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犯罪白書
平成22年版犯罪白書を読んで
井田 良
I はじめに犯罪白書は,犯罪情勢および犯罪者処遇の実情を中心とする刑事司法の現在の姿を,主として統計資料に基づいて記述し,また分析・検討した,諸外国に例を見ない総合的な資料集である。犯罪白書に必要とされるものは,記述の客観性と専門的見地からの正確性,そして(経年比較を可能とする)継続性であるが(犯罪白書のあり方については,かつて簡単な検討を加えたことがある。井田良「最近の犯罪情勢の変化とその統計的把握─平成15年版犯罪白書をどう読むか─」法律のひろば57巻1号〔2004年〕11頁以下を参照),近年ではこれに加えて,叙述の平明さ・紙面の見やすさも求められるに至っている。先般,公表された平成22年版犯罪白書(平成21年分までの統計資料をベースにしている)は,かなえることの困難なこれらの要請に見事に応えたものといえる。
以下では,平成22年版犯罪白書を,犯罪情勢と犯罪者処遇の概況に関する「ルーティン部分」と,特集部分とに分けて,それぞれの内容のおおよそを紹介しながら,若干の感想を述べることとする。
II 犯罪情勢と犯罪者処遇の概況
1 犯罪情勢について
刑法犯の認知件数についてみると,平成21年は239万9,702件であった(前年比13万3,649件〔5.3%〕減)。平成14年の369万3,928件をピークに7年連続で減少したことになる。それでも,バブル景気の最盛期にあった20年前と比較すれば,認知件数・検挙人員・発生率ともにより高いレベルにある。刑法犯の認知件数の変化に大きな意味をもつ(いいかえれば,その増減が全体数に如実に反映する)のは,窃盗と自動車運転過失致死傷罪(かつての「交通業過」)である(この2罪種の認知件数をあわせると,全体の83%以上を占める。ただ,この割合も低下しつつある)。最近7年の減少傾向は,何より窃盗の認知件数の際立った減少に起因するものである(この点について,佐伯仁志「平成21年版犯罪白書を読んで」本誌47巻1号〔2010年〕7頁を参照)。非侵入窃盗と乗り物盗ばかりでなく,不安感を高める侵入窃盗も減少している。
その他の主要な一般刑法犯は,平成12年から16年頃まで,認知件数の増加と検挙率の低下という際立った傾向を示すものが多かったが,その後,認知件数は減少し,検挙率も上昇に転じている(ただし,暴行および公務執行妨害については認知件数が減少に転ずるのがやや遅れた)。個別の犯罪態様の中では,振込め詐欺の認知件数が平成21年に激減する(前年比64,2%減の7,340件)とともに検挙件数が上昇していることが注目される。
最近20年の犯罪動向をみるとき,やはり経済不況・雇用状況の悪化が基本的な犯罪要因であったという仮説が成り立つ。それを中和できるほどには人々の規範意識は強固ではないが,しかし殺人を増加させるほどに規範意識が低下しているわけでもない(殺人の認知件数は昭和29年をピークに長期的な減少傾向にあり,平成15年前後の刑法犯増加現象の影響もほとんど受けていない)ことが示されたといえよう(この点についてはすでに,井田・前掲16頁において述べたところである)。いずれにしても,「国民の体感治安」といわれるものが,犯罪の実態に裏付けられたものか,マスメディアにより生み出された幻想にすぎないのか,その両方からなる複合物であるのかについては,専門的見地からする科学的な検討が必要である。
刑法犯の検挙人員についてみると,平成16年を近年のピークとし,それ以降は毎年減少している。平成21年には105万1,838人であった(前年比3万117人〔2.8%〕減)。全般的に高齢化が進み,高齢者(65歳以上)の検挙人員がこの10年で目立って増えており,平成21年には,一般刑法犯検挙人員の14.4%(4万8,119人)を占めている。しかも,人口比でみても,最近20年間における高齢犯罪者の増加は著しく,高齢者人口の増加を上回るペースで検挙人員が増えていることがうかがわれる。罪種をみると,平成2年以降,殺人で約3.1倍,強盗で約12.9倍,暴行で約52.6倍,傷害で約9.5倍,窃盗で約6.8倍,遺失物等横領で約11.8倍という急激な増加ぶりに驚かされる。逆に,少年による刑法犯の検挙人員は,昭和59年以降,大きく減少する傾向にあり,平成16年から毎年かなり顕著に減少している(人口比でみても,平成16年以降,低下している)。高齢者犯罪の増加は,重罰化・厳罰化の傾向が前面に出ている現在の刑法のあり方(この点につき,井田良「刑事立法の時代─現状と課題─」犯罪と非行160号〔2009年〕6頁以下を参照)に,根本的な反省を迫るものである。高齢者犯罪への対応においては,刑事法は非生産的な応報処罰にとどまることは許されず,将来に向けた積極的(社会形成的)機能に関心を向け,部分的には社会法を取り込まなければならない。
同様に注目に値する動きは,平成9年以降,検挙者のうちの再犯者(前に刑法犯または〔道交法違反を除く〕特別法犯により検挙されたことがあり,再び検挙された者)の人員が増加傾向にあることである(ただ,平成19年からは若干減少している)。平成21年の再犯者率(検挙人員に占める再犯者の人員の比率)は42.2%に上る。ここからは,犯罪に陥る要因となる事情が,社会の特定の層に属する人々のところに偏在していることがうかがわれる。再犯者対策の重要性が強調されるべきこととなる(山佳奈子「平成20年版犯罪白書を読んで」本誌46巻1号〔2009年〕7頁以下は,「経済的弱者」への対応の重要性を指摘し,高齢者,再犯者,女子犯罪者に言及している)。
特別法犯(条例違反を含む)による検察庁新規受理人員の動きを見ると,道交違反によるそれの激減傾向が目を引くところである。この10年間で50%以上減少している。社会の側からの評価の厳格化,犯罪現認に向けた警察の重点的な努力,罰則の強化等が,犯罪を抑制する効果を持ちうることを示す1つの証拠となる可能性がある。道交法を除く特別法の違反についてみると,検察庁新規受理人員は微増傾向にある。覚せい剤取締法違反による検挙人員は,平成13年以降,減少傾向にあるが,大麻取締法違反は顕著に増加し,この10年間で約2.5倍になっている。
2 犯罪者処遇について
検察官による起訴率は,全事件については減少している(起訴猶予率は上昇傾向にある)ものの,一般刑法犯については変化がない。道交違反については,検察庁終局処理人員・起訴人員・起訴率ともに顕著な減少・低下傾向にある。裁判確定人員は,平成12年から毎年減少し,この10年で半減しているが,その主な原因は,道交違反の減少にある。
確定判決(全事件)を受けた者の裁判内容別の内訳をみると,平成18年までは,懲役・禁錮の実刑を受けた者の数が増加し,それが刑事施設の収容人員を増やす結果となって現れたが,それ以降,その数はかなり顕著に減少している。通常第一審における死刑および無期懲役の言渡人員も,平成16年以降,漸減している。保護観察率(執行猶予言渡人員に占める保護観察付執行猶予言渡人員の比率)が昭和50年代後半から大幅に低下していることも注目される。昭和57年には18.6%であったものが,平成21年では8.7%となっている。
刑事施設年末収容人員は,平成5年から18年まで増加した後,19年から減少に転じ,21年末現在は7万5,250人(うち受刑者は6万5,951人)であった。収容率は,収容定員9万354人(うち既決は7万2,311人)に対し,83.3%(既決92.8%,未決45.3%)であった。入所受刑者は平成19年から毎年減少し,21年は2万8,293人であった。入所受刑者における再入者率(入所受刑者に占める再入者の人員の比率)は,平成16年から毎年上昇し続け,21年は54.8%であった。受刑者の高齢化も進んでいる。入所受刑者に占める65歳以上の者の割合は,最近20年間,ほぼ一貫して増加している。
仮釈放率は,平成17年以降,低下傾向にあり,平成21年は49.2%であった。仮釈放率が下がり,満期出所者が増加しているのは,帰住予定地における生活環境の調整の困難な受刑者が増えていることを推測させるが,重罰化を求める要請が刑の執行段階でも働き続けていることの現れとみることも不可能ではない。ここでも,高齢者の仮釈放率が全体のそれよりも低いことが目を引く(平成21年は29.1%)。とりわけ,引受人がいないなど,釈放後の定住先が確保できないことがその原因と推測されている。
平成17年の出所者の5年以内の再入率は41.7%となっており,満期釈放者についてみると54.0%,仮釈放者についてみると31.5%となっている。平成12年の出所者の10年以内の再入率は53.6%となっており,満期釈放者についてみると65.6%,仮釈放者についてみると44.1%となっている。これは,いささかショッキングな数字といえ,現在における犯罪者処遇の重要課題が,高齢者への対応とならんで,再犯者対策にある(そして,その両方は重なり合う)ことがここにおいても明らかになっているといえよう。
III 特集「重大事犯者の実態と処遇」について
本特集は,国民の体感治安が改善されていないことの理由が一定の重大事犯の認知件数が今なお高水準にあることによるところが大きいという問題意識に立脚して,各種統計資料を精査するとともに,重大事犯(殺人,傷害致死,強盗,強姦,放火)で受刑し平成12年上半期に全国の刑事施設を出所した者1,021人を対象とした特別調査を実施し,重大事犯の発生の実態,処遇の実情,再犯の状況等を分析し,また,現在行われている重大事犯者に対する処遇について特徴的な点を紹介し,さらに,これらを踏まえて,重大事犯に対処するための施策の充実に向けた展望を試みたものである。
重大事犯の検挙人員についての経年比較をみると,まず,とりわけ殺人と傷害致死につき,親族率(検挙件数に占める被害者が被疑者の親族である事件の比率)が顕著に上昇していることが注目される。殺人では,嬰児殺が減少した反面,親に対する犯行(介護疲れによるもの等)が増加している。傷害致死の事案の中には,子どもに対する虐待・折かんも目立つ。放火についても,親族率が(そして面識率も)上昇傾向にある。ここでも,種々の原因から生じる家庭内の葛藤が犯罪の要因となっていることがうかがえる。検挙者を年齢層別にみると,近年,殺人および傷害致死で,30歳未満の検挙者数が減少し,65歳以上の高齢者の検挙人員が増加している。強姦や放火についても同様の傾向が見られる。
特別調査は,重大事犯者の「再犯の状況」について調査・分析を行っている。調査対象者のうち本件犯行が殺人であった者については,再犯率(出所後の犯行〔自動車運転過失致死傷・業過および交通法令違反のみによる犯行を除く〕により,平成21年末までに禁錮以上の刑の言渡しを受けて確定した者の割合)が17.2%,傷害致死であった者は32.9%,強盗であった者は39.1%,強姦であった者は38.5%,放火であった者は26.1%となっている。とりわけ,満期釈放者と仮釈放者で再犯率のかい離が大きく,調査対象者のうちの満期釈放者の再犯率は,本件犯行が殺人であった者については42.6%,傷害致死であった者は60.0%,強盗であった者は55.6%,強姦であった者は55.9%,放火であった者は34.1%となっている。また,10年内の累積再入率をみると,6年以降の年にはじめて再入所した者も多く,再犯リスクが長期間にわたって継続する傾向がうかがえるとされる。
特別調査は,また,重大事犯者の処遇上留意すべき点を明らかにするため,重大事犯の各罪種につき,再犯率の高さと結びつく事情を明らかにしようとしており,ここでも興味深い結果が出ている。殺人と放火については,犯罪の動機等に注目する。殺人については,動機等において相当に異なるタイプの犯行があるが,暴力団の勢力争い等から殺人に及んだ者は,有前科者率が高く,また再犯率も高い。介護・養育疲れ等の理由から行われた親族に対する殺人の事犯者は,有前科者率が低く,また,再犯率も低い(今回の特別調査では再犯はなかった)。殺人を犯した者のうちには,憤まん・激情からそうした者が最も多いが,行為者の中には,感情統制力の欠如や他人を暴力で支配しようとするゆがんだ考え方をもつなどの問題を有する者が少なくない。放火についても,動機等において相当に異なるタイプの犯行があるが,動機が「受刑願望」である者および「不満・ストレス発散」である者は特に再犯率が高く,放火の再犯があった者は,孤独な生活を送り,疎外感が放火の犯行となっている者が多いという。
強盗および強姦については,動機より,生活状況や犯行態様に注目する。強盗については,再犯があった者のうち,再犯の犯行時に無職であった者は80%近く,住居不定であった者も60%を超える。ギャンブル耽溺の問題も強盗の要因になっている。犯行態様別にみると,住宅強盗を犯した者は再犯率が高く,事後強盗を犯した者は低い。強姦の事犯者については,性犯罪を繰り返す者はさらに性犯罪の再犯に及ぶリスクが大きいこと,面識のない被害者宅に侵入する態様での強姦を行った者は,強姦の再犯率およびこれに強制わいせつを含めた性犯の再犯率がそれぞれ23%,30%と高いこと,就労状況が安定していることは強姦の抑制要因としてほとんど意味がないと考えられることなど興味深い指摘がみられる。
本特集は,以上の調査・分析を踏まえて,現在の刑事収容施設法および更生保護法の下での矯正や保護観察の処遇の一端(殺人・傷害致死等の事犯者に対する処遇,強姦等の性犯罪事犯者に対する処遇,長期受刑者に対する保護観察処遇)を紹介した上で,最後に「重大事犯に対する処遇の充実」として次のような提言を行っている。
(1) 若年者に対する処遇の重要性
調査対象者のうちの有前科者については20歳代の前半に最初の前科を有している者の比率が高く,そのような者は再犯率も高い。若年時から前科を有する者は強盗等の重大事犯に及ぶおそれがより大きいことから,若年の犯罪者に対する適切な処遇が重要だとする。
(2) 重大事犯者の問題性を改善するための処遇の充実
重大事犯者は,一般的に,規範意識の欠如が顕著であり,他人の生命・身体を尊重する意識が希薄で,被害者に与える被害の重大さに思いが至らないなど,大きな資質上の問題を抱えているとし,重大事犯者の改善更生を図るためには,何よりも,こうした資質上の問題を除去・改善する処遇を行うことが不可欠であるとする。
(3) 社会復帰支援策の充実
重大事犯者の処遇においては,資質の問題の改善が肝要であるが,その社会復帰を促進し,再犯を防止するためには,住居と就労による生活基盤の確保,刑務所出所者等総合的就労支援対策による支援の効果的な実施,生活環境調整や更生緊急保護の充実等を内容とする社会復帰支援策の充実が必要であるとする。
(4) 適切な社会内処遇の必要性
重大事犯による出所者の10年内の累積再入率は,仮釈放者の方が満期釈放者に比べて顕著に低く,仮釈放者の再犯状況をみると,仮釈放期間が短い者ほど再犯率が高い傾向があるとし,仮釈放が許されない者や,許されてもその期間が短期である者は再犯リスクが大きいと考えられることから,保護観察による指導監督・補導援護の必要性が高いというべきであり,これに対する対策についても検討することが必要であるとする。
(5) 国民の理解・協力の促進
重大事犯者を含む犯罪者の社会復帰の促進のためには社会の協力を得ることが不可欠であり,国民の理解と協力を求めるためには,犯罪者の再犯の状況を含め,処遇の実情を分かりやすく説明することも求められているとする。
IV おわりに
平成22年版犯罪白書が明らかにしていることは,現在の刑事政策の最重要課題が,高齢者犯罪への対応と,それと一部重なり合う再犯防止施策の改善・充実にあることである。特集「重大事犯者の実態と処遇」も,重大事犯者の再犯の防止につながるその原因の究明という点にその関心の重点が置かれており,事実に基づいた数多の有益な提言を含んでいる。本白書を読みながら,人々の間に経済的格差が広がり,失業や生活保護世帯が増加し,それが「社会的排除」のメカニズムとして作用してうつ病等の罹患率や自殺率の上昇をもたらしている社会的状況を眼前に想起せざるをえなかった。しかも,悪いことに,今の時代は,個人の自己責任の強調とともに,人々が「自分がおかれている境遇を社会構造と結びつけて考えることにリアリティをもてないでいる」(高谷幸「第三の道」佐伯啓思= 柴山桂太編『現代社会論のキーワード』(ナカニシヤ出版,2009年)46頁)時代である。このような時代における刑事政策がいかなるものであるべきかについては,専門家が科学的な検討を重ねる必要がある。現在,犯罪現象が社会的関心を強く喚起する一方で,メディアには必ずしも正確な実態把握に基づくものとはいえない言論が溢れている。本白書は,このような時代環境の下で計り知れない価値をもつものといわなければならない。
(慶應義塾大学大学院法務研究科教授)