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効果的な処遇・支援等のための薬物犯罪の実態・分析─令和2年版犯罪白書特集から─
酒谷 徳二
1 はじめに
 平成27年9月に国連サミットで採択された持続可能な開発のための2030アジェンダにおいて,持続可能な開発目標(SDGs)として17のゴール(目標)と169のターゲットが掲げられているところ,その中には,薬物乱用やアルコールの有害な摂取を含む,物質乱用の防止・治療を強化することなどが盛り込まれている。
 我が国に目を移すと,我が国は,諸外国と比べて覚醒剤等の薬物を使用した経験のある人の比率が相当に低く,一般人口における薬物汚染の程度は小さい(表1参照)。しかしながら,薬物が使用者の精神・身体に与える影響は大きく,薬物の使用が他の犯罪を引き起こし得ること,薬物の密売による利益が暴力団の資金源となっていることなどを考えると,薬物犯罪の撲滅は重要な課題であると言える。
 我が国では薬物犯罪への対応として,犯罪対策閣僚会議が随時開催する薬物乱用対策推進会議において,薬物乱用防止対策を策定し,関係各省庁が連携してその推進に当たっている。「第五次薬物乱用防止五か年戦略」(平成30年8月薬物乱用対策閣僚会議策定)では,三つの視点,すなわち,@国際化を見据えた水際を中心とした薬物対策の強化,A未規制物質・使用形態の変化した薬物への対応の強化及びB関係機関との連携を通じた乱用防止対策の強化に基づき,五つの目標,すなわち,@青少年を中心とした広報・啓発を通じた国民全体の規範意識の向上による薬物乱用未然防止,A薬物乱用者に対する適切な治療と効果的な社会復帰支援による再乱用防止,B薬物密売組織の壊滅,末端乱用者に対す

表1 我が国・諸外国における薬物の生涯経験率・過去1年経験率


る取締りの徹底及び多様化する乱用薬物等に対する迅速な対応による薬物の流通阻止,C水際対策の徹底による薬物の密輸入阻止並びにD国際社会の一員としての国際連携・協力を通じた薬物乱用防止が掲げられ,種々の施策が推進されている。刑事司法分野では,28年に刑の一部執猶予制度の運用が開始されたほか,刑事施設や保護観察所等では,薬物事犯者に対する処遇や治療・支援の充実が図られている。また,薬物事犯者の再犯防止や社会復帰に向けた取組は,「薬物依存者・高齢犯罪者等の再犯防止緊急対策〜立ち直りに向けた“息の長い”支援につなげるネットワーク構築〜」(同年7月犯罪対策閣僚会議決定),「再犯防止推進計画」(29年12月閣議決定),前記「第五次薬物乱用防止五か年戦略」等に盛り込まれ,着実な進展を見せているが,現在もなお,薬物犯罪への対応は急務である。
 そこで,令和2年版犯罪白書(以下「白書」という。)では,薬物犯罪についての再犯防止対策等の前提となる実態把握に資する基礎資料を提供等するために「薬物犯罪」と題した特集を組んだ。
 本稿では,白書特集を抜粋して紹介し,分析するなどしていく。紙面の都合上掲載できなかった図表等については,法務省ウェブサイトで掲載している白書を参照されたい。なお,本稿中,白書の記述を超えた分析,意見や評価にわたる部分は,筆者の個人的見解である。
2 薬物犯罪の動向等
(1)検挙状況等
 ア 検挙状況─覚醒剤は減少・大麻は若年層を中心に急増,薬物の害悪等の広報啓発活動の充実強化が必要
 近年,刑法犯を中心に,犯罪の認知件数が減少の一途をたどっているが,薬物犯罪の中で最も検挙人員の多い覚醒剤取締法違反については,検挙人員が減少傾向にあり,令和元年においては44年ぶりに1万人を下回ったものの,8,730人といまだ高い水準を維持している一方(図2参照),大麻取締法違反の検挙人員が急増している(図3参照)。それぞれについて年齢層別に見ると,覚醒剤取締法違反については,30歳代以下を中心に減少しており,40歳代以上の構成比(令和元年は約60%)が高くなっている(図4参照)。新たに検挙される30歳代以下の世代が減少していることから今後も減少していく可能性があるものの,検挙人員が増加している大麻から移行する可能性も完全には否定できず予断を許さない状況である。他方,大麻取締法違反については,20歳代・30歳代の構成比が約7〜8割の状況が続いており,若年

図2 覚醒剤取締法違反 検挙人員の推移



図3 大麻取締法違反等 検挙人員の推移(罪名別)



図4 覚醒剤取締法違反 検挙人員の推移(年齢層別)


層とりわけ20歳代の増加が著しい(図5参照)。
 覚醒剤取締法違反の減少について分析すると,同一罪名検挙歴なしの者も減少しているが,同一罪名再犯者も減少傾向にあることから,再犯防止のための各種施策が奏功していることが要因である可能性がある。
 大麻取締法違反の急増について分析すると,危険ドラッグに係る犯罪の検挙人員は大麻と対照的に減少しており,危険ドラッグの使用者が移行したものという可能性は否定できない。また,大麻は覚醒剤の精製と比較し,栽培が容易であったり自生していたりすることや大麻が合法となっている国・地域があることにより,大麻の害悪について誤解するなどしていること,インターネットにおける誤った情報を鵜呑みにする若者がいることも要因となっている可能性がある。したがって,薬物の害悪等についての正確な情報を提供するなどといった広報啓発活動の充実強化が重要である。また,児童自立支援施設における調査(注1)において,周囲の薬物乱用や周囲から薬物乱用を誘わ

図5 大麻取締法違反 検挙人員の推移(年齢層別)


れた経験が本人の薬物乱用に関連するとの結果から,薬物非行の予防として人間関係が重要であることが示唆されている。
なお,我が国における,薬物使用経験がない者を対象に薬物使用をしない理由を聞いた調査(注2)によると,「そもそも薬物に興味がないから」が72.0%で最も高く,次いで「法律で禁止されているから」の70.0%,「身体や精神に悪影響があるから」が56.8%であった。薬物使用経験がない者に限っては,そもそも薬物に興味がないことに加え,法律で禁止していることが薬物使用を抑止している可能性も示唆されている。
 イ 使用状況─大麻使用者は増加,過去1年経験者数は推計約9万人
 我が国の15〜64歳の一般住民(7,000名)を対象とした全国住民調査(注2)において,薬物の中で大麻の生涯経験率は最も高く・過去1年経験率は2番目に高かった(表1参照)。大麻の生涯経験者数は約161万人,過去1年経験者数は約9万2,000人と推計され,大麻使用者は増加している。なお,覚醒剤は前者が約35万人,後者が約3万6,000人となっている。検挙人員は薬物使用者全体の氷山の一角であると推測され,このことを踏まえた対策が必要である。なお,同調査結果において,大麻使用の増加の要因は,大麻使用に誘われた経験や過去1年以内に誘われた経験がほかの薬物と比べて突出しており,入手機会が増加していること,大麻使用を肯定する考えが若者に広がっていること,危険ドラッグからの転向の可能性が推定されている。
(2)取締状況─押収量は増加,水際対策の徹底が重要
 押収量について見ると,覚醒剤・コカインの令和元年の押収量は平成元年以降最多である。また,密輸入事犯についてみると,覚醒剤の令和元年の摘発件数は前年の約2.5倍に急増している。検挙人員は減少しているが,押収量等は増加している。前記のとおり我が国には相当数の薬物使用者が存在し一定の需要があること,覚醒剤の末端密売価格が他国よりも高いことなどが要因である可能性がある。違法薬物の流通量の減少のためには,関係機関との連携や国際協力の活用等による水際対策の徹底が重要である。
(3)科刑状況─単純執行猶予等が一定数存在,入口支援や求刑時に保護観察を求めるなどの対応が重要
 令和元年の地方裁判所における有期刑(懲役)の科刑状況別構成比を見ると,覚醒剤取締法違反については全部執行猶予が37.0%(うち単純執行猶予は90.3%),大麻取締法違反については全部執行猶予が85.9%(うち単純執行猶予は95.7%)となっている(令和元年における全部執行猶予者全体のうち単純執行猶予は93.3%)。覚醒剤取締法と大麻取締法の各違反の量刑の違いは,有前科者率の違い(覚醒剤取締法違反75.4%,大麻取締法違反32.6%(令和元年)),法定刑の上限の違い等が影響している可能性がある。
 起訴猶予となる者も一定数存在しており(覚醒剤取締法違反9.1%,大麻取締法違反35.7%(令和元年)),矯正・更生保護における処遇に至らない者が一定数存在する。しかしながらこれらの者は薬物依存である可能性がある。また,一例に過ぎないが,後述するように,ネガティブな感情等が薬物使用の引き金となる者もおり(図8参照),これらの者が刑事処分を受け,ネガティブな感情等になったときに薬物の再使用に至る可能性も否定できない。また,精神医学的な問題を有する者も存在する可能性がある。このように薬物犯罪を繰り返すおそれがあったり,支援が必要な者が存在し得ることから,これらの者に対して必要に応じて薬物使用に関する治療や支援がなされることが再犯防止等の意味で重要である。具体的には,必要に応じて入口支援がなされたり,求刑時に保護観察を付することを求めるなどすることによって,その後の社会生活における治療・支援を確保・維持できるように方向付けることが重要であると思われる。
(4)再犯─覚醒剤事犯者の再入率は高い
 覚醒剤取締法違反の出所受刑者の5年以内再入率は,窃盗と共に,他の罪名の出所受刑者と比べて高い(図6参照)。出所事由別に見ると,満期釈放者が仮釈放者よりも高いが,いずれも出所受刑者全体と比べて高い。また,入所度数別(1度,2度及び3度以上の別)に見ると,入所度数が多い者ほど再入率が高い。これらのことから,再犯防止対策の観点からも薬物犯罪への対応は急務であると言える。

図6 覚醒剤取締法違反 出所受刑者の出所事由別再入率


(5)矯正の状況─女性入所受刑者に占める覚醒剤事犯者の比率は高い
 覚醒剤取締法違反の入所受刑者人員は,全体の入所受刑者人員と共に近年減少傾向にあり,令和元年は4,378人であり,入所受刑者総数に占める比率は近年20%台で推移している。女性入所受刑者総数に占める比率は30〜40%台で推移しており,全体に比べ高い。
(6)更生保護の状況─覚醒剤事犯者の仮釈放率は高い
 覚醒剤取締法違反の受刑者の令和元年の仮釈放率は,最近20年間で見ると最も高い65.9%であり,全部実刑者に限ると60.7%,一部執行猶予者に限ると81.8%である。全部実刑者も全体(58.3%)と比較し高いが,それにも増して一部執行猶予者の仮釈放率が著しく高くなっており,一部執行猶予者の仮釈放率,一部執行猶予者の人員の増加(令和元年に出所した一部執行猶予者は1,367人(前年比26.7%増))が同法違反の仮釈放率を押し上げている。同法違反の受刑者の仮釈放率の上昇は,刑の一部執行猶予制度の導入のほか,仮釈放により社会内において処遇・支援を継続することで,再犯防止や満期釈放者等誰一人取り残さない社会を実現するため,仮釈放に必要な帰住予定地の確保に向け,受皿の開拓・拡大・維持,生活環境の調整の充実・強化(地方更生保護委員会による保護観察所への指導・助言・連絡調整の開始等も含む。)がなされていることなどが要因ではないかと思われる。

3 処遇─刑事手続終了後も見据えた多機関連携によるシームレスな処遇・支援が重要
 検察庁においては,入口支援(コラムで紹介),刑事施設においては,特別改善指導の一類型である薬物依存離脱指導の標準プログラムの複線化(コラムで紹介),少年院においては,特定生活指導の一類型である薬物非行防止指導の実施,地方更生保護委員会においては,薬物犯罪の受刑者特有の問題性に焦点を当てた調査(アセスメント),保護観察所が行う生活環境の調整に対する指導・助言・連絡調整の実施,保護観察所においては,生活環境の調整の充実・強化,薬物処遇ユニットの設置,類型別処遇,薬物再乱用防止プログラム(以下「プログラム」という。コラムで紹介),自発的意思に基づく簡易薬物検出検査等の実施,薬物重点実施更生保護施設や薬物中間処遇の施行を実施している更生保護施設への委託,薬物依存回復訓練の委託,家族支援等を通じて,薬物事犯者に対する処遇の充実・強化が図られている。
 保護観察は,一定期間社会内で受けることを義務付けられたものであり,薬物依存から回復することや民間支援団体等につながることへの動機付けが必ずしも高くない者に対しても処遇・支援,情報提供等を行うことができる。具体的には,保護観察期間中,義務的にプログラムを受講させる中で,実施者と対象者及び対象者相互に信頼関係が構築され断薬のために支え合うことなどでプログラム自体がコーピングになり得る(ダルク利用者に対する調査(注3)では,メンバー同士の関係性や回復のモデルの存在といった仲間の力が断薬にプラスに作用している可能性が示唆されている。)。また,医療・保健機関を含む関係機関及び民間支援団体と連携・協働し,必要な治療・支援についての正確な情報や支援を体験する機会を提供するなどし,治療・支援につながるよう働き掛けることも可能となる。そして,これらの処遇・支援の中で関わる回復している薬物依存者が薬物依存からの回復のモデルにもなり得る。このようなことなどから,同期間中の断薬のみならず,薬物依存から回復することへの動機付けや,支援を受けることの良さを感じること,支援者という存在を肯定的に捉えられること,信頼に基づき支え合う関係を持つことの大切さを知ることなどにより民間支援団体等による治療・支援につながることへの動機付けを高めさせることなどが期待できるのである。そして,それにとどまらず,保護観察終了後を見据え,民間支援団体等による治療・支援に継続的につながることを後押しする役割をも果たすことが期待できる。保護観察期間は,薬物依存からの回復に必要な地域での治療・支援への移行期間であるとの認識を持って,薬物事犯者を関係機関等と協働して支援することがより一層求められる。
 また,「薬物依存のある刑務所出所者等の支援に関する地域連携ガイドライン」に基づき,刑事施設,地方更生保護委員会,保護観察所,地方公共団体,医療,福祉等関係機関,民間支援団体等が互いに緊密に連携して,刑事施設入所中から,刑事施設出所後の保護観察,保護観察終了後の支援までを含め,薬物依存者本人及びその家族に対するシームレスな支援を行うことができるようにしている。平成28年には刑の一部執行猶予制度の運用が開始された。これにより,刑事施設における処遇に引き続き,薬物の誘惑のあり得る社会内においても,保護観察を通じて施設内における処遇効果を維持・強化することが可能となった。同制度を通じるなどして年々シームレスな支援は深化しているものと思われる。薬物事犯者の再犯防止や社会復帰に向けた取組については,「薬物依存者・高齢犯罪者等の再犯防止緊急対策〜立ち直りに向けた“息の長い”支援につなげるネットワーク構築〜」(28年7月犯罪対策閣僚会議決定),「再犯防止推進計画」(29年12月閣議決定),「第五次薬物乱用防止五か年戦略」(30年8月薬物乱用対策推進会議策定)等にも盛り込まれている。

4 特別調査
(1)調査の概要
 法務総合研究所では,薬物事犯者の諸特性について多角的に把握し,その特性等に応じた効果的な指導及び支援の在り方の検討に役立てるため,国立精神・神経医療研究センターとの共同研究として,判決罪名に覚醒剤取締法違反を含みかつ覚醒剤の自己使用経験があり,平成29年7月から8月まで(女性については同年11月まで)に新たに入所した受刑者699人(男性462人,女性237人)に対し,質問紙調査を実施し,分析を行った。
(2)調査結果
 ア 薬物の乱用状況等─薬物乱用の問題は相当に深刻であり,早い段階からの介入が必要
 何らかの薬物乱用の開始年齢の平均は18.7歳であった。
 薬物乱用の生涯経験率は有機溶剤(男女共に約6割),大麻(男女共に約5割),処方薬(男性約3割弱・女性約4割強)の順に高い。
 最初に乱用した薬物について調査時の年齢層別に見ると,50歳以上では覚醒剤,30歳・40歳代では有機溶剤,30歳未満では大麻の割合が最も高く,各年代によって違いが認められた。若年層については大麻を最初に乱用し,覚醒剤も乱用するようになった者が一定数存在することを念頭に置き,現在大麻で検挙されている若年層に対応する必要があるように思われる。
 覚醒剤の乱用期間について,約9割が5年以上であった。  治療の目安のスケールとなる薬物依存の重症度について見ると,集中治療の対象となる相当程度・重度の者が5割近く(男女別では女性の方が割合が高い。)であり,初入者でも約4割に及んでおり,多くの初入者も治療ニーズが高く,早い段階からの介入が必要であることを示唆している。
 イ 他の犯罪との関連─薬物使用が更なる犯罪につながる可能性
 違法薬物入手のための犯罪経験がある者は23.5%であり,違法薬物の影響下での犯罪経験(薬物犯罪・交通事故を除く。)がある者が6.5%であり,薬物乱用下での自動車又はバイクの運転の経験がある者(全体の8割弱)のうち,無免許運転(初入者17.1%,再入者32.2%)や交通事故(初入者18.7%,再入者23.9%)を起こしている者も存在した。薬物犯罪は,暴力団の資金源になるだけでなく,更なる犯罪につながる可能性もあることが確認された。「薬物は他人に迷惑をかけないからやってもよい」といった言説を耳にすることがあるが,以上の結果のほか,薬物使用者の輪を広げたり,親や子どもなどの身近な者の心身の健康を損ねたり,子どもが何らかのアディクションになるリスクを高めることなどからすると,この言説は必ずしも正しくないものと思われる。広報・啓発の際には,以上の結果等も伝えることで薬物使用による影響についての正確な理解につながると思われる。
 ウ アルコール・ギャンブルとの関連─アディクションの併存が疑われる者が一定数存在
 有害なアルコール使用が疑われる者は39.3%(初入者・再入者で同程度)であり,ギャンブル依存の疑いのある者が45.0%(初入者・再入者で同程度)であった。アルコール使用自体がほかの薬物使用の引き金になり得ることはよく知られたことであるが,アディクションの併存が疑われる者が一定数存在していることを念頭に置き,必要に応じて医療等と連携しながら処遇・支援に当たることが重要である。
 エ 自傷行為等の精神医学的問題─女性の経験率が高いものの男性も一定数存在
 食行動の問題(女性の覚醒剤依存症患者の約20〜37%に摂食障害が認められるという報告(注4)もある。),自傷行為,自殺念慮,DV 被害,親との離死別や心身への暴力等の小児期逆境体験,精神疾患・慢性疾患においていずれも女性の経験率等が男性よりも高くなっている。女性の覚醒剤事犯者に対しては多角的かつ慎重な対応が必要であることを念頭に置き,必要に応じて医療等と連携しながら処遇・支援に当たることがより求められる。また,男性においても,過食や自殺念慮の経験率は約2割であるなど,精神医学的な問題を有する者も一定数存在することは念頭に置いておいた方がよいように思われる。薬物使用と精神医学的問題との関連はこれまでにも言及されてきているが,本調査結果でも関連がある可能性が示唆された。
 オ 薬物使用の引き金─男女差等を念頭に置いた指導・支援が必要
 覚醒剤使用の外的な引き金(図7参照)は,「クスリ仲間と会ったとき」,「クスリ仲間から連絡がきたとき」の順で男女共に選択した者の割合が高かった。男女の差が顕著であった項目は,「セックスをするとき」や「手元にお金があるとき」等で男性が高く,「誰かとケンカしたあと」や「自分の体型が気になるとき」で女性の割合が高かった。初入者・再入者別に見ると,割合の高い項目は,初入者・再入者間でおおむね似通っていた。
 覚醒剤使用の内的な引き金(図8参照)では,総数で「イライラするとき」,「気持ちが落ち込んでいるとき」,「孤独を感じるとき」の選択率が高かった。男女別に見ると,男性の上位項目には,「欲求不満のとき」があり,否定的な感情等を表す多くの項目で女性が顕著に高かった。初入者・再入者別に見ると,割合の高い項目は,初入者・再入者間でおおむね似通っていた。
 カ 薬物使用のメリット・デメリット─男女差等を念頭に置いた指導・支援が必要
 本人のメリットについて男女別に見ると,女性と比べて男性の割合が顕著に高かった項目は,「性的な快感や興奮を得られる」(男性60.8%,女性32.9%)及び「集中力が増す」(男性48.5%,女性38.8%)であり,男性と比べて女性の割合が顕著に高かった項目は,「現実逃避ができる」(男性37.0%,女性46.0%),「痛みや身体症状が和らぐ」(男性27.9%,女性35.4%),「やせられる」(男性7.6%,女性43.9%),「自分に対して自信を持つことができる」(男性10.4%,女性17.3%)及び「人見知りせずに人とうまく話せるようになる」(男性5.0%,女性8.9%)であり,前記引き金との関連もうかがわれた。初入者・再入者別に見ると,初入者では,「集中力が増す」(51.4%)の割合が最も高く,次いで,「性的な快感や興奮を得られる」・「ゆううつな気分や不安を忘れることができる」(いずれも45.3%),「疲れがとれる」(44.2%)の順であった。再入者では,「性的な快感や興奮を得られる」(53.5%)の割合が最も高く,次いで,「ゆううつな気分や不安を忘れることができる」・「疲れがとれる」(いずれも44.2%),「集中力が増す」

図7 覚醒剤を使用したくなった場面(外的引き金)(男女別)



図8 覚醒剤を使用したくなったときの感情等(内的引き金)(男女別)


(43.1%)の順であった。「自分に対して自信を持つことができる」(初入者19.3%,再入者10.4%)及び「人見知りせずに人とうまく話せるようになる」(初入者9.9%,再入者5.0%)については,割合はさほど高くないものの,初入者・再入者間で顕著な差が見られた。
 デメリットについては,男女共に9割を超える者が「逮捕されて刑務所に入ることになった」を選択し,6割を超える者が「周囲からの信頼を失った」及び「家族との人間関係が悪化した」を選択していた。女性と比べて男性の割合が顕著に高かった項目は,「友人との人間関係が悪化した」(男性61.7%,女性53.2%)であり,男性と比べて女性の割合が顕著に高かった項目は,「自分が嫌になった」(男性43.9%,女性59.1%),「精神的に不安定になった」(男性34.6%,女性53.2%),「身体の調子が悪くなった」(男性32.3%,女性42.2%),「薬物中心の生活になって他の事柄への興味・関心がなくなった」(男性23.2%,女性33.3%)及び「気分が落ち込むようになった」(男性17.7%,女性32.1%)であり,女性は心身への影響をデメリットと感じる者が多いことがうかがわれた。初入者・再入者別に見ても,初入者・再入者共に上位3項目については同じであるが,「周囲からの信頼を失った」及び「家族との人間関係が悪化した」の周囲との関係についての2項目については再入者が顕著に高く,再入者の方がより身近な人間関係の悪化や信頼の喪失を実感していること,周囲との関係の大切さを実感している可能性があることがうかがわれた。
 キ 覚醒剤を断薬した理由−男女差への着目や身近な者からのサポートが重要
 男女別に見ると,男女共に,「大事な人を裏切りたくなかった」が5割を超えて最も高く,次いで,「逮捕されたり受刑したりするのは嫌だという思いがあった」(男性55.1%,女性48.6%)の順であった。女性と比べて男性の割合が顕著に高かった項目は,「仕事がうまくいっていた」(男性46.9%,女性36.0%)であり,男性と比べて女性の割合が顕著に高かった項目は,「子育て中だった」(男性17.7%,女性31.4%),「身体が健康だった」(男性13.8%,女性22.9%)及び「病院や回復支援施設などで治療や薬物使用をやめるための支援を受けていた」(男性7.9%,女性15.4%)であった。
 初入者・再入者共に,「大事な人を裏切りたくなかった」が5割を超えて最も高く,次いで,初入者では,「周りに覚せい剤をすすめる人がいなかった」(47.7%),「逮捕されたり受刑したりするのは嫌だという思いがあった」(45.4%)の順であり,再入者では,「逮捕されたり受刑したりするのは嫌だという思いがあった」(55.4%),「仕事がうまくいっていた」(44.4%)の順であった。また,「家族や交際相手などの大事な人が理解・協力してくれた」では,初入者(32.3%)と再入者(43.4%)の割合の差が11.1pt と顕著であった。デメリットと同様,再入者は,身近な人間関係の悪化や信頼の喪失を実感していること,周囲との関係を大切に思っていることとの関係があることがうかがわれ,身近な者からのサポートが重要であることがうかがわれた。
 精神保健福祉センター及び医療機関を利用する家族に対して個別相談や家族心理教育プログラムを提供し,その効果検証を行った研究(注5)では,同研究の参加登録をした家族のうち,登録時未治療であった本人の約7割が家族の登録時から1年以内に治療支援につながっていることから,家族支援が本人の治療支援状況の改善にも良い影響を及ぼすものと考えられるとの研究成果が報告されており,本人の断薬のための支援という意味でも家族支援の重要性が示唆されている。
 ク 関係機関の支援についての経験・意識─情報提供と動機付け,連携方法の工夫が重要
 専門病院,精神保健福祉センター等の保健機関,ダルク等の回復支援施設及びNA 等の自助グループといった関係機関の利用状況は,約5〜20%であった。初入時に,刑事施設や保護観察所等で情報提供したことが奏功してか,存在を知らなかった者は再入者よりも初入者の方が高く,存在を知っていたが支援を受けたことがない者については,初入者よりも再入者の方が高く,約6〜8割であった。
 支援を受けたことがない者について,その理由として多く選択されたのは,総数で,「支援を受けなくても自分の力でやめられると思った」,「支援を受けられる場所や連絡先を知らなかった」,「支援を受けて何をするのかよくわからなかった」の順であり,「やめる気がなかった」と回答した者も一定数存在した。
 関係機関から受ける支援への良いイメージについての質問への回答としては,専門病院及び保健機関では専門的な助言・支援を期待する項目が上位であり,回復支援施設及び自助グループでは仲間や支援者の獲得を期待する項目が上位であった。同じく悪いイメージについての質問への回答としては,いずれの関係機関においても,「お金がかかる」,「時間がかかる」といった経済的・時間的な負担を懸念する項目が上位5位以内に位置していた。そのほか,専門病院及び保健機関では,「薬物を再び使ってしまった場合,通報(逮捕)される」,「入院や入所を強引に勧められる」,回復支援施設及び自助グループでは,「薬物仲間(他の覚せい剤使用者,売人)や新しい誘惑が増える」,「薬物のことを思い出し,かえってやりたくなる」,「同じ支援を受ける周りの人との人間関係が面倒くさい」等が上位であった。薬物をやめるつもりがない,薬物依存であることを認めたくない,他者に頼りたくない・頼れないといったことなどから,支援についての悪い情報等を都合良く選択的に取り上げていたり,情報提供を受けていても聞いていなかったり,忘れていたりするため正確な理解をしていない可能性等も考えられるが,支援を受ける動機付けを高めつつ,正確な情報提供をすることが重要であることを示唆している。
 どのような状況であれば支援を受ける気になると思うかについての質問への回答としては,「自分の力ではやめられないと感じれば」,「家族や交際相手などの大事な人が理解・協力してくれれば」,「刑務所や保護観察所等から具体的な場所や連絡先などを教えてもらえれば」等が上位であった。「刑務所の中で,プログラムやグループを体験したり体験者から詳しい話を聞ければ」については,再入者と比べて初入者の割合が顕著に高かった。刑事施設や保護観察所において,本人及び家族や本人にとって身近な者に対し,関係機関についての具体的な情報提供や支援を受けることへの積極的な動機付けを行い,薬物事犯者に,関係機関の存在・役割等についての認知度を高め,支援を受けることの意義を理解させたり,前記のように家族に対する支援を行っていくことなども重要であると思われる。
 前記の支援を受けたことがない理由と合わせ,自分の力でやめられるか否かに関する回答が最も多く選択されている。薬物使用者はSOS を出すことが苦手で,自分自身の困りごとやネガティブな感情を表明せず,自分で何とかしようと薬物を使っている場合等もあるとされるが,単に自分の力で何とかなると思っている,自分の力では何とかならないかもしれないが他者の支援を受けたくない,過去の虐待等により助けてもらえると思えなかったり自己破壊的で他者の支援を受けるといった選択肢が自分の中で全くないなどといった様々な者が存在することが想定される。支援につながり得る困難さの程度は様々であると思われるが,援助希求がなくても処遇・支援者から働き掛けることで,支援を受けることについての動機付けを高め,支援につなげていくことの重要性を示唆している。簡単な働きかけで支援につながる者などもいるかもしれないが,仮に援助を求めることが困難な者がいたとしても,医療等と協働して時々で優先すべき必要な治療等を合わせて実施するなどしつつ,刑事施設や保護観察所等での指導・支援の中で,人とのつながりを通じて支援を受けることの良さや安全さを体感させ,自分の力のみを頼る以外の選択肢も試してみる価値があることを理解させながら,家族等の本人の身近な者を支援したり,関係機関で協働し薬物依存に関する支援等の情報提供等をするなどして対応していくことになるかと思われる。
 薬物事犯者は,それぞれ,薬物の乱用歴,薬物依存重症度,他に抱える問題の有無・内容,薬物の再乱用につながりかねない環境の有無,薬物再乱用防止をサポートし得る環境の有無等が異なる。薬物事犯者に対する処遇・支援に当たっては,本調査結果を踏まえつつ,これら個々の抱える事情や特性を十分に見極めながら,きめ細かい処遇・支援を行う必要があると思われる。
 なお,本調査は平成29年に行われており,刑の一部執行猶予制度開始後の連携がより進んだ処遇・支援を,刑事施設入所直後の調査実施時点で既に受けていた者は少ないと考えられることは御承知おきいただきたい。また,法務省のウェブサイトで公開している研究部報告62「薬物事犯者に関する研究」では,依存重症度別に分析しているので合わせて読んでいただきたい。

5 おわりに
 白書の特集では,以上のほか,薬物の害悪等の概要,薬物関係法令の変遷,国際的な薬物犯罪対策等,薬物犯罪に関する様々な情報を掲載し,その実態把握に資するよう努めた。刑事司法,医療・保健・福祉,民間支援団体等で薬物事犯者の処遇・治療・支援や施策の企画・立案に携わる方々等において,白書を広く読んでいただき,薬物事犯者についての理解が深まり,薬物事犯者に対する効果的な処遇・治療・支援や施策の企画・立案に生かされるとともに,読んでいただいた方々において薬物事犯者に対する誤解や偏見が緩和され,そして薬物事犯者のスティグマが緩和され,薬物事犯者の再犯防止・改善更生,薬物依存からの回復,薬物事犯者本人や身近な人ひいては地域社会全体にとってのより良い生活に少しでも寄与することができれば幸甚である。
(法務省法務総合研究所研究部室長研究官)

1 庄司正実ほか「全国の児童自立支援施設における薬物乱用・依存の意識・実態に関する研究」薬物乱用・依存状況の実態把握と薬物依存症者の社会復帰に向けた支援に関する研究(2020)
2 嶋根卓也ほか「薬物使用に関する全国住民調査(2019年)」薬物乱用・依存状況の実態把握と薬物依存症者の社会復帰に向けた支援に関する研究(2020)
3 嶋根卓也ほか「民間支援団体利用者のコホート調査と支援の課題に関する研究」刑の一部執行猶予制度下における薬物依存者の地域支援に関する政策研究(2018)
4 松本俊彦「アルコール・薬物依存症と摂食障害との併存例をめぐって」精神神経学雑誌112(8)(2010)
5 近藤あゆみほか「精神保健福祉センターにおける家族心理教育プログラムの開発研究」薬物乱用・依存状況の実態把握と薬物依存症者の社会復帰に向けた支援に関する研究(2020)
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