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犯罪白書
平成21年版犯罪白書
特別調査「窃盗・覚せい剤事犯に係る受刑者と再犯」の概要
特別調査「窃盗・覚せい剤事犯に係る受刑者と再犯」の概要
猪間 徳子
犯罪白書においては,我が国の犯罪情勢の現状とその長期的に見た変化を明らかにしているほか,毎年,犯罪に関する特定のテーマについて,掘り下げた調査・分析を行っている。平成21年版犯罪白書では,再犯問題を取り上げ,件数が多く,同種再犯率も高い窃盗及び覚せい剤事犯について,受刑者や執行猶予判決を受けた者などを対象として特別調査を実施し,その実態や再犯要因を探り,これらの犯罪に対する効果的な再犯防止施策を検討した。
本稿では,受刑者に対する調査により明らかとなった各事犯の実態や意識の分析結果の概要を紹介する。なお,本稿中,白書の記載内容を超える部分については,筆者の個人的見解であることをお断りしておく。
1 調査の方法等
本調査は,窃盗又は覚せい剤取締法違反(自己使用が含まれているものに限る。)により,平成21年4月20日から同年5月19日までの間に全国52の刑事施設において受刑していた者のうち,同一罪名の前科を有する初入者及び初入時の罪名に同一罪名が含まれる2入者(各罪名600人)に対し,質問調査票を配付し,任意の協力を求める形で実施し,窃盗事犯者510人(男子初入180人,同2入178人,女子初入91人,同2入61人),覚せい剤事犯者540人(男子初入180人,同2入175人,女子初入94人,同2入91人)から回答を得ることができた。この質問調査票は,窃盗・覚せい剤使用の初体験時をはじめ,これらの事犯による初逮捕,執行猶予言渡し,初入,2入の各時点における事件の態様や意識等について,ほぼ同一の項目を繰り返し尋ねる構成となっており,これらの回答及び各調査対象者の入所調査票を基に,初入者と2入者との相違点や,段階が進むにつれての変化等を見ていくことにより,その実態や再犯リスク要因,逮捕されたり刑罰を受けたりした経験が再犯抑止につながらなかった原因等について分析を行った。
なお,回答者の入所時の平均年齢は,窃盗事犯の男子初入者が40歳,同2入者が43歳,女子初入者が45歳,同2入者が48歳で,覚せい剤事犯の男子初入者が34歳,同2入者が38歳,女子初入者が33歳,同2入者が37歳であり,いずれの年齢構成も,平成20年における各事犯による入所受刑者の年齢構成とほぼ一致していた。
2 窃盗事犯者
(1) 窃盗事案の実態
ア 本件の主な手口
本件,すなわち受刑の対象となった事件の主な窃盗手口は,男女共に万引きの比率が高かった。それでも, 男子,特に2入者においては,多様な手口の者がいたのに対し,女子においては,初入者,2入者共に約8割が万引きであった。
2入者について,本件時の手口と,初逮捕時及び初入時の手口との一致率を見ると,万引きの一致率が相対的に高く,また,いずれの手口においても,初逮捕時よりも初入時との一致率が高くなっており,手口が徐々に固定化する傾向を見ることができた。
イ 窃盗歴
初窃盗(未発覚のものを含む。),初逮捕,初入,2入の各時点の平均年齢を見ると,全般的に女子より男子の方が低かった。男子では,初入者と2入者とで,初窃盗時及び初逮捕時の平均年齢に顕著な差は見られなかったが,女子では,全時点において,2入者の方が初入者より3〜4歳低年齢であった(図1参照)。手口別に見ると,万引き事犯者は,男女共に,他の手口の者と比べて全般的に高年齢であり,男子の侵入窃盗事犯者は,全般的に低年齢であった。また,男女共に,初入者より2入者の方が少年時に逮捕歴を有する者の比率が高くなっており,これらの結果から,若年で窃盗等の違法行為を犯すようになった者ほど再入(再犯)に至るリスクが高いことがうかがわれた。
ところで,一般的に,犯行の頻度が高い者は低い者より,身柄釈放から犯行再開までの期間が短い者は長い者より,犯罪性向が進んでいると見ることができよう。2入者に限って,犯行の頻度については初逮捕時と本件時の2時点,窃盗再開までの期間については初逮捕後と初入後の2時点を,それぞれ比較関連させて見たところ,いずれについても,2時点ともほぼ同程度という者が多く,初逮捕ころの犯罪性向が,その後も維持されている場合が多いことが示唆された。
図1 初窃盗・初逮捕・初入・2入時の平均年齢(男女別・入所度数別)
ウ 窃盗の直接的動機,背景事情
本件窃盗の直接的動機は,性別や年齢層に関係なく,「生活費困窮」の選択率が最も高かった。これに次いで,男子では「遊興費欲しさ」,女子では「自分の金をつかうのがもったいなかったから(節約)」,「ストレス解消」,「癖になっていたから(盗み癖)」の選択率が,全年齢層で比較的高かった(図2@参照)。
直接的動機を手口別に見ると,万引きでは,全般的に,「生活費困窮」に次いで「節約」の選択率が高く,男子では「酒に酔っていたから(アルコールの作用)」が上位に入り,男女共に2入者では「盗み癖」の選択率が高かった。万引き以外では,男女共に,「遊興費欲しさ」の選択率が「生活費困窮」に次ぐ高さとなっており,「楽に稼げるから」の選択率も高かった。
本件犯行の背景事情については,男子では,就職・収入の問題や住居が不安定であったことの選択率が高く,また,ギャンブル,飲酒,不良交友等の問題をうかがわせる項目が上位に入っていた。一方,女子では,家族や交際相手とのトラブルの選択率が収入の問題と同程度に高く,体調不良も上位に入っていた(図2A参照)。手口別に見ると,男子においては,万引きでは「過度の飲酒」が,万引き以外では「ギャンブル耽溺」や「不良交友」が上位に入り,女子でも,万引き以外では「ギャンブル耽溺」や「違法薬物使用」等が上位に入っていた。
窃盗は財産犯であり,経済的な不安定さが犯行の促進要因となっているのは当然であるが,以上の結果からは,窃盗を繰り返す者の中には,享楽的で乱れた生活態度が原因となっていると考えられる者(主に万引き以外と男子)や,不安・ストレス等に基づく不安定な精神状況による自制心の低下が原因となっていると考えられる者(主に万引きと女子)も相当数存在すること,また,職業的・習慣的に窃盗を行っていると思われる者も一部に存在することが示された。
図2 直接的動機・背景事情の選択率(男女別・年齢層別)
エ 本件時の居住状況
本件時の居住状況を見ると,男子では自宅等で単身生活を送っていた者の比率が,女子では家族と同居していた者の比率が最も高かった。男女共に,2入者は初入者と比べ,家族等と同居していた者の比率が低く,単身生活を送っていた者の比率が高くなっており,一人暮らしであることが再犯リスクを高めている可能性があることが示唆された。
(2) 窃盗事犯者の意識等
本調査においては,調査対象者を,初入・2入の別のほか,犯罪性向の深度の指標となり得る本件時の窃盗頻度及び本件直前の窃盗再開までの期間について,それぞれ2群に分け(頻度は月3回以下と月4回以上,再開期間は1年以下と1年を超えるものに区分),両群の回答結果の違いを比較するなどの方法により,窃盗事犯者の意識と再犯との関係についても分析を行った。
ア 初窃盗の感想
初窃盗時に抱いた感想を,本件時の窃盗頻度により区分した2群で比較したところ,高頻度群は低頻度群と比べ,「うまくできて『やった!』と思った」等の選択率が高く,「やったことを後悔した」等の選択率が低くなっており,犯罪性向がより深まっている者は,相対的に,初窃盗の経験が快体験として記憶されている場合が多いことが示された。逆の見方をすれば,初窃盗時に窃盗を成功体験としてとらえた者は,そうでない者と比べ,犯罪性向を深めていく可能性が高いことを示唆する結果といえよう。
イ 窃盗に関する意識等
初入・2入の別並びに窃盗頻度及び再開までの期間により区分した群ごとに,窃盗や自己イメージ等に関する意識を比較して見たところ,いくつかの質問項目において,回答の傾向に顕著な差が見られた。「窃盗を繰り返すたびに,自分のことを情けなく思う気持ちが強くなっている。」といった「窃盗に抵抗感があることを意味する項目」については,男子初入群,低頻度群,長期間群,「窃盗がうまくいったときは,ある種の達成感がある。」といった「窃盗に喜びなどの肯定的感情があることを意味する項目」については,女子2入群,高頻度群,短期間群,「自分と同じような育ち方をすれば,多くの人が窃盗事件を起こすと思う。」といった「責任転嫁の傾向があることを意味する項目」については,女子2入群,高頻度群,「自分は,反省したことや決心したことを忘れてしまいやすい。」といった「自制心等が弱いことを意味する項目」については,短期間群において,それぞれの対照群と比較して,「そう思う」又は「まあそう思う」と回答(肯定回答)した者の比率が高くなっており,犯罪性の進んでいる者とそうでない者とでは,窃盗に対する親和性や自己イメージにも差がある様子が認められた。
ウ 改善更生のための処遇等に関する意識(2入者)
2入者に対し,初入時に受けていれば更生に役立ったと考える助言・指導等を尋ねたところ,男女共に,「就職のこと」,「起こした事件のこと」,「家族関係」,「職業訓練や資格・免許の取得」を選択した者が多かった。男子では「住居のこと」や「交友関係」,女子では「医療関係」や「異性関係」も上位に入っていた。
次に,2入者が初入時に更生のために必要であると考えていたことと釈放後の実行状況を見たところ,男女共に,「まじめに働く」ことが必要と考えていた者の比率が最も高く,「規則正しい生活をする」,「浪費や借金をしない」を選択した者の比率も高かったが,このうち「規則正しい生活をする」については,必要と考えた者の過半数が実行できていなかった。「住居を定める」,「ギャンブルをひかえる,やめる」は,男子においてのみ,「困ったときは周りの人に相談する」,「配偶者や交際相手,家族のことを考える」は,女子においてのみ,更生のために必要であると考えたことの上位5項目に入っていたが,男子の「ギャンブルをひかえる,やめる」と,女子の「困ったときは周りの人に相談する」は,実行できた者が半数に満たなかった。
以上二つの調査結果において男女差の出た項目は,本件犯行の背景において男女差のあった項目とほぼ共通していた。
再犯抑止には,これら各人の問題性に応じた具体的指導を行うことが必要と思われる。
3 覚せい剤事犯者
(1) 覚せい剤使用の実態
ア 薬物使用歴
男子の39.4%,女子の56.9%が,19歳以下で覚せい剤の使用を開始していた。男女共に,2入者の方が,初入者と比べて使用開始年齢が低い傾向が認められ(図3参照),また,少年時に薬物犯罪による逮捕歴のある者の比率も高くなっており,若年時から薬物を使用していた者ほど,再入に至るリスクが高いことが示唆された。
他の薬物等の使用歴を見ると,有機溶剤乱用経験を有する者の比率が全体で73.0%と非常に高く,男女共に,2入者においては,初入者と比べてその比率が高くなっており,有機溶剤乱用経験の有無が,再入リスクに影響していることがうかがわれた。なお,大麻の使用経験者の比率も高かったが(男子66.3%,女子77.2%),これについては初入・2入による比率の差は見られなかった。
上記のとおり再入(再犯)リスクの高低に影響する要因として示された覚せい剤使用開始年齢と有機溶剤乱用経験の有無により,調査対象者をそれぞれ2群に分け(開始年齢については,男子は24歳以下,女子は19歳以下の者を「早」とした。),それらを組み合わせた4群(「早×有」,「早×無」,「遅×有」,「遅×無」)で,本件時の覚せい剤使用頻度と,初入後に釈放されてから再使用を開始するまでの期間を比較したところ,「早×有」群は,「遅×無」群と比べ,使用頻度が高く,再使用までの期間が短い傾向が認められ,この結果からも,使用開始年齢と有機溶剤乱用経験の有無が,覚せい剤への依存の程度,ひいては再犯リスクに影響を与える要因となっていることが確認された。
なお,覚せい剤の使用頻度及び身柄釈放後再使用までの期間を,2入者に限り,2時点(前者は初逮捕時と本件時,後者は初逮捕後と初入後)について見たところ,窃盗と同様,両時点ともほぼ同程度という者が多く,初逮捕時の覚せい剤への依存の程度がその後も維持されている状況が示唆された。
図3 覚せい剤使用開始年齢層別構成比(男女別・入所度数別)
イ 覚せい剤使用の端緒・動機
本件時の覚せい剤使用の端緒を見ると,他人からの誘惑による者(他人が使用しているのを見ただけの者を含む。)が相当数おり,誘惑を受けた相手は,男女共に「友人知人」の比率が最も高く,次に高いのは,男子では「暴力団関係者・売人」,女子では「交際相手」であった(女子は,共犯者が交際相手である者の比率も高かった。)。また,「家族や交際相手とのトラブル等」や「職場でのトラブル・失職等」が端緒となっていた者も少なくなく,特に前者については,女子の約半数が選択していた。
本件時の覚せい剤使用の直接的な動機の上位3項目は,順位は異なるものの男女で共通しており,「快感を得るため」,「嫌なことを忘れるため」,「疲れを取るため」であった。
(2) 覚せい剤事犯者の意識等
ア 覚せい剤使用等に対する意識
前記「早×有」群(高問題性群)と「遅×無」群(低問題性群)の間で,調査対象者の覚せい剤使用や自己イメージ等に関する意識についての回答結果を比較して見たところ,高問題性群では,覚せい剤の魅力を示す項目や,自制力・忍耐力の不足を示す項目に肯定回答した者の比率が著しく高かった。また,高問題性群では,「刑務所生活に懲りて,覚せい剤をやめる人は少ない」についても,肯定回答した者の比率が相当に高く,再犯リスクが高い者に対する処遇の困難さがうかがわれる結果となっていた。
イ 改善更生のための処遇等に関する意識(2入者)
2入者において,初入時に受けていれば更生に役立ったと考える助言・指導等は,男女共に,「薬物依存離脱指導」を選択した者が最も多く,「就職のこと」,「職業訓練や資格・免許の取得」の選択率も3割を超えていた。女子では,「家族関係」の選択率も高かった。
2入者が初入時に更生のために必要であると考えていたことと釈放後の実行状況を見ると,「まじめに働く」,「配偶者や交際相手,家族のことを考える」,「規則正しい生活をする」,「友人知人との付き合い方を変える」ことが必要と考えていた者が多かったが,これらのうち,「友人知人との付き合い方を変える」については,釈放後,実行に至らなかった者が半数を超え,交友関係を改善できなかったことが再犯原因の一つとなっていることがうかがわれた。
4 おわりに
受刑者調査の結果をまとめると, 以下のようなことがいえる。
まず,犯罪の開始年齢が低い者や少年時に非行のあった者ほど再犯リスクが高いということと,初逮捕の頃の犯罪性向がその後も維持される場合が多いということが,窃盗及び覚せい剤事犯に共通して認められた。これらの結果は,若年時から違法行為を始めた者や,初めて逮捕されたときに既に多数回犯行を重ねていたような者は,そうでない者と比べ,犯罪性向が進んでしまっている,あるいは処分等が有効に機能しにくくなっている者が多いことを示している。つまり,若く犯行に手を染め始めた段階で犯罪の「成功体験」を積ませないことが,その後の犯罪性向や薬物依存性向の重篤化を防ぐために極めて重要といえ,効率的・効果的な再犯抑止策を目指すのであれば,まずこの段階での対応の充実を図ることが大切と思われる。
また,更生においては就労や規則正しい生活が重要なポイントであるということも,両事犯に共通していた。財産犯である窃盗事犯において,就労により得られる収入や生活基盤の安定が再犯抑止に直結するのは当然であろうし,覚せい剤事犯においても,就労によりもたらされる精神面での充実や無為な時間の削減が再犯抑止につながるものと考えられる。
その他,女子では特に家族関係のトラブルを本件の原因と考えている者が多いことなども,両事犯共通の傾向として見られた。日常生活において家庭の占める割合が高いことの多い女子の場合,家族関係の良し悪しが生活の全体に影響しがちであり,その安定を図ることは更生を促す要素として大きな意味を持つものと思われる。
罪名別に見ると,まず窃盗については,財産犯といえども,必ずしも経済的困窮を動機とする者ばかりではなく,遊興費欲しさの者やゲーム感覚の者,精神不安や病的な要因による者,職業的犯罪者等も相当数存在することが明確に示された。また,困窮による場合でも,その原因は,過度の飲酒やギャンブル,浪費等の問題行動にあると考えられる者も多かった。したがって,窃盗の再犯抑止のためには,就労の安定を図ること,福祉による援助を受けられるよう橋渡しをすることなども重要であるが,そうした経済面での手当てさえ行えばよいというわけではなく,その犯罪行為の根本にある個別の動機や,資質面も含めた背景事情を勘案した上で,各々の特性に応じた適切な処遇を実施することが重要と思われる。
覚せい剤事犯者の再犯抑止を考えるに当たっても,個別の動機や背景事情は当然配慮する必要があり,特に,覚せい剤使用仲間などの有無を的確に把握し,その存在が認められる場合には交友関係の改善指導を行うことが不可欠である。ただ,依存性向が相当に進んでしまっていると思われる多くの受刑者の場合,背景に抱える問題云々の話を超え,その薬理効果に対する精神的な依存の強さが最大の再犯要因となっていることも多いため,薬物依存からの離脱を目指すための働き掛けは,ケースを問わずほとんどの者に対して行っていく必要があるであろう。
現行の量刑基準からすると,窃盗や覚せい剤自己使用の場合,よほど悪質な事案でない限り,初めての処分がいきなり実刑ということは少なく,受刑にまで至った者は,既に相当程度犯罪性向が進んでいることが多い。そのような段階に至ってからでは,再犯抑止は極めて困難となる。したがって,より効率的な再犯抑止を考えるならば,より早期の時点での指導や支援を厚くすることで,犯罪性向の深化を出来るだけ食い止めることが肝要である。それでもなお受刑にまで至ってしまった者については,画一的な処遇にとどまらず,各人の抱える問題性,行動傾向や態度,再犯の可能性等を的確に把握した上で,その特性に応じた処遇を行っていくことが重要といえよう。
(法務総合研究所室長研究官)