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犯罪白書
薬物犯罪者の再犯防止と社会復帰─『令和2年版犯罪白書─薬物犯罪』の特集を読んで
太田 達也
1 はじめに令和2年版犯罪白書(以下,白書という。)は,「薬物犯罪」の特集を組み,薬物犯罪や非行の動向,薬物犯罪者に対する処遇の現状に加え,法務総合研究所が国立精神・神経医療研究センターと共同で行った特別調査の結果を基に覚醒剤取締法違反の受刑者について薬物乱用の実態を分析している。本稿では,本特集の内容を俯瞰しながら,薬物犯罪と薬物乱用の状況を確認するとともに,薬物犯罪者の再犯防止と社会復帰に向けた刑事司法制度の在り方について考察を行うこととする。
2 薬物犯罪の動向
覚醒剤取締法違反の検挙人員は,流行のピークを迎えた昭和50年代後半以降,概ね減少傾向にある(7-4-1-2図)。年齢別に見ても10代から30代までの検挙人員が一貫して減少傾向にあるのは望ましいことであるが,反対に,令和元年はやや減少したものの50代以上の中高年層が増加しているのが気に掛かるところである(7-4-1-3図)。60%以上という覚醒剤取締法違反の同一罪名再犯者率からして(7-4-3-1図),これら50代の者の中にも再犯者がかなり含まれ,20代の覚醒剤取締法違反が多かった平成当時から薬物乱用を続けている者が少なくないことが想像される。こうした長期に亘る薬物乱用歴をもつ中高年の薬物からの離脱には相当困難が予想され,刑事施設や保護観察の処遇において大きな課題となろう。
大麻取締法違反の検挙人員が平成26年以降急増していることも深刻な問題である(7-4-1-4図)。特に増えているのが,10代から20代の若者である(7-4-1-5図)。白書の特別調査でも,覚醒剤取締法違反の受刑者における大麻の生涯経験率が50%以上あることが示されていることから(7-6-2-12図),若い世代の大麻経験者が,将来,覚醒剤の乱用に手を出す可能性は十分にある。こうした大麻乱用の現状が,いずれ覚醒剤事件の増加に繫がることが危惧される。
3 薬物犯罪者の再犯と薬物依存
覚醒剤取締法違反の成人検挙人員に占める同一罪名再犯者の割合は66.9%と極めて高率であり(7-4-3-1図),同法違反で起訴された者の有前科者率も75.4%に達している(5-2-2-1表)。大麻取締法違反の同一罪名再犯者率は24.4%であり,覚醒剤に比べて低いものの,それでも4人に1人は大麻取締法違反での検挙歴があり,起訴人員中の有前科者率も32.6%となっている。
覚醒剤事犯者の場合,刑事処分後の再犯率も高い。5年以内の保護観察付全部執行猶予の取消率は,毎年,30%前後に達する(7-4-3-14表)。刑事責任がやや軽く,処遇の必要性も低いとされる単純全部執行猶予の者でさえ,取消率は21%台から25%台となっている(7-4-3-3表)。後者はみかけ上の数値ではあるが,毎年,ほぼ同じ傾向にあることから,単純全部執行猶予者の再犯の実態を示しているものと考えられる。
今回の白書には,一部執行猶予の取消率も掲載されている。保護観察付一部猶予の取消率は平成29年に保護観察が開始された者で25.5%,平成30年に保護観察が開始された者で17.3%である(7-4-3-14表)。一部執行猶予の保護観察期間は平均2年と長く,出所者の再入率を考えると理解できない値ではないが,決して低くないことに留意する必要がある。
実刑を受け,刑事施設に収容された覚醒剤取締法違反の入所者に占める再入者の割合も年々上昇してきており,令和元年では男性で76.1%,女性で59.3%を占める(7-4-3-5図)。受刑者の出所後再入率も依然として高く,5年再入率は,満期釈放者で55.5%,仮釈放者でさえ41.1%に達する(7-4-3-10図)。
このように薬物犯罪者の再犯率が高いのは,薬物の乱用による薬物依存を抱える者が多いからである。従って,薬物犯罪者の再犯を防止するためには,薬物依存に対する処遇と社会復帰に向けた支援が不可欠である。しかも,薬物乱用歴が長くなればなるほど,薬物からの離脱は困難になることが窺われることから,薬物依存に対する処遇はできる限り早期に行うことが重要である。刑事手続に乗った薬物犯罪者に対しても,手続の各段階から薬物依存に対する処遇に繋げていく仕組みを設ける必要がある。
4 起訴猶予と薬物依存処遇
しかし,我が国では,刑事手続から薬物依存の処遇に繫げる二次予防の仕組みが依然として十分でない。白書で示された薬物犯罪に対する刑事司法制度の運用からもそうした状況を見て取ることができる。
まず,薬物犯罪者に対する訴追状況をみると,概して起訴率が高くなっている。特に,覚醒剤取締法違反では起訴率が70%台であり,起訴猶予率は9.1%に止まる(7-4-1-18図)。しかし,大麻取締法違反や麻薬取締法違反の場合,起訴率は50%から60%であり,起訴猶予率はそれぞれ35.7%,19.2%と低くない。これらの者の中にどの程度薬物依存の者が含まれているかはわからないが,ただ起訴猶予とするだけでは,薬物の再乱用に至るおそれがあることから,将来の薬物乱用を予防するため,起訴猶予者にも処遇の機会を提供していくことが考えられてよい。
現在でも,高齢者や障がい者で起訴猶予や全部執行猶予になった者を福祉的支援に繋げる入口支援が行われていることから,薬物事犯の起訴猶予者に対して,薬物依存の相談機関や医療機関,回復支援施設などを紹介し,処遇に結びつけていく必要がある。近年は,更生保護施設の中に,専門職員を配置し,薬物依存に対するプログラムを実施している薬物処遇重点実施更生保護施設があることから,起訴猶予者の申出を受け,これらの施設で更生緊急保護の措置を取ることも一案である。
これらは起訴猶予者に対する任意の取組みであるが,個人的には,起訴猶予に際して処遇を受けるなど一定の条件を設定し,条件を履行した場合には起訴猶予を確定させ,違反があった場合には事件の再起等を行う条件付起訴猶予の制度を導入すべきと考えており,薬物事犯者に対しても,薬物依存に対する処遇を条件とする条件付起訴猶予を適用することが早期の治療と社会復帰に効果的であろう。実際,韓国や台湾では,薬物依存のある被疑者に対し治療や処遇を受けることを条件に起訴猶予とする治療保護・教育履修条件付起訴猶予や禁絶治療起訴猶予の制度が導入されている。
5 全部執行猶予と薬物依存処遇
覚醒剤取締法違反では,狭義の不起訴を除くと,90%の者が起訴されるが,裁判では37%の者が全部執行猶予の言渡を受けている(7-4-1-20図,7-4-1-22図)。しかし,その90%以上が保護観察のない単純全部執行猶予であることから(7-4-1-22図),自ら希望しない限り,薬物に対する処遇や治療の機会はない。大麻取締法違反や麻薬取締法違反の場合,覚醒剤取締法違反よりは起訴率が低いが,全部執行猶予の比率は極めて高く(大麻取締法85.9%,麻薬取締法78.7%),保護観察に付される割合はさらに低い。特に,初犯者となると更にこの傾向が強くなると思われることから,薬物依存があったとしても,何ら処遇を受けることなく刑事手続が終わってしまうことになる。全部執行猶予になる者の中にも薬物乱用歴が長い者が含まれていることから,薬物依存に対する処遇が行わなければ,再び薬物に手を出し,再犯に至ることになりかねない。薬物犯罪者が実刑となり刑事施設に収容されるのを待つことなく,より早い段階で薬物依存に対する処遇の機会を設ける必要がある。単純全部執行猶予の再犯による取消率(見かけ上の数値)が25%前後となっていることからしても,薬物犯罪に対する全部執行猶予の裁判において保護観察がもう少し積極的に適用されることが望ましい。
それでも刑事責任の程度によっては単純全部執行猶予となることも避けられないであろうから,こうした事案に対しては,任意の支援に繋げる仕組みが必要である。白書のコラム(346 - 347頁)でも紹介されているように,近年,自治体の中には全部執行猶予判決が見込まれる者に対し薬物依存から回復する支援計画を策定し,回復プログラムや施設を紹介する取組みを行う例が見られる。さらに,福岡地検では,薬物再乱用防止事業を行う自治体と協力し,被疑者に事業の内容を説明したうえで,同意が得られた被疑者について,氏名等の情報を自治体に提供している。こうした全部執行猶予者を薬物再乱用防止プログラムに繋げる取組みは厚生労働省によっても実施されており,令和元年からは支援体制がさらに強化されている。こうした関係機関との連携によって,保護観察の付かない全部執行猶予の言渡しを受ける者についても裁判後の継続的な処遇と社会復帰支援を行い得ることから,今後,こうした取組みが全国に拡大していくことが望まれる。
6 一部執行猶予の科刑状況と執行
平成28年から導入された一部執行猶予の科刑状況は,覚醒剤取締法違反で18.0%,大麻取締法違反では2.1%,麻薬取締法違反では4.1%となっており,薬物依存者の多さもあってか,覚醒剤取締法違反で一部執行猶予の適用が多くなっている(7-4-1-20図)。しかし,覚醒剤取締法違反事件で全部実刑となった者が44.9%もおり,宣告刑の要件上は一部猶予の対象となり得る刑期3年以下の実刑が36.2%もみられる。
これらの者には薬物依存がなく一部執行猶予の必要性がなかったのであればよいが,再犯防止上の必要性がありながら,相当性などその他の理由から一部執行猶予が回避されているとすれば残念である。一部執行猶予は,刑事施設からの釈放後も一定期間猶予期間が設定され,保護観察を行い得るので,薬物依存者に対する継続的な処遇の確保という点で望ましいわけであるが,全部実刑となってしまうと,満期釈放の可能性もあり,たとえ仮釈放となったとしても,短い保護観察期間しか確保することができない。一部執行猶予の適用拡大のためにも,薬物事犯に対する裁判事情がもう少し明らかになることが望まれる。
また,気になるのが一部執行猶予の執行状況,特に不良措置の状況である。先にも示したように覚醒剤取締法違反に対する一部執行猶予の3年ないし2年取消率は,平成29年で25.5%,平成30年で17.3%となっている(7-4-3-14表)。また,同法違反に対する一部執行猶予の保護観察終了人員に占める取消しの割合は55.5%と高い(7-4-1-37図)。また,再犯期間(猶予期間に入ってから再犯までの期間。言渡しの日から猶予期間に入るまでの再犯は,猶予期間に入った日の再犯として計算)も,3月以内が22.6%,1年以内が68.9%となっている(白書330頁)。制度の施行から間もないことに加え,一部執行猶予の猶予期間(保護観察期間)の長さや刑事施設出所者の再入率等を考えると,これらの数値の評価にはまだ留保が必要であろうが,一部執行猶予を言い渡された薬物犯罪者の再犯防止が必ずしも容易ではないことが伺える。
7 刑事施設における矯正処遇
刑事施設では,平成18年から特別改善指導の一つとして薬物依存離脱指導が実施され,平成28年度からはプログラムの複線化が図られるなど薬物依存からの離脱指導が充実・強化されてきている。また,刑事施設と保護観察所で実施した薬物依存離脱指導や薬物再乱用防止プログラムに関する情報等を相互に引き継ぐことで,施設内処遇と社会内処遇の有機的な連携が図られるようになっている。
このように刑事施設における薬物依存離脱指導の充実が図られてきていることは大変望ましいことであるが,薬物受刑者の再犯・再入状況は依然として厳しい。覚醒剤取締法違反の受刑者の再入者率は上昇の一途を辿っており,再入者のうち前刑罪名が覚醒剤取締法違反である者は78.1%にも上る(7-4-3-6図)。再入までの期間は,全受刑者の平均よりは長いものの,それでも1年未満が33.9%,2年未満では57.1%と極めて短い(7-4-3-7図)。
こうした薬物事犯の再入者は,以前入所したときにも薬物依存離脱指導を受けたはずであるから,結果としてではあるが,薬物の再乱用を防げなかったことになる。こうした薬物の再入者,累入者に対しては,その問題性やリスクに応じて,複線化された薬物依存離脱指導プログラムを組み合わせて実施されているであろうが,処遇に当たっては,薬物再乱用の経緯を踏まえたきめ細かい対応を心掛ける必要がある。
8 仮釈放
覚醒剤受刑者の仮釈放率は平成27年で64.0%であるから,再入者の割合が高いにもかかわらず(7-4-3-10図),積極的な仮釈放が行われていると言えよう(受刑者全体では57.7%)。薬物依存のある者に対しては,刑事施設内での処遇だけでなく,出所後の継続的な処遇と社会復帰支援が重要であるから,仮釈放を積極的に適用していることは望ましい。仮釈放後の保護観察においては,保護観察所における薬物再乱用防止プログラムや外部の医療・援助機関における薬物依存回復プログラムが行われているほか,保護観察終了後の継続的な支援を見据え関係機関との連携も図られている。
しかし,残念ながら,覚醒剤取締法違反の仮釈放者の5年再入率は,全受刑者(29.8%)と比較して,際立って高い(41.1%)。これは,薬物依存からの離脱が容易でないだけでなく,仮釈放後の保護観察が短く,その後の依存回復プログラムや社会復帰訓練に繫がっていない者が少なくないことを示している。保護観察付一部執行猶予の者は,仮釈放後の保護観察以外に一部猶予の比較的長い保護観察が行われるため,全部実刑の者でこうした問題がより大きい。
現在,薬物依存のある受刑者を早期に仮釈放し,一定期間,更生保護施設等に居住させたうえで地域の依存回復支援に繋げていく薬物中間処遇がごく一部の施設で試行されている(白書364頁)。刑事施設での処遇期間が短くなりすぎてもいけないが,薬物再乱用の防止と社会復帰のためには,地域における比較的長いフォローアップが有効であるから,刑事施設での処遇を終えた後で早期に仮釈放し,地域における依存回復支援を自発的に受ける意思と習慣が身につくよう更生保護施設等で指導するこうした取組みをさらに拡大していくことが必要である。そのためには,薬物処遇重点実施更生保護施設以外の更生保護施設における薬物依存回復支援の体制を強化することが前提となろう。
それでも,薬物受刑者の場合,刑期がそれほど長くないことから,仮釈放後の保護観察期間は概して短く,対象者の地域定着を見守ることが十分にできない。前述のような地域における依存回復支援に繋げる努力も重要であるが,保護観察期間自体ももう少し確保できることが望ましい。立法論としては,残刑を保護観察期間とする現在の残刑期間主義ではなく,一定の保護観察期間を確保することができる考試期間主義ないし折衷主義の仕組みが検討されてよい。
9 覚醒剤受刑者の特徴─特別調査の結果より
白書では,法務総合研究所が国立精神・神経医療研究センターと共同で行った覚醒剤受刑者に対する特別調査の結果について分析を加えている。調査で明らかにされた覚醒剤受刑者による薬物乱用の実態や特徴のなかには今後の薬物犯罪対策や薬物犯罪者の処遇を考えるうえで参考となるものが少なくない。
分析対象は一定期間に刑事施設に入所した覚醒剤取締法違反の受刑者のうち調査に協力し,かつ覚醒剤の自己使用経験があると回答した者である。様々な年齢層の者が含まれているが,40代が最も多く(40.8%),30代(27.5%)がこれに続いている(7-6-2-1表)。初入者は25.9%であるが,2〜4入が49.6%,5〜9入が21.2%,10入以上が3.3%と累入者が多い。刑の一部執行猶予者も26.2%含まれている。
まず,最初に乱用した薬物としては,若い受刑者ほど大麻が多くなっている(7-6-2-8図)。最初に乱用したのが大麻であっても,最終的に覚醒剤取締法違反で受刑しているわけであるから,大麻が若者にとってゲートウェイドラックとなっていることがわかる。近年,若者の間の大麻乱用が増加していることから,将来,これらの者が覚醒剤など他の薬物乱用に発展していくことが懸念される。
何らかの薬物乱用を始めた年齢は,男女ともに平均18.7歳と極めて若い。特に,20歳未満で乱用を始めた薬物としては,有機溶剤,ガス,市販薬のほか,大麻と覚醒剤が多くなっている(7-6-2-13図)。特に,女性は覚醒剤とヘロインを20歳未満で乱用を始める割合が高くなっている。乱用の期間は覚醒剤が最も長く,これに処方薬や大麻が続いている(7-6-2-14図)。
このように若い時期から長期間に亘って薬物を乱用しているため,薬物依存の重症度を測るDrug Abuse Screening Test によると,集中治療が必要とされる「相当程度」と「重度」の受刑者が44.6%に及んでいる(7-6-2-15図)。初入者と再入者で比較した場合,「相当程度」と「重度」の受刑者の割合は再入者(46.8%)の方が高いが,初入者でも38.8%となっている(7-6-2-29図)。刑事施設に初めて収容される段階でも既に薬物依存が相当進んでしまっている者が多いということである。覚醒剤事犯者のうち初犯者の多くが単純全部執行猶予になっていることから,やはり初犯(初入ではない)の段階で薬物依存の処遇に繋げていくことを考える必要がある。
覚醒剤を使用したくなったときの感情についての調査では,「イライラするとき」,「気持ちが落ち込んでいるとき」,「孤独を感じるとき」,「さびしくてたまらないとき」等が多くなっており,生活上の不安や孤独を解消するために薬物を乱用している実態が明らかにされている(7-6-2-19図)。覚醒剤を断薬した理由として,「大事な人を裏切りたくなかった」や「家族や交際相手などの大事な人が理解・協力してくれた」が多くなっていることからも(7-6-2-22図),保護観察においては,対象者を孤立させず,家族がいる者についてはその関係維持に努めたり,回復支援施設等において薬物依存から回復に成功した人との関係を構築できるように働きかけたりすることが重要であることが改めてわかる。反対に,覚醒剤を使用したくなった場面として,「クスリ仲間と会ったとき」や「クリス仲間から連絡がきたとき」と回答している者が最も多いことから,不良交友を遮断する必要がある。
一方,「退屈で仕方がないとき」に覚醒剤を使用したくなった者が多く,断薬した理由としても「仕事がうまくいっていた」や「衣食住に困ることなく,生活が安定していた」が多くなっている。薬物依存からの回復支援を受けながら仕事に就くことは容易ではないであろうが,ある程度,処遇が進んだ段階で就労に向けた支援を行っていくことが必要である。
また,特に女性は,小児期に親の離婚や虐待,DV を経験している割合が高くなっており(7-6-2-23図),小児期の逆境体験が薬物乱用に陥る一因となっていることが考えられる。さらに,女性の場合,過食症や摂食障害,自傷行為,自殺念慮のある者の割合が高く(7-6-2-24図),依存症以外の精神疾患の診断を受けている者の割合も顕著に高い(40.2%)。女性の薬物受刑者に対しては,小児期の逆境体験を踏まえた処遇とともに,精神面でのケアや治療を併行して行っていくことが必要であろう。
薬物依存の治療や処遇に関わる医療・保健機関や回復支援施設の利用状況では,いずれの機関も「存在は知っていたが,支援を受けたことがない」が最も多く,「存在を知らなかった」者の割合も一定数見られる(7-6-2-25図)。再入者でさえ,「存在を知らなかった」者がおり,「存在は知っていたが,支援を受けたことがない」者も高率に上る(7-6-2-34図)。こうした関係機関の支援を受けたことがない理由として,3割から4割の者が「支援を受けられる場所や連絡先を知らなかった」や「支援を受けて何をするのかよくわからなかった」と回答しているほか(7-6-2-35図),「刑務所の中でプログラムやグループを体験したり体験者から詳しい話を聞ければ」,あるいは「刑務所や保護観察所等から具体的な場所や連絡先などを教えてもらえば」支援を受ける気になると答えている者も少なからずいる(7-6-2-38図)。こうした回答には受刑者の言い訳が多少含まれているとしても,刑事施設や保護観察において,薬物依存の関係機関に関する情報提供を徹底するとともに,一部の施設で行われているように,こうした関係機関と共同で回復支援プログラムを行う機会を設け,受刑中に実際にプログラムを体験させてみる価値はあるように思われる。
10 おわりに
薬物の所持や使用が犯罪である以上,これらの行為を行った者が刑事手続に乗ることを避けることはできない。しかし,白書における薬物犯罪者の再犯や再乱用の実態を見てもわかるように,薬物乱用から回復するための処遇と支援を行わない限り,幾ら薬物犯罪者を処罰しても,再び薬物乱用に至ることは明らかである。
薬物犯罪者の依存の程度が軽い早期のうちに,刑事手続の各段階から処遇や支援に繋げていく二次予防の仕組みを設ける必要がある。「ダメ,ぜったいダメ」と頑なに薬物乱用を牽制し,それに違反した者を厳格に処罰するだけでなく,適切な処遇と支援の機会を確保する体制を整えていくことが重要である。
(慶應義塾大学法学部教授)