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犯罪白書
非行少年と生育環境─令和5年版犯罪白書の特集から─
青木 朝子
第1 はじめに少年による刑法犯の検挙人員は、平成16年以降減少し続け、令和4年は19年ぶりに前年と比較して増加したものの、前々年と比較すると減少しているほか、少年人口比で見ても、最も高かった昭和56年と比較すると、令和4年では約7分の1となっているなど、中長期的に見ると、同検挙人員は減少傾向にある。しかし、少年による凶悪重大な事件や、非行に及んだ動機等が不可解な事件など、近年においても社会の耳目を集めるような事件は後を絶たない。また、少年院出院者の5年以内再入院・刑事施設入所率は、近年おおむね横ばい(20%台前半)で推移している。
政府は、令和5年3月、第二次再犯防止推進計画を閣議決定し、その中で、第一次の同計画に引き続き犯罪をした者等の特性に応じた効果的な指導の実施等を重点課題として位置付けており、少年についても、その特性に応じた処遇を充実すべき必要性は高く、非行少年についても、その特性に応じた効果的な処遇の重要性がより一層高まっているところ、そのためには、非行の動向等の客観的な指標だけでなく、本人の生活意識や価値観という主観面も含めてその者の特性を多角的に把握することが必要である。
法務総合研究所では、これまで平成2年、10年、17年及び23年に、少年鑑別所に観護措置により入所した少年等を対象に行ってきた生活意識と価値観に関する特別調査(各年版犯罪白書に掲載)を実施し、更に令和3年には、対象者の年齢層を限定せず、保護観察対象者まで拡大して行い、令和4年版犯罪白書では、「犯罪者・非行少年の生活意識と価値観」というタイトルで、犯罪者・非行少年の主観面に着目して調査の結果を紹介・分析した。もっとも、生活意識や価値観といった非行少年の主観面の形成に対しては、保護者との関係やその経済状況といった生育環境が少なからず影響を与えていると考えられることから、それら生育環境と関連付けて非行少年の特性を理解することが重要と思われる。
そこで、令和5年版犯罪白書においては、「非行少年と生育環境」と題して特集を組み、少年法制等の変遷、少年を取り巻く生育環境等の変化、昨今の少年非行の動向等について概観・分析するとともに、非行少年及びその保護者を対象として実施した特別調査(以下「今回の調査」という。)の結果を分析し、非行少年の生育環境等に関する特徴を明らかにした上、今後の指導や支援の在り方、再非行防止対策の在り方等について検討した。
本稿では、このうち、まず、少年を取り巻く生育環境や生活状況の変化、刑法犯及び特別法犯に係る罪名別検挙人員の推移、少年審判における終局処理人員の推移、少年院入院者及び保護観察処分少年の非行名や保護者状況等の推移等を取り上げる。その上で、今回の調査の分析結果を踏まえ、非行少年(少年院在院者及び保護観察処分少年)の世帯状況、経済状況及び小児期逆境体験(Adverse Childhood Experiences。以下本稿において「ACE」という。)の有無に係る三つの視点から比較・分析を行った結果等について紹介した上で、非行少年の処遇の更なる充実に向けた課題や展望等について述べる(法令名・用語・略称については、特に断りのない限り本白書で用いられたものを使用するほか、元号については、直前の元号と同様である場合は記載を省略する。)。
なお、本稿中、本白書の記載を超えるものは、筆者の個人的見解である。
第2 昨今の少年非行の動向等
1 生育環境・生活状況の変化
少年を取り巻く生育環境・生活状況の変化として、まず家族形態の変化について見ると、令和4年の全国の世帯総数は約5,431万世帯であり、平成5年の約1.3倍に増加している一方、平均世帯人員及び児童のいる世帯はいずれも減少傾向にあり、令和4年における児童のいる世帯は全世帯の18.3%まで低下した。婚姻件数は、令和3年は平成5年と比較すると減少しているものの、婚姻件数に占める再婚件数の割合は、令和3年は平成5年と比較すると上昇した。
児童虐待の相談対応件数は、増加し続けており、令和3年度は過去最高の20万7,660件を記録した。内容別では、心理的虐待が平成21年度の約12.1倍と顕著に増加した(ただし、この数値は、相談対応件数であり、児童虐待の件数そのものが増加していることを直接的に示すものではない。)。
就学状況について見ると、高等学校における中途退学者数及び中途退学率は減少・低下傾向にあるのに対し、通信制高等学校の生徒数は増加傾向にあり、令和4年度は平成5年度の約1.5倍であった。
13歳から19歳までの者について、テレビ・インターネットの行為者率(調査日2日間の1日ごとに、調査対象者に占めるテレビ(リアルタイム)視聴又はインターネット利用を行った者の比率を求めた上で、それを平均した比率)の推移を見ると、平成27年度まで70%を超えていたテレビ行為者率は、令和4年度は50.7%まで低下し、テレビ視聴時間も減少した。一方、インターネット行為者率は、令和元年度以降は90%を超え、インターネット利用時間も増加した。
2 少年による刑法犯等の検挙人員
昭和21年以降の少年による刑法犯等の検挙人員総数の推移を見ると、図1のとおりである(なお、同図における検挙人員は、触法少年の補導人員を含む。)。昭和期においては、昭和26年、39年及び58年をそれぞれピークとする三つの大きな波が見られる。一方、平成期以降については、一時的な増加はありつつも、全体としては減少傾向が続いている。
図1 少年による刑法犯等 検挙人員・人口比の推移
3 少年による刑法犯及び特別法犯の検挙人員・構成比の推移
少年による刑法犯及び特別法犯の検挙人員の推移(最近30年間)を罪名別にみると、罪名によって検挙人員のピークとなった時期が異なっており、傾向に違いが認められる。令和4年の検挙人員を、少年による刑法犯及び特別法犯の検挙人員総数が最近30年間においてピークであった平成10年の検挙人員と比較すると、強制わいせつ、詐欺、大麻取締法違反及び軽犯罪法違反は、いずれも10年より増加しており、特に大麻取締法違反は、令和3年に955人と戦後最多を記録し、4年も884人と高止まりしている。
少年による刑法犯及び特別法犯の罪名別構成比(なお、ここでいう構成比とは、少年による刑法犯及び特別法犯の検挙人員総数に占める各罪名の検挙人員の比率である。)の推移を見ると、窃盗が一貫して最も高いものの、平成22年以降は低下傾向にあり、令和4年は平成10年と比較して大きく低下している。罪名別の検挙人員・構成比を令和4年と平成10年とで比較すると、窃盗、恐喝、横領、毒劇法違反及び覚醒剤取締法違反は、いずれも検挙人員は減少し、構成比も低下しているのに対し、強制わいせつ、詐欺、大麻取締法違反、軽犯罪法違反は、いずれも検挙人員は増加し、構成比も上昇している。また、殺人、強盗、放火、強制性交等、暴行、傷害、住居侵入、器物損壊は、いずれも検挙人員は減少しているものの、構成比は上昇している。
一方、少年による「初発型非行」(万引き、オートバイ盗、自転車盗及び遺失物等横領)について、その検挙人員総数並びに少年による刑法犯及び特別法犯の検挙人員総数に占める比率の推移(最近30年間)を見ると、近年、大幅な減少傾向にあり、初発型非行を含む少年非行の態様が多様化している状況がうかがえる。
4 裁判
一般保護事件(過失運転致死傷等(業務上(重)過失致死傷を含む。)、危険運転致死傷及び道交違反に係る少年保護事件並びにぐ犯(児童福祉法27条の3に規定する強制的措置許可申請を含む。)を除く。)について、家庭裁判所における終局処理人員の処理区分別構成比の推移(最近30年間)を見ると、平成5年以降、一貫して審判不開始が最も高く、22年までは70%台で推移していたが、その翌年から低下傾向にあり、令和4年は48.0%であった。他方、検察官送致(刑事処分相当及び年齢超過)は、令和4年は平成10年の約4.5倍となっており、少年院送致及び保護観察についても、いずれも上昇傾向にある。
このように、刑法犯及び特別法犯の検挙人員総数が減少傾向にあるものの、検察官送致や保護処分が増加していることを考えると、同検挙人員総数の増減のみをもって、少年非行全体の改善や悪化を評価することは困難であろう。
5 少年矯正・保護観察
(1) 少年矯正
少年院入院者の非行名別構成比の推移(最近30年間)を男女別に見ると、男子では、少年院入院者の人員が最近30年間においてピークであった平成12年は、「窃盗」(31.7%)の構成比が最も高かったが、17年以降は上昇・低下を繰り返しながら低下傾向にあり、令和4年は23.3%であった。一方、「詐欺」(平成12年は0.4%)の構成比は、上昇傾向にあり、令和4年は10.4%であった。女子では、平成12年は、「覚醒剤取締法違反」(33.9%)の構成比が最も高かったが、令和4年は10.9%であった。一方、「詐欺」(平成12年は0.8%)の構成比は、平成24年以降上昇・低下を繰り返しながら上昇傾向にあり、令和4年は14.0%であった。
少年院入院者の教育程度別構成比の推移(最近30年間)を男女別に見ると、男子では、構成比が最も高かったのは、平成5年以降22年まで「中学卒業」、23年から令和4年まで「高校中退」であった。「高校中退」、「高校在学」及び「高校卒業・その他」の構成比は、平成6年以降上昇傾向にあり、特に、「高校中退」の構成比は、30年以降40%を超えている(令和4年は41.1%)。女子では、構成比が最も高かったのは、平成5年以降16年まで「中学卒業」、17年から令和4年まで「高校中退」であり、「中学卒業」の構成比は、平成5年は50%を超えていたが、上昇・低下を繰り返しながら低下傾向にあり、令和4年は17.1%であった。一方、「高校在学」及び「高校卒業・その他」は、平成5年以降上昇・低下を繰り返しながら上昇傾向にある。ただし、少年院入院者の教育程度については、あくまでも非行時点での最終学歴又は就学状況を示しており、少年院送致された際の年齢に大きく左右されることや、少年院出院後に、更に上の学校に進学する場合もあり得ることに留意する必要がある。
少年院入院者の保護者状況別構成比の推移(最近30年間)を見ると、男女共に、構成比が最も低かったのは、平成5年以降令和4年まで「保護者なし」であり、同期間における「実父母」、「実母」及び「実父」の合計はいずれも総数の7割以上を占めている。
(2) 保護観察
保護観察処分少年(交通短期保護観察及び更生指導の対象者を除く。)について、保護観察開始人員の年齢層別構成比の推移(最近30年間)を見ると、平成5年に54.6%であった18歳以上の構成比は、23年(33.8%)まで低下傾向にあったが、その後上昇し続け、令和4年は低下したものの、50.5%であった。一方、平成5年に8.4%であった16歳未満の構成比は、25年(26.3%)まで上昇傾向にあったが、その後低下し続け、令和4年は上昇したものの、12.8%であった。
保護観察処分少年について、保護観察開始人員の非行名別構成比の推移(最近30年間)を見ると、平成9年までは、道路交通法違反の構成比が最も高く、10年から令和4年までは、窃盗の構成比が最も高かった。道路交通法違反の構成比は、平成5年は31.7%であったが、令和4年は17.5%であった。窃盗の構成比は、平成22年(42.2%)まで上昇傾向にあったものの、その後低下傾向にあり、令和4年は25.4%であった。また、構成比としては低い水準にあるものの、平成5年と比較して最も増加率が高かったのは、詐欺であり、同年に0.2%であったところ、令和4年は3.5%であった。
保護観察処分少年について、保護観察開始人員の居住状況別構成比の推移(最近30年間)を見ると、「両親と同居」の構成比は低下傾向にあるものの、「両親と同居」、「母と同居」及び「父と同居」の合計は、いずれの年においても総数の8割以上を占めている。
第3 特別調査
1 調査対象者
今回の調査の調査対象者は、以下のとおりであり、表1は、調査対象者の属性等を示したものである。
(1) 少年院在院者及びその保護者
少年については、男子は令和3年6月1日から同年9月30日までの間、女子は同年6月1日から同年11月30日までの間に、処遇の段階が1級にあった者を調査対象とした。さらに、それぞれの保護者(6親等以内の親族に限る。)にも調査への協力を依頼した。少年院を通じて、少年及び保護者にそれぞれ質問紙を配布し、少年については、単独室(一人用の居室)等で、保護者については、保護者会や面会等で来院した際などに、適宜の場所で回答を求めた。質問紙には、調査への協力が任意であり、協力の許諾の有無や回答内容によって不利益を被ることはないことを明示して、調査協力に同意が得られた者について無記名で実施し、その回答結果を分析した。
(2) 保護観察対象者及びその保護者
少年については、男子は令和3年6月1日から同年9月30日までの間、女子は同年6月1日から同年11月30日までの間に新たに保護観察を開始した保護観察処分少年(交通短期保護観察の対象者及び移送を除く。)を調査対象とした。さらに、それぞれの保護者(6親等以内の親族に限る。)にも調査への協力を依頼した。少年及び保護者が、保護観察開始時の手続を行うために、保護観察所を最初に訪れた際に、保護観察所を通じて、少年及び保護者にそれぞれ質問紙を配布し、記載内容がお互いの目に触れないよう、可能な限り別室とするなどの配慮をした上で回答を求めた。質問紙には、調査への協力が任意であり、協力の許諾の有無や回答内容によって不利益を被ることはないことを明示して、調査協力に同意が得られた者について無記名で実施し、その回答結果を分析した。
表1 調査対象者の属性等
2 調査内容
今回の調査では、2種類の調査票を使用した。一つは、少年院在院者及び保護観察処分少年に対する調査(以下「少年に対する調査」という。)のために使用したものであり、もう一つは、少年院在院者及び保護観察処分少年の保護者に対する調査(以下「保護者に対する調査」という。)のために使用したものである。2種類の調査票は、それぞれ、法務総合研究所が作成した、少年に対しては合計28問、保護者に対しては合計31問から成る自記式の質問紙(「生活環境と意識に関する調査」)であり、調査の内容は、養育の状況、世帯状況、経済状況、日常の生活状況、就学・就労の状況、周囲との関わり・社会とのつながり等に関するものであった。
なお、少年院入院時又は保護観察開始時の年齢、性別、保護処分歴等の情報については、別途、把握している統計情報に基づき抽出し、符号化を経た上で使用した。
3 世帯状況の違いによる比較
(1) 世帯状況
調査対象の少年が、現在(少年院在院者は、少年院入院前)、誰と住んでいるかについて調査した結果を見ると、調査対象者全体では、「父母と同居」(39.6%)の構成比が最も高く、次いで、「父又は母と同居」(38.3%)、「その他」(22.2%)の順であった。なお、「その他」は、一人暮らしのほか、父母のいずれとも同居せず、配偶者や祖父母、兄弟姉妹、自分の子供、それ以外の親族、友達等と同居している者である。少年院在院者は、「父又は母と同居」(39.0%)の構成比が「父母と同居」(36.1%)の構成比よりも高く、「その他」(24.8%)の構成比も一定割合あり、父母のいずれとも同居していない者が145名いた。保護観察処分少年は、「父母と同居」(46.9%)の構成比が最も高く、「父又は母と同居」(36.6%)と合わせると、8割以上が父母あるいは父又は母のいずれかと同居していた。
(2) 家族との夕食の頻度
過去1年間に家族と一緒に夕食を食べた頻度について少年院在院者、保護観察処分少年を比較すると、少年院在院者のうち「ほぼ毎日」と回答した者は全体の13.6%であったのに対し、保護観察処分少年では42.2%であった。世帯状況別に見ると、少年院在院者、保護観察処分少年のいずれも、「ほぼ毎日」と回答した者の構成比は、「父母と同居」が最も高く(それぞれ18.4%、51.2%)、次いで、「父又は母と同居」(11.0%、38.4%)、「その他」(9.9%、25.6%)の順であった。また、少年院在院者、保護観察処分少年のいずれも、「その他」については、「まったくしていない」と回答した者の構成比が、「父母と同居」の4倍以上、「父又は母と同居」の3倍以上であった。
(3) 転職歴
調査対象の少年の転職歴について世帯状況別に見ると、少年院在院者のうち転職歴が「ある」と回答した者は、「父母と同居」、「父又は母と同居」及び「その他」のいずれにおいても6割以上を占めている。少年院在院者、保護観察処分少年のいずれも、「ある」と回答した者の構成比は「その他」が最も高く(それぞれ76.9%、54.8%)、次いで、「父又は母と同居」、「父母と同居」の順であった。また、少年院在院者、保護観察処分少年のいずれも、「これまでに仕事をしたことはない」(仕事はアルバイトを含む。)と回答した者の構成比は、「その他」が最も低かった。
4 経済状況の違いによる比較
今回の調査では、少年の家庭の経済状況の違いによる比較を行うため、@所得の多寡、A家計の状況、B経済的な理由による子供の体験の欠如の有無について調査し、「低所得」、「家計のひっ迫」及び「子供の体験の欠如」の三つの要素のうち、二つ以上に該当する世帯を「生活困窮層」、一つに該当する世帯を「周辺層」、いずれにも該当しない世帯を「非生活困難層」と分類した。
(1) 所得の多寡
保護者を調査対象者として、世帯収入(少年と生計を共にしている世帯全員のおおよその税込の年間収入)を調査した結果、総数では、「400万円未満」が44.7%、「400万円以上900万円未満」が43.9%、「900万円以上」が11.5%であった。調査内容が異なるため結果を単純に比較することはできないものの、厚生労働省の調査によれば、令和2年の1世帯当たりの所得は、400万円未満が45.4 %、400万円以上900万円未満が38.0%、900万円以上が16.6%であり(厚生労働省「令和3年国民生活基礎調査の概況」(令和4年9月)(以下、本稿において「国民生活基礎調査」という。)による。)、今回の調査の対象者は、「900万円以上」の構成比が低い傾向が見られた。
今回の調査では、世帯収入を世帯人数の平方根で除した値が、国民生活基礎調査の所得金額の中央値を平均世帯人員の平方根で除した値の2分の1(143万円)未満であった場合を「低所得」に該当するものとした。
(2) 家計の状況
保護者を調査対象者として、過去1年間に、家族が必要とする食料・衣服が買えなかった経験の頻度及び公共料金等を滞納した経験を調査した結果、総数を見ると、買えなかった経験の「よくあった」、「ときどきあった」及び「まれにあった」の該当率は、食料が22.1%、衣服が24.4%であった。各公共料金を滞納した経験の「あった」の構成比は、総数で5.1〜5.3%であった。調査対象者の年齢層が同一ではないことには留意が必要であるが、内閣府の調査と比較すると、今回の調査の対象者は、買えなかった経験を有する者の比率が高い傾向が見られた。各公共料金を滞納した経験についても、内閣府の調査では、「あった」の該当率は、3.5〜3.8%であり、今回の調査の対象者は、「あった」の該当率が高い傾向が見られた(内閣府政策統括官「子供の生活状況調査の分析報告書」(令和3年12月)による。)。
今回の調査では、食料・衣服が買えなかった経験又は公共料金等を滞納した経験のいずれかがある場合に「家計のひっ迫」に該当するものとした。
(3) 子供の体験の欠如
保護者を調査対象者として、家庭で子供にしていることについて調査した結果、総数を見ると、「経済的にできない」の構成比は、「1年に1回くらい家族旅行に行く」(17.0%)が最も高く、次いで、「学習塾に通わせる(または家庭教師に来てもらう)」(11.5%)、「習い事(音楽、スポーツ、習字等)に通わせる」(9.3%)であった。少年院在院者の家庭と保護観察処分少年の家庭を比較すると、一貫した傾向は見られなかった。
今回の調査では、いずれかの項目につき「経済的にできない」に該当した場合に「子供の体験の欠如」に該当するものとした。
(4) 経済状況別の内訳
「低所得」、「家計のひっ迫」及び「子供の体験の欠如」の三つの要素につき、前記の基準で分類すると、少年院在院者の世帯では、生活困窮層が69人(27.5%)、周辺層が42人(16.7%)、非生活困難層が140人(55.8%)であり、保護観察処分少年の世帯では、生活困窮層が34人(20.9%)、周辺層が34人(20.9%)、非生活困難層が95人(58.3%)であった。
(5) 中学2年の頃の勉強の仕方
中学2年の頃の勉強の仕方(少年に対する調査)を経済状況別に見ると、少年院在院者は、保護観察処分少年と比べ、「学校の授業以外で勉強はしなかった」の該当率が高かった。少年院在院者に関し、「塾で勉強した」の該当率を見ると、生活困窮層(7.2%)・周辺層(10.0%)と非生活困難層(33.6%)との間で大きな差が見られた。保護観察処分少年に関しても、生活困窮層(26.5%)は、非生活困難層(37.0%)より「塾で勉強した」の該当率が低かったほか、「家の人に教えてもらった」、「友達と勉強した」などの項目においても非生活困難層より該当率が低かった。
(6) 進学の見通し
子供が中学2年の頃における進学の見通し(保護者に対する調査)を経済状況別に見ると、少年院在院者の保護者、保護観察処分少年の保護者のいずれも、生活困窮層は、非生活困難層に比べ、「中学まで」の構成比が高く、「短大・高専・専門学校まで」や「大学またはそれ以上」の構成比が低かった。
5 小児期逆境体験(ACE)の有無による比較
(1) ACE の状況
ACE の状況を調査するため、少年院在院者及び保護観察処分少年に対し、ACE に関する12項目のうち、18歳まで(18歳未満の者については調査時点の年齢まで)の経験の有無を尋ね、1項目以上該当があった者を「ACE あり」、1項目も該当がなかった者を「ACE なし」として分析したところ、ACE ありの人数及び構成比は、少年院在院者(男子)が441人(86.8%)、同(女子)が53人(94.6%)、保護観察処分少年(男子)が71人(49.7%)、同(女子)が79人(69.3%)であった。ACE に関する全12項目について、男女別に見たものが図2である。少年院在院者では10項目で男子よりも女子の該当率が高く、保護観察処分少年では全項目で男子よりも女子の該当率が高かった。保護観察処分少年よりも少年院在院者の方が、ACE ありの構成比が高く、特に、少年院在院者(女子)は、ACE ありの者がほとんどであることが明らかとなった。
図2 少年に対する調査 小児期逆境体験(ACE)の経験の有無(男女別)
(2) 家族との夕食の頻度
過去1年間に家族と一緒に夕食を食べた頻度についてACE の有無別に見ると、少年院在院者、保護観察処分少年のいずれも、ACE ありは、ACE なしに比べて、家族との夕食の頻度が低い傾向があり、「週に1回程度」以上の該当率を見ると、少年院在院者は、ACE あり(58.2%)は、ACE なし(75.4%)より17.2pt 低く、保護観察処分少年は、ACE あり(77.6%)は、ACE なし(88.7%)より11.1pt 低かった。
(3) 他者との関わり方
他者との関わり方のうち、「何でも悩みを相談できる」の該当率についてACE の有無別に見ると、少年院在院者、保護観察処分少年のいずれも、ACE ありは、ACE なしに比べて該当率が低い傾向にあった。特に「母親」の該当率を見ると、少年院在院者は、ACE あり(40.5%)はACE なし(58.2 %)より低く、保護観察処分少年も、ACE あり(64.3%)はACE なし(79.2%)より低かった。「父親」の該当率についても、少年院在院者は、ACE あり(28.9%)はACE なし(51.5%)より低く、保護観察処分少年も、ACE あり(39.5 %)はACE なし(70.3%)より低い傾向が見られた。他方で、ACE ありの少年院在院者の「学校で出会った友人」の該当率は、ACE なしより高かった。
6 非行少年の生育環境等を踏まえた処遇の在り方
(1) 修学支援
少年院や保護観察所においては、これまでにも様々な修学支援に取り組んでいる。しかし、今回の調査結果から、経済状況が厳しい少年の場合、高等学校以上の教育段階に進学し、又は修学を継続していくに当たっては、保護者の協力・理解の有無なども含め、現実的には課題も多いことがうかがえた。この点、支援等の在り方として肝要なのは、非行少年が何らかのきっかけにより、更に上の教育段階への進学等の意欲を示した際に、当該少年の状況に即した進学先に関する情報はもとより、利用可能な経済的支援を含む各種支援制度等に関する情報も速やかに提供できるような体制を整えておくことであると考えられる。個々の少年のニーズを踏まえた、施設内・社会内での切れ目のない支援・対応が望まれる。
(2) 就労支援等
就労支援についても、少年院や保護観察所においては、厚生労働省との連携の下、これまで充実強化が図られているところ、雇用主に対し非行少年の特性に関する理解の促進等を図ることも有効であると考えられる。今回の調査結果や令和4年版犯罪白書等において明らかになった非行少年の生活意識と価値観などの非行少年の特性に関する知見に加え、例えば、発達障害・知的障害、トラウマ、アディクション(嗜癖)等、非行少年にも見られる知見などを含めて、雇用主側にも、一定の認識を共有してもらうための機会を提供することなどが重要であると考えられる。さらに、雇用主側、雇用される側(少年)双方が相互の認識や理解を深め、信頼関係を強固にしていくことも重要であると考えられる。
(3) 小児期逆境体験を考慮した処遇
今回の調査結果から、ACE の有無の違いによる分析により、ACE 該当数が1項目以上の者の該当率が、少年院在院者で87.6%、保護観察処分少年で58.4%にも上ることが明らかになった。また、男女別の比較では、保護観察処分少年(男子・女子)及び少年院在院者(男子)と比べて少年院在院者(女子)の各項目の該当率が総じて高い傾向が見られ、特に少年院在院者(女子)においては、逆境体験を複数有しており、それがトラウマとなっている者が少なくないことが懸念された。以上の傾向・特徴を踏まえると、トラウマを抱える少年に対する支援の充実強化等が必要と考えられる。少年院においても、トラウマそのものに対して必要なのは矯正教育による対応ではなく、基本的には治療であると考えられる。このため、児童精神科医等の医師による診察・治療の下、矯正教育を進めることが理想的であるところ、矯正教育を担う少年院の職員(以下この項において「法務教官等」という。)がトラウマを抱えている少年院在院者に対して適切に矯正教育を実施していくためには、トラウマインフォームドケアが重要になってくる。すなわち、法務教官等において、トラウマによる影響等を適切に理解し、その兆候や症状を認識した上で、トラウマを抱える少年に対応することが肝要であり、当該少年の再トラウマ化を防ぎ、適切なケアやサポートにつなげていく必要がある。また、非行少年を含め、非行からの立ち直りに携わる全ての人がトラウマについて理解することで、無理解や誤解に基づく再トラウマを防ぐことができるという視点は、本来、少年院の職員に限定されるものではなく、非行少年に関わる、刑事司法の全ての段階における関係者にも必要と言える。非行少年の処遇全体を通して、トラウマを抱える少年へのより適切な指導・支援につながることが何より望まれる。
(4) 地域における支援
今回の調査結果から、非行少年には、逆境体験を有する者や経済的な困難を抱える者が多く、これらの者は、生育において様々な面で長期的にマイナスの影響を受けていることがうかがえた。そのような非行少年については、社会からの孤立も懸念されることから、少年及び保護者が有する様々な課題の内容に応じ、少年院出院後や保護観察期間終了後も必要な支援を受け続けられることが、再非行防止のためには重要であると考えられる。また、非行の背景として、逆境体験を始めとする厳しい生育環境の存在が示唆されたところ、そうした環境にあれば、早期にこれを把握し、少年や保護者に対して必要な手当や支援を行うことによって、その後の非行のリスクを低減させ、非行を未然に防ぐという視点からの取組が望まれる。
第4 まとめ
本稿では、令和5年版犯罪白書における特集である「非行少年と生育環境」の中で、特に、昨今の少年非行の動向等に加え、今回の調査結果を踏まえた分析・検討について紹介するとともに、非行少年の処遇の在り方について述べた。
昭和から平成、そして令和へと時代が移り変わる中で、少子高齢化、共働き世帯数やひとり親世帯数の増加等の家族関係の変化、SNS 等の通信手段の普及・利用の促進など、少年を取り巻く環境も刻々と変化している。
少年非行は、今後も、量的にも質的にも増減・変化しながら推移していくことが予想されるところ、非行少年の支援等については、これらの変化に対応しながら、その再非行等の防止を図りつつ健全な育成を推進していくことが求められ、そのためにも、非行少年の生育環境を十分に踏まえた上で、そのあり方を検討することが不可欠と考えられる。今回の特集が、非行少年に対するよりきめ細かな指導・支援を進めるための一助となることを期待している。
(法務省法務総合研究所研究部室長研究官)