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平成22 年版犯罪白書の特集
〜重大事犯者の実態と処遇〜
青木 信人
(法務総合研究所総括研究官)

櫨山  昇
(法務総合研究所室長研究官)
1 はじめに

 平成22年版犯罪白書においては,特集のテーマを「重大事犯者の実態と処遇」とし,各種統計資料等を精査し,さらに,重大事犯で受刑し平成12年上半期に全国の刑事施設を出所した者1,021人(以下「調査対象者」という。)を対象に特別調査を実施して,重大事犯の発生の実態等を見るとともに,調査対象者の刑事施設出所後の再犯の有無を追跡して,重大事犯者の再犯リスクの分析等を試み,その上で,刑事収容施設法及び更生保護法の下,現在行われている重大事犯者に対する処遇を踏まえて,重大事犯に対処するための刑事政策上の課題について考察を行ったが,本稿では,この特集について紹介したい。
 なお,この特集において,「重大事犯」とは,殺人,傷害致死,強盗,強姦及び放火をいう。また,特別調査において,「再犯」とは,調査対象者が,平成12年に刑事施設を出所後,平成21年末までに出所後の犯行(自動車運転過失致死傷・業過及び交通法令違反のみの犯行を除く。)により禁錮以上の刑の言い渡しを受けて確定したことをいう。

2 重大事犯の発生状況等

(1) 認知件数
 罪名別認知件数の推移は,図のとおりである。殺人は,昭和29年をピークに,傷害致死は,23年をピークに,いずれも長期的に減少傾向にあるが,殺人は,最近20年間ほぼ横ばいの状態である。強盗は,同年をピークに減少傾向にあった後,平成2年から増加に転じ,15年には昭和25年ころの水準まで急増し,平成16年からは減少傾向にあるものの,21年は元年の3倍と高水準にある。強姦は,昭和39年をピークに減少傾向にあった後,平成9年から増加に転じ,15年には昭和57年ころの水準まで増加したが,平成16年からは毎年減少している。放火は,増減を繰り返し,同年には昭和57年に次いで戦後2番目に多い2,174件を記録したが,平成17年からは毎年減少している。
(2) 被疑者と被害者との関係
 被疑者と被害者との関係別に最近30年間の検挙件数の推移を見ると,殺人では,嬰児殺の減少と親に対する殺人の増加が顕著であり,全体として,親族に対する殺人は,やや増加し,平成21年における親族率(検挙件数に占める被害者が被疑者の親族である事件の比率)は,48.2%であった。傷害致死の親族率も,おおむね上昇傾向にあり,同年における親族率は,49.1%であった。強姦の親族率は,低いが,16年以降上昇傾向にあり,21年における親族率は,4.6%であった。放火の親族率は,20%台で推移していたが,9年から上昇傾向にあり,21年における親族率は,33.1%であった。なお,放火では,面識のない者に対する犯行も3分の1を超えている。
 親族に対する殺人及び傷害致死について,調査対象者の動機を見ると,殺人でも傷害致死でも,憤まん・激情によるものが最も多いが,そのほかは,殺人では介護・養育疲れによるものが多いのに対し,傷害致死では虐待・せっかんによるものが多い。

図1 認知件数の推移(罪名別)


(3) 犯行態様等
ア 強盗の態様
 平成21年における成人による強盗の検挙人員を犯行態様別に見ると,住宅強盗202人(8.5%),コンビニ強盗367人(15.5%),金融機関強盗73人(3.1%),その他の店舗強盗252人(10.6%),路上強盗455件(19.2%)であった。少年では,605人(86.9%)が非侵入強盗であり,その大部分は路上強盗である。
イ 強姦の犯行場所
 平成21年における強姦の認知件数を犯行場所別に見ると,住宅内が635件(45.3%)と最も多いが,道路上等の屋外での犯行も330件あり,23.5%を占めている。
ウ 計画性の有無等
 調査対象者について,本件犯行(平成12年までの受刑の原因となっていた犯行)の計画性の有無を見ると,計画性があった者の比率は,殺人39.5%,傷害致死14.5%,強盗79.3%,強姦62.7%,放火49.3%であった。また,犯行に凶器を使用した者の比率は,殺人89.9%,傷害致死32.9%,強盗75.2%,強姦23.4%であった。犯行時に飲酒していた者の比率は,殺人24.4%,傷害致死38.2%,強盗9.4%,強姦18.9%,放火30.6%であった。
 傷害致死では,計画的犯行・凶器使用の者の比率が低く,突発的に犯行に及んだ者が多いのに対し,強盗では,これらの者の比率が高く,計画的に凶器も準備して犯行に及んだ者が多い。また,傷害致死及び放火では,犯行時に飲酒していた者の比率が高く,飲酒が犯行の原因の一つとなっていることがうかがわれる。
(4) 年齢構成
 平成21年の検挙者を年齢層別に見ると,50歳以上の検挙人員の比率は,殺人37.5%,傷害致死31.9%,強盗16.7%,強姦10.9%,放火31.7%であり,殺人,傷害致死及び放火で,一般刑法犯(31.9%)並みに,50歳以上の者による犯行の比率が高い。また,高齢者(65歳以上の者)の比率は,近年,一般刑法犯全体で大きく上昇しているが,重大事犯でも,元年と21年を比較すると,殺人では,3.6%から13.8%に,傷害致死では,1.3%から12.3%に,強盗では,0.6%から3.8%に,強姦では,0.6%から2.2%に,放火では,2.2%から7.8%に上昇している。
(5) 有職者率
 平成21年の検挙者の有職者率(検挙人員に占める犯行時に有職であった人員の比率)を見ると,殺人33.9 %,傷害致死45.7 %,強盗35.4 %,強姦63.7%,放火25.4%であり,一般刑法犯全体(34.2%)と比べ,殺人,強盗及び放火では同程度であるが,傷害致死では高く,強姦では顕著に高い。
(6) 暴力団構成員等
 暴力団構成員等(暴力団の構成員及び準構成員)による重大事犯の検挙人員は,最近,減少傾向にあるが,平成21年の検挙人員に占める暴力団構成員等の比率は,殺人では19.7%,強盗では18.9%であり,一般刑法犯全体(4.9%)と比べて相当に高い。
(7) 前科
 平成21年の検挙者について,前科(道路交通法違反以外の犯罪による前科に限る。)を有する者の占める比率を見ると,殺人36.3%,傷害致死40.0%,強盗48.1%,強姦38.0%,放火31.8%と,いずれも一般刑法犯全体(28.7%)と比べて高い。
 調査対象者のうち前科を有する者について,最初の前科時の年齢を見ると,強盗のほか,殺人及び強姦で,最初の前科時の年齢が20〜24歳である者の比率が極端に高く,有前科者の中でも,若年時から前科を有する者は,強盗等の重大事犯に及ぶおそれがより大きいといえる。

3 再犯状況

(1) 再犯率
 調査対象者の再犯率は,表のとおりであり,殺人17.2%,傷害致死32.9%,強盗39.1%,強姦38.5%,放火26.1%である。再犯の罪名を限定して再犯率を見ると,殺人では,粗暴犯(注1)による再犯率は5.5%,傷害致死では,粗暴犯による再犯率は21.1%であり,強盗では,財産犯(注2)による再犯率は28.4%,強姦では,性犯(注3)による再犯率は15.6%であり,放火では,放火による再犯率は7.5%であった。
 また,重大事犯者は,表のとおり,満期釈放者と仮釈放者で再犯率のかい離が大きい傾向があり,仮釈放者の再犯率は比較的低いが,満期釈放者は,再犯率は高く,傷害致死,強盗及び強姦では,半数以上の者に再犯があった。
(2) 再犯期間
 再犯に及んだ調査対象者について,本件犯行の罪名ごとに,再犯期間(出所から最初の再犯に及ぶまでの期間)を見ると,強盗,強姦及び放火では,再犯期間が1年未満の者が4割以上であった。また,出所後1か月未満で再犯の犯行に及んだ者は,29人(再犯者の9.0%)であり,そのうち24人は満期釈放者で,そのほとんどは頼るべき親族等もなく,頼るべき親族がある者も出所後そのもとに帰住せず,住居不定の生活を送っていた。

表1 再犯状況(罪名別)



4 重大事犯者の処遇上留意すべき点

 調査対象者について調査・分析した結果に基づき,重大事犯の罪名ごとに,重大事犯者の処遇上留意すべき点を考察すると,次のような点を挙げることができる。

(1) 殺人
 殺人の事犯者は,一般的に,他人の生命や身体を尊重する意識が希薄であると考えられるが,このことは,粗暴犯の有前科者率が約3割に及んでいることにも表れている。他方で,殺人の事犯者で粗暴犯前科を有する者では,粗暴犯の再犯率は,14.5%であった(殺人の事犯者全体では5.5%)。
 殺人は,動機等において相当に異なるタイプの犯行があるが,その幾つかについて見ると,まず,暴力団の勢力争い等から殺人に及んだ者は,有前科者率が79.2%と顕著に高く,粗暴犯の有前科者率も50.0%であり,他方,再犯率(45.8%)が高く,その再犯は,財産犯,薬物犯,粗暴犯と様々な犯行にわたり,規範意識の欠如や粗暴性向が大きな問題であることをうかがわせる。憤まん・激情から殺人に及んだ者は,殺人の事犯者の42.0%を占めているが,憤まん・激情を抱くに至った背景として,感情統制力の欠如や他人を暴力で支配しようとするゆがんだ考え方(なお,憤まん・激情による殺人のうち,約2割は,配偶者又は交際相手に対する犯行であった。)などの問題を有する者が少なくないことがうかがわれた。一方,親族に対する殺人の事犯者は,それ以外の殺人事犯者と比べ,前科数が少なく,再犯率も低く,介護疲れ等から親族を殺害した者では,再犯がある者はいなかった。
(2) 傷害致死
 傷害致死の事犯者も,粗暴犯の有前科者率が3割を超え,他方,粗暴犯前科を有する者は,再犯率が50%を超え,粗暴犯の再犯率も40.0%と高い。
(3) 強盗
 強盗の事犯者は,財産犯の有前科者率が3割を超え,他方,強盗前科を有する者及び3犯以上の財産犯前科を有する者では,財産犯の再犯率は50%以上であり,強盗の再犯率も20%を超えている(強盗の事犯者全体で財産犯の再犯率及び強盗の再犯率は24.5%,8.3%)。
 本件犯行時の就労・居住状況を見ると,強盗の事犯者は,無職であった者が約60%と高く,住居不定であった者も30%を超え,さらに,強盗の再犯があった者の再犯の犯行時の生活状況を見ると,無職であった者は80%近くであり,住居不定であった者も60%を超え,就労・居住状況が不良であることが,強盗の大きな要因となっていることがうかがわれる。また,本件犯行時にギャンブル耽溺の問題を有していた者(強盗の事犯者の13.5%)は,強盗の再犯率が16.3%と高く,強盗の再犯があった者では,再犯の犯行時にこの問題を有していた者が半数近くであり,この問題も,強盗の要因になっていることがうかがわれる。
(4) 強姦
 強姦の事犯者は,性犯の有前科者率が13.1%であり,他方,性犯の前科を有する者では,性犯の再犯率が37.5%にも及び(強姦の事犯者全体では15.6%),性犯罪を繰り返す者は,更に性犯罪の再犯に及ぶリスクがより大きいことがうかがわれる。
 また,本件犯行が面識のない被害者宅に侵入する態様での強姦である者は,強姦及び性犯の再犯率が,それぞれ,23.3%,30.2%と高い。
 なお,強姦の事犯者は,本件犯行時における有職率が高いが,強姦の再犯に及んだ者の再犯時の有職率も高く,就労状況が安定していることは,強姦の抑制要因としてはほとんど意味を持たないと考えられる。
(5) 放火
 放火は,殺人と同様に,動機等において相当に異なるタイプの犯行があるが,再犯率は,本件犯行の動機が「受刑願望」である者や「不満・ストレス発散」である者で高く,そのうち,放火の再犯があった者は,孤独な生活を送り,疎外感が放火の犯行の背景になっている者が多い。
 なお,放火は,その他の重大事犯とは異なり,本件犯行での受刑中に懲罰を受けたことがなかった者でも再犯率は低くなく,また,仮釈放者の同種重大再犯率(放火の再犯率)が満期釈放者と異ならないなど,個々の事犯者の再犯リスクを判断することが困難ではないかと思わせる分析結果も表れている。

5 重大事犯者に対する処遇

 犯罪者の改善更生や社会復帰を図るためには,犯罪者が抱える資質や環境上の問題性を改善することが必要であり,近年,刑事収容施設法及び更生保護法の下,矯正や保護観察の処遇において,犯罪者の問題性に応じた処遇の充実が図られている。
 重大事犯者は,その抱える問題は多種多様であるが,罪種ごとに類型的に見られる問題性があり,重大事犯者の処遇は,そうした問題性の改善に特に配慮して行われる必要がある。また,重大事犯者は,受刑によって,社会から隔離される期間が長くなる者も多いので,この点で,処遇上の配慮も必要となることがある。
 このような観点から,現在行われている重大事犯者に対する処遇の一端を紹介する。
(1) 殺人・傷害致死等の事犯者に対する処遇
 殺人・傷害致死等の事犯者は,他人の生命や身体を尊重する意識が希薄で,被害者に与えた被害の重大さに思いが至らない者が少なくなく,その改善更生を図るためには,被害の重大さを理解させることで悔悟の念を深めさせることが前提となる。また,暴力的犯罪を繰り返している者が相当数に及び,暴力的な性向を改善することも必要である。そのため,現在,以下のような処遇が行われている。
ア 刑事施設における「被害者の視点を取り入れた教育」
 刑事施設では,殺人・傷害致死等の人の生命・身体を害する罪による受刑者であって,被害者やその遺族等に対する謝罪の意識が低いものに対し,特別改善指導として,「被害者の視点を取り入れた教育」を実施し,自己の犯した犯罪を振り返り,被害者等がどれほど大きな身体的・精神的な被害を受けるかを認識・理解させた上,被害者等へのしょく罪の意識を喚起し,慰謝等のための具体的方法を考えさせる指導を行っている。
 指導の時間は,おおむね,1週間又は2週間に1回程度の頻度で,標準で1単元50分の指導を合計12単元実施している。指導の方法としては,刑事施設の職員や犯罪被害者支援団体のメンバー等による講義や被害者等に生の声で苦しみや悲しみ等を伝えてもらう講話を実施したり,被害者の心情等を内容とするビデオ教材等を視聴させ,又は被害者等の手記や生命の尊さを内容とする文学作品を読ませるなどした上で,受刑者に感想を述べさせるなどの方法のほか,グループワークやロールレタリングの処遇手法も用いられている。
イ 保護観察における「しょく罪指導プログラム」
 保護観察においては,被害者を死亡させ又は重大な傷害を負わせた保護観察対象者に対し,「しょく罪指導プログラム」に基づく指導を行っている。
 具体的には,保護観察対象者に,順次,@自己の犯罪行為を振り返ること,A被害の状況や被害者等の気持ちなどを考えること,B被害者等の立場で加害者に対する思いを考えること,C具体的なしょく罪計画を考えることの4課題を与えて,課題作文を提出させた上で,保護観察官又は保護司が,それぞれの課題について,1回程度ずつ,保護観察対象者と面接し,提出された課題作文の内容について話し合いながら,自己の犯した犯罪と被害の重大さを認識させ,慰謝の措置を講じる責任を自覚させて具体的なしょく罪計画を立てさせる指導を行っている。課題作文には,保護観察対象者の家族等にも感想を付記するように求め,家族等の協力の下にしょく罪計画が実行されるように配慮している。
ウ 保護観察における「暴力防止プログラム」
 保護観察においては,暴力的犯罪を繰り返している仮釈放者及び保護観察付執行猶予者に対し,専門的処遇プログラムの一つである「暴力防止プログラム」に沿った認知行動療法に基づく指導を受けることを特別遵守事項として義務付けている。殺人・傷害致死等の事犯者で,以前にも暴力的犯罪の前歴等を有している者等は,この指導を受ける。
 暴力防止プログラムでは,保護観察官が,おおむね2週間ごとに,5回にわたり,保護観察対象者と面接し,暴力行為に及んだときの行動を分析させて,暴力行為につながりやすい自己の思考傾向(例えば,常に相手が悪いと考えたり,相手に無理な要求を押し付けようとする傾向)を自覚させ,その思考傾向の変容を促すとともに,危機的な場面(例えば,交際相手の前で悪口を言われた場面)で暴力行為を回避する方法を考えさせてロールプレイング等で身に付けさせるなどの指導を行っている。
エ 保護観察における「特定暴力対象者に対する処遇」
 保護観察においては,暴力的犯罪を繰り返すおそれが大きいと考えられる仮釈放者及び保護観察付執行猶予者を「特定暴力対象者」に指定し,再犯を防止するために充実した処遇を行っている。特定暴力対象者に指定されるのは,仮釈放者又は保護観察付執行猶予者のうち,暴力的犯罪を繰り返していた者で,類型別処遇における問題飲酒等の類型に認定された者及び極めて重大な暴力的犯罪(犯行の態様や動機等が極めて悪質な殺人・傷害致死等はこれに含まれる。)を犯すなどした者である。
(2) 強姦等の性犯罪事犯者に対する処遇
 強姦等の性犯罪の事犯者は,被害者が受ける性的な被害を軽く考えるなど思考(認知)にゆがみがあり,また,自己統制力が弱いなどの問題を抱えている者が多く,その改善更生を図るためには,そうした資質上の問題を改善することが重要である。そのため,現在,以下のような処遇が行われている。
ア 刑事施設における「性犯罪再犯防止指導」
 刑事施設では,強姦,強制わいせつその他の性犯罪の原因となる認知のゆがみ又は自己統制力の不足がある受刑者に対し,特別改善指導として,認知行動療法を理論的基盤とする「性犯罪再犯防止指導」を実施し,性犯罪の被害を軽くとらえたり,性的欲求を抑えられないのは仕方がないというような考え方が誤っていると気付かせた上,自己の行動を統制するためにはどのように行動すべきであるかを考えさせて,その行動計画を作らせる指導を行っている。
 性犯罪再犯防止指導は,その対象となる受刑者を,オリエンテーションを実施した上で特定の刑事施設に集め,専門の職員が認知行動療法等の技法に通じた民間の臨床心理士等と共に実施している。高密度,中密度,低密度の3段階のコースがあり,問題性の程度が大きい者にはおおむね8か月で65〜66単元(1単元は標準で100分)の指導が,中程度の者にはおおむね6か月で35〜58単元の指導が,問題性の程度が低い者にはおおむね3か月で15〜16単元の指導が行われている。グループワークの方法が中心である。
 さらに,釈放に近い時期には,メンテナンスとして,復習の指導を行い,自己の行動を統制するための行動計画を改めて考えさせる指導が行われている。
イ 保護観察における「性犯罪者処遇プログラム」
 保護観察においては,類型別処遇における「性犯罪」の類型に認定された男性の仮釈放者及び保護観察付執行猶予者に対し,専門的処遇プログラムの一つである「性犯罪者処遇プログラム」に沿った認知行動療法に基づく指導を受けることを特別遵守事項として義務付けている。
 性犯罪者処遇プログラムでも,保護観察官が,おおむね2週間ごとに,5回にわたり,保護観察対象者と面接し,性犯罪に及んだときの行動を分析させて,犯行に至るまでの幾つかの段階で性犯罪に結び付くおそれのある行動を統制できたであろうことを考えさせ,「性的欲求を我慢できないのは仕方がない」などのゆがんだ認知の変容を促し,性犯罪の被害者の手記を内容とする視聴覚教材等も用いて被害者が受けた被害の大きさを認識させ,性犯罪を繰り返さないための具体的方法を行動計画として考えさせる指導を行っている。
 さらに,5回にわたる指導を行った後も,保護観察官が,定期的に,保護観察対象者との面接を行い,性犯罪を繰り返さないための行動計画をどのように実践しているかを確認するなどして指導を行っている。
(3) 長期受刑者に対する保護観察処遇
 重大事犯者は,受刑期間が長期にわたる者も多いが,長期受刑者は,通常,犯した犯罪が重大であり,長期間社会から隔離されていたことなどから,円滑に社会復帰する上で種々の困難があり,保護観察においては,そうした点に配慮した処遇が行われている。
ア 生活環境の調整
 保護観察所では,受刑者が刑事施設に入所した初期の段階から,社会復帰に向けて,帰住予定地の状況を確かめ,改善更生に適した環境作りを働きかける生活環境の調整を行っているが,長期受刑者の場合,時間の経過とともに,高齢となった家族による引受けが困難になったり,予定されていた就労ができなくなるなど,状況が変化することも少なくなく,そうした場合には,家族のほか,地方自治体や福祉機関等とも連携して,新たな引受人や就労先を確保できるよう粘り強く生活環境の調整に努めている。
イ 長期受刑の仮釈放者に対する処遇
 無期刑又は長期刑(執行刑期が10年以上の刑)で仮釈放が許された者は,社会復帰に種々の困難があるため,仮釈放後1年間は,段階別処遇において最上位の処遇段階に編入し,必要に応じて複数の保護観察官が関与するなどし,頻繁に面接や家庭訪問を行って生活状況を綿密に把握するとともに,就労の援助や生活態度の指導を強めて生活の安定を図っている。
 また,無期刑又は長期刑の仮釈放者は,社会の状況が受刑前と大きく変わっていることもあり,段階的に社会生活に復帰させることが適当な場合があるため,本人の意向も踏まえ,必要に応じ,仮釈放後1か月間,専門の指導員のいる更生保護施設で生活させて指導員による生活指導等を受けさせる「中間処遇」を行うことがある。

6 重大事犯に関する処遇の充実

 犯罪白書では,前記のとおりの分析等を踏まえ,現在行われている処遇も 前提に,次のとおり,重大事犯に関する処遇の充実に向けた展望について総 括している。
(1) 若年者に対する処遇の重要性
 前記のとおり,前科を有している者の中でも,若年時から前科を有する者は,強盗等の重大事犯に及ぶおそれがより大きい。また,20歳代の前半に最初の前科を有している重大事犯者は,6犯以上の前科を有している者が顕著に多く,若年時から前科を有する者には,その後も犯罪を繰り返し,重大事犯に及ぶに至る者が相当数いることが示唆されている。他方,20歳代の前半に最初の前科を有している重大事犯者は,再犯率が高い。少年時に保護処分歴を有する重大事犯者も同様である。
 これらのことを踏まえると,これまでの犯罪白書でも述べてきたところであるが,ここでも,若年の犯罪者に対する処遇の重要性を強調したい。若年者は,可塑性に富み,社会復帰のための環境も整いやすいのであるから,犯罪傾向を改善するための処遇を適切に行い,早期に可能な限り再犯の芽を摘むことが,重大事犯の発生を防止するという意味でも効果的である。
(2) 重大事犯者の問題性を改善するための処遇の充実
 重大事犯者は,一般的に,規範意識の欠如が顕著であり,他人の生命・身体を尊重する意識が希薄で,被害者に与える被害の重大さに思いが至らないなど,大きな資質上の問題を抱えている。重大事犯者の改善更生を図るためには,何よりも,こうした資質上の問題を除去・改善する処遇を行うことが不可欠である。
 こうした処遇として,前記したとおり,現在,矯正や更生保護の段階で,各種プログラム等に基づく指導が行われているが,これらの処遇は,始められてから間がなく,効果の検証を重ねながら,その結果を踏まえて,必要な改善を加え,充実強化を図っていくことが必要である。さらに,重大事犯者には,飲酒の問題が背景となっている者や家庭内暴力が高じて傷害致死等の犯行に至る者もいるので,心理学等の専門的知識を活用して,飲酒行動を改善し,家庭内暴力を防止するための処遇のプログラムを開発することも必要であろう。
 また,殺人及び強盗では暴力団構成員等による犯行の比率が高いなど,暴力団構成員等による犯行は,依然として,治安維持の上で大きな問題であり,暴力団離脱指導や「暴力団関係」の類型に認定された者に対する類型別処遇の役割も重要である。
(3) 社会復帰支援策の充実
 重大事犯者の処遇においては,資質の問題の改善が肝要であるが,その社会復帰を促進し,再犯を防止するためには,住居と就労による生活基盤が確保されるようにすることも重要である。
 他方で,重大事犯者は,受刑が長期間に及ぶことが少なくないこともあり,就労が容易でなく,また,出所までに,家族の気持ちの変化や高齢化等により,家族のもとに帰住することができなくなることもあるなど,社会復帰のための条件に厳しいものがある。前期のとおり,調査対象者のうち1割近い者が,出所後1か月未満で再犯の犯行に及んでいるが,こうした短期再犯者は,多数というわけではないが,出所から短期間で再犯に及ぶことを繰り返し,重大再犯に及ぶ者もいるなど,到底軽視できない問題である。
 このように,重大事犯者の社会復帰のための条件には厳しいものがあり,生活基盤が確保されるようにするためには,より充実した効果的な措置が必要である。そうした観点から,受刑者に対する職業訓練や特別改善指導として実施されている就労支援指導の充実を図るとともに,出所後の就労の確保に向けて,法務省と厚生労働省の連携で実施されている刑務所出所者等総合的就労支援対策による支援を民間のノウハウも活用してより効果的に実施することは極めて重要である。また,生活環境の調整や更生緊急保護の充実も課題であるが,これらの措置が機能するためには,頼るべき親族等がいない受刑者の更生保護施設での受入れの拡大,協力雇用主の開拓・拡大などを始め,社会の協力を得ることが必要であり,そのための取組を強化することも求められる。さらに,平成21年度から,保護観察所では,高齢又は障害により自立困難で住居もない受刑者が社会福祉施設に入所することなどができるようにする生活環境の調整も行っているが,その充実も課題である。
(4) 適切な社会内処遇の必要性
 前記のとおり,重大事犯者の再犯率は,仮釈放者は,満期釈放者に比べて顕著に低い。また,調査対象者について,強盗による仮釈放者の仮釈放期間別の再犯状況を見ると,仮釈放期間が短い者ほど,再犯率が高い傾向があり,強盗以外の罪名でも,おおむね同様の傾向が見られる。
 このことは,仮釈放の許否が再犯リスクをおおむね的確に見極めてなされていること,仮釈放者に対する保護観察の処遇が再犯の防止に機能していることをうかがわせるが,他方で,再犯リスクが大きく,そのため仮釈放が許されず,許されるとしても,その期間が短期間である者は,保護観察による指導監督・補導援護の必要性が大きいというべきであり,これに対する対策についても,検討することが必要であるように思われる。
(5) 国民の理解・協力の促進
 前記のとおり,重大事犯者を含む犯罪者の社会復帰を促進するためには,社会の協力を得ることが不可欠である。
 平成21年12月に内閣府が実施した基本的法制度に関する世論調査の結果によると,更生保護制度の意義は,7割弱の国民に理解されているものの,「犯罪を犯した人の立ち直りを支援し,再犯を防止する活動に協力したい気持ちはあるか」との問いに対しては,「ない」と回答した者(51%)が「ある」と回答した者(42%)を上回るなど,犯罪者の社会復帰に対する具体的な協力を得ることは容易ではない現状もある。
 国民に,重大事犯者の社会復帰について一層の理解・協力を求めるためには,効果的な犯罪者処遇の実現に向け不断の取組を重ねるのはもとより,犯罪者の再犯の状況を含め,処遇の実情を分かりやすく説明することも求められている。

(注1)「 粗暴犯」とは,殺人,傷害(傷害致死を含む。),暴行,脅迫,凶器準備 集合及び暴力行為等処罰法違反をいう。
(注2)「 財産犯」とは,強盗,窃盗,詐欺,恐喝,横領及び盗品等に関する罪を いう。
(注3)「 性犯」とは,強姦及び強制わいせつをいう。

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