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犯罪白書
「特殊詐欺=詐欺」ではない?─令和3年版犯罪白書特集「詐欺事犯者の実態と処遇」を読んで─
吉開 多一
1 はじめに令和3年版犯罪白書(以下,「白書」という)が「詐欺」を特集すると聞き,官民挙げて根絶に向けた取組を続けているにもかかわらず,なかなか終息しない特殊詐欺を念頭に置いたものだろうと予想して,白書第8編「詐欺事犯者の実態と処遇」を読んだ(白書303頁以下。以下,白書は頁数のみを記載)。読み進めるうちに気付いたのは,「特殊詐欺の犯人グループは,これまで特殊詐欺撲滅対策の内容に応じ,犯行の手口(連絡手段,文言,金銭獲得方法等)を多様化・巧妙化させながら,犯行を継続してきた」(340頁)結果,「特殊詐欺=詐欺」ではなくなっている現状である。
白書は,特殊詐欺とは「被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ,指定した預貯金口座へ振り込ませるなどの方法により,不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪(
例えば,今回の特集の狙いを述べる「はじめに」では,平成15年以降,減少の一途を辿っている刑法犯認知件数の中で,詐欺は増減を繰り返し,令和2年の刑法犯検挙人員総数及び入所受刑者総数に占める詐欺の比率は,いずれも平成15年より高くなっているとして,「このような詐欺の動向の背景には,特殊詐欺の動向が関係している
また,第3章「詐欺事犯の動向等」では,警察庁の統計に基づき,詐欺の主な手口として,@「売付け」,A「借用」,B「有価証券等利用」,C「買受け」,D「無銭」,E「保険」,F「留守宅」,G「募集」が挙げられているが,「留守宅」は特殊詐欺に「
特殊詐欺は,当初の「オレオレ詐欺」から「振り込め詐欺」と総称され(338頁),やがて「特殊詐欺」と呼ばれるようになった。しかし,「どこがどう特殊なのかは一般の人々には分からない2」ことも否定できない。さらに「詐欺」だとは限らないということにもなると,ますます一般の人には理解しづらくなっている可能性がある。特殊詐欺は,もはや定型的な犯罪の枠に収まらない,「非対面型組織財産犯」とでもいうべき独特な犯罪現象になっていると理解する必要があるように思われる。
2 詐欺と特殊詐欺
蛇足かもしれないが,詐欺と特殊詐欺との関係について,改めて筆者の理解しているところを整理しておきたい。
詐欺罪は,人を欺いて錯誤に陥れ,錯誤に基づく処分行為(交付)をさせて,財物あるいは財産上不法の利益を詐取する犯罪である(刑法246条)。このほか,電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)及び準詐欺罪(刑法248条)も,白書は「詐欺」に含めている(304頁)。
特殊詐欺のうち,親族を装うなどして人を欺いて錯誤に陥れ,錯誤に基づく交付をさせて,財物等を詐取する手口であれば,詐欺罪が成立することに問題はない。
しかし,欺くときに脅迫文言が入るなどして,相手方が錯誤に陥ったためではなく,畏怖したために財物等を交付したと認められれば,詐欺罪ではなく恐喝罪(刑法249条)が成立する。このように詐欺罪と恐喝罪とは共通点がある犯罪類型であって,行為者が告げた文言の内容と,それを被害者がどのように受け取ったのかによって,区別される。
平成30年頃からは,「キャッシュカードが不正に利用されている。封筒に入れて保管する必要がある」等とうそを言い,被害者にキャッシュカード入りの封筒を準備させた上,被害者が目を離した隙に,あらかじめ用意していた封筒とすり替えるなどして盗み取る「キャッシュカード詐欺盗」の手口が増加している(330頁)。この場合には誤信に基づく処分行為(交付)がないから詐欺罪は成立せず,窃盗罪(刑法235条)が成立すると考えられる。
このように特殊詐欺の犯行態様には,詐欺罪だけではなく,恐喝罪や窃盗罪が成立する場合も含まれており,犯罪統計上も「詐欺」として計上されないものがあることになる。
そのため,白書では,第3章「詐欺事犯の動向等」(311頁以下)において,詐欺と特殊詐欺を区別して分析している。とはいえ,やや理解を困難にするのは,詐欺には一定の特殊詐欺が含まれ,詐欺の動向等に特殊詐欺が影響を与えているのも事実であることである。しかし,これまでの警察庁等の統計からは,その具体的な割合は明らかになっておらず,詐欺と特殊詐欺との関係を統計から読み取ることはできない。
この点で,白書第5章の「特別調査」(398頁以下)は有益である。この調査は,平成28年1月1日から同年3月31日までの間に,詐欺で有罪判決の宣告を受け確定した1,343人を対象としているが,対象者には特殊詐欺に該当する恐喝及び窃盗で有罪判決を受けた者も含まれている(398頁)。この1,343人による事件数延べ2,515件のうち,特殊詐欺は33.3%を占め,通帳等・携帯電話機の詐取が13.7%,保険金詐欺が8.1%,無銭飲食等が7.8%と続いている(399頁)。一定期間の限られたサンプルから得られた数字ではあるものの,詐欺に占める特殊詐欺の割合が概ね3人に1人だというのは,特殊詐欺が詐欺の動向等に与えている影響を考える目安になるであろう。
3 現状
(1) 詐欺
令和2年の刑法犯認知件数全体に占める詐欺の割合は5.0%,検挙人員では4.6%であり(5頁),圧倒的多数を占める窃盗(認知件数に占める割合は67.9%,検挙人員に占める割合は48.5%)と比較すれば,その割合は大きくない。しかし,窃盗の減少に伴って,刑法犯全体の認知件数が平成15年以降減少の一途を辿っているのに対し(3頁),詐欺の認知件数は増減を繰り返し,全体に占める割合も平成3年当時の2.0%から増加している(311頁)。
もっとも,詐欺の一部については,認知件数・検挙人員の評価に慎重さが求められる。というのも,一般には「うそを言って金品の交付を受ければ詐欺罪」と理解され,「金品を交付したのに,言われていたとおりの見返りがない」となれば,詐欺罪の被害に遭ったとして被害届を出すこともあろうが,実務上はこのような事案に直ちに詐欺罪が成立するとは考えられていないからである。
詐欺罪が成立するには,「交付の判断の基礎となる重要な事項」について欺く行為だと評価できる場合でなければならず(最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁参照),「社会生活において一般に是認されている程度のかけひきや誇張」だと判断されれば,詐欺罪は成立しないと考えられている3。実務では,売買や貸借に関わる詐欺の場合,代金支払あるいは返済の意思及び能力があったかが重視され,こうした意思及び能力がないのに,あるように装ったときでなければ,詐欺罪は成立しないと判断されることも少なくない4。単に「うそを言えば,詐欺罪が成立する」わけではないのである。白書で,「詐欺に類似した方法により,相手に損害を与えながらも,相手を『欺い』たことを立証することの困難さから詐欺罪の適用が困難な事例もあ」り,そのような場合に適用され得る法律として特定商取引法等が紹介されているのも(306-307頁),こうした理由に基づくものだといえる。仮に特定商取引法等による立件も困難だということになれば,刑事上の責任を追及することはできず,民事上の責任を追及するほかない。
このように詐欺罪の成立範囲が限定されていることから,被害者が詐欺の被害に遭ったとして警察に届け出て警察が認知件数に計上した場合も,さらに警察が捜査を遂げて被疑者を検察官に送致し検挙人員に計上した場合も,その後に詐欺罪が成立するとは認められないこともある。令和2年の検察庁終局処理人員を見ると,嫌疑不十分等の「その他の不起訴」が占める割合は総数で7.8%であるのに(35頁),詐欺では20.7%,電子計算機使用詐欺では11.8%と多いことからも(343頁),詐欺の一部については認知件数・検挙人員に慎重な評価が必要であることが裏付けられる。
詐欺の検挙人員の特徴としては,65歳以上の高齢者が占める割合が低いことが挙げられる。令和2年は8.9%で,刑法犯検挙人員総数の22.8%より顕著に低い(316頁)。他方で,少年及び20歳代の者が占める割合は37.1%となっており(316頁),総数の27.4%(20歳代の者が17.6%,少年が9.8%)よりも高い(6頁)。詐欺は若年者層によって行われやすい犯罪になっている。
(2) 特殊詐欺
特殊詐欺は,およそ社会生活において是認される取引である可能性は皆無であるから,その認知件数・検挙人員を慎重に評価する必要はないであろう。令和2年の特殊詐欺の認知件数は13,550件で前年比19.6%減,検挙件数は7,424件で前年比8.9%増(327頁),検挙人員は2,621人で前年比8.4%減であるが(332頁),実質的な被害総額(詐取または窃取されたキャッシュカードを使用してATM から引き出された額を加えたもの)は約285億2,336万円に及んでおり(386頁),なお深刻な状況であることに異論はないと思われる。
特殊詐欺の手口には,@オレオレ詐欺,A架空料金請求詐欺,B還付金詐欺,C融資保証金詐欺,D金融商品詐欺,Eギャンブル詐欺,F交際あっせん詐欺,Gその他の特殊詐欺,Hキャッシュカード詐欺盗があるが,多くの手口が減少傾向にある中,オレオレ詐欺の認知件数が6,407件,キャッシュカード詐欺盗の認知件数が2,850件で,認知件数全体に占める割合は合計すると約68.3%に及び,最近の主たる手口になっている(328-330頁)。特にオレオレ詐欺の認知件数のうち,4,135件と約64.5%を占める預貯金詐欺は,キャッシュカードの交換手続が必要であるなどとうそを言って,キャッシュカード等をだまし取る(または脅し取る)手口であり,その際に隙を見て窃取すればキャッシュカード詐欺盗になるから,預貯金詐欺とキャッシュカード詐欺盗とは表裏一体の関係にあるといえよう。
仮説の域を出ないものの,「特殊詐欺」という名称から犯人に金品を交付するイメージが一般の人に形成されているとすれば,キャッシュカード詐欺盗では交付を求められないため,「特殊詐欺」の手口の一つだと見破られにくくなり,被害が増加している可能性もある。改めて,「特殊詐欺=詐欺」ではないことを周知する必要がある。
特殊詐欺の検挙人員を見ると,若年者層によって行われやすいという特徴が一層顕著である。前記特殊詐欺の手口のうち@〜Cの特殊詐欺4類型について見ると,令和2年では,30歳未満の若年者層が占める割合は72.1%と高く(334頁),特殊詐欺グループの一員になり得る者の年齢層は限られている。
(3) 被害者
詐欺全体では,被害発生率(人口10万人当たりの認知件数)の推移が注目される。平成13年当時の被害発生率は,男性が女性の約2.0倍であったのに,平成23年以降は女性が男性を上回り,令和2年には女性が男性の約1.2倍になっている(382-383頁)。また,被害者の高齢化が進み,令和2年には総数の46.9%,女性の被害者では58.3%が65歳以上の高齢者である(382頁)。
被害者の多くを高齢女性が占めている現象は,特殊詐欺でより顕著である。令和2年では,女性の被害者は全体の73.6%を占める。特に,65歳以上の女性が66.0%,80歳以上の女性が36.8%を占める(385頁)。特殊詐欺の被害者の3人に2人は65歳以上の高齢女性であり,3人に1人は80歳以上の高齢女性であることになる。最近になって増加している預貯金詐欺とキャッシュカード詐欺盗では,この傾向が一層鮮明である。預貯金詐欺の被害者では,65歳以上の女性が82.7%,80歳以上の女性が57.7%を占め,キャッシュカード詐欺盗では,65歳以上の女性が77.3%,80歳以上の女性が45.0%を占めている(385頁)。こうした被害者層の偏差は,対策を講じる上でも重視する必要がある。
4 対策
(1) 事前予防
犯罪対策には事前予防と事後対応が考えられるところ5,犯罪者を生まず,被害者も出さず,コストも比較的安価であることからすれば,可能な限りで事前予防策を講じていくことが望ましい。
令和元年6月に犯罪対策閣僚会議が決定した「オレオレ詐欺等対策プラン」のうち,広報啓発活動や金融機関等の関係機関との連携による「被害防止対策の推進」,携帯電話や固定電話番号の悪用を防ぐ「犯行ツール対策の推進」は,事前予防に資するものといえる(338-340頁)。
警察庁広報資料「令和2年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(確定値版)」では,被害金交付形態別の認知件数の推移を見ることができる6。それによれば,平成28年に5,626件だった「振込型」は,令和2年に2,798件と半減し,「現金手交型」,「電子マネー型」,「現金送付型」のいずれもが減少傾向にある一方,預貯金詐欺やキャッシュカード詐欺盗による「キャッシュカード手交型」,「キャッシュカード窃取型」は増加傾向にあり,両者で総認知件数の52.9%を占めるに至っている(同資料2-3頁)。
このように「振込型」,「電子マネー型」,「現金送付型」の手口が減少したのは,ATM による現金振込限度額の設定,ATM 周辺での携帯電話の電波遮断装置,金融機関,郵便・宅配事業者,コンビニエンスストア等による高齢者への声掛けといった官民連携による防止策(339頁)が功を奏し,被害者を金融機関に行かせて振り込ませること,電子マネーを購入させること,金品を送付させることが困難になったためだと考えられる。特殊詐欺グループの選択肢を狭めているのは,これまでの取組による成果として評価できる。
「特別調査」の結果でも,未遂に終わった特殊詐欺事件で最初に詐欺に気付いた者は12.0%が金融機関職員だったことが明らかになっている(421頁)。もっとも,平成30年に警察庁が実施した被害者調査によると,被害者の27.7%は,金融機関を含む第三者からの声掛けがあったにも関わらず,被害に至っており7,被害金を金融機関から預金で引き出した被害者の6割は,車の頭金,住宅のリフォームといったうその理由を,自分で考えて窓口で話していたという8。いったん誤信してしまった被害者に対し,ただ声掛けをすれば被害が防止できるわけではないことは,重要な知見である。金融機関では,警察と協力して,高齢者の抵抗感を少なくするように,「だまされているのではないですか」といった露骨な表現ではなく,共感的に,受容的に話を聞いてもらえるよう,寄り添うような声の掛け方を工夫しており9,さらに親族への連絡,警察官の臨場,別室での対応,手続の一旦中止といった対応が,被害を防止する上で効果があると報告されている10。こうした知見を活かして,金融機関等を利用することが特殊詐欺グループの選択肢から完全に失われるように,連携を強化しなければならない。
他方で,預貯金詐欺とキャッシュカード詐欺盗は,金融機関等との連携で事前予防を図ることが困難な手口である。前述した警察庁広報資料によれば,被害者の欺罔手段として犯行で最初に用いられたツールは,電話が86.9%を占める(同資料3頁)。「特別調査」の結果でも,特殊詐欺での被害者への最初の連絡方法は,固定電話が86.2%を占める(419頁)。一部の地方公共団体では,通話内容が自動で録音される旨の警告アナウンスを流し,電話を自動で録音する機器を高齢者に無償で貸し出すなどの取組をしているが(340頁),ファースト・コンタクトで電話が悪用されている実態が明らかである以上,電話への対策も強化しなければならない。その際に,ともすると忘れがちになるのが,「高齢者は特に電話に出たい」という心理であり,「電話に出ても大丈夫な電話にすればいい」という指摘11は,今後の対策を考える上で示唆に富む。
広報啓発活動も事前予防策として重要であるが,前述したように特殊詐欺については,特殊詐欺グループの一員になり得る者と,被害者になり得る者の年齢層が限定されている。こうした年齢層に対する効果的な広報啓発活動の在り方を検討する必要があろう。例えば「特別調査」の結果からは,後述するように「受け子・出し子」であっても実刑になる可能性が高い一方,報酬を得られたのは半分に満たず,高額の報酬を得た者はまれであるという現状があり,特殊詐欺は決して「割に合う」犯罪ではないことが明らかにされている(438頁)。こうした現状を報道機関等の協力も得て,若年者層に周知することが考えられる。
(2) 事後対応
ア 処罰
特殊詐欺グループの一員に対して刑罰を科すための対応については,多くの判例が出され,学説上も活発な議論がなされている。いわゆる「受け子」に詐欺の故意があると認めた最判平成30年12月11日刑集72巻6号672頁,最判平成30年12月14日刑集72巻6号737頁及び最判令和元年9月27日73巻4号47頁,いわゆる「だまされたふり作戦」開始後に関与した者にも共同正犯が成立するとした最決平成29年12月11日刑集71巻10号535頁,被害者に現金の交付を求めていなくても詐欺罪の実行の着手が認められ詐欺未遂罪が成立するとした最判平成30年3月22日刑集72巻1号82頁などからは,裁判所も特殊詐欺に厳しい姿勢で臨んでいることが窺える。
キャッシュカード詐欺盗の事案では,下級審で注目すべき裁判例が出ている。大阪地判令和元年10月10日LEX/DB25566238では,キャッシュカード詐欺盗は,被害者の隙を見て封筒をすり替えるので人を欺いて財物を交付させるものとはいえず,詐欺罪ではなく窃盗罪が成立するとされたが,いわゆる「架け子」が,被害者に対してキャッシュカードを調査する必要があるなどとうそを言うことで,すり替え行為が行われる客観的な危険性が飛躍的に高まるから,窃盗罪の実行の着手があると認められ,被害者方付近路上に現れた「受け子」にも窃盗未遂罪が成立すると判断された12。学説にも,土蔵や倉庫など財物保管に特化した場所から窃取する場合との類似性から,「架け子」が被害者に電話をした時点で窃盗罪の実行の着手を認める見解がある13。
特殊詐欺は,窃盗と詐欺との関係についても再考を求めているといえよう。窃盗と詐欺との間には構成要件的な重なり合いが認められると考えるならば14,「架け子」が被害者に電話をした以上,仮に詐欺の故意を認定することが困難な場合でも,少なくとも窃盗の故意による着手を認め,「受け子」として周辺に現れた者を積極的に逮捕・起訴できる理論構成があり得るように思われる。また,高齢の被害者が多いことからすれば,「架け子」の被害者に対する文言を詳細に認定できなければ逮捕・起訴できないとするのは実際的でなく,「逃げ得」を許すことにもなりかねない。「架け子」からのうその電話があり,「受け子」が周辺に現れれば,犯人性に問題がないことを前提に,主位的に詐欺・恐喝が,予備的に窃盗が成立するとの訴因により,積極的な訴追をしていくことが検討されてよい。
量刑を見ると,詐欺の全部執行猶予率は令和2年で52.8%であり,全体の63.0%に比べて低くなっているが(347頁),「特別調査」の結果からは,特殊詐欺では全部執行猶予率が33.2%と,さらに厳しい量刑が行われていることが窺われる(422頁)。役割別に見ると,「受け子・出し子」で45.1%,「主犯・指示役」で15.8%,「架け子」で16.4%,「犯行準備役」で35.5%になっており,重要な役割を果たした者ほど全部執行猶予率が低い(同頁)。
実務的には,詐欺のような財産犯では被害弁償が重要で,被害弁償がなされれば起訴猶予あるいは執行猶予になる可能性が高くなるのが一般だと思われる。しかし,特殊詐欺は,「大規模な犯罪を実行すること及び首謀者の検挙を防ぐことを目的とした高度の組織性を有する団体によって行われるもの」で,「違法性の特に強いもの」と評価されており15,主犯・指示役には暴力団構成員・準構成員の占める割合が高いことからも(411頁),厳しい量刑がなされるのは当然であろう。
イ 処遇
特殊詐欺グループの構成員を実刑にしても,社会に戻って再びグループに戻るのでは意味がないから,矯正・保護段階での処遇が重要になる。刑事施設では,一般改善指導の一つとして,視聴覚教材及びワークブックを用いた再犯防止指導が行われ(391-392頁),保護観察所では,令和3年1月から類型別処遇に「特殊詐欺」の類型を加えている(395頁)。これらの処遇にあたっては,被害者の心情を理解させ,被害弁償について具体的・現実的に考えさせる点が重視されているが,その効果検証も行いながら,特殊詐欺事犯者の社会復帰に適したものとなるように,内容を改善していくことが望まれる。
「特別調査」の結果,特殊詐欺事犯者の動機は「金欲しさ」が総数の66.1%,「友人等からの勧誘」が44.8%を占め(416頁),背景事情としては「無職・収入減」が53.6%,「不良交友」が44.3%を占めることが明らかになっている(417頁)。こうした動機や背景事情は処遇上参考になるところが大きい。今回の「特別調査」は裁判確定記録に基づくものであるが,今後,犯罪・非行をした者の意識等についても調査が行われる予定とのことであるから(441頁),さらなる実態の解明により,処遇の場においても特殊詐欺の根絶に向けた取組がなされることを期待したい。
なお,「特別調査」の結果からは,再犯防止において無銭飲食等に対する配慮の必要性が読み取れる。すなわち,詐欺及びその他の「再犯あり」の構成比は,特殊詐欺で10.2%,通帳等・携帯電話機の詐取で11.8%,保険金詐欺で3.8%であるのに,無銭飲食等は56.8%となっていて,顕著に高い(426-427頁)。「無銭」の認知件数は,平成22年以降減少傾向にあるが(313-314頁),社会的脆弱性のある者によって行われるのが一般であるから,単に刑罰を科すに止まらず,必要に応じて福祉的支援も加えた対応が求められる。
ウ 少年
詐欺で検挙された少年は,平成16年以降,年長少年が最も多く,令和2年でも328人と,総数663人の約半数を占めている(317頁)。令和2年に特殊詐欺(オレオレ詐欺,架空料金請求詐欺,融資保証金詐欺,還付金詐欺及び預貯金詐欺に限る)で検挙された少年は,令和2年で総数345人であり,ここでも年長少年が209人と約60%を占めている(335頁)。
家庭裁判所の処理状況を見ると,保護観察が38.1%と最も多いが,少年院送致が17.9%,刑事処分相当を理由とする検察官送致も2.1%あって(348-349頁),一般保護事件全体(少年院送致が6.6%,刑事処分相当を理由とする検察官送致が0.4%)よりも高い(122頁)。平成30年には少年院入院者総数のうち詐欺の者が占める比率(詐欺率)が15.9%を記録しており,約6人に1人は詐欺であったことになる。令和2年には7.5%と半減している(354頁)。
特殊詐欺に関与した少年は,「要保護性が特に高いというにとどまらず,事案の性質,社会感情,被害感情等から保護処分で対処するのが不相当な場合が相当ある」と指摘されており16,そのために保護処分に付され,さらに検察官に送致される可能性も高くなっているのであろう。成人のみならず少年にとっても,特殊詐欺は「割に合わない」ことを周知していかなければならない。
特殊詐欺をして少年院に送致された少年は,その後の処遇が成人以上に重要であるが,少年院では特殊詐欺再非行防止指導の取組が行われている(392頁)。多摩少年院では,少年自身の責任についての理解が進んだ後,「被害者が金銭をだまし取られたことで絶望し,自己を責め,ときには親族等からも非難され,自殺に追い込まれるといった実際の事例等を通じて,被害者感情に直面させ,罪障感の醸成を図る」ことが紹介されているが(393頁),少年院では,少年が社会に戻った後に再び特殊詐欺その他の犯罪に手を染めないように,それぞれの少年の問題性を見極め,個別処遇を徹底することが強く期待される。
5 おわりに
冒頭でも指摘したとおり,今回の特集は「詐欺=特殊詐欺」ではないことを踏まえながら読む必要があるが,「特別調査」の結果は,詐欺及び特殊詐欺の実態を理解する上で非常に有益なものだと感じられた。今回の特集を一つの契機とし,引き続き特殊詐欺の根絶に向けた官民一体の取組が求められる。
特殊詐欺が終息しない原因の一つに,「自分だけはひっかからない」,「もし電話がかかってきても大丈夫だ」という「脆弱性の無知」があるという17。改めて私たち1人1人が,もはや詐欺の枠内に収まらなくなっている特殊詐欺の危険性を再認識する必要があろう。
(国士舘大学法学部教授)
注
1 時として「アポ電強盗」といわれる強盗に及ぶケースもあるが,注5の警察庁広報資料4頁によれば令和2年で11件と件数が多くはないため,本稿では触れない。
2 西田公昭「なりすまし電話詐欺にあう被害者の行動傾向と心理特性」警察学論集72巻11号(2019年)37頁。
3 団藤重光責任編集『注釈刑法(6)各則(4)』(有斐閣・1966年)181頁〔福田平〕。
4 本江威憙監修『経済犯罪と民商事法の交錯U[詐欺・電子計算機使用詐欺編]』(民事法研究会・2021年)11-13頁〔吉開多一〕。
5 警察政策学会犯罪予防法制研究部会(これからの安全・安心研究会)「『これからの安全・安心』のための犯罪対策に関する提言(『これからの安全・安心研究会』報告書)」警察政策学会資料71号(2013年)8頁参照。
6 https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/tokushusagi_toukei2020.pdf(2021年10月10日アクセス)。
7 石田晴彦「特殊詐欺の情勢と対策の現状」警察学論集72巻11号(2019年)81頁。
8 島田貴仁「特殊詐欺の阻止機会:被害過程から考える」警察学論集72巻11号(2019年)99頁。
9 石田・前掲76頁。
10 石田・前掲81頁。
11 西田・前掲50頁。具体的には,声紋認識装置の設置やテレビ電話の活用が挙げられている。
12 東京高判令和3年3月11公刊物未登載(確定)も,架け子が被害者に電話をかければ直ちに窃盗罪の実行の着手が認められるかの判断は留保しつつ,「本件計画に基づき,氏名不詳者が被害者に本件嘘を告げ,それから間もなく被告人が被害者方を訪れているという本件の事実関係の下では,窃盗罪の実行の着手があった」と判示している。吉川卓也「判解」研修877号15頁以下参照。
13 冨川雅満「特殊詐欺における実行の着手」法時91巻11号(2019年)78-79頁,佐藤琢磨「未遂・承継的共同正犯」法セミ779号(2019年)16-17頁。
14 橋爪隆「構成要件的符合の限界について」法教407号(2014年)108頁,品田智史「窃盗と詐欺の関係」法セミ779号(2019年)38頁。
15 江見健一「特殊詐欺の受け子の罪責に関する諸問題(下)」警察学論集72巻12号(2019年)61頁。
16 江見・前掲66頁。
17 西田・前掲35頁。