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『令和3年版犯罪白書』第1編〜第7編を読んで─コロナ禍における犯罪と犯罪対策─
川崎 友巳
T はじめに
 本稿では,『令和3年版犯罪白書』のうち,特集部分である第8編を除く,第1編から第7編を概観し,そのポイントを確認する。また,そうしたポイントから,日本の犯罪と犯罪対策の現状について,何を読み取ることができるのか,若干の考察を試みたい。

U 『令和3年版犯罪白書』概観
1 犯罪の動向
 (1) 刑法犯全般  令和2年の刑法犯の動向を整理すると,刑法犯認知件数は,平成15年から18年連続で減少し,61万4,231件(前年比13万4,328件減)で,戦後最少を更新した。戦後最多を記録した平成14年が285万4,061件であったから,18年間で,ピーク時の2割強にまで減少したことになる。しかも,今回の減少率は今まで以上に大きく,平成27年から令和元年までの5年間における前年比減少率が平均で9.2% であったのに対して,令和2年は,そのほぼ倍に当たる17.9% であった。
 (2) 主な刑法犯  犯罪ごとの動向に目を転じると,第1に,刑法犯全体の3分の2強を占める窃盗の認知件数が,大幅な減少率を示した。具体的には,過去5年間は,平均で前年比9.9% の減少であったが,令和2年は前年比21.6% 減少した。しかも,このような認知件数の減少は,侵入盗,非侵入盗,乗り物盗の全ての態様で認められた。ただし,特殊詐欺に関連する払出盗(不正に取得したキャッシュカードを利用するなどしてATM から現金を窃取するもの)の認知件数は,急増した令和元年の5,938件(前年比52.0% 増)に続き,令和2年も8,970件(前年比51.1% 増)を数えた。
 第2に,性犯罪の動向を見てみると,強制性交等の認知件数は,同罪に関して刑法が改正された平成29年に1,109件(前年比12.1% 増)を記録して以降,増加傾向にあったが,令和2年は1,332件(前年比5.2% 減)であった。他方,同年の刑法改正で,対象範囲に変更が加えられた強制わいせつ罪の認知件数は減少傾向にあり,令和2年も4,154件(15.2% 減)であった。
 その他の刑法犯として,罪名別の認知件数が具体的に示されているもののうち,強盗,傷害,恐喝,横領,放火,公務執行妨害,住居侵入,器物損壊は,近年の減少傾向が令和2年も継続している。これに対して,殺人と脅迫は,近年も,増減を繰り返しており,令和2年は,前者は2.2%の減少,後者は3.3% の増加を記録した。
 (3) 特別法犯  令和2年の特別法犯検察庁新規受理人員を見てみると,量的には,道路交通法違反が圧倒的に多いが(21万8,540人〔構成比71.1%〕),前年比では,8.8% の減少で,平成10年から20年以上にわたって減少傾向が続いている。
 また,その他の特別法犯では,風営適正化法違反,児童買春・児童ポルノ禁止法違反,青少年保護育成条例違反など,前年より減少したものもあるが,銃刀法違反,売春防止法違反,児童福祉法違反,出会い系サイト規制法違反など,ほぼ横這いで昨年から推移したもの,さらには軽犯罪法違反や廃棄物処理法違反など,前年よりも増加したものもある。これらの特別法犯の中には,近時,法改正され,処罰範囲の拡張や法定刑の引上げが図られたものもあり,そうした改正の影響について今後も引き続き注視していく必要がある。
2 犯罪者の処遇
 第2編では,検察から,裁判所,矯正,保護へとつながる刑事司法の一連の流れが,犯罪者の処遇という観点から整理されている。
 (1) 検 察  このうち検察について見ると,検察庁新規受理人員は,80万3,752人で,前年比10.8% の減少であった。とくに過失運転致死傷等は30万1,092人で,前年比18.8% の減少を記録した。刑法犯の検察庁新規受理人員は平成19年から減少し続けており,令和2年は19万5,092人で前年比3.5% の減少であった。
 検察による被疑事件の処理に目を転じると,検察庁終局処理人員総数は,80万7,480人で,前年比11.0% の減少であった。そのうち起訴処分である公判請求の人員は7万9,483人で,平成17年から続く減少傾向を維持したが(前年比2.1% 減),公判請求率は,26年以降上昇傾向にあり,令和2年は10.4%(前年比1.0pt 上昇)であった。
 他方,検察庁終局処理人員総数の処理区分別構成比で,最も割合が高かったのは,起訴猶予で,44万8,072人(55.5%)にのぼった。協議・合意制度の施行や入口支援の積極化などと相まって,起訴猶予の重要性が一層高まっており,その動向からは今後も目が離せない。
 (2) 裁 判  刑事裁判では,平成12年以降毎年減少している裁判確定人員総数が,令和2年は22万1,057人(前年比10.0% 減)となり,10年前からおおむね半減となった。こうした減少の最大の要因は,道交法違反の略式手続に係る罰金確定者の減少に求められる。また,裁判確定人員の推移を見る中で,目が行くのが,平成15年をピークに減少傾向が続いていたが,平成26年以降は7年連続で上昇している有期懲役に対する全部執行猶予率の推移であり,令和2年には,61.4% を記録した。これに対して,一部執行猶予付判決が確定した人員と比率は,いずれも平成30年をピークに,2年連続で減少・低下した。大きな期待を集めて導入された制度だけに,この段階での減少・低下が何を意味するのか,執行猶予取消しや再犯との相関関係など,多角的な分析が望まれる。
 また,令和2年の通常第一審の科刑状況を見ると,死刑の言渡人員は3人であり,少数の殺人・強盗(強制性交)致死事件で抑制的に適用される状況は,前年までと大きく変わらない。これに対して,無期懲役言渡人員は,125人を記録した平成16年以降,長期的には減少傾向にあり,令和2年も,その傾向が維持され,12人と,戦後75年で最も少数にとどまった。
 裁判員裁判に関しては,罪名別の新規受理人員で,強盗致傷が前年比36.9% 増の304人に達した一方で,令和元年に,前年比162.5% の増加を見せ,殺人罪や強盗致傷と同程度の人員を記録した覚醒剤取締法違反は令和2年は69.4% 減の77人にとどまった。
 即決裁判手続に関しては,入管法違反での利用が,83人と,前年(8人)から10倍以上の増加を見せたことから,地方裁判所において同手続に付された事件の人員の総数は前年の90人から162人に増加したが,別の言い方をすれば,入管法違反以外の総数はほぼ横這いだった。
 (3) 成人矯正  刑事施設での年末収容人員は,平成18年に,8万1,255人を記録したが,翌年から減少に転じて以降,減少し続け,令和2年も,前年比3.9% 減の4万6,524人であった。このうち,受刑者は,前年比4.9% 減の3万9,813人であった。また,平成13年から18年まで100% を超えていた収容率も,平成17年以降は,継続して減少し,令和2年は,全体で53.1%(前年比2.1pt 低下),既決でも57.7%(同2.9pt 低下)であった。
 入所受刑者の年齢層別構成比では,男女とも65歳以上の高齢者の占める割合が高まっており,平成元年に男性1.3%・女性1.9% であった構成比は,令和2年には男性12.2%・女性19.0% にまで達した。また,同年の入所受刑者の罪名別構成比を見ると,男性では6割弱,女性では8割強が,窃盗と覚醒剤取締法違反で占められていた。さらに,入所懲役受刑者の刑期別構成では,男女とも,3年以下の刑期のものが8割強を占めた。こうした入所受刑者の実態は,矯正(およびその後の更生保護)のメインターゲットの1つが,「窃盗・覚醒剤取締法違反のため短期自由刑で服役する高齢受刑者」であることを示唆していると言えよう。その意味では,矯正指導の一環として実施されている特別改善指導において,薬物依存離脱指導の受講開始人員が平成29年以降減少傾向にあり,令和2年も前年比1,044人減の7,707人にとどまった点は気になる。
 (4) 更生保護  更生保護のうち,仮釈放に関しては,平成23年以降の上昇傾向が令和2年も続き,仮釈放率は59.2%(前年比0.9pt 上昇)であった。また,仮釈放許可人員の刑の執行率では,80% 以上のものが,全体の約8割を占める状況に変化は見られない。高齢者や障害を有する者で,必要なものには,仮釈放に際して,特別調整が行われるようになっているが,終結人員は,増減を繰り返しながらも,長期的には増加傾向にある。ただし,令和2年は前年比約1.0% 減少の767人であった。
 保護観察に関しては,保護観察開始人員が,仮釈放(全部実刑者)と保護観察付全部執行猶予者で前年より減少し,前者が9,994人(前年比4.3% 減),後者が2,088人(前年比7.1% 減)であったのに対して,仮釈放者(一部執行猶予者)と保護観察付一部執行猶予者は前年よりも増加し,それぞれ1,201人(前年比0.3% 増)と1,496人(前年比5.4% 増)であった。また,全部執行猶予者の保護観察率は,18% に達していた昭和50年代後半からの長期にわたる低下傾向が,平成21年からの7年間には歯止めがかかったものの,平成28年からは再び低下し始め,令和2年も前年比0.2pt 低下の7.0% であった。
 令和2年の保護観察開始人員の罪種別構成比を見ると,仮釈放(全部実刑者)と保護観察付全部執行猶予者では,窃盗と覚醒剤取締法違反の占める割合が高く,前者では58.9%,後者では47.6% であったのに対して,仮釈放者(一部執行猶予者)と保護観察付一部執行猶予者では,全体の9割以上(91.6% と91.5%)を覚醒剤取締法違反が占めた。さらに,保護観察開始人員の保護観察期間別構成比でも,仮釈放(全部実刑者)と仮釈放者(一部執行猶予者)は,1年以内が97.5% と99.7%(6月以内でも77.9% と86.5%)であったのに対して,保護観察付全部執行猶予者と保護観察付一部執行猶予者では,1年を超えるものが100% と99.0%に及び,後者では,2年を超えるものが99% であったことから,実際の処遇内容も,二分化されていることが窺える。そうした中で,保護観察においては,これまで実施されてきた段階的処遇に代わって,令和3年1月からCFP を活用したアセスメントに基づいた保護観察プログラムが実施されており,その成果が,来年以降のデータにどのような形で現れるのか注目したい。
3 少年非行の動向と非行少年の処遇
 第3編は,少年非行の動向と非行少年の処遇を取り上げている。
 (1) 少年非行の動向  少年による刑法犯の検挙人員と人口比の推移を見てみると,一時的な増加はあったが,全体としては,昭和58年に31万7,438人を数えて以降,減少傾向が長期にわたって続いており,令和2年も前年比13.5% 減の2万2,552人(危険運転致死傷・過失運転致死傷を含めた場合,前年比13.8% 減の3万2,063人)であった。少年人口比も,検挙人員の推移とほぼ同じ曲線を描きながら,低下傾向が続いており,令和2年は刑法犯について,前年比13.5% 減の201.9人,危険運転致死傷・過失運転致死傷を含めた場合,前年比13.9% 減の287.0人であった。
 年齢層別検挙人員では,中間少年が7,181人(31.8%)と最も多く,年少少年が4,500人(20.0%)と最も少なかった。令和3年の少年法改正で,翌年4月から「特定少年」として,特別の取り扱いを受けることになる年長少年は5,785人(25.7%)で,触法少年は5,086人(22.6%)であった。
 罪名別の検挙人員では,強制性交や詐欺など,多くの罪名で減少傾向が見られる中で,強盗が増加していることが目につく。また,少年比でも,強盗は上昇傾向にあり,令和2年は,前年比3.8pt 上昇の20.8% であった。
 少年による特別法犯では,薬物犯罪のうち,覚醒剤取締法違反について,低い水準での横這い状況が続く一方で,麻薬取締法違反と大麻取締法違反の増加が目立っている。
 (2) 非行少年の処遇  処遇では,前年まで6年連続で減少していた原則逆送事件の家庭裁判所終局処理人員が増加に転じ(前年比180% 増の28人),かつ,処理内容が,保護処分と検察官送致で14件ずつであった。周知のように,令和3年の少年法改正で,原則逆送の対象犯罪が拡張されたことから,その効果が,どのような形で,令和4年以後のデータに現れるのか注目される。
 また,少年による犯罪認知件数の減少や少年保護事件の家庭裁判所新規受理人員の減少と比例し,少年鑑別所の入所人員も減少しているが,この傾向は,令和2年も変わらない(前年比9.6% 減の5,197人)。もっとも,そうした中でも,女子比は,前年まで4年連続で上昇していたが,令和2年は,前年から0.3pt 低下して,9.7% であった。
 さらに,少年院入院者の人員も,長期にわたって減少傾向にあり,令和2年は,前年比6.0% 減の1,624人であった。うち39.7% は,義務教育を終了した者のうち,就労上,修学上,生活環境の調整上等,社会適応上の問題がある者であって,他の課程の類型には該当しないものを対象に,社会適応を円滑に進めるための各種の指導を行う「社会適応課程T」を受けた。他方で,@義務教育を終了した者等のうち,知的障害者またはその疑いのある者およびこれに準じた者で処遇上の配慮を要するもの,A情緒障害もしくは発達障害またはそれらの疑いのある者およびこれに準じた者で処遇上の配慮を要するもの,さらには,B義務教育を終了した者のうち,知的能力の制約などに応じた配慮を要するものを対象に必要な各種指導を行う「支援教育課程」を受けるものも,26.2% にのぼる。こうした数字は,一筋縄ではいかない少年院入院者の矯正教育の一端を表しているといえよう。
4 各種犯罪の動向と各種犯罪者の処遇
 第4編は,各種犯罪の動向と,そうした犯罪を行った者の処遇について,犯罪の種類ごとに取り上げている。
 このうち交通犯罪の検挙人員を見ると,過失運転致死傷等については減少傾向が令和2年も継続しているのに対して,危険運転致死傷については前年に続いて増加し,過去最多の732人(前年比12.1% 増)にのぼった点が気になる。危険運転致死については,裁判で,比較的重い刑が言い渡されているにもかかわらず,改善が見られないことから,刑罰の抑止力の限界を感じる。
 また,薬物犯罪では,20歳未満や20歳〜29歳の年齢層の大麻取締法違反での検挙人員の増加が,過去数年と同様,令和2年も目につく。また,覚醒剤取締法違反では,受刑者の中で過半数を占める複数度入所者に対して,特別改善指導としての「薬物依存離脱指導」や保護観察対象者への薬物再乱用防止プログラムの一層の推進が期待される。
 さらに,児童虐待に係る事件の検挙件数の増加は,令和2年も続いた。児童の生命に関わる重大な事件の報道も後を絶たないため,こうした数値からは,これまで以上に踏み込んだ対策の必要性を感じる。
 加えて,高齢者犯罪では,男女とも,検挙人員は,令和2年も減少傾向にあるものの,高齢者率は上昇傾向にある(特に男性)。とりわけ,その中でも,万引きを始めとした窃盗の占める割合が高いことから,矯正保護の各段階で実施されているそうした特性に適した対応の重要性が再確認できよう。
5 再犯・再非行
 第5編は,再犯・再非行を取り上げている。平成15年から随時開催されている犯罪対策閣僚会議で喫緊の課題として位置づけられ,さらに,平成28年には,再犯防止推進法が制定されるなど,再犯の防止は,日本の犯罪対策において重要課題の1つであることは間違いない。
 再犯者数は平成18年以降減少しているが,初犯者の減少はこれを上回るペースであるため,再犯者率は,過去5年間50% を少し下回るレベルで推移してきた。また,個別の犯罪では,薬物犯罪のうち覚醒剤取締法違反で,検挙人員中,同一罪名再犯者率が上昇し,令和2年には70.1% に達したこと,他方,大麻取締法違反では,検挙人員中の同一罪名再犯者人員が増加し,前年比8.4% 増の982人であったこと(ただし,同一罪名検挙歴のない者の増加がこれを上回るため,同一罪名再犯率は低下)が目につく。
 再犯対策としては,犯罪を繰り返す者たちに,「矯正就労支援情報センター」による就労支援や地域生活定着支援センターによる福祉支援など,矯正保護を通じた支援が展開されて,その成果が徐々に数値にも現れているように思われる。
6 犯罪被害者
 第6編は,犯罪被害者を取り上げている。それによれば,人が被害者となった刑法犯の認知件数が,平成14年をピークに翌年から減少傾向にある点は,令和2年も変わりはない。被害発生率についても,同様に低下傾向が続く中で,男性の被害発生率は,女性のそれよりも2倍以上ある。財産犯のうち,認知件数が大幅に減少した窃盗では,被害額も約132億円減少した。
 他方,こうした被害者に対する刑事司法における配慮については,犯罪被害者等基本法に基づき,令和2年度末までを期間として策定された「第3次犯罪被害者等基本計画」をふまえた各種施策が展開されてきた。『令和3年版犯罪白書』には,令和2年の各刑事司法機関による被害者への施策・取組みが取り上げられているが,その動向は安定している。ただし,公判段階での被害者等に配慮した制度のうち,被害者による意見陳述が920件と,前年と比べて18.6% の大幅な減少となっている点については,単年度の減少なのか,長期の傾向の始まりなのか,暫く推移を見守る必要があろう。また,令和3年度以降は,@損害回復・経済的支援等への取組,A精神的・身体的被害の回復・防止への取組,B刑事手続への関与拡充への取組,C支援等のための体制整備への取組,D国民の理解の増進と配慮・協力の確保への取組という5つの重要課題を掲げた「第4次犯罪被害者等基本計画」に基づく施策が推進されることから,今後は,その推移にも注目したい
7 京都コングレス
 例年とは異なる『令和3年版犯罪白書』の特徴として,第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が,第7編を用いて取り上げられている点を指摘できる。京都コングレスは,当初,令和2年4月20日から,京都で開催予定であったが,新型コロナウイルス感染症の世界的な流行を受けて,令和3年3月7日からに延期された。日本でのコングレスの開催は,昭和45(1970)年の第4回以来,半世紀ぶりであった。
 なおも世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症への対策として,京都コングレスは,オンライン参加と議場参加を併用したハイブリッド方式が採用される異例の開催となったが,過去最多152の国と地域から約5,600人の参加登録を得て実施された。その成果として,「持続可能な開発のための2030アジェンダの達成に向けた犯罪防止,刑事司法及び法の支配の推進に関する京都宣言」(京都宣言)が全会一致で採択された。同宣言では,総論部分に続いて,京都コングレスが取り上げた@「犯罪防止の推進」,A「刑事司法制度の推進」,B「法の支配の推進」,およびC「あらゆる形態の犯罪を防止し,それに対処するための国際協力と技術支援の推進」という4つのテーマについて,行動目標が示されている。
 また,京都コングレスでは,正式プログラムである全体会合とワークショップに加えて,世界保護司会議や京都コングレス・ユースフォーラムなど,コングレスのテーマに関連する各種イベントも開催され,京都保護司宣言やユースフォーラムの京都コングレスに向けた勧告などの成果が採択された。
 第7編の記述からは,長年の準備を重ねてきたにもかかわらず,直前の不測の事態によって会議が延期となり,さらに約11か月後の開催も,オンライン参加と議場参加のハイブリッドという前例のない形式での会議運営となるなど,想像を絶する負担と重圧がかかる中で,京都コングレスが成功裏に終えられた達成感が伝わってくる。関係各位の尽力に敬意を表するとともに,今後は,こうして苦労の末に結実した京都宣言を,単なる記念碑に終わらせないように,その内容を吟味し,日本の刑事政策に取り込んでいくための検討が求められる。

V コロナ禍における犯罪と犯罪対策
1 新型コロナウイルス感染症の流行による社会の変容
 令和2年は,後年「コロナ元年」と位置づけられることになろう。1月16日に,国内で最初の感染者が確認されて以降,感染は瞬く間に全国に広がり,2月末には,政府が,全国の小・中・高等学校に対して臨時休業を要請したほか,レジャー施設の休業や文化・スポーツイベントの延期・中止も相次いだ。3月13日には,新型コロナウイルス対策の特別措置法が成立し,同法に基づく緊急事態宣言が,4月7日に7都府県に,16日には全国に出された。4月11日には,一日の感染者数が全国で720人を数えたが,その後は減少に転じ,5月21日までには,すべての都道府県で宣言は解除された。その後も,感染者数は,増減を繰り返し,「第二波」(6月下旬〜9月中旬)に続く「第三波」(11月上旬〜)のまっただ中で,令和2年は終わりを告げた。コロナ禍は,私たちのライフスタイルにも変化をもたらした。たとえば,多くの学校でオンライン授業が取り入れられ,企業でも,ICT を用いたテレワークが普及した。また,これまで以上に,ネットショッピングやデリバリーサービスを活用し,「不要不急」の外出を控える生活が定着していった。さらに,外出時のマスク着用も,多くの人にとって,当然の習慣として日常化している。
 こうしたコロナ禍がもたらした社会の変容は,犯罪や犯罪対策にどのような影響をもたらしたのか。『令和3年版犯罪白書』は,具体的に,新型コロナウイルス感染症の流行と犯罪の動向との関係について分析をしているわけではないが,そうした分析の基礎となるデータを含んでいる。しばしば「犯罪は,社会を映す鏡である」と指摘される。ならば,コロナ禍による社会の変容や人々のライフスタイルの変化も,犯罪の動向に影響を及ぼす可能性はある。もちろん,こうした点に関する本格的な分析や検討は,日本が,なおも続くコロナ禍を脱却した後に,より多くのデータに基づいて多角的に取り組まれるべき重要課題であるが,せっかく「コロナ元年」の犯罪とその対策に関して,まとまった情報がそろったこの機会に,そうした点について若干の考察を試みたい。
2 犯罪の動向への影響
 こうした考察の最初に目にとまるのは,刑法犯認知件数が,前年までよりも大幅に減少した点であろう。近年,認知件数が減少傾向にある中でも,令和2年の減少率が際だって高い要因として,コロナ禍の社会や生活行動様式の変容(外出の自粛による犯罪の機会の減少など)の影響を仮説として立てることは許されよう
 ところが,罪種別の認知件数に目を転じると,こうした刑法犯の認知件数の大幅な減少をもたらしているのは,窃盗に限られており,他の罪種は,コロナ以前と顕著に異なる傾向は認められなかった。むしろ,窃盗罪の中でも,特殊詐欺に関連する払出盗の認知件数は,令和2年も大きく増加した。また,脅迫も,令和2年に,前年比3.3% の増加を記録した。
 こうした事実からは,コロナ禍の社会の変容やライフスタイルの変化が,犯罪の動向に与えた影響は限定的なものにとどまるという結論を導くことができるかもしれない。むしろ,コロナ禍でも,例年と大きく変わらない多様な種類の犯罪の認知件数からは,「犯罪」という問題の根深さを再認識させられる
3 コロナ禍における犯罪者処遇
 欧米では,物理的に感染リスクを低下させるには限界がある矯正施設での新型コロナウイルスへの集団感染(クラスター)が,多数報じられている。また,クラスターを回避するため,矯正施設から受刑者を釈放する措置がとられたとの報道も目にする。たしかに,閉鎖された空間への収容を本質とする矯正施設は,一般社会以上に,大きな困難に直面していることは想像に難くない。『令和3年版犯罪白書』は,そうした困難に立ち向かう日本の矯正保護の現場の取組みを紹介している。
 法務省では,最初の緊急事態宣言が出された直後の令和2年4月6日に,早くも「法務省危機管理専門家会議」を開催して対策などを議論し,同月13日には,同専門家会議の下に「矯正施設感染防止タスクフォース」を設置し,逃走防止の観点から窓や扉の開放が困難で,三密が生じやすいため,感染症が発生した場合に,拡大のリスクが大きいといった矯正施設の特性をふまえて対応策を検討し,同月27日には,「矯正施設における新型コロナウイルス感染症感染防止対策ガイドライン」を策定した。各施設は,これを受けて,マニュアルを作成し,職員の研修を実施するなどして,新型コロナウイルス感染症に対する理解の促進を図り,職員間でさまざまな感染予防策を実践した。さらには,処遇においても,刑務作業,矯正指導が,特定警戒都道府県に所在する刑事施設で当面見合わせられ,その他の刑事施設でも,少人数化,十分な換気や人と人との距離の確保など感染対策が講じられて,実施されるなどの取組みが行われた(同様に,少年院における諸活動も,ガイドラインなどに基づき,感染防止対策を講じた上で,実施された。)。こうした取組みの成果として,日本では,令和3年3月末日までの新型コロナウイルス感染者は,職員127人・被収容者289人が報告されるにとどまっている。
 他方,こうした状況下で実施された刑務作業では,一部の刑事施設において,民間企業からの依頼を受け,布マスクの制作が開始され,また,関係省庁からの要請に応じて,全国42庁で,医療現場で不足していた医療用ガウン120万着が作成され,地方公共団体や民間企業に納入された。これらの作業は,コロナ禍で,家族や社会に何もできないもどかしさを感じていた受刑者のモチベーションにもつながったとされる。
 更生保護においても,新型コロナウイルス感染症へのさまざまな対策が講じられた。たとえば,緊急事態宣言下の大阪では,保護観察官・保護司と保護観察対象者の間での面接を対面から電話などの代替手段に切り替え,処遇プログラムを延期するなどの措置がとられた。また,専門的処遇プログラムも,個別処遇に替えて実施するなどの対応がとられた。緊急事態宣言解除後は,保護観察官や保護司と対象者の対面での面接や専門処遇プログラムが徐々に再開されていった。
 何より,検挙率に始まり,検察段階での被疑事件の処理人員,裁判段階での終局処理人員,刑事施設の収容人員,保護観察開始人員など,犯罪対策の主な数値は,いずれも前年までの推移の延長にあり,明確に新型コロナウイルス感染症の流行による影響を見出せるものはなかった。このように,社会全体が「緊急」事態にある中で,「通常」を維持した関係機関・関係者各位の努力はいくら強調してもしすぎることはない。

W むすびに代えて
 本書で取り上げたうち,第1編から第6編は,いわゆる「ルーティン部分」で,基本的に,毎年,同様の構成が採用されている。もちろん,時代の変化による取捨選択や刷新は必要であろうが,変わらずに積み重ねられた情報であるからこそ浮かび上がってくる犯罪と犯罪対策の実像もある。来年の犯罪白書も,「ルーティン部分」は,コロナ禍における犯罪と犯罪対策について整理されることになる。そうして集積された情報を,コロナ禍の収束後の情報と比較し,さらには,関係者らへのアンケートやインタビューなどの「質的調査」も加味して,新型コロナウイルス感染症の流行が,日本の犯罪と犯罪者対策に何をもたらし,あるいは,もたらさなかったのか,本格的な研究がなされることを期待したい。『令和3年版犯罪白書』は,その際にも活用可能な情報を盛り込んだ貴重な資料として,例年の白書以上に重要な意義を有する。
(同志社大学法学部教授)

1 第4次犯罪被害者等基本計画については,国家公安委員会・警察庁編『令和3年版犯罪被害者白書』を参照。
2 たとえば,瀬川晃『犯罪学』(成文堂,1998)9-11頁。
3 ただし,認知件数は,「警察の捜査方針や活動エネルギーを反映したもの」と解する見解(吉岡一男『刑事学』〔青林書院,1996〕223頁など)によれば,これらの数値は,警察の捜査方針や活動エネルギーが,コロナ禍でも維持されたことを意味するということになろう。
4 『犯罪白書』も活用する警察庁の犯罪統計資料にまで遡って確認してみると,凶悪犯(殺人,強盗,放火および強制性交など)の認知件数も,不要不急の外出などの行動制限が徹底された3月から5月までは,前年比で−14.9%〜−21.6% と大幅に減少していた。それにもかかわらず,平成30・令和元年と令和2年の認知件数が,それ以前の認知件数の減少率と大きく変わらない程度に収まったのは,1月(7.5%),3月(13.0%),10月(7.9%)に,前年の同月よりも認知件数が上回ったことによる。こうした数値の意味するところについては,今後のより踏み込んだ分析に委ねたい。
5 例えば,2021年10月11日現在,アメリカ合衆国では,全国の矯正施設で,受刑者42万9,451人・職員11万5,576人が新型コロナウイルスに感染し,受刑者2,615人・職員224人が死亡したとされる
6 Peter Eisler, Ned Parker & Grant Smith, Releasing Inmates, Screening Staff: U.S. Jails and Prisons Rush to Limit Virus Risks, Reuters, Mar. 23, 2020. ヨーロッパの状況については,Carmen-Cristina CÎrlig, Katrien Luyten, & Micaela del Monte, Sofija Voronova, Coronavirus and Prisons in the EU: Member-State Measures to Reduce Spread of the Virus. を参照。
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