がそれを望まない場合は,どうなるのであろうか。かつて日本経済が良好であった時代に,スペイン等に高齢退職者の居住地を開発しようとして,国際的な反響から断念したことがあった。日本では,オーストラリアや中国のように,外国人の土地私有を禁じたり,不動産の取得と所有に制限を設けたりしていないため, すでに北海道あたりに周囲の日本人社会とは隔絶した高級住宅地帯が出現しつつあるとも聞くが,そうした空間が増加していくかもしれない。また,人口移動が計画的に行われるかどうかは詳らかではないが, 地方自治体の公務員として採用される外国人が増加し,公務員の多くの割合が外国人という地方自治体も出現するかもしれない。
中長期的には今回の犯罪白書では想定されたり,記述されたりしていないグローバル化の状況が出現するかもしれない。 適切な対応が取られるとともに,犯罪の発生が少ない,安心して生活できる日本社会の構築に向けてのたゆまぬ努力が求められているといえよう。

おわりに──あるエピソード:UNAFEIに寄せて

本稿の内容は,紙幅の都合もあって,特集の内容をなぞって検討を加え,評価を行うという体裁とはならなかった。しかし,それは本稿の文頭でも述べたように,この特集の緻密な内容の意義をいささかも損なうものではない。
また,本稿は日本国内の治安については楽観的だが,日本の将来については,必ずしもそうではない。そこで,最後は,心和むエピソードで締めくくることとしたい。
本特集では,国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)の活動についても紹介されている。UNAFEIの着実で地道な活動に敬意を表したい7。 もう20年以上前のことになるが,ヨーロッパのある国で在外研究をしたおりに,ある大学教授夫妻にたいへん親切にしていただいた。 その教授とは現地で初めてお会いし,筆者の受け入れ機関ではなかったにもかかわらず,毎週末のようにリクリエーション活動とディナーのために自宅へ招いてくださった。最後のお別れ会に,スーツの襟にバッヂをつけて来られた。 そのバッヂはUNAFEIの国際会議に招待されたときにもらったものとのことで,UNAFEIで受けたホスピタリティと思い出を懐かしく語られた。
現在は,アジアの隣国の大国の天井知らずの潤沢な予算による歓待ぶりには物理的には及ぶべくもないと推測されるが,ソフトウェア面での心のこもった対応によって,刑事政策の分野における国際的な理解と親善を広め,また深めていってほしいと願っている。
(関西学院大学法学部教授)



1)鮎川潤,奥野真梨子,「日系外国人少年の保護観察──東海地方における担当保護司へのインタビュー調査から」,『犯罪と非行』第137号,96−124頁,2003年。

2)サイバー犯罪についても,同様に専門的知識を持った職員の採用や養成が必要になっているといえよう。

3)Nichols, Laurence T., “Cold Wars, Evil Empires, Treacherous Japanese: Effects on International Context on Problem Construction.” in Best, Joel ed. Images of Issues: Typifying Contemporary Social Problems, Hawthorne, New York, Aldine de Gruyter, 1995.

4)ただし,念のために付け加えれば,正確には,被害者の国民が日本人とカテゴリー化する者による犯罪ということであり,たとえば日本人の氏名が呼称に用いられており,それゆえに被害者の国民は,加害者は日本人であるというように解釈するケース(すなわち永住外国人等)も含めて考える必要がある。

5)Merton, Robert K., Social Theory and Social Structure: Toward the Codification of Theory and Research, revised ed., Glencoe, Ill., Free Press, 1957. 森東吾,金沢実,森好夫,中島竜太郎共著『社会理論と社会構造』,みすず書房,1961年。

6)Gillin, John L., Taming the Criminal – Adventures in Penology, New York, The MacMillan, 1931.

7)宇川春彦「国連アジア極東犯罪防止研修所の50年」『法律のひろば』2012年9月号,4−19頁。
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