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犯罪白書
令和4年版犯罪白書 特集部分 犯罪者・非行少年の生活意識と価値観
藤野 京子
T はじめに令和4年版犯罪白書は第8編に「犯罪者・非行少年の生活意識と価値観」と題する特集を組んでいる。犯罪・非行の動向等の客観的な指標に加えて、本人の生活意識や価値観という主観を明らかにしようとして法務総合研究所が実施した特別調査の結果を含めて、多角的に把握することを試みている。
Kleinman(1988)は、医療の現場において、医療専門家が医学モデルにしたがって外側から描写する疾患という視点から生まれる現実形成と、患者や家族が生活の場において内側から描く病いという視点から生まれる現実形成では、異なる様相が見えてくることに触れている。これを犯罪・非行現象にあてはめると、罪名はこの外側からの描写に相当する。人々が生活しやすくするためにさまざまな法整備が行われているが、その一方で、それを犯す者が存在する。彼らがどういうつもりでいかにして法違反に至っているのかを彼らの視点から、つまり内側から理解していくことは、彼らの犯罪行動を抑止していく大切な手がかりになろう。
当事者研究が行われるようになってきており、欧米では犯罪の当事者研究も行われ始めている注。こうした点に鑑みると、今回のような当事者の視点を明らかにしていく研究は意欲的な取り組みと言える。
U 時代の変化から見る非行少年像
第8編第4章で紹介している上記特別調査は、少年鑑別所入所者に対しては平成2年から定期的に実施しているもので、今回で通算5回目の調査となる。そこで第5節「前回までの調査との比較」では、少年鑑別所入所者について、過去の結果との比較検討を行っている。
過去の結果と比較する際、どのような状況下で生きてきた人々が調査対象になったかを念頭に置くのがよい。1回目の調査は平成2年に実施されているので、いわゆる団塊ジュニア世代が対象である。対して今回実施された令和3年の5回目調査は、合計特殊出生率が過去最低となった平成17年前後に生まれた人たちである。この間、学校教育も、詰め込み教育からゆとり教育、さらに脱ゆとり教育という変遷をたどっている。
このような変化を踏まえて理解できるよう、第2章「近年の社会情勢や国民の意識の変化」では社会の一般動向が、また第3章「年齢層、犯罪・非行の類型及び進度に着目した犯罪者等の動向」では非行(少年)や犯罪(者)の動向が記されている。そこで本節と次節では、これらの章とあわせて検討する。
なお、このような調査結果を理解する際、時代の流れのほか、調査時点の影響を考慮に入れることが肝要な場合もある。たとえば、今回の調査はコロナ禍の中で行われており、前回の調査は東日本大震災に見舞われた年に行われている。各調査年の理解にあたっては、令和元年版犯罪白書─平成の刑事政策─の巻頭にまとめられた「平成期における刑事政策に係る主な動き」などを参照するのもよいだろう。
長きにわたって行われてきた特別調査であるが、この間の少年による刑法犯等の動向は3 - 1 - 1 - 1図に示されている。今回の調査が実施された令和3年の少年の検挙人員は、いずれの調査時点よりも少ない。少年人口が減少していることを踏まえて人口比で換算してみても少ない。平成期の検挙人員のピークは平成16年で、それ以降減少傾向にあるが、20歳以上の者の人口比に比べて少年人口比の減り方は大きい。
これらの動向の中、3 - 2 - 3 - 1図が示すように少年鑑別所入所人員も近年減少している。つまり、未成年のうち犯罪に走るのはごく限られた者であり、今回の調査対象となった少年鑑別所入所者とは、以前にも増してかなりの問題を抱えていると想定される。しかし、今回の調査結果では必ずしもその様子が浮き彫りになってこない。それを以下に見ていく。
8 - 4 - 5 - 1図によると家庭生活に満足とする者は、平成2年は60.0%だったが、回を重ねるにつれ上昇し、今回の調査では78.0%である。8 - 4 - 5 - 2 図によると友人関係に満足とする者も、70.2%だったのが84.7%になっている。8 - 4 - 5 - 7図によると社会に満足とする者も、平成10年は平成2年に比べて低いものの、以降増えており、今回の調査では42.9%になっている。
このように以前に比べて満足度が高まる回答が得られているが、非行に走らない一般の人と比較するとどうであろう。平成23年版犯罪白書では4回目の調査結果を、内閣府が一般青少年を対象に以前行っていた世界青年意識調査のうち同じ項目の結果と合わせて紹介している。それによると、平成21年に家庭生活に満足とする者は86.8%、平成16年に友人関係に満足とする者(平成21年の調査では同項目測定なし)は98.1%である。一般青少年に比べると令和3年の少年鑑別所入所者の満足度は未だ低いものの、以前に比べて近づいているとまとめられる。
特別調査では、重複回答形式で誰に悩みを打ち明けられるかを調べている。悩みを打ち明けられるかどうかは、他者との関係性の持ち方の一端を知りうるものと解せよう。8 - 4 - 5 - 3図は、いずれの調査年でも、同性の友達、異性の友達・恋人・配偶者、母親の順で比率が高い傾向は変わらないものの、このところ同性の友達や異性の友達・恋人・配偶者の比率が低まる一方、母親の比率が高まる傾向を示している。また、元々高い比率ではないが、先輩の比率が一層低まる一方、父親、祖父母が高まる傾向にある。尊属に対する比率が高まっているとまとめられよう。なお、この親を重視する姿勢は、8 - 4 - 5 - 13図に示された「悪い」ことをしようと思ったときに、それを思いとどまらせる心のブレーキとなる者として父母のことを挙げる比率が高まっていることにも示されている。
今回の調査結果については、コロナ禍で家族以外との接触が制限されていた影響も否めない。しかし、平成の初期と比べて前回も同様の傾向が見られることから、コロナ禍の要因のみとは言い切れまい。平成時代の家族の様相の変遷については8 - 2 - 4図にまとめられている。従前から非行少年の家庭はひとり親世帯や共稼ぎ世帯が多かったが、一般家庭でもそのような世帯が増える中、自身の家庭の状況を特別視せずに済むようになってきたと解釈できるかもしれない。一方、友人に関しては、従前に比べて満足度が高まる一方、悩みを打ち明ける比率は減っている。友人に期待するものの質が変容してきたことを示しているのであろう。
先に触れた内閣府の調査において、平成21年の一般青少年では43.9%が社会に満足と回答している。今回の調査における少年鑑別所入所者の満足度は、これにきわめて接近した数値である。少年鑑別所入所者の規範意識に関する態度・価値観として、8 - 4 - 5 - 8図@Aが示すように「悪い者をやっつけるためならば、場合によっては腕力に訴えてもよい」という意見に反対する比率も、平成2年には11.5%だったのが令和3年には33.5%と3倍近くに増えているし、「自分のやりたいことをやりぬくためには、ルールを破るのも仕方がないことだ」という意見に反対する比率も、58.3%から69.8%に高まっている。加えて、自身の生活実感として8 - 4 - 5 - 9図@Bが示すように「心のあたたまる思いが少ないという感じ」がないとする比率も、平成2年には44.7%だったのが令和3年には74.0%に高まっているし、「世の中の人々は互いに助け合っているとう感じ」があるとする比率も平成2年以降暫時増えており、今回の調査では前回調査時ほどではなかったものの、それでも2/3の者があると回答している。過去に比べて、少年鑑別所入所者のきまりを重んじる傾向が強まり、社会生活で自身が疎外されたり裏切られたりするという意識も低下しているとまとめられる。
「人々が犯罪・非行に走る原因」については8 - 4 - 5 - 11図が示すように自分自身、友達・仲間、家族(親)の順で比率が高いのは従前どおりであるが、このところ友達・仲間や家族(親)の比率が低まる一方、自分自身の比率が高まっている。一般論として尋ねた項目ではあるが、自身の犯罪の原因のとらえ方も反映させた回答と解釈できよう。
家族、友達、社会への不満が低まり、非行に走る原因も周囲に帰すべきでないととらえる傾向を有する最近の少年鑑別所入所者は、自身をいかにとらえているのであろうか。「自分は意志が弱いという感じ」があるとの回答は、8 - 4 - 5 - 9図Aが示すように平成2年には80.9%だったが、以降減り令和3年には60.4%に至っている。未だ低い数値とは言えないものの改善傾向が見られる。一方、自らの再犯・再非行の原因については、保護処分を有する者に限って回答を求めたもので母数も72と限られており、経年比較もできないが、8 - 4 - 5 - 12図が示すように「自分の感情や考え方をうまくコントロールできなかったこと」、「自分が非行や犯罪をする原因が分かっていたが、対処できなかったこと」が上位に挙がっている。これらを勘案すると、落ち着いて理性的に考えられる状況では周囲にも理解を示しそれ相応に振舞えるものの、問題を抱えた場面への対処力がそなわっていないととらえているように映る。家族、友達、社会に対する不満が低まっているのに対して、8 - 4 - 5 - 10図が示すように自分の生き方に満足とする者の比率は増えておらず、「どちらとも言えない」と保留にする比率が高くなっている背景には、この認識が影響していると解釈できよう。
今回の調査からは少年鑑別所入所者の回答が以前に比べて社会が望ましいとする内容に変容してきている傾向がうかがえるが、それをもって非行少年が抱える問題性が軽くなったと言ってよいかは定かでない。多様な生徒を受け入れる教育体制が整ってきて、8 - 2 - 6図が示すように義務教育終了後の進学率が高くなり、8 - 2 - 7図が示すように中途退学率も低減している。加えて、8 - 2 - 3図が示すように通信手段の普及に伴い、家族や学校などの身近な環境以外からの情報入手も容易になり、自身のやりようでさまざまに可能性を広げられそうに見える状況下、なかなか外界に対して不満を表明しにくいのかもしれない。不満を表明しないのになぜ非行に走るのかという問いを立てて、さらなる実態を明らかにすることが今後に期待される。
V 犯罪者における高齢犯罪者の特徴
今回の特別調査では、調査対象者の年齢層を限定せず、また、社会内処遇を受けている者まで調査対象を拡大しており、第2節で年齢層による違いを比較している。ただし、非行少年と犯罪者の調査対象者の質の違いに留意する必要がある。
8 - 4 - 1 - 1表によると今回の調査の非行少年は少年鑑別所入所者と保護観察対象者が、犯罪者は刑が確定し刑執行開始時調査を実施した刑事施設入所者と保護観察対象者が調査対象になっている。犯罪者と非行少年の施設収容処分では判断基準が異なるが、犯罪者の中で刑が確定している刑事施設入所者に近い存在は、非行少年の中で少年院入院者になろう。3 - 2 - 3 - 6表によると令和3年の少年鑑別所入所者のうち少年院送致になるのは34.4%であり、これに8 - 4 - 1 - 1表に示された少年院歴のある者を加えて推計すると、非行少年の調査対象者の20%強が少年院送致に相当する行状を有したことになる。一方、犯罪者の調査対象者については、刑事施設入所者全数に加えて保護観察対象者のうち80%近くに刑事施設入所歴があるので、90%強が刑事施設入所に相当する行状を有したことになる。第2節に示されている数値には非行少年と20歳代の犯罪者との間に大きな差があるものが少なくないが、それが単純に年齢による差なのか、それともこの調査対象者の質の違いに由来するものかは定かでない。したがって、以下では20歳以上の者の中で、高齢になるにつれ、いかなる特徴が見られるかに着目していくことにする。近年の犯罪者処遇において高齢者の問題がたびたび取沙汰されているからである。
まずは我が国の高齢者の犯罪現象を見ていく。Gottfredson & Hirschi(1990)は、1913年にGoring が犯罪年齢分布は自然法則に従うという結論に達したことに触れ、この現象はGoring 以降も不変であるとして、犯罪はどこでも年齢とともに衰えるとの年齢説を主張している。昨今我が国では高齢者の窃盗犯が増えており、8 - 2 - 1図の年齢層別人口をもとに8 - 3 - 1 - 1図Bに示された窃盗事犯類型の検挙人員について年齢層別人口比を算出してみると、40歳代に比べて50〜64歳の年齢層が、さらに、65歳以上の年齢層の人口比が上がってはいる。しかし、8 - 3 - 1 - 3図の刑法犯全体の年齢層別検挙人員について人口比を求めると、65歳以上の年齢層も含め加齢につれてその比率は下がっており、年齢説に反する現象が生じているわけではない。また、8 - 3 - 1 - 3図の年齢層別検挙人員のうち前科なしと有前科者の比率について、40歳代、50〜64歳の年齢層に比べて65歳以上において前科なしの比率が高くなってはいるが、前科なしの人口比は、65歳以上の年齢層を含め加齢につれて下がっている。
検察段階である8 - 3 - 2 - 1表の検察庁既済事件の総数のみならず窃盗事犯類型の被疑者人員についても、その人口比は加齢につれて下がっている。さらに、8 - 3 - 2 - 3図@の年齢層別の起訴・起訴猶予別構成比を見ると、起訴率は30歳代がピークで、以降漸減し65歳以上では39.2%である。高齢者による犯罪は、検挙されても、それ以降の刑事司法処理の段階に進みにくいとまとめられる。最近20年の年齢層別に起訴人員の推移を示した8 - 3 - 2 - 2図@では、65歳以上を除く各年齢層では平成16年から18年をピークとしてその後はおおむね減少傾向にあるのに対して、65歳以上については14年から27年まで増加傾向を示してその後は横ばいであることが示されている。しかし、人口比に換算すると、65歳以上が他の年齢層に比べて多く起訴に至っているわけではない。
受刑段階に進むとどうであろう。8 - 3 - 3 - 1図が示すように入所受刑者に占める65歳以上の比率が年々増加しているのは事実である。しかし、これも人口比を算出してみると、30歳代がピークでありそれ以降の年代では減っている。つまり、65歳以上の受刑者の人口比が他の年齢層に比べて高いわけではない。ちなみに令和3年の矯正統計年報「26新入受刑者の年齢別入所度数」によると、65歳以上の新入受刑者のうち初回入所者は29%にとどまり、50〜64歳の27%に次いで少ない。一方、3回以上の者の比率は他の年齢層に比べて最も高く、6回以上の者も35%を超えている。つまり、受刑に至る65歳以上の者とは、他の年齢層に比べても繰り返し受刑していることになる。
先に述べたように、今回の特別調査の調査対象者の大半は受刑歴を有する者で、その点を踏まえながら特別調査の結果を解釈する必要があるが、8 - 4 - 2 - 4図によると学校生活に対する意識として「学校に行くのがいやだった」という比率は65歳以上が他の年齢層に比べて最も低く、また「同級生から理解されていた」という比率は最も高い。学校生活が遠い昔になって記憶が変容している可能性はあるが、学校生活に対する問題意識が他の年齢層に比べて大きくないことになる。また、8 - 4 - 2 - 5図@によると就労に対する意識についても、地道な努力を惜しむ比率が他の年齢層に比べて低い。
規範意識関連についても、8 - 4 - 2 - 8図によると「悪い者をやっつけるためならば、場合によっては腕力に訴えてもよい」という意見に反対する比率が40歳代以降横ばいだし、「自分のやりたいことをやりぬくためには、ルールを破るのも仕方がないことだ」という意見に反対する比率も加齢につれて高まっている。また、8 - 4 - 2 - 11図によると「人々が犯罪に走る原因」について、自分自身とする比率が65歳以上では他の年齢層に比べて高い。一般論として尋ねた項目ではあるが、自身の犯罪についても自身に原因を求めていると推察される。
地域社会に対する意識についても、8 - 4 - 2 - 6図によると65歳以上では半数以上が「地域の人は、困ったときに力になってくれる」ととらえていて、他の年齢層に比べて高い比率である。また、「地域のお祭りなど行事にはよく参加した」と半数以上が回答している。加えて、8 - 4 - 2 - 9図Bによると「世の中の人々は互いに助け合っているという感じ」についても、65歳以上が最も高い比率である。8 - 4 - 2 - 7図に示された社会に満足とする比率も最も高くなっている。
自身のとらえ方に関して、8 - 4 - 2 - 9図Aによると「自分は意志が弱いという感じ」があるという回答比率は、20歳代、30歳代、40歳代と徐々に高まり、それ以降は減少し、65歳以上については20歳代と同程度まで低くなっている。加えて、自分の生き方についても、8 - 4 - 2 - 10図によると65歳以上の満足とする回答比率は20歳代に近づいており、反対に不満と明確な態度表明をする比率は最も低い。
一方、8 - 4 - 2 - 1図や8 - 4 - 2 - 2図によると、家庭生活に満足とする者は 40歳代以降で半数を割り、友人に満足とする者も40歳代までに比べてそれ以降の年代で減っている。そして、8 - 4 - 2 - 3図によると悩みを打ち明けられる人について、65歳以上では、多い順に同性の友達が3割強、配偶者が3割弱である一方、誰もいないとする者が2割強おり、この比率は年齢が上がるにつれて高くなっている。さらに、8 - 4 - 2 - 13図によると心のブレーキについて、父母、兄弟姉妹、子、配偶者といういわゆる家族を挙げる者の比率が、65歳以上では他の年齢層に比べて低く5割を切っている。加えて、8 - 4 - 2 - 9図@によると「心のあたたまる思いが少ないという感じ」があるとする比率は、加齢につれ高くなり、65歳以上では7割を超えている。
ここまでをまとめると、高齢の刑事施設入所者や保護観察対象者はある程度社会で期待されている価値観を表明する一方、日々の生活で感情交流をし合える資源が乏しくなっている現実が浮かび上がる。認知症等高齢に伴う判断力の低下が犯罪の主たる原因であるならば、医療や福祉にその処遇を委ねるのが適当であろう。しかし、高齢犯罪者は他の年齢に比べて検挙されても刑事施設や保護観察の処遇対象となる比率が低いことからは、そのような原因の場合はその前段階でスクリーニングされている可能性が高かろう。それ以外の高齢犯罪者に対してはいかなる処遇が適当であろう。再犯抑止の動機づけとして身近な他者のことを思い浮かべるよう働きかけることがしばしばあるが、高齢犯罪者に対してはそれが必ずしも有用でないことが本調査結果から示されたと言えよう。
Erikson(1950)は、老年期の発達課題として「統合 対 絶望」に言及している。これまでの人生の総まとめをする段階をいかに生きるかという点に働きかけるのはいかがであろう。高齢犯罪者の中には「さすがに刑務所では死にたくない」と言う者もいる。「これ以上犯罪をしたら、実家の墓に入れてもらえなくなるから、犯罪から足を洗いたい」と言う累犯受刑者もいる。悩みを打ち明けたり心のブレーキになったりする家族が現存しないとして、先に旅立った者が発するであろう心の声がブレーキになることはあるまいか。
なお、今回の特別調査における65歳以上の者とは、いわゆる団塊の世代とそれに続くしらけ時代の人たちである。高齢者といってもどういう時代を生きたかによって変容する可能性は大いにあろう。この点については研究を積み重ねていくことで明らかにされよう。
W 窃盗事犯類型と詐欺事犯類型の違いの検討
今回の特別調査では犯罪・非行の類型ごとに分析しており、財産犯に括られる窃盗事犯類型と詐欺事犯類型とを分けて検討している。近年詐欺事件は社会問題として注目を浴びており、令和3年版犯罪白書でも「詐欺事犯者の実態と処遇」を特集にしている。そこで両類型の違いについて整理してみたい。
検挙された者の主たる犯行動機については、8 - 3 - 1 - 2図から窃盗事犯類型より詐欺事犯類型の方が生活困窮等の比率が10%程度高く、遊興費充当等も15%程度高い一方、窃盗事犯類型は所有・消費目的が30%近く高いという違いが見られる。また、8 - 3 - 2 - 1表の検察庁既済事件の被疑者人員の分布からは、窃盗事犯類型は年齢層による偏りが大きくない一方、詐欺事犯類型は20歳代が高率で65歳以上が低率であることも分かる。さらに、8 - 3 - 1 - 1 図、8 - 3 - 2 - 3 図A、8 - 3 - 2 - 4 図をもとに概算すると、窃盗事犯類型、詐欺事犯類型で検挙された者のうち起訴に至るのは35%、83%、実刑に至るのは6%、13%になる。
今回の特別調査の調査対象者は矯正施設収容あるいは保護観察に至った者である点を踏まえる必要があるし、年齢要因等を統制した結果ではないが、以下にその特徴を見ていく。
まず、8 - 4 - 3 - 1図、8 - 4 - 3 - 2図によると家庭生活に満足とする者が、窃盗事犯類型に比べて詐欺事犯類型の方が10%以上高く、友人関係に満足とする者も20%以上高い。8 - 4 - 3 - 3図によると悩みを打ち明けられる人については、詐欺事犯類型では同性の友達を挙げる者が半数強であるのに対して、窃盗事犯類型は1/3にとどまる。子、先生を挙げる比率は詐欺事犯類型よりも窃盗事犯類型の比率の方が高いものの、概して詐欺事犯類型の方が親、兄弟を含めいろいろな人に打ち明けられている様子である。一方、打ち明けられる人が誰もいないという回答は、詐欺事犯類型では1割にとどまるのに対して、窃盗事犯類型では2割強に至っている。また、8 - 4 - 3 - 4図Aに示された学校生活に対する意識のうち「同級生から理解されていた」とする比率は、窃盗事犯類型に比べて詐欺事犯類型の方が10%高い。8 - 4 - 3 - 12図に示された自らの再犯の原因についても「困ったときの相談相手や援助してくれる人が周りにいなかったこと」や「学業や仕事を続けられなかったり、仕事が見つからなかったこと」を挙げる比率は窃盗事犯類型よりも詐欺事犯類型の方が低く、さらに8 - 4 - 3 - 9図Bによると「世の中の人々は互いに助け合っているという感じ」があるとする比率も窃盗事犯類型より詐欺事犯類型の方が高い。加えて、8 - 4 - 3 - 9図@によると「心のあたたまる思いが少ないという感じ」がないという回答も、詐欺事犯類型は半数を超えるのに対して窃盗事犯類型は4割を切っている。8 - 4 - 3 - 7図によると詐欺事犯類型よりも窃盗事犯類型の方が社会に対する不満を表明する比率が高い。例外として8 - 4 - 3 - 6図の「地域の人は、困ったときに力になってくれる」とする回答比率は詐欺事犯類型の方が窃盗事犯類型よりも低いが、総じて窃盗事犯類型よりも詐欺事犯類型の方が周りの人との関係性に満足し、自らも積極的に働きかけているとまとめられよう。
自身のとらえ方として、8 - 4 - 3 - 9図Aの「自分は意志が弱いという感じ」があるという回答は、詐欺事犯類型より窃盗事犯類型の方が15%程度高く、8 - 4 - 3 - 12図の自らの再犯の原因のうち「自分の感情や考え方をうまくコントロールできなかったこと」を挙げる比率も、詐欺事犯類型より窃盗事犯類型の方が高い。そして8 - 4 - 3 - 10図でも、自分の生き方を不満とする比率が詐欺事犯類型より窃盗事犯類型の方が高い。
就労意識について、8 - 4 - 3 - 5図によると窃盗事犯類型に比べて詐欺事犯類型の方が「仕事について夢や目標をもっている」とする回答が10%程度高く、前向きな姿勢をうかがわせる半面、「汗水流して働くより、楽に金を稼げる仕事がしたい」と地道な努力を惜しむ傾向が認められる。このほか、8 - 4 - 3 - 8図によると「悪い者をやっつけるためならば、場合によっては腕力に訴えてもよい」や「自分のやりたいことをやりぬくためには、ルールを破るのも仕方がないことだ」という意見に賛成する比率が、窃盗事犯類型よりも詐欺事犯類型の方が高く、窃盗事犯類型に比べて詐欺事犯類型の方が反社会的価値観への親和性を有していることがうかがえる。また、8 - 4 - 3 - 12図に示された自らの再犯・再非行の原因のうち「処分を軽く考えていたこと」「問題にぶつかるともうだめだとあきらめたりしていたこと」を挙げる比率も、窃盗事犯類型よりも詐欺事犯類型の方が高い。安直に犯行に至っている傾向が見て取れる。そして、8 - 4 - 3 - 13図に示された心のブレーキについて、詐欺事犯類型については「自分で自分がいやになるから」といった内省的な態度を挙げた者が皆無であることも特徴的と言える。
これらをまとめると、詐欺事犯類型に比べて窃盗事犯類型は、規範意識が必ずしも低いわけではないものの不適応感を抱いて生活しており、やむを得ず犯罪に至っている傾向が示されたと言える。一方、詐欺事犯類型は、窃盗事犯類型に比べて生活全般についての不適応感は根深くなく、自身の生活に支障が生じるなどの場合は自罰傾向の乏しさも加わって、法律を曲げることも致し方ないととらえて犯行に及んでいる様子である。今回の特別調査では同じ財産犯でもこのような違いが明らかになったことになる。処遇のポイントを検討する上で、これらの心象を踏まえておくことは有用であろう。
(早稲田大学文学学術院教授)
注例に2003年刊のRoss, J. I. & Richards, S. C. 著Convict criminology が挙げられる。
引用文献
Erikson, E. H.(1950). Childhood and society. W. W. Norton. 草野榮三良(訳)(1955). 個性の成立 幼年期と社会 中篇.日本教文社.Gottfredson, M. R., & Hirschi, T(. 1990). A general theory of crime. Stanford. CA:
Stanford University Press. 松本忠久(訳)(1996).犯罪の基礎理論.文憲堂.Kleinman, A. (1988). The illness narrative. Basic Books. 江口重幸・五木田紳・上野豪志(訳)(1996).病いの語り.誠信書房.