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犯罪白書
現代社会の写し鏡としての犯罪白書−令和6年版犯罪白書のルーティーン部分を読んで−
安井 哲章
1 はじめに犯罪白書は、毎年、従来の表記の仕方から新しい表記に改めたり、新たな説明を付け加えたりしている。『令和6年版犯罪白書』も同様であり、表記の仕方の変更や新たな説明がなされている箇所がいくつかある。これらは、平成から令和に移行してからの犯罪現象の変化や、それに対応した刑事政策の変化を示すものである。また、新たな説明が施された箇所は、リアルタイムで発生している犯罪現象を示すものである。犯罪は社会の病理現象であるため、犯罪白書は、病理現象という観点から現代社会の実態を示すものといえよう。
2 主な刑法犯の動向における説明の変化
(1) 職権盗
令和6年版犯罪白書の11頁では、令和5年における窃盗の認知件数の手口別構成比がまとめられている。1 - 1 - 2 - 2図では、新たに「職権盗」が手口の項目として明記されるようになった。12頁では窃盗の検挙件数の手口別構成比がまとめられているが、1 - 1 - 2 - 4図も同様に、「職権盗」が手口の項目として新たに明記されるようになった。
職権盗とは、特殊詐欺の一種であり、公務員等の身分を詐称し、捜査や検査などを装って、隙を見て金品を窃取するものをいう。このような手口の存在は、もちろん、『令和5年版犯罪白書』が出された時点でも知られていたものであり、『令和5年版犯罪白書』の本文では、払出盗とともに特殊詐欺の手口として紹介されていた。特殊詐欺の手口は日々進化し、巧妙化しているものであるが、図表の中で明記されることにより、職権盗が特殊詐欺の手口として無視できないものであることがより鮮明に読者に伝わるようになった。
令和元年以降の職権盗の認知件数は、令和元年3,714件、令和2年2,837件、令和3年2,228件、令和4年2,297件であり、令和2年、3年と、職権盗の認知件数は前年より大幅に減少していたが(令和2年は前年比23.6% 減、令和3年は前年比21.5% 減)、令和4年では前年比で3.1% 増加していた。令和5年における職権盗の認知件数は1,578件であり、前年と比べて31.3% 減少している。増加した年も微増で、その後は減少しているため、全体として、職権盗の認知件数は減少傾向にあるといえる。ただし、職権盗そのものの認知件数は減少したとしても、強盗や恐喝の準備行為として、公務員等の身分を詐称して捜査や検査を装い、住居内に侵入して家族との同居の有無や資産状況を確認したり、周囲の状況を下調べしたりするということは発生しうるものである。
なお、同じく特殊詐欺の手口である払出盗(不正に取得したキャッシュカードや不正に作出したキャッシュカード等を利用して、ATM等から現金を引き出すもの)の認知件数については、令和元年に5,938件であったものが、令和2年には8,970件と大幅に増加し(前年比51.1% 増)、その後令和3年は8,431件、令和4年は8,070件、令和5年は8,263件と、微妙な増減はあるものの、8,000件台を維持している。
(2) 不同意性交等
令和5年6月に刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(令和5年法律第66号)が成立したことにより、強制わいせつ罪と準強制わいせつ罪の構成要件、強制性交等罪と準強制性交等罪の構成要件がそれぞれ統合され、新たに不同意わいせつ罪と不同意性交等罪の構成要件が定められた。
これを受けて、『令和6年版犯罪白書』では、主な刑法犯のタイトルが「強制性交等・強制わいせつ」から「不同意性交等・不同意わいせつ等」に改められた。同じく、1-1-2-5図と1-1-2-6図のタイトルも、それぞれ、「強制性交等認知件数・検挙件数・検挙率の推移」、「強制わいせつ認知件数・検挙件数・検挙率の推移」から、「不同意性交等認知件数・検挙件数・検挙率の推移」、「不同意わいせつ認知件数・検挙件数・検挙率の推移」に改められた。ただし、各図表のグラフは、性犯罪についての経年変化を示す役割があるため、強制性交等罪と不同意性交等罪の区別、強制わいせつ罪と不同意わいせつ罪の区別はなされていない。
他方で、『令和6年版犯罪白書』の本文では、令和5年における、改正後の不同意性交等罪に限った認知件数(1,237件)・検挙件数(579件)・検挙率(46.8%)、改正後の不同意わいせつに限った認知件数(2,733件)・検挙件数(1,369件)・検挙率(50.1%)がそれぞれ示されている。したがって、改正後における性犯罪の動向について把握するためには、図表で示された各認知件数・検挙件数・検挙率だけでなく、本文で示された各認知件数等を見る必要がある。これは、監護者性交等罪、監護者わいせつ罪、面会要求等罪、性的姿態撮影等処罰法違反についても同様である。数年先のことになるが、上記各犯罪の認知件数等のデータが一定程度集積された段階で、性犯罪全体の推移を示す図表に加えて、上記各犯罪の推移を示す図表が用意されると、我が国における性犯罪の動向を今以上に視覚的に把握しやすくなるだろう。
3 刑事施設の収容状況における説明の変化
犯罪白書の第2編では、犯罪者の処遇状況について説明がなされている。その第4章第2節で刑事施設の収容状況が示されているが、『令和6年版犯罪白書』では、図表の表記方法に重要な修正が施されている。
2-4-2-1図では、刑事施設の年末収容人員・人口比の推移が示されている。平成28年から一部執行猶予制度が実施されていることから、年末収容人員の内訳は、一部執行猶予受刑者、一部執行猶予受刑者以外の受刑者、未決拘禁者、その他の者ということになる。『令和5年版犯罪白書』までは、上記内訳別の年末収容者人員の推移がやや分かりづらい表記になっていたが、『令和6年版犯罪白書』では、昭和21年から令和5年までの年末収容者人員の推移を示す図表を従来どおり掲載することに加えて、平成28年から令和5年にかかる部分を抽出して拡大表記する図表が掲載されることになった。これにより、年末収容者人員の中に占める一部執行猶予受刑者の割合が視覚的に把握できるようになった。
刑事施設の収容状況に関しては、『令和6年版犯罪白書』になって削除された図表がある。従来は、2 - 4 - 2 - 2図として、刑事施設の収容率の推移を示す折れ線グラフが掲載されていた。これは、収容定員に対してどのくらいの割合の収容率になっているのかを示すものであった。
既決では平成12年から、既決・未決の全体では平成13年から、収容率が100% を超えるようになっていた。すなわち、過剰収容の問題が我が国でも発生していたのである。しかし、既決では平成20年に、既決・未決の全体では平成19年に、収容率が100% を切るようになった。令和5年においては、既決では51.0%、既決・未決の全体では47.3% の収容率となっており、収容率の減少が久しく続いている。
収容率の推移を示す折れ線グラフは、過剰収容の問題を視覚的に示す点に意義があったが、この問題が15年近く解消されている状況にあっては、図表として示す意義は乏しくなったといえよう。なお、前年の収容率は、これまでどおり本文中で記載されている。また、昭和47年以降の刑事施設の収容率の推移の資料は、CD-ROM に収録されている。したがって、刑事施設の収容率の推移をたどる手立てはこれまでどおり用意されている。
4 5類感染症に移行後の新型コロナウィルス感染症と刑事政策への影響
コラム2では、新型コロナウィルス感染症の流行が刑法犯の認知件数にどのような影響を及ぼしたのかが論じられている。
我が国の刑事政策に対する新型コロナウィルス感染症の影響については、すでに『令和4年版犯罪白書』で特集が組まれているが、新型コロナウィルス感染症が、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(いわゆる「感染症法」)上の「5類感染症」に移行してからの動向や従前との比較については、このコラムで紹介されている「図4刑法犯認知件数の推移(月別)」を見る必要がある。
周知のとおり、令和2年から令和3年においては、新型コロナウィルス感染症緊急事態宣言の発出や新型コロナウィルス感染症まん延防止等重点措置の実施により、人々が外出を控えて在宅人口が増加し、そのことに比例してオフィス街や商業地域における人流が減少した。『令和4年版犯罪白書』は、令和2年及び令和3年に刑法犯の認知件数が減少した理由の一つとして、これらの現象を掲げていた1。
令和5年5月8日に、新型コロナウィルス感染症が感染症法上の「5類感染症」に移行した。「図4 刑法犯認知件数の推移(月別)」は、刑法犯認知件数の総数の推移を月別に比較した棒グラフである。これによると、令和5年5月以降の各月の刑法犯認知件数は、令和2年、令和3年、令和4年の同月よりも増加しており、全体として令和元年の水準にかなり接近している。
このコラムの数頁前に主な刑法犯の認知件数・検挙件数・検挙率の推移を示す、1-1-2-1図がある。窃盗犯においても、窃盗を除く刑法犯においても、令和2年、令和3年と認知件数と検挙件数は減少していた。令和4年に増加・回復の兆しが見えており、令和5年は認知件数・検挙件数ともに増加している。この図表からも、刑法犯の認知件数が令和元年の水準に接近していることが読み取れる。
令和元年9月最終平日の午前7〜9時の人出を100とした場合における令和6年の同時期における都市部の人流は、8割前後に回復しているとのことである2。新型コロナウィルス感染症が感染症法上の「5類感染症」に移行したことを受けて、人の移動は活発になっており、また、出社頻度の見直しも行われている。私たちの生活スタイルは、全く同じとは言えないまでも、コロナ禍前の状況に近づいている。犯罪が人間の行動のひとつである以上、犯罪もコロナ禍前の状況に近づいていくのは自然なことであるといえよう3。
5 直近の犯罪現象に迅速に対応した記述
(1) 匿名・流動型犯罪グループ
2024年10月現在、関東地方では強盗事件が多発しているが、一連の事件に「匿名・流動型犯罪グループ」が関与している可能性が高いことが指摘されている4。
「匿名・流動型犯罪グループ」の明確な定義は定まっていないが、このグループの特徴については、以下のようにまとめることができる。すなわち、@各種犯罪により得た収益を吸い上げる中核部分が匿名化されていること、A SNS や求人サイトを通じるなどして緩やかに結びついたメンバー同士が役割を細分化させていること、B犯罪を実行する都度、メンバーを入れ替えながら詐欺や強盗などの資金獲得活動を行っていること、である5。
このような特徴を備えた「匿名・流動型犯罪グループ」であるが、中核部分の匿名化と犯罪ごとの実行者の流動性確保を可能にしているのが、スマートフォンとそこで用いられている秘匿性の高い通信アプリである。
「匿名・流動型犯罪グループ」の基本的な構造は、首謀者─指示役─実行役などの末端のメンバーという、三階層になっている。指示役と実行役などの末端のメンバーとのやりとりは対面で行われるのではなく、スマートフォンで秘匿性の高い通信アプリを用いて行われる。そのため、捜査機関が実行役などの末端のメンバーを逮捕したとして、指示役やさらにその背後にいる首謀者にたどり着くのは容易なことではない。また、末端のメンバーのスマートフォンを解析して指示役や首謀者を突き止めようとしても、スマートフォンがロックされ、被疑者がその解除に応じない場合、正解のパスコード等を発見しない限り、ロックを解除することはできない6。資金獲得活動である犯罪は詐欺や強盗であるため、犯罪自体は昔から存在するものである。しかし、犯罪の実現を可能にするツールが最先端のテクノロジーであり、利用者のプライヴァシーが高度に保護されるものであることから、犯罪の全体像を解明することが非常に難しくなっている。
実行役などの末端のメンバーは、SNS 上の求人サイトに応募することで「匿名・流動型犯罪グループ」とのかかわりを持つ。その際に、保険証や運転免許証の画像を送信するように要求される。この要求に応じなければ「アルバイト」に採用されないため、画像を送信すると、氏名だけでなく、住所や顔写真といった個人情報を「匿名・流動型犯罪グループ」の上位者に握られることになる。そのため、実行役などの末端のメンバーがグループから抜け出したいと思っても、個人情報を悪用されることを恐れて、グループから抜け出せないということが起こっている。 これとは反対に、個人情報を差し出しさえすれば実行役として「匿名・流動型犯罪グループ」に加わることができるため、手っ取り早く現金を取得したいと考える者にとっては、アルバイト感覚で求人に応募することができるという問題点もある。
「匿名・流動型犯罪グループ」への対策として、警察庁は、実行役や実行役になろうとする者に向けて、犯罪グループから抜け出し、警察に相談するように呼びかける動画をX に投稿した7。また、関東の広域で多発する強盗事件に対応するため、警視庁、神奈川・千葉・埼玉の各県警は合同捜査本部を設置し、指示役や首謀者の特定を視野に入れた捜査に乗り出している8。
このような状況の中で、『令和6年版犯罪白書』は、第4編「各種犯罪の動向と各種犯罪者の処遇」の第3章「組織的犯罪・暴力団犯罪」の中で、「匿名・流動型犯罪グループ」に言及している。ただし、「匿名・流動型犯罪グループ」による犯罪は比較的最近の現象であるため9、まだ十分な統計資料は揃っていない。そのため、『令和6年版犯罪白書』では「匿名・流動型犯罪グループ」の特徴を紹介するにとどまっているが、犯罪対策上の喫緊の課題に犯罪白書が言及していること自体に意義がある。
「匿名・流動型犯罪グループ」の関与が疑われる犯行は凄惨な暴力を伴うものが多く、行為態様が悪質である。私たちの体感治安を相当程度悪化させるものであり、注目度も高い。犯罪白書は我が国の犯罪動向を示す資料である。そのため、今後、「匿名・流動型犯罪グループ」によるものと見られる資金獲得犯罪の認知件数、検挙人員、検挙人員の罪種別の内訳などを示す資料が犯罪白書にも記載されることを希望したい。 (2) サイバー犯罪
近年の犯罪現象として注目すべきもののひとつにサイバー犯罪がある10。サイバー犯罪とは、不正アクセス禁止法違反、コンピュータ・電磁的記録対象犯罪、その他犯罪の実行に不可欠な手段として高度情報通信ネットワークを利用する犯罪である。2023年のインターネット利用率(個人)が86.2% であることに照らすならば11、国民の大多数がインターネットを利用した犯罪に遭遇する可能性を有していることになる。
@ランサムウェアによる被害
従来、犯罪白書でサイバー犯罪に割かれる紙幅は2頁であったが、『令和4年版犯罪白書』から3頁の紙幅が与えられるようになった。『令和4年版犯罪白書』のサイバー犯罪の項で新たに言及されたのは、ランサムウェアによる被害の拡大であった。『令和5年版犯罪白書』でもランサムウェアによる被害拡大の現状が紹介されており、『令和6年版犯罪白書』では、さらに、「コラム7 インターネットと犯罪」と題する2頁を超えるコラムの中で、ランサムウェアを用いた犯行手口が丁寧に紹介されている12。
同コラムによると、ランサムウェアを用いた犯行手口は、aランサムウェアを用いてデータを暗号化して使用できないようにした上、元に戻す対価を企業・団体等に要求する従来型の手口と、b上記の要求に加えて、暗号化前のデータを不正に取得した上で、企業・団体等に対し、「対価を支払わなければ当該データを公開する」などと要求する手口に分類される。bの手口を二重恐喝、ダブルエクストーションと呼ぶ。さらに、最近の事例では、c企業・団体等のネットワークに侵入した後、データを暗号化せずに、データを不正に取得した上で、企業・団体等に対し、当該データを公開しないことの対価を要求する手口による被害も報告されている。cの手口は、ランサムウェアによる暗号化を伴わないので、ノーウェアランサムと呼ばれる。
令和5年におけるランサムウェアによる被害の報告件数は197件となっており、高い水準で推移している。ただし、この報告件数は、企業・団体等におけるランサムウェアによる被害として都道府県警察から警察庁に報告があった件数である13。したがって、警察が確認していない被害がありうることを想定すると、ランサムウェアによる被害の実際は、197件よりも多いものと推察される。
197件のうち、警察が手口を確認することができたのは175件であった。このうち、従来型によるものが45件、ダブルエクストーションによるものが130件であり、7割以上がダブルエクストーションによるものとなっている。
ランサムウェアによる被害は、企業団体の業種や規模の大小に関係なく発生している。テレワークが日常的な光景となり、また、打ち合わせや会議もオンライン上で行われることは珍しくない。そのため、VPN 機器が感染経路となってランサムウェアによる被害が拡大している。企業・団体等は、VPN 機器の脆弱性を把握し、対策を講じていく必要がある。
Aインターネットバンキングにかかる不正送金
同コラムでは、インターネットバンキングにかかる不正送金事犯の発生件数と被害額の推移が記載されている。令和5年の発生件数と被害額は過去最高・過去最悪となっており、『令和6年版犯罪白書』の中でも着目すべきデータのひとつといえる。
発生件数を見ると、令和4年が1,136件であったのが、令和5年は5,578件となっている。また、被害額については、令和4年が15.2億円であったのが、令和5年は87.3億円になっている、発生件数については前年比約5倍、被害額については前年比約5.7倍の増加となっている14。
主な手口は、フィッシングメールの送付である。金融機関に成り済ました者から電子メールやSMS が届き、そこに貼られたリンク先をクリックすると、金融機関を装ったフィッシングサイト(偽のログインサイト)にたどりつくことになる。偽のログインサイトは本物と区別できないくらい精巧に作られている。このログインサイトにインターネットバンキングのID やパスワード、ワンタイムパスワード等を入力してしまうと、これらの情報が騙し取られてしまい、預金の不正送金が行われてしまうことになる15。
警視庁は、都内に在住する65歳以上の高齢者を対象に、「スマホ防犯教室」を都内各地で開催している。これは、架空料金請求詐欺やフィッシング詐欺等、スマートフォンの利用者をターゲットにした各種犯罪の被害に遭わないようにするための講習会である。この講習会では、用意されたタブレットを使用して上記の各種犯罪を疑似体験することができるため、上記犯罪の犯行手口を知ることができる。
被害防止という観点から、このような防犯教室の開催は推奨されるべきものであるが、事前予約をして参加するような人々は、元々防犯意識の高い人たちであろう。「自分は詐欺の被害に遭うはずがない」と考えている人の参加をより促す工夫が必要であろう。
さて、岸田政権は令和5年を「資産所得倍増元年」と位置づけ、個人の資産形成について、「貯蓄から投資へ」のシフトを打ち出した。NISA 等の拡充により、これまで投資に関わることがなかった人々にとっても、投資が身近なものとなった。その中には、高齢者だけでなく、若者も含まれる。SNS を通じて投資を勧めるSNS型投資詐欺の被害者の年齢層は50〜70代が最も多いが、令和5年における20代の被害件数は前年同期の3倍、被害額は前年同期の2倍に急増している16。20代のSNS 利用率は9割を超えているともいわれているので、20代はSNS 型投資詐欺の潜在的被害者群ともいえる。
中学校や高等学校では、スマートフォンの利用条件が厳格に定められているところもあるとのことである。しかし、被害防止という観点からは、中高生のスマートフォン利用を制限する方向に進むのではなく、利用した場合の弊害について正しく学ぶ機会を保障する必要がある。スマートフォン利用者をターゲットにした犯罪の被害を防ぐための学習機会が若年層にも必要であり、防犯あるいは法教育という形で、若年層にもスマホ防犯教室を開催すべきであろう。
6 刑事訴訟法の改正とかかわる刑事政策
検察庁では、平成27年10月以降、児童が被害者または参考人である事件について、児童の心身への負担を考慮して、被害状況等についての説明を繰り返し求めるのではなく、警察・検察・児童相談所といった関係機関が事前に協議をした上で、検察官が代表して児童への聴取を行い、併せて聴取の状況を録音録画するということが行われてきた。この手法の呼び方には様々なものがあるが、犯罪白書では、「司法面接的手法を用いた代表者聴取」と呼んでいる。
『令和6年版犯罪白書』では、第2編「犯罪者の処遇」第2章「検察」のコラム3で司法面接的手法を用いた代表者聴取の一般的な流れや手順等が紹介されており、さらに、平成27年から令和4年までの実施件数を棒グラフにした図表が掲載されている。代表者聴取の実施件数は、令和4年で2,722件となっており、令和元年以降、毎年2000件以上の代表者聴取が行われていることがわかる。このコラムでは、代表者聴取の実施件数の増加が視覚的に把握できるように工夫されている。また、代表者聴取が行われる場所の写真が掲載されており、紹介されている手順と合わせて、代表者聴取の実施を具体的にイメージする工夫が施されている。
さて、代表者聴取については、聴取内容を書面化した司法面接報告書に録音録画記録媒体であるDVD を添付して証拠調べ請求をすることが行われてきた。平成30年4月から令和3年3月までに判決が言い渡された刑事裁判において、司法面接の録音録画記録媒体が実質証拠として証拠採用された件数は27件で、その内の23件が326条を根拠とするもので、321条1項2号前段を根拠とするものが1件、321条1項2号後段を根拠とするものが2件、321条1項2号前段または後段とするものが1件であった17。このような状況の中で、令和5年の刑事訴訟法改正において、司法面接的手法を用いた代表者聴取の録音録画記録媒体の証拠能力を直接規律する条文が321条の3として新たに盛り込まれることになった。児童を対象として行われてきた代表者聴取が、年齢にかかわりなく、性犯罪の被害者に拡充されている。
7 むすびにかえて
本稿では、『令和6年版犯罪白書』のルーティーン部分を網羅的に取り上げるのではなく、従来の表記方法から改めた箇所や新たに付け加えられた箇所を中心に紹介した。説明の修正や追加がなされたということは、その必要性があったからであり、犯罪現象及びそれに対する刑事政策の変化を如実に示すものといえる。
例えば、司法面接的手法を用いた代表者聴取の実施件数を示す棒グラフが掲載されたのは、代表者聴取の実施件数が増加していることを表すものであり、検察における刑事政策の一端を示すものである。
また、「匿名・流動型犯罪グループ」が複数箇所で紹介されているが、令和5年から令和6年にかけての犯罪現象として、「匿名・流動型犯罪グループ」による資金獲得犯罪が重大視されていることと照応している。
犯罪は社会の病理現象であり、その実態と対策の現状を示すのが犯罪白書であるならば、犯罪白書は現代社会を写す鏡のひとつということになる。『令和6年版犯罪白書』もその役割を十分に果たしている。刑事法を運用する場面においては、犯罪白書で示された犯罪の実態に合致した対応策が求められる。
(中央大学法学部教授)
1 『令和4年版犯罪白書』296頁は、「2年及び3年は、新型コロナウィルス感染症の感染拡大により、政府による緊急事態宣言が発出され、対象地域の都道府県においては、外出自粛を始めとした感染防止に必要な数々の協力要請がなされ、全国的に人の移動や社会経済活動が大きく抑制された。このような人の活動の変化は、刑法犯認知件数の動向にも少なくない影響をもたらしたと見ることができる。」と指摘している。
2 『日本経済新聞』2024年10月21日朝刊11頁。
3 令和5年5月8日に新型コロナウィルス感染症が感染症法上の「5類感染症」移行したことにより、人の活動は令和4年に比べて活発になった。令和6年版犯罪白書のコラム2によると、令和4年に比べて、令和5年は、乗り物盗や侵入窃盗が大幅に増加し、暴行・傷害も増加しているが、人流の増加によりこれらの犯罪の発生機会が増加したことを要因のひとつであると指摘している。
4 東京、神奈川、埼玉、千葉では、2024年8月から同年10月にかけて、10件を超える強盗事件が発生しており、「匿名・流動型犯罪グループ」の関与が疑われている。『日本経済新聞』2024年10月18日朝刊47頁。
5 『令和6年版警察白書』2頁参照。
6 スマートフォンのロック解除にかかわる問題点については、安井哲章「捜査機関が適法に差し押さえたスマートフォンのロック解除に伴う法的問題」研修903号(2023年)3頁以下がある。
7 この動画は警察庁が2024年10月18日に発信を始めたものであるが、この動画を紹介する報道に接した者が警察に相談し、警察が保護するに至ったという事例の発生が報道されている。同様の情報発信は、動画投稿サイトのYouTube でも行われている。
8 『日本経済新聞』2024年10月19日朝刊39頁。
9 「匿名・流動型犯罪グループ」による資金獲得犯罪が広く世間の注目を浴びるようになったのは、令和5年1月に東京都狛江市で発生した強盗殺人事件がきっかけである。
10 サイバー犯罪の実態と対策については、中野目義則・四方光編著『サイバー犯罪対策』(成文堂、2021年)、筋伊知郎『サイバー犯罪:現状と対策』(ミネルヴァ書房、2022年)、倉持俊宏編著『サイバー捜査・デジタルフォレンジック実務ハンドブック』(立花書房、2022年)などを参照されたい。
11 『令和6年版情報通信白書』170頁。
12 なお、直近では、AI を使用してランサムウェアを作成したという事件に関し、東京地裁は、令和6年10月25日、懲役3年、執行猶予4年の有罪判決を下した。
13 『令和6年版警察白書』114頁、注1を参照。
14 『令和6年版警察白書』113頁の図表3-2及び図表3-3を参照。
15 金融庁HP「フィッシングによるものと見られるインターネットバンキングによる預金の不正送金被害が急増しています。」、警察庁HP「フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングに係る不正送金の急増について(注意喚起)」。
16 『日本経済新聞』2024年10月23日朝刊9頁
17 是木誠「司法面接の手法を活用した代表者聴取の取組の現状と課題」刑事法ジャーナル76号37頁。