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「高齢犯罪者の実態と処遇」
─急増する高齢者犯罪について─
小板 清文

1 はじめに
 平成20年版犯罪白書の特集「高齢犯罪者の実態と処遇」では,その冒頭において急増している高齢犯罪者数の動向を,警察,検察,刑事施設及び保護観察という刑事司法の各手続・処遇段階に分け,主要な数値を紹介した後に,最近の高齢者犯罪の動向とその背景について概括している。そこで,本稿では,この冒頭部分(第1章「はじめに」)を中心に紹介することで,増加している高齢者犯罪の量的な理解を促進することを目的とする。なお,同白書では,高齢者とは65歳以上の者としている。
 平成20年版犯罪白書は,そのはしがきにおいて,「現在,我が国では,総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が急速に上昇し,5人に1人が65歳以上という,他のどの国も経験したことのない『前例のない高齢社会』を迎えているが,このことは我が国の犯罪情勢にも様々な影響を及ぼしている。」と問題提起している。これは,17年前,同じく高齢犯罪を特集テーマとした平成3年版犯罪白書(特集「高齢化社会と犯罪」)がそのはしがきで,「平成2年現在の犯罪者の世界においてどの程度高齢化が進行しているのか,そしてそれが犯罪者の処遇面にどのような影響を及ぼしているのか等を調査して報告し,犯罪者の高齢化に関する有効適切な対策を講じる上で役に立つ資料を提供することを試みた。」としていたころ(同白書では高齢者を60歳以上としていた。)とは,高齢者による犯罪の量が驚くほど変化している。例えば,平成2年と19年とを比較すると,高齢の一般刑法犯検挙人員と新受刑者数はそれぞれ,約7.7倍と約5.7倍になっている。

2 急増する高齢者犯罪(各手続・処遇段階別分析)
 図1は,刑事司法の各手続・処遇段階であるところの警察,検察,刑事施設及び保護観察における人員中の高齢者数の推移を男女別に見たものである。

図1 各手続段階別・男女別高齢者数の推移


 各手続段階における高齢者の人員は男女ともに増加している。特に,一般刑法犯検挙人員では,高齢の女子の検挙人員は男子の半数近くにまで及んでいる。同検挙人員の総数は,最近10年間に約1.1倍になっているのに対して,高齢者では男子で約3.7倍,女子で約3.3倍となっている。これを新受刑者について見ると,新受刑者の総数が,最近10年間に約1.3倍になっているのに対して,高齢者では男子で約2.6倍,女子で約3.9倍にまでなっている。つまり,最近10年間について見ると,一般刑法犯検挙人員でも新受刑者数でも総数の増加は顕著ではないものの,高齢犯罪者については,その増加が著しいため,全体の人員(事件数)に占める高齢者の人員(事件数)の比率(高齢者比)は漸増しており,一般刑法犯検挙人員では平成10年の4.2%から19年の13.3%に,同じく一般刑法犯起訴人員では2.4%から6.4%に,新受刑者数では3.0%から6.2%に,保護観察新規受理人員では2.0%から4.3%にそれぞれ上昇している。
 次に,単位人口当たりの伸び率について紹介する。ここでは,高齢者人口10万人当たりの高齢者の対象人員の比率(高齢人口比)を用いている。一般刑法犯検挙人員では,平成10年に男女別にそれぞれ106.4と39.0であったものが,19年には284.2と97.4に,一般刑法犯起訴人員では,同じく18.9と1.1であったものが,19年には45.2と8.2に,新受刑者数では,7.6と0.4であったものが,19年には14.6と1.1に,保護観察新規受理人員では,3.9と0.3であったものが,19年には5.9と1.0にいずれも上昇している。これは,刑事司法の各手続・処遇段階における高齢犯罪者の伸びが,単に高齢者人口の伸びの影響を受けているのではなく,刑事司法の四つのどの段階においても単位人口当たりの犯罪者数が増加しているもので,最近10年間に高齢者がいかに刑事司法手続・処遇の中でその存在感を増しつつあるかが分かる。

3 若年層の人口比(犯罪率)に近づいている高齢者犯罪
 図2は,一般刑法犯検挙人員の年齢層別人口比(犯罪率)の推移を見たものである。最近10年間の一般刑法犯検挙人員の総数は,平成10年の32万4,263人から,16年の38万9,297人のピークを経て,19年は36万6,002人へと減少している。こうした総数の推移と各年齢層の検挙人員がどのように関連しているか,より詳しく見るために,ここでは人口10万人当たりの各年齢層別の検挙人員(人口比)で比較している。

図2 一般刑法犯検挙人員の年齢層別人口比の推移


 先ほど紹介した平成3年版犯罪白書のはしがきにおいて,「そもそも犯罪とは,若い者が若気の至りで犯すもので,大抵の者は,年を取れば分別もつき,同時に,犯罪を犯すような気力も体力も落ちるから,次第に犯罪から『足を洗う』ものだという先入観があった」とあるように,高齢者と非高齢者の各年齢層が犯す犯罪の件数やその検挙人員には,大きな開きがあるのであろうか。
 図2のように,確かに平成10年(図2の左端)においては,人口10万人当たりの検挙人員は,20歳代の298.8から70歳以上の50.1まで年齢層が上がるにつれて,単位人口当たりの検挙人員は下降している。つまり,若い者ほどより多くの犯罪を犯しやすいという常識がそのまま当てはまっている。ところが,各年齢層の折れ線は,その後何度か交差し,かつ,その差異がやや小さくなり,19年(図2の右端)では,人口比が最も低いのは70歳以上の155.8で,次に65〜69歳(230.1)となり,ここまでは平成10年と同じ順位でも,その次に高いのは,40歳代(235.0),60〜64歳(243.3),50歳代(247.7),30歳代(255.2),20歳代(410.0)と中年層の順位が入れ替わり,各年齢層間の差も小さくなっている。さらに,70歳以上の平成19年の人口比(155.8)と10年の50歳代の人口比(156.1)を比較するとほとんど差がないことから,最近の70歳以上の高齢者が,平成10年の50歳代の中年者と同等の比率で犯罪を犯していることが分かる。また,最近10年間における人口比の上昇幅を見ても,65〜69歳の高齢者では100.6から230.1と129.5ポイントと大きく上昇しているのに対して,例えば40歳代では166.1から235.0と68.9ポイントの上昇にとどまっており,高齢者ほど人口比(犯罪率)の伸びが高く(20歳代を除く。),非高齢者が犯す犯罪の水準に年々近づいていることが分かる。

4 検挙人員と受刑者数の年齢(層)別の経年比較
 図3は,平成9年と19年を取り上げて,人口分布の変化と年齢層別の一般刑法犯検挙人員を比較したもの(平成9年と19年の一般刑法犯検挙人員の総数は,31万3,573人から36万6,002人へと,16.7%増加している。)である。

図3 年齢層別一般刑法犯検挙人員・人口の推移



 平成9年と19年の人口分布は,年齢層ごとに若干高低が見られ,その影響も無視はできないものの,一般刑法犯検挙人員は,14〜19歳では9年が19年を上回っているのに対し,20歳以上では逆転し,60歳代では19年は9年の約2.5倍,70歳以上では約4.6倍となっている。平成9年までは,年齢層が上がるにつれて,ほぼ検挙人員が階段状に少なくなる傾向が見られたものの(いわゆる「団塊の世代」が含まれている年齢層はやや高くなっている。),19年では,各年齢層間の差異が小さくなっていることが分かる。
 図4は,図3と同様に,平成9年と19年の新受刑者数を比べたもの(平成9年と19年の新受刑者の総数は,2万2,667人から3万450人へと,34.3%増加している。)である。

図4 年齢別新受刑者数・人口の推移


 図4は,図3とは異なり,各歳ごとに見ていることから,総人口の分布を示す折れ線グラフと新受刑者数を示す棒グラフが高い関連性をもっていることを視覚的に把握することができる。特に,「団塊の世代」(昭和22年〜24年に生まれた者)に属する新受刑者の数は,9年(当時「団塊の世代」は48歳〜50歳くらい)及び19年(同じく58歳〜60歳くらい)ともに,ほぼ同水準を保って顕著に多いことが見て取れ,今後,高齢犯罪者の増加を抑えていかなければ,「団塊の世代」が高齢に達するとともに,現在よりもはるかに多数の高齢新受刑者が生まれるおそれがある。

5 おわりに
 以上,平成20年版犯罪白書の特集(同白書の第7編)の第1章「はじめに」に掲げられている図や数値を中心に同白書の冒頭部分を概括してみた。今回の特集では,刑事司法の各段階別・男女別・罪名別に,年齢層別人員や人口比など主要な属性を分析する上で有用なデータが多数掲載されている。したがって,考えようによっては,高齢者層の検討だけでなく,最近の若年層や中年層の特徴,犯罪と年齢との関連性,男女別・罪名別の特徴の分析等にも活用できる豊富なデータを備えているといえる。本白書を実際に手にされた方の中には,その利用・活用価値に満足される方が多いのではないかと筆者は想像している。

(法務総合研究所総括研究官)

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