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平成時代の刑事政策
藤本 哲也
1 はじめに
 令和元年版犯罪白書のタイトルは「平成の刑事政策」である。かつて平成元年版犯罪白書でも「昭和の刑事政策」と題する特集が組まれていたが,この平成元年版犯罪白書では,第1編「犯罪の動向」,第2編「犯罪者の処遇」,第3編「少年非行と処遇」についての記述があった後,第4編「昭和の刑事政策」となっていた。内容そのものは,昭和時代の刑事政策を詳述したものであり,戦前・戦後を通してのデータ分析がなされており,刑事政策の研究者ばかりでなく実務に携わる者にとって,我が国の昭和時代の刑事司法全般を知る上においての貴重な資料となっている。
 今回の令和元年版犯罪白書は,1冊すべてが平成時代の刑事政策に関する叙述に充てられており,冒頭に「平成期における刑事政策に係る主な動き」が一覧表となって掲載されている。これには,国際的動向や社会的事象,新しく制定されまた改正された法律等が,本文の掲載頁と共に掲示されており,また,刑事司法制度の段階ごとに分類されているので,分かり易く,読者にとって親切な構成となっている。何よりも嬉しいのは,各編の最初の頁に論述内容と関係のある写真が掲載され,数字とその説明を読むことで疲れた目と頭を休めてくれることである。コラム欄が充実していることも,今回の白書の注目すべき点である。
 平成元年版犯罪白書と令和元年版犯罪白書を読むことによって,我が国の過去一世紀に及ぶ近代刑事政策の歩みを把握・展望できるということは誠にありがたいことであり,法務総合研究所の研究官の皆様の忍耐と努力の成果に感謝の意を表したいと思う。

2 令和元年版犯罪白書の概観
1)第1編は「平成における主な法規の変遷」である。ここでは,刑罰法規と処遇関係等法規の変遷が紹介されている。
 平成時代は,専門家が一般的に認識しているよりも多くの刑事政策に関する法規が制定または改正されている。刑罰法規の変遷では,基本法である刑法等の改正が取り上げられ,罰金額等の引上げ,刑法の表記のひらがな化,危険運転致死傷罪の新設,人身売買罪等の新設,公務執行妨害・窃盗等の罪への罰金刑の導入等が解説されている他,刑の時効に関する規定の改正,自動車運転死傷処罰法の制定,テロ等準備罪の新設等も取り上げられている。
 特別法の変遷では,平成時代以前から問題となっていた類型の犯罪に対処するため新たに制定された,平成3年の暴力団対策法,麻薬特例法,平成11年の組織的犯罪処罰法等が解説されており,また,平成時代に新たに問題が顕在化した類型の犯罪に対処するために制定された,平成11年の児童買春・児童ポルノ処罰法,不正アクセス禁止法,平成12年のストーカー規制法,平成13年の配偶者暴力防止法等も取り上げられている。
 処遇関係等法規の変遷として,刑事訴訟法の一連の改正や,少年法の改正,平成16年5月の裁判員法,16年12月の犯罪被害者等基本法,17年5月の刑事収容施設法,19年6月の更生保護法等,数多くの法律について解説がなされており,その他にも,25年6月に成立したいじめ防止対策推進法や,28年12月の再犯防止推進法が取り上げられている。
 こうした数多くの犯罪対策関連法が取り上げられている背景には,白書でも指摘されている(451頁)ように,平成時代は,すべからく時代の変化速度が速くなったがために,新しい事象や犯罪手口に即座に対応する必要性や,事案の実態に即した対処をする必要性等が生じたことの他に,グローバル化に伴い,犯罪に対して国際的に取り組むための条約の国内法化が求められたことや,後述する平成時代半ば,特に平成8年以降の犯罪増加に対して,厳正な姿勢で臨む必要性が生じたことにあると言えるであろう。
2)第2編は「平成における犯罪・少年非行の動向」である。犯罪・少年非行の動向と諸外国における犯罪動向が紹介されている。
 まず注目すべきことは,平成時代の前半は犯罪が多発し,後半は犯罪が連続して減少したことである。白書は,この点に着目して,データを平成元年,15年,30年を基準として解説を試みている。
 平成時代の犯罪動向を,刑法犯の認知件数で見ると,平成元年から14年までは,年々増加傾向を示し,特に8年からは毎年戦後最多を更新して,14年には285万4,061件と戦後最高値を記録している。その後,15年に減少に転じて以降,16年連続で減少しており,30年には81万7,338件と戦後最少を更新しているのである。
 この平成時代中期からの犯罪の減少は,自転車盗や万引き等の窃盗犯の減少,ひったくりや車上荒らし等の街頭犯罪の減少によるところが大きいが,注目すべきことは,この時点で,政府が本格的に犯罪対策に乗り出したことである。平成15年9月,政府は「犯罪対策閣僚会議」を開催し,同年12月,「犯罪に強い社会の実現のための行動計画─「世界一安全な国,日本」の復活を目指して─」を策定し,平穏な暮らしを脅かす身近な犯罪の抑止等を重要課題として掲げ,政府が取り組むべき具体的施策を提示した。この事実が犯罪減少に寄与したという実証的な根拠はないが,その後,犯罪が減少したことは事実であり,犯罪対策閣僚会議は,以降,20年12月に,「犯罪に強い社会の実現のための行動計画2008」,24年7月に,「再犯防止に向けた総合対策」,25年12月には,「『世界一安全な日本』創造戦略」,26年12月には,「宣言:犯罪に戻らない・戻さない〜立ち直りをみんなで支える明るい社会へ〜」,そして,28年7月には,「薬物依存者・高齢犯罪者等の再犯防止緊急対策〜立ち直りに向けた“息の長い”支援につなげるネットワーク構築〜」を決定した。また,平成28年12月7日には,議員立法により「再犯防止推進法」が成立し,政府は,29年12月に,「再犯防止推進計画」を閣議決定しているのである。
 また, 諸外国における犯罪動向では, 国連薬物・犯罪事務所(UNODC)が実施した「犯罪情勢に対する調査」を使用して,米国,英国,フランス,ドイツの4か国と我が国の犯罪動向を比較している。我が国がいずれの犯罪類型においても,最も低い各犯罪の発生件数・発生率を示していることは言うまでもない。
3)第3編は「平成における犯罪者・非行少年の処遇」である。ここでは,犯罪者・非行少年の処遇と刑事司法における国際協力が紹介されている。細かい統計資料は白書を参照していただくとして,重要なのは新しい制度改革であろう。
 21世紀を迎えるに当たり,我が国は,国内外の要請を受けて進めてきた規制緩和・規制改革などにより,「事前規制型」の社会から「事後監視・救済型」社会へ移行することが求められた。こうした社会の変化に伴い,司法の役割が注視されるようになり,平成11年7月には,内閣に司法制度改革審議会が設置された。13年6月には,@制度的基盤の整備,A人的基盤の拡充,B国民の司法参加の3つの柱を中心とする司法制度改革審議会意見書がまとめられた。そして,13年11月には,司法制度改革推進法が成立したのである。
 この司法制度改革に関しては,16年12月までに24本の法律が国会において可決・成立しているが,その中でも,裁判の迅速化に関する法律,総合法律支援法,裁判員法が重要である。裁判員法は,21年5月21日に実施され,10年を迎えたが,これまでに,約6万6,000人の裁判員及び約2万3,000人の補充裁判員が選任されている。戦後最大の刑事司法改革と言われた裁判員制度が,平成時代に提案され,順調に機能していることは誠に喜ばしいことである。
 また,犯罪者処遇の分野においても,監獄法が全面改正され,平成17年5月に新法が成立し,18年6月に未決拘禁者等を含める改正が行われ,題名が「刑事収容施設法」と改められ,平成19年6月に施行された。この刑事収容施設法は,15年12月の「行刑改革会議提言〜国民に理解され,支えられる刑務所へ〜」を受けたものである。
 刑事施設の収容人員は,平成4年に4万5,082人まで減少した後,5年から増加を続け,18年には,昭和31年以降で最多となる8万1,255人を記録したが,刑事収容施設法が施行された19年に減少に転じて以来,毎年約2000人規模で減少し,30年末現在は5万578人であり,このうち受刑者は4万4,186人となっている。
 平成18年までの過剰収容時代には,過剰収容を解消するための手段として,11年に制定された「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」の活用により,刑事施設の整備・運営に民間のノウハウを活用した「PFI 刑務所」が,美祢・喜連川・播磨・島根あさひ社会復帰促進センターという名称で全国4か所に建設された。また,「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律」,いわゆる「公共サービス改革法」により,既存の刑事施設の各種業務の民間委託も行われている。
 また,更生保護の分野においては,平成18年6月の「更生保護のあり方を考える有識者会議」の提言等を踏まえ,20年6月,犯罪者予防更生法と執行猶予者保護観察法を整備・統合した「更生保護法」が施行され,保護観察処遇等の一層の充実強化が図られた。また,25年6月,「刑法等の一部を改正する法律」及び「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」が制定され,「刑の一部執行猶予制度」が導入された。
 こうした流れの中で,平成17年4月には,法務省矯正局及び保護局が「性犯罪者処遇プログラム研究会」を合同で立ち上げた。筆者もこの研究会のメンバーの1人であったが,平成18年度から使用が開始された性犯罪者処遇プログラムは,科学的・体系的な再犯防止の処遇方策が全国的な規模において組織されたものであり,我が国で初めての試みであった。その後,薬物乱用防止プログラムや暴力防止プログラム,飲酒運転防止プログラム等の専門的処遇プログラムが数多く実施されていることは周知のところである。
 また,平成21年4月に発覚した広島少年院での不適切処遇事案を受けて設置された「少年矯正を考える有識者会議」において,少年院及び少年鑑別所の適正な運営の在り方等について検討がされた結果,26年6月に新たに少年院法及び少年鑑別所法が制定された。
 刑事司法における国際協力としては,国際組織犯罪対策及びテロ対策,薬物犯罪対策,マネーローンダリング対策,児童に対する犯罪対策,汚職・腐敗対策等多岐に及ぶが,具体的には,平成12年に「国際組織犯罪防止条約」を採択し,29年6月には,国内担保法を整備して,同年7月,同条約及び人身取引議定書及び密入国議定書を締結したことは特記すべきである。また,15年に採択された腐敗の防止に関する国際連合条約も,29年に締結されている。さらに,矯正・更生保護の分野における国際協力としては,矯正の分野では,国際受刑者移送法に基づき受刑者移送を行っており,更生保護の分野では,29年9月に,第3回世界保護観察会議が東京で開催された。
 平成19年には,我が国も国際刑事裁判所の加盟国となり,最近では,26年に,いわゆるマネロン・テロ資金対策関連三法が成立し,1955年から5年ごとに開催されている第14回国連犯罪防止刑事司法会議も,来年4月20日から27日の8日間,京都で開催されることになっている。
4)第4編は「平成における各種犯罪の動向と各種犯罪者の処遇」である。ここでは11種類の犯罪類型が取り上げられている。
 まず,「交通犯罪」の動向であるが,交通事故の発生件数は,平成16年の95万2,720件をピークに,17年以降は減少を続けており,25年以降は,毎年,平成時代において最少を更新し続けている。ちなみに,30年は死亡者数も3,532人と昭和23年以降最少を更新しているのである。
 過失運転致死傷等による検挙人員も,平成11年及び12年に急増し,16年には90万119人となったが,その後減少し,26年以降,元年を下回る水準となっている。危険運転致死傷による検挙人員は,平成14年の322人から数値が入り始め,その後200人台から400人台で推移していたが,自動車運転死傷処罰法の施行により類型が拡大したことにより,近時は,600人を上回っている。
 道路交通取締件数は,平成4年がピークの117万2,677件であり,11年まで高止まりしていたが,12年以降は毎年減少し,30年はピーク時の4分の1以下となった。うち酒気帯び・酒酔い運転の取締件数は,9年に平成時代最多の34万3,593件となったが,その後減少傾向を示し,30年はピーク時の13分の1にまで減少している。
 次に「薬物犯罪」であるが,平成時代の覚せい剤取締法違反検挙人員は,平成元年の1万6,866人から始まり,全体として減少傾向にあるが,なお1万人を超える状況が続いている。大麻取締法の検挙人員は,1,000人台から3,000人台で増減を繰り返し,平成9年には1,175人まで減少したが,26年からは毎年増加し,30年は昭和46年以降最多の3,762人であった。一方,危険ドラッグに係る犯罪の検挙人員は,平成24年から増加し,27年には1,000人を超えたが,28年以降減少に転じている。すべての犯罪が減少傾向を示している中,大麻取締法違反だけが増加していることが気にかかるところである。
 「組織的犯罪・暴力団犯罪」は,組織的犯罪処罰法が施行された平成12年以降増加傾向にあったが,21年の758人をピークに減少に転じ,30年は再び増加して450人であった。また,平成29年の改正では,テロ等準備罪が新設されたが,29年,30年とも受理人員はいない。
 暴力団構成員等検挙人員は,刑法犯では,平成16年までは2万人前後で推移していたが,その後1万人まで減少した。特別法犯では,11年まで1万2,000人を上回っていたが,28年以降7,000人台まで減少している。ちなみに,暴力団構成員及び準構成員等の人員の総数も,16年には約8万7,000人まで増加したが,現在はピーク時の3分の1の3万人台まで減少している。
 次に,「財政経済犯罪」であるが,税法違反の検察庁新規受理人員は,所得税法違反はおおむね数十人から百数十人で推移し,法人税法違反では,100人台から300人台で推移している。経済犯罪の平成時代の検察庁新規受理人員は,強制執行妨害では平成16年の60人が,公契約関係競売入札妨害及び談合では,18年の584人が最多であった。また,会社法・商法違反では10年の162人,独占禁止法違反では7年の291人,金融商品取引法違反では24年の137人,出資法違反では15年の1,092人,貸金業法違反では15年の587人がそれぞれ最多であった。知的財産関連犯罪につき,検察庁新規受理人員は,商標法違反では17年の896人,著作権法違反では26年の453人が最多であった。
 平成時代における大きな社会変化の1つとしてインターネットの普及が挙げられるが,「サイバー犯罪」に関しては,不正アクセス行為の認知件数は,不正アクセス禁止法が施行された平成12年以降,増減を繰り返し,26年の3,545件が最多であった。ネットワーク利用犯罪の検挙件数は増加傾向にあり,30年は12年の約10倍であった。罪名別では,例えば,児童買春・児童ポルノ禁止法違反につき,30年は12年の17倍,脅迫は約18倍であった。
 平成時代になって顕著となった犯罪類型として,「児童虐待に係る事件」の検挙件数は著しく増加しており,平成30年には15年の約6.5倍となっている。被害者と加害者の関係で見ると,父親等によるものの割合が高く,母親等によるものについては,そのほとんどが実母によるものであった。
 「配偶者暴力防止法違反」の検察庁新規受理人員は,同法が施行された平成13年から数値が入り始め,24年の122人が最多である。被害者が被疑者の配偶者であった事案は,刑法犯検挙件数では,11年以降増加傾向にあって,30年は11年の約10.5倍であった。
 「ストーカー規制法違反」の検挙件数は,平成16年から統計が存在し,23年まで増減を繰り返した後,24年からは大幅に増加しており,30年は,23年の約4.3倍であった。
 次に,平成時代における「女性犯罪」であるが,女性の刑法犯検挙人員は,平成初期にいったん減少したが,平成5年以降増加傾向となり,17年に戦後最多の約8万4,000人となっている。その後は毎年減少し,30年は,元年の約3分の2であった。女子少年院入院者の人員は,平成13年に615人まで増加したが,その後減少傾向にあり,30年には13年の約4分の1となっている。
 我が国の総人口は,平成30年10月1日現在,1億2,644万人で,65歳以上の高齢者人口は3,558万人である。高齢者人口の総人口に占める割合は,30年で28.1%であり,我が国は「超高齢社会」となっている。そのため,「高齢者」の刑法犯検挙人員は,平成3年以降毎年増加して,20年の4万8,805人をピークに,その後は高止まりの状態にある。ちなみに,30年は4万4,767人であった。罪名別では,窃盗が最も高い割合を占め,特に女性高齢者では約9割が窃盗であって,しかも,万引きによる者の割合が約8〜9割という傾向が続いている。
 高齢者の入所受刑者の人員も増加傾向を示しており,高齢者率は,平成元年が1.3%であったところ,30年は12.2%となっている。特に,女性高齢者の増加が顕著であり,女性の高齢化率は,元年の1.9%が30年には16.8%となっている。高齢者の仮釈放率は,身元引受人等の問題から,出所受刑者全体と比べて低い数値を示しているが,それでも穏やかな上昇傾向にあり,平成26年以降は約4割となっている。
 「来日外国人」による刑法犯の検挙件数は,平成時代の前半に急増し,平成17年には3万3,037件となったが,その後は減少傾向にあり,1万件前後まで減少している。刑法犯検挙人員は,16年に最多の8,898人となったが,17年から24年までは減少傾向を示し,25年からは増加傾向を示している。罪名別では,窃盗が検挙件数の半数以上を占めており,傷害・暴行は増加傾向にある。
 来日外国人の特別法犯は,検挙件数・検挙人員共に,平成16年がピーク(1万5,041件,1万2,944人)であるが,その後減少し,25年からは増減を経て,近年やや増加傾向にある。
 「精神障害のある者による犯罪等」は,刑法犯検挙人員が,検挙人員総数に占める比率は,平成元年・15年・30年のいずれも約1%である。罪名別検挙人員では,窃盗が最も多く,次いで傷害・暴行である。心神喪失者等医療観察法は,平成17年7月から施行されたが,その審判の検察官申立人員は,近年300人程度であり,対象行為別では,傷害,殺人,放火が多い。また,地方裁判所の審判の終局処理人員も同程度であり,そのうち入院決定は7〜8割程度であった。
 最後に「公務員犯罪」であるが,検察庁新規受理人員は,平成15年には2万7,000人を超えていたが,近年は2万人を下回っている。罪名別では過失運転致死傷罪等が過半数を占め,次いで職権濫用罪であるが,終局処理段階で起訴に至る者はいない。
5)第5編は「平成における再犯・再非行」である。平成時代の前半が「過剰収容対策の時代」であったとすれば,後半は「再犯防止対策の時代」であったと言えるであろう。しかしながら,再犯防止対策は,今その緒に就いたばかりであり,再犯防止推進計画の達成は,今後,令和時代に引き継がれなければならないというのが偽らざる事実である。「平成30年版再犯防止推進白書」の出版は,まさに,そのことを予言するものであると言えるであろう。
 平成時代において刑法犯により検挙された者のうち,再犯者の占める比率である再犯者率は,平成初期は低下傾向にあって,平成8年には27.7%まで低下したが,その後は毎年上昇し,30年には48.8%となっている。実のところ,再犯者の人員は,18年をピークとして漸減状態にあるものの,それを上回るペースで初犯者の人員も減少しているために,こうした数値が出ているのである。
 入所受刑者中の再入者率は,平成7年まで60%を上回っていたが,次第に低下し,15年には平成時代において最低の48.1%となった。その後再び上昇して,近年は60%に迫る比率となっている。
 出所受刑者の再入率の推移を見ると,2年以内再入率,5年以内再入率のいずれも穏やかな低下傾向にある。仮釈放者は満期釈放者等よりも再入率が一貫して低く,女性は男性より,非高齢者は高齢者より,いずれも再入率が低い。罪名別では,窃盗が一貫して高く,それ以外ではかつて詐欺が高かったが,現在は,覚せい剤取締法違反,傷害・暴行がそれを上回る状況にある。
 少年の刑法犯検挙人員中再非行少年率は,平成初期は低下傾向にあって,平成9年の21.2%まで低下したが,その後上昇傾向となり,28年に37.1%となっている。少年院出院者の再入院・刑事施設入所率は,2年以内では10%から14%台,5年以内では21%から26%台で推移している。
6)第6編は,「平成における犯罪被害者」である。平成時代は,まさに,犯罪被害者やその遺族等,当事者の意見を反映し,犯罪被害者等のための施策が大きく進展した時代でもあったと言える。事実,平成時代においては,平成7年3月20日の「地下鉄サリン事件」を契機として,犯罪被害者の問題に対する社会的関心が高まり,犯罪による直接的な被害のみならず,精神面・生活面・経済面等の被害についての国民の認識が高まった。刑事司法の分野において,犯罪被害者支援のための各種施策が推進されたことは言うまでもない。すなわち,平成17年12月には犯罪被害者等基本計画が策定され,23年3月には,第2次犯罪被害者等基本計画が,そして,28年3月には,第3次犯罪被害者等基本計画が策定された。そして,各基本計画の下,@損害賠償命令制度の創設,A犯罪被害給付制度の拡充,B被害者特定事項秘匿決定制度,被害者参加制度,少年審判の傍聴制度等の創設,C公判記録の閲覧・謄写が認められる範囲の拡大,D被害者参加人に対する旅費支給制度の創設等,犯罪被害者等対策は,平成時代において格段の進歩を遂げたのである。また,最近では,地方公共団体においても,総合的対応窓口の設置や,犯罪被害者等に関する条例の制定等が行われていることにも留意しなければならない。
7)第7編は「まとめ」である。平成時代における犯罪・少年非行の動向と犯罪者・非行少年の処遇がコンパクトにまとめられている。

3 おわりに
 以上,「令和元年版犯罪白書―平成の刑事政策―」を概観したが,平成時代は高度情報化社会,超高齢社会,国際化社会であり,社会における様々な変化のスピードが上がり,核家族化が進み,ライフスタイルが多様化した時代であったと言える。
 刑事政策においては,昭和時代からの懸案事項であった各種の基本法,つまり,刑法,少年法,監獄法,犯罪者予防更生法等の改正が行われると共に,社会の変化に応じた各種犯罪対策が成し遂げられた時代でもあった。
 また,裁判員制度や被害者参加制度,犯罪者処遇への被害者等の声の反映,防犯ボランティア活動等,刑事司法制度への国民の参加が顕著となった時代でもあった。特に,平成時代における犯罪被害者等施策の進展は,昭和時代には見られなかった大きな動きであった。
 平成時代には,また,再犯防止対策が刑事政策上の重要課題となり,犯罪対策閣僚会議を中心に,政府一丸となって,犯罪対策に乗り出したエポック・メイキングな時代でもあった。刑事施設の運営が密行主義から解き放され,「国民に理解され,支えられる刑務所」として,刑事施設視察委員会・少年院視察委員会が創設され,PFI 刑務所の建設と共に,刑務所の官民共同運営が可能となったのも平成時代である。
 また,更生保護制度は,制度施行70周年を迎え,自立更生促進センター,自立準備ホーム,全国就労支援事業者機構,更生保護就労支援事業等の新しい施策が展開されると共に,矯正と保護の連携が形となって表れた時代でもあった。
 我が国は,今,最も犯罪の少ない時代を迎えようとしている。平成時代の刑事政策が令和時代の刑事政策へと引き継がれ,究極的に「犯罪のない社会」を樹立することを願って止まない。我々刑事政策を専攻する者は,「犯罪のない社会」を実現することを理想としている。そして,その理想が実現された暁には,我々は職を失うことになる。それでも「犯罪のない社会」を望むことは,自己矛盾と言えるのであろうか。

(中央大学名誉教授・犯罪学博士・弁護士)
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