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社会適応から見た高齢犯罪者
寺戸 亮二

1 はじめに
 本稿では平成20年版犯罪白書で特集した65歳以上の高齢犯罪者に関し,その社会復帰について見てみたい。なお本稿の意見に係る部分は私見であることをあらかじめお断りしておく。
 高齢の保護観察対象者(以下「高齢対象者」という。)の処遇について,私の処遇体験での記憶を手繰ると二つの事例に思いが至る。いずれも私がある保護観察所で保護観察官として勤務していた20年も前の話である。一つ目は窃盗で保護観察付執行猶予の言渡後,保護観察所に出頭してきた引受人のいない高齢の男性である。面談してみると,足元はおぼつかなく,心身の健康に大きな問題が疑われ,その後の検討・調整の結果,病院への入院手続をとったのであった。ところがいざ病院に着いても,本人は医師の診察等を拒絶し勝手気ままな行動を続け,結局病院側ももう面倒はみられないと入院継続を拒否されたため,その後,このような性格の偏りの大きい者でも受け入れてくれる病院探しに難渋することになったが,福祉等の関係機関の助言を頂くなどして,幸運にも受け入れてもらえる病院に辿り着くことができた。その後,福祉につなげる措置を取った。二つ目は,土建業の協力雇用主の許を訪問した際,たまたま話を交わした高齢の保護観察対象者についてである。彼は,「自分のような高齢で学歴も技術もない者でも,幸い健康であることとたまたま車の運転ができたことで,軽作業の傍ら,建築現場で雇用してもらえて感謝している」旨をしみじみと語った。保護観察対象者は刑務所等を出所後所持金が僅少の場合が普通であり,日銭の支給が得られることもあって土建業に就労する場合が少なくなく,高齢対象者の場合も当時としては事情に大差がなかったが,彼が語る言葉の端からは,自分の居場所が得られたことで一種の生きがいのようなものを得たことも感じられた。
 当時の私は200件近い保護観察ケースを担当していたが,それでも高齢対象者のケースで他に記憶に残るものがなく,高齢対象者は比較的稀な時代だったと思う。しかし,その後四半世紀近く経過し,一般国民のうち65歳以上の高齢者が占める比率が21%を超え,いわゆる超高齢社会を迎えた現在,高齢対象者の実態はどうなっているのであろうか。

2 増加する高齢対象者と受入れの問題
 図1は,仮釈放者及び保護観察付執行猶予者に係る保護観察新規受理人員について,対象者の高齢化に関する20年間の動向を見たものである。高齢者比が20年間で,0.8%から4.3%と上昇し,確実に高齢化が進んでいる。次に,この保護観察新規受理人員を,更に女子に限って見ると,平成19年で高齢者比は7.7%(165人)であり,高齢化は女子においてより進んでいる1。また,図2は,高齢の仮釈放者に係る保護観察新規受理人員の推移を罪名別に見たものであるが,窃盗2・詐欺に係る者の伸びが顕著であることが分かる。
 高齢対象者の問題は色々あるが,その最たるものは受入れの問題であろう。図3は,仮釈放者について保護観察開始当初の居住状況を年齢層別に見たものであるが,65歳以上の高齢者の年齢層では64歳未満で4割を占めた「親と同居」がほぼ消失し,その穴を更生保護施設のほか,「配偶者」と「その他の親族」が補っているかのように見える。ただし,次のような事情を加味すると,やや違った風景が見えてくる。平成19年で,出所受刑者全体のうち仮釈放者の占める比率は50.6%であったが,出所受刑者を65歳以上の高齢者に限ってみると,仮釈放者の比率は30.5%に過ぎず,高齢受刑者では,満期釈放者の比率が高いことが分かる。その理由を説明する具体的なデータは今回の白書には盛り込まれていないが,適当な帰住先を持たない者が少なくないなどの,受入れの問題が十分カバーされていないものと推察される。

図1 保護観察新規受理人員 (昭和63年〜平成19年)


図2 主な罪名別に見た高齢者仮釈放者に係る保護観察新規受理人員の推移
(昭和2年〜平成19年)


図3 仮釈放者に係る保護観察新規受理人員の居住状況別構成比
(平成10年〜19年の累計)


 更生保護施設に帰住した高齢仮釈放者数の推移については,図4に示すとおりであり,更生保護施設に帰住した仮釈放のうち高齢者の占める比率も徐々に上昇し,平成2年の1.4%から,19年には5.1%に達している。

図4 更生保護施設に帰住した高齢仮釈放者数の推移 (平成2年〜19年)


 この図からは「65〜69歳」及び「70〜74歳」の層がおおむね増加傾向にあり,高齢者比は平成19年で5.1に達していることが分かる。更生保護施設に帰住した高齢仮釈放者を,更に女子に限って見ると,平成19年で高齢者比は9.5%(25人)であり,高齢化は女子においてより目立っている。

3 処遇上の問題と生活課題
 冒頭で,高齢対象者の健康の問題と性格・行動上の問題を併せ持っていたことから,処遇に難渋した事例を紹介したが,高齢対象者はその他にも多数の問題を抱えている。
 平成18年8月1日から同年11月30日までの間に,刑事施設から仮釈放により出所し,全国の保護観察所で受理した保護観察事件に係る高齢対象者について,出所後おおむね1か月を経過した時点において法務総合研究所が意識調査を実施した。そのうち回答があった者110人(回答率55.3%)について,生活上の悩みや心配事に関する質問に対しては,「健康がすぐれないこと」を選択した者が約46%おり,健康の悩みに関する質問に対しては,「治療費や薬代にかけるお金がない」を選択した者が約17%いるなど,健康に関連する悩みを抱えている者が少なからずいることがうかがわれた。さらに,生活費の入手先(マルチ回答)について見ると,公的年金の受給を挙げた者が49.1%と半数に満たなかった。年金の受給がない者は,若年対象者のケースで見られるような親からの援助も期待できず,一部で配偶者・その他の親族からの支援も考えられはするが,私の保護観察処遇経験で見た事例等にかんがみると,多くを期待できない場合が少なくないと推察される。高齢対象者の就労状況について見ると,何らかの仕事をしている者が約25%,稼働意欲はあるが就労が決まっていない者が約32%いる一方で,病気を理由に稼働できないとする者が約22%いることが分かった。このように,高齢対象者は,健康の悩みを抱えている者,収入の方途が乏しい者,仕事の収入のない者が相当数おり,日々の生活に苦慮している者の存在が浮かび上がった。
 さらに,保護観察を終了した仮釈放者で,期間中に更生保護施設への委託がなされた者のうちで,処遇上の主な課題とされた領域別構成比を年齢層別に見たのが図5である。

図5 仮釈放者に係る更生保護施設入所の処遇上
認められた主な課題別構成比


 概して年齢が高くなるほど,相対的に社会生活能力や性格・行動特性という課題の割合の高さが顕著になっている。その背景には,加齢による認知・行動上の問題やトラブル等が生じていることも推察されるが,自己の生活管理がなかなかできない者や,対人関係等において問題を抱え,孤立しやすい者に対し,その必要性に応じ,理解度を確認しながら懇切な指導・援助を行うことが不可欠となる。冒頭のケースの例のように性格・行動の特性が災いして至急対応を迫られる場合もあり、その処遇は容易ではない。こうした問題のほかに,入所当初,心身ともに健康を維持している者でも,入所中に心身の不調を来す場合もあるなどの問題もあり,日ごろの生活の中での孤立感を抱く者も認められる。

4 高齢対象者の保護観察処遇と生活環境の調整
 前記のうち,3で見たように高齢対象者の抱える問題や生活課題は多岐にわたっており,具体的には,経済的にも不安定な者が多く,高齢者特有の心身上の問題点や疾病を抱えている者も少なくなく,その上,性格・行動特性から生活指導上の問題を有している者もいる一方で,一部に稼働能力がある者もいる。これまで保護観察処遇においては,こうした色々な問題の改善に対応するため,必要な支援が得られるよう福祉関係機関と連携し,他方,就労希望者については,地域の協力雇用主の開拓を努めるなどの取組をしてきているが,増加する高齢対象者に対し,個々の生活実態を踏まえニーズを的確に把握し,問題点の改善に向け,支援をより計画的に実施していく必要に迫られていると考える。
 前記の2においては満期釈放者等について受入先の問題があることを見たが,この問題は受刑者が刑事施設在所中からの帰住環境の調整の問題でもある。これまでも受刑者に対し,帰住地について環境調整を実施し,円滑な社会復帰につなげる取組がなされてきたが,平成20年6月の更生保護法施行後は,生活環境について調整すべき事項が明確に規定され,計画的に調整を行うなどの充実化が図られた。とりわけ適当な引受人が乏しい傾向にある高齢受刑者には,こうした充実化の趣旨を踏まえた根気強い調整が望まれる。

5 まとめ─今後の展望─
 平成19年における新受刑者の年齢別分布を見ると, 35歳を中心とした年齢層が最多の山を形成しているが,次いで目立つ山は56歳から59歳を中心とした年齢層である。後者の第2の山は,その年齢層が団塊の世代を含むこともあり受刑者数が多くなっていると思われる。この第2の山の年齢層が高齢者の仲間入りをする数年後は,高齢受刑者も急激に増加する可能性があり,ひいては高齢仮釈放者の人員も同様の状況に見舞われることは想像に難くない。かかる状況に臨み,今後の高齢受刑者等の社会復帰については,これまで以上に,保護観察所が中心となり,刑事施設と緊密に連携を取り,地域の福祉等の関係機関・団体との連携を図り,刑事施設在所中の段階から,生活環境の調整として,出所後円滑に福祉等の支援を受けながら自立した生活が送れるようにするなど,対象者のニーズに応じた支援を行い,もって高齢犯罪者の再犯を防止することが一層重要となってくる。現在,行き場のない刑務所出所者等について,出所後医療・福祉につなぐための仕組みを構築するべく,関係省庁間で協議が進んでいると聞いているが,今後,こうした対応が高齢対象者等にも適用されれば処遇の実施上有効な手段となろう。そして,冒頭で自分の生きがいを見出した様子の保護観察対象者のことを述べたが,高齢対象者の支援等においては,少しでも生きがいのようなものにつながる調整を願うものである。

1 高齢化が女子において顕著であることは,保護観察新規受理人員だけでなく,以下のように他の指標においても見られる現象である。平成19年において,一般刑法犯検挙人員に高齢者が占める比率は13.3%であるが,一般刑法犯検挙人員を女子に限って見ると,高齢者の占める比率は19.3%と格段に高い。また,同年の新受刑者では,高齢者の占める比率が6.2%であるが,新受刑者を女子に限って見ると,高齢者の比率は7.9%とやや高くなっている。
2 保護観察新規受理人員に係る窃盗の手口についてのデータはないが,高齢犯罪者の検挙人員において,「窃盗」の手口の81.9%は万引きである。

(法務総合研究所主任研究官)

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