トップページ > 刑事政策関係刊行物:犯罪白書 > 再犯防止に犯罪白書が果たす役割とその利活用の提案−令和5年版犯罪白書ルーティーン部分を読んで−
犯罪白書
再犯防止に犯罪白書が果たす役割とその利活用の提案−令和5年版犯罪白書ルーティーン部分を読んで−
高橋 哲
1 はじめに令和5年版犯罪白書(以下「白書」とする。)の特集を除く前半部分(以下「ルーティーン部分」とする。)を拝読し、若干のコメントを述べる。もとより、本誌では執筆を担当した法務総合研究所研究部(以下「研究部」とする。)の室長研究官による解説が予定されているところ、筆者は、その解説に付け加えるだけの見識を持ち合わせていない。そのため、本稿では、白書をあまり手にしたことのない読者の方に少しでも興味をもっていただくことを主眼に、@ルーティーン部分の各章を紹介し気になった点にコメントを加えること、A白書データの将来的な利活用に係る提案をすること、B白書作成の舞台裏と苦労に焦点を当てることの三点に関して書き進めたい。
2 ルーティーン部分での特徴的な事項
白書の編章の数は年によって変動するが、おおむね第1編から第6編までがルーティーン部分とされ、第7編に特集が置かれる。以下、各編につき図表やコラムを紹介しながら若干のコメントを加えていくが、犯罪動向を扱う第1編と、再犯・再非行を扱う第5編について重点的に見ていきたい。
(1) 犯罪の動向
ルーティーン部分の顔が第1編であり、認知件数を中心に近年の犯罪動向がまとめられている。1-1-1-1図は白書で最も有名な図の一つであり、刑法犯の認知件数・検挙人員・検挙率の推移を示している。認知件数の全体の動向からすると「平成」という年間は不思議なもので、ほぼ左右対称の急峻な山のように前半登り基調で、後半下り基調であり、令和に移行してからはさらに下がり続ける状況が継続してきた。白書本文でもここ数年はお定まりの文言として「(平成)15年以降は減少に転じ、27年からは戦後最少を更新」との記載が続いていたが、今年は逆接でつながれ、20年ぶりに増加に転じたことが示されている。ただし、あくまで前年との比較においての増加であり、底を打ったのか否かは分からない。ここ数年のデータにはいわゆる自然減に加えて、新型コロナウイルス感染症等の社会情勢の影響による一層の減があったとも推定され、そのことが令和4年の相対的な件数の増加を演出している可能性は否定できず、犯罪動向に関する評価は今後数年が経過してみないと分からない。ただし、一つ言えるのは、平成前半の登り基調の際には、これほどの下降に転じることを予想していた者はおらず、犯罪情勢というのは容易に見通せないものであることを痛感させられるということである。
コラム1では、昨年度に引き続き、刑法犯、特別法犯、危険運転致死傷・過失運転致死傷等の区分けによらず犯罪の全体像を把握するための試みがなされている。コラム中の図2を見ると、検挙には至らなかった犯罪についても考慮した上での犯罪の全体像の把握が各種数値から試みられ、警察による刑法犯の認知件数は全体の約半数(51.0%)であるということになる。もちろん、「リンゴとオレンジ」の合算であり、数値が独り歩きしないようコラムという取扱いにとどめたと推察されるが、(こうしたバランス感覚も含め)検挙に至らなかった犯罪の全貌をイメージするものとして有意義な取組であると考える。
そのほか、第1編では、犯罪発生件数の国際比較が行われているが、平成28年版からUNODC データを用いて比較の基準が明確になったほか、令和4年版からは対象国として韓国も追加されるなど情報の拡充が図られており、ルーティーン部分が地味に更新されていることが分かるパートでもある。国際比較の限界を踏まえながらも得られる範囲で最良の比較を行うことには大きな意義があり、将来的には特集等でより深く扱った後に一層の拡充が期待されるパートでもある。
(2) 犯罪者の処遇
刑事司法制度の流れに沿って各種法制度の変遷等を把握したい場合に、要約した情報が最もまとまった形で得られるのは本編である。2-4-2-1図の刑事施設の年末収容人員・人口比の推移をみると、令和4年の年末収容人員は41,541人であり、この数は人口1万人あたりに換算すると約3人となる。刑事施設に在所している者の人員が少ないことは喜ばしいことであるが、それは同時に、他国と比べて大半の人が身近にそうした者と接した経験がないことをも示し、社会への再統合からするとなかなか難しいのかもしれない。なお、大学の授業で学生に概数を推定させることがあるが、桁が大小いずれの方向にも一つ二つ異なるのはざらであり、多くの人々にとって縁遠く、馴染みのない世界であることを改めて感じる。
(3) 少年非行の動向と非行少年の処遇
少年による刑法犯の検挙人員は、平成16年以降減少し続けていたが、令和4年は19年ぶりに前年から増加している。とはいえ、ピーク時に比べれば圧倒的に少なく、人口比を加味しても減少傾向にあることは変わらない。また、この章では、少年法の改正を受けて特定少年に関する情報が追加されている。たとえば、3-2-2-6表では、いわゆる原則逆送事件について特定少年の内訳が計上されている。法改正の端境期の図表作成には苦心されたであろうことがうかがわれるが、今後、データの蓄積に伴い、より詳細な検討が行われることが期待される。
(4) 各種犯罪の動向と各種犯罪者の処遇
第4編は、特定の罪名や集団の犯罪傾向を把握したいときに最も使いやすいパートであり、配列にも工夫がなされている。具体的には、交通犯罪、薬物犯罪、組織的犯罪・暴力団犯罪、財政経済犯罪、サイバー犯罪、児童虐待・配偶者からの暴力・ストーカー等に係る犯罪、女性犯罪・非行、高齢者犯罪、外国人犯罪・非行、精神障害のある者による犯罪等、公務員犯罪であり、こちらも10年前の目次と比べると変化していることが分かる。
(5) 再犯・再非行
再犯防止推進法の施行もあり、最近10年間で最も充実したパートの一つであり、平成28年版の特集を境に独立した編として位置づけられている。全国の刑事施設から出所した受刑者が、一定期間にどの程度再び舞い戻ってきたかを示す「再入率」については、(それぞれ出所年は異なるものの)最新データで、2年以内で14.1%、5年以内で34.8%、10年以内で44.6% となっている。若干の上下動はあるものの、いずれの数値も近年低下傾向にある。また、男性のほうが女性よりも再入率が高いことは変わらないが、男性の再入率の低下により、近年その値が近づきつつあることも特徴である。また、一般には誤解されがちであるが、年齢層別では高年齢層ほど再入率が高いという傾向も一貫して変わらない。罪名別では、5年以内で窃盗が41.6%、覚醒剤取締法が40.9% と群を抜いて高く、他を大きく引き離している点も変わらない特徴である。
ここで、データの正確な読み取りのために、再犯者率と再犯率の相違についても注意喚起を促しておきたい。通常人々が思い浮かべる再犯率は、白書においては上述した「〇年以内再入率」という指標であり、図表としては5-3-6図〜5-3-10図を参照することが適切である。これに対して、「再犯者率」系統の図表(5-1-1図や5-3-1図)は、一定期間に検挙もしくは入所した者のうち、過去にも同様の経験を有する者がどれくらいいるのか後向きに見て把握するというものであり、把握しようとするものが異なることがわかる。ただし、危険寄りの情報のほうが人を惹きつけるニュースバリューがあるゆえの確信犯か分からないが、「再犯率」と「再犯者率」を取り違えたマスメディアの誤報が後を絶たない。この点、白書の役割は定義を明確に示して地道に淡々と提示していくほかないと考えるが、再犯の測定に係る問題は拙稿(高橋、2017)も参照されたい。
白書データは、実態と一般市民の認識の差異を浮き彫りにする上でも有用な参照点を示してくれる。大学生を対象に、罪名別の再犯率の推定の把握を目的として実施した調査(高橋、2023)では、その推定には、白書データと比較して正確なものもあれば、かなり過大に推定されているものもあることがわかる。具体的には、「5年以内再入率」を白書の定義に則り、暗数を対象としないことを明示し、かつ、平易に理解しやすいように改めて示した上で、100人中何人が所定の期間に再入所すると思うかと推定を求めた。結果の概要は表1のとおりである(注:表1では白書データを本年版の値に更新している)。この結果は、人々が各罪名の犯罪者に抱いている典型的なイメージ等により再犯率の推定が異なる可能性を示唆する。この点が、刑事政策に関する一般市民とのコミュニケーションに与える影響については、元論文に考察しているため興味のある方は参照されたい。
表1 「5年以内再入率」の推定値と実測値
最後に、増加に転じた認知件数もそうであるが、「〇年以内再入率」がこのまま下がり続けると想定することは現実的ではないことも指摘をしておきたい。再犯者率(47.9%)/再入者率(56.6%)の値が近年高いままで推移していることは、裏を返せば、新規の参入者が相対的に少なく、刑事司法制度の各段階において再犯リスク要因をより多く抱えた難しい人が相対的に残っていることを意味する。そのため、いつかは上昇に転じるかもしれないという心づもりがあってもよいように思う。この点は、効果検証に関しても同様であり、ある施策の効果が統計上見出されなかったとして、それはそれで一つの結果として受け止め、より詳細な分析を行い、改善策を探ることが求められる姿であり、目標達成のための数字の帳尻合わせが起こるようになっては本末転倒であることを注意喚起しておきたい。
(6) 犯罪被害者
統計上の犯罪被害のみならず、犯罪被害者をめぐる施策や動向がうかがい知れるという点で貴重な編である。このうち6-1-5-1図は、以前から掲載がなされているもので、刑法犯の罪名別に「被害者と被疑者の関係性」について示したものである。この図は、大学生に提示すると「意外である」と受け止められる図の一つである。たとえば、殺人では、親族が44.7%、面識ありが39.7% であり、面識なしは1-2割程度であることが示されている。また、強制性交等でも、親族が15.0%、面識ありが58.7% であり両者を併せると7-8割に該当することが示されている。刑事政策をめぐり多くの一般の方々の理解と協力を求める必要性が生じている今日だからこそ、実態の正確な伝達のための道具として白書の一層の活用が求められる。
なお、被害者等の心情伝達制度をどのように運用していくかという点に関しては目下の矯正・保護の重要課題の一つと考えられ、今後、その取組の蓄積が本編または第2編等に掲載されていくであろうが、件数推移だけではないデータの蓄積やコラムの充実化にも期待したい。
3 ルーティーン部分への提案
白書は、現時点でも十分豊富なデータを備えており、職員の苦労を思うとこれ以上要求するのは酷であり、また、白書は変わらないことに大きな意義があるという側面もある。とはいえ、言うだけタダという無責任な在野の研究者の視点からルーティーン部分に関して幾つかの提案を行いたい。もちろん、以下の提案の一部は「貴重な白書データをただ享受するだけでなく、どのように料理するか」という私たち研究者自身に向けられた課題であるとのブーメランもあらかじめ放っておく。
第一に、刑事情報連携データベースシステム(通称SCRP)を活用した新たな分析の試みである。SCRP は、検察、矯正施設、保護観察所等がそれぞれ保有・管理する情報を連携させたデータベースであり、その目的にも再犯の実態把握や施策の効果検証等に活用することが想定されている(法務省、2022)。たとえば、既存の統計年報では、特定の人物に紐づいた縦断データは得られず、再犯までの期間についても一定区分ごとの離散データしか得られないこと等から、白書の「〇年以内再入率」は、2年や5年「ちょうど」の再入率とはなっていない。一方、SCRPを活用すれば、観測期間を明確に特定したデータを得ることができる。このことにより、たとえば、介入プログラム等の施策の効果検証の際の比較参照点となる同一期間における全国データの値を算出するといった活用も可能になるほか、再逮捕、再有罪判決、再入所といった多様な指標による多角的な分析も可能になる。
加えて、「〇年以内再入率」の図は定義からも分かるように再入時の罪名は問わない図であり、以前と同じ罪名により再入所した者の比率は分からない。同一罪名による再入所か否かという同一罪名再入率は、平成28年版白書の特集では掲載されており、所与のデータにおいても算出は可能であるが、SCRP を用いることで一層精緻な分析が可能になると考えられる。犯罪学の領域では、犯罪者の犯行の多種方向性についての議論が活発になされており、これは何を行動変容のターゲットとして介入を行うかという点とも密接に関連している。同種の犯行の反復であるのか否かが詳細に検討できる情報が示されることを期待したい。無論、複雑な解析は白書には馴染まないため、将来的には、研究部が白書とは別に刊行している研究部報告で特別調査を組んで研究を実施し、その成果の一部を白書のルーティーン部分に移行していく試みがあると望ましい。
第二に、デザインツールを利活用し、視覚的に工夫したデータの提示についても検討の余地がある。インフォグラフィック(情報を視覚的・直感的に分かりやすく伝える方法の一つ)が年々浸透していることに加え、近年では、長期的なデータの変動をわかりやすく示す工夫もなされている(例としては、オックスフォード大学に拠点をおくOur World in Data などが参考になる)。犯罪白書にはエクセル形式での豊富なバックデータが付されており、誌面に掲載している図表よりも長期間にわたる詳細なデータが参照できるところ、こうしたデータの利活用が望まれる。英文白書に関しても、現状ルーティーン部分の一部図表を抜粋掲載する形式であるところ、主要な図表に関してはインフォグラフィックを活用し、UNODC データと比較し一目でわかるような工夫がなされた資料があると海外発信の際に有益である。諸外国の刑事政策関係者との会合の際など一定の需要は毎年生じるものであり、いわば対外的な顔となるわけであるため検討が望まれる。
第三に、白書に収録したデータを活用したより専門的な分析と発信が求められる。上記の第二は、記述統計の「見せ方」の工夫についての提案であるが、それだけでなく、豊富なデータを活用して詳細な分析を行ったり、調査・実験の材料として用いたりすることも可能であり、潜在的な活用方法は多岐にわたる(e.g., Takahashi, 2023)。多忙な研究部職員にはお叱りを受けるかもしれないが、白書データを知悉する者が白書作成で得たデータ(とりわけ特集データ)を用い、より焦点を絞った分析を実施し、国内外の査読付学術雑誌において積極的に発表していくことが推奨される。こうした取組は、欧米の刑事司法関係機関の研究部門において行われており、その利点としては、@厳しい査読の過程において内容が洗練されること、A専門家集団によるお墨付きという信頼性が得られ、研究の内容はもとより、その研究機関自体の信頼性の担保にもつながること、B世界中の多くの読者に利活用されることといった点にある。
さらに、関連事項として、オープンデータの潮流に見合ったデータの提供も将来的な課題の一つと考えられる。国際的な合意形成を受け、我が国の「オープンデータ基本指針」でも「公共データは国民共有の財産であるとの認識に立ち、政策の企画・立案の根拠となったデータを含め、各府省庁が保有するデータはすべてオープンデータとして公開することを原則とする」とされている。白書データはバックデータが公開されているものの、必ずしも柔軟な再分析を可能にする形式での提示ではなく、上記指針が求める「ニーズに即した形でのデータの公開」とまではいえない。無論、オープンデータ化を進めるためには膨大な労力が必要であり、かつ、公開情報が正しく理解されずに誤用されることへの懸念は筆者もよく理解できる。この点、上記指針では、データの利用目的、範囲、提供先などを限定して公開し、その活用を図っていくという段階的オープンデータ化も記されており、まずは、民間企業や学術機関との共同研究という形式でデータシェアの事例を積み重ね、そこで生じた問題点を整理しながら全面的なオープン化に移行していくことが現実的であるかもしれない。
第四に、ウェブ調査を用いて一般市民の犯罪や刑事司法制度に対する態度や意識に関して定点的な観測を行い、公式統計データとの関連の検討を行うことが期待される。数項目だけでもよいので、毎年同一の枠組みで継続的に収集し、公式統計データとの比較検討ができると有益であると考える。無論、ウェブ調査には方法論上の問題点が幾つか指摘できるが、回答の歪みや偏りを補正する手法の開発が試みられており、工夫次第で比較的信頼性の高い情報が得られるようにも思われる。こちらのテーマも、当初は、研究部報告において試行し、そのうちの一部をルーティーン部分に移管することが一案として考えられる。
4 犯罪白書を支える人たち
白書作成の裏には研究部職員の日々の奮闘があるが、その実態は法務省内外を問わず意外と知られていない。そこで、本稿を終える前に「白書がどのような過程で作成されていくのか」という舞台裏の一部について紹介したい。筆者は研究部に在籍していた経歴があることから、差し障りのない範囲で「中の人」たちの活動を伝えることとするが、あくまで筆者の体験に基づく私見であり、認識の誤りがあれば責は筆者にあり、ご容赦願いたい。
白書は、研究部によって編纂がなされているが、その内容が多岐にわたる部署に関連することもあり、職員は、検察、矯正、保護のいわゆる刑事三局からの出向者により構成されている。筆者自身は矯正出身者であったが、出身母体が異なる同僚から各々の業務実態や組織の在り方について教えてもらい、また、ものごとへのアプローチの仕方が法学専攻の者と行動科学専攻の者ではだいぶ異なることもあり、新鮮な学びが多くあった。「互いの足りないところを補いあう」という美辞麗句があるが、それが珍しく実感として得られる数少ない職場であるように個人的には感じられる。
白書は、通例、新規の書きおろしとなる特集部分に多くの時間や手間が割かれるが、前半の大半部分を構成するルーティーン部分は継続性を重視するため大幅な変更はあまりなされない。そのため、何年か勤務して慣れてくると、第〇編第〇章第〇節といえば即座に何を扱っているかがわかり、また、「3-1-1-1図」のように4桁のコードから図表のおおまかな形状が思い浮かぶようになる。とはいえ、法令の改正に伴い図表の更新が必要となるパートは毎年のようにあり、また、データの見せ方の工夫等の検討は毎年行われ、微調整が加え続けられている。こうした変化は、毎年の積み重ねのためあまり気づかないが、たとえば10年前と最新の白書を横に並べて比較すると、思いのほか改変がなされていることがわかる。
白書作業は、全体を統括する研究官と事務の長として取り仕切る研究官補が分担を差配し開始される。本文・図表ごとに担当者が割り振られ、複数の原稿締め切りをもって進行が管理される。データの転記で済む比較的作成が容易な図表もあれば、複数のソースの異なるデータを組み合わせる図表や白書独自の比率等の算出が必要な箇所も混在する。白書は、例年年末に発刊され、刊行予定時期から逆算してタイムスケジュールが厳密に定まっているが、全てのデータが同時期に集まるわけではなく、いつまで経ってもデータが入手できず、やきもきすることも多い。早期に着手できる箇所を順次完成させ、データや根拠資料の正確性に係るチェック・再チェックを行うというように、各パートの作業が同時並行的に進行し、まばらに完成していく。白書データの正確性に関しては、決裁者によるチェックはもとより、各パート作成者同士のチェックが重ねられており、「この人に任せておけば安心」という職人気質の職員もおり、筆者も何度も救われてきた。また、年齢やキャリアや役職は関係なく、チェックが行われ、当然のことながら不備の指摘に手心が加えられることもない。「〇さんのチェックが通らない」と嘆く年配の先輩職員の姿も何度か見かけており、そうした意味では健全な職場であると感じる。そのほか、研究官や研究官補だけでなく、事務部門の職員も様々な調整に奔走し、多くの人々に支えられて白書は完成していく。「事件は目の前を通り過ぎていくところ、一つのモノを皆で作って、それが後々まで残っていくというのは珍しい体験なのかもしれない。」という趣旨のことを述べられている方がいたが、確かにそのとおりだと思う。
白書は毎年無事刊行されているので平穏に進行しているイメージを抱かれる方が多いかもしれないが、数回の波乱とドラマが起き、時には緊急招集と分担変更があり、過去のデータの穴を見つけて対処に追われることや有識者等からの助言や指摘を受けて改変が急遽必要になることもある。刊行後もデータの誤りが指摘されないかと肝を冷やしながら過ごし、そうこうしているうちに次年度の白書が進行していく。令和5年版の編纂が平穏であったことを祈るが、背後にどのようなドラマがあったのだろうかと想像しながら読み進めることもマニアの読み方の一つかもしれない。
5 おわりに
そもそも白書は、基礎資料という性質があり、犯罪学や刑事政策の研究を生業としている者や一部の好事家は目を通すであろうが、それでも通読する者はごくわずかであり、ましてや刊行を待って「むさぼり読む」読者層がいることも期待されない類のものである。とはいえ、筆者の知る限り、諸外国の年次レポートの中で我が国の白書ほど豊かで緻密さを備えた統計報告は率直にいって見当たらず、こうした充実した内容の白書を多くの人の手にとっていただきたいと心より思う。
計算機科学の黎明期からGarbage In, Garbage Out(ゴミを入れればゴミが出てくる)という言葉がある。人間相手の営みにしても「誤ったデータに基づき、正確な考察がなされたら必ず間違った結論にたどり着く」(神田橋、1994)という精神科診察に関する皮肉めいた格言もある。前提となるデータが誤っていたら、どこにもたどり着けないばかりか、必然的に誤った目的地に運ばれる。犯罪対策は神話(迷信)が蔓延しやすい分野であり、真実性を装った「一見それらしいが、データに基づかない」議論は枚挙にいとまがない。冷静な議論を行うためには、まずは信頼性の高いデータが不可欠であり、そうした観点から、白書は判断や意思決定の錨となるものとして欠かせない。
最後に、毎年恒例の刊行物は、その完成を表立って賞賛されることは少ないかもしれないが、白書は「続けてそこにある」だけで大きな価値があることを改めて共有・確認したい。令和5年版犯罪白書の作成に携わった関係者一同に改めて敬意の念を表して本稿を終える。
(お茶の水女子大学基幹研究院准教授)
引用文献
法務省(2022)令和4年版再犯防止推進白書.
神田橋(1994)追補 精神科診断面接のコツ.岩ア学術出版社.
Takahashi, M. (2023) Impact of base rate information on estimated risk of recidivism of sex offenders in Japan. Psychology, Crime & Law , 1-15.
高橋哲(2023)女子大学生の再犯リスク認知に関する検討.リスク学研究,32(2),155-164.
高橋哲(2017)再入率の分析と今後の課題(特集 再犯の現状と対策のいま:平成28年版犯罪白書を読む).法律のひろば,70(1),30-37.