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平成20年版犯罪白書の概要
郷原 恭子
はじめに

 我が国の最近の刑法犯認知件数は,平成14年に戦後最多を記録した後,依然として高い水準にありながらも,5年連続して減少している。
 一方,高齢者による犯罪は増加し続け,検挙人員,受刑者及び保護観察対象者に占める高齢者の割合は,いずれも上昇傾向にある。しかも,こうした刑事司法の各段階において占める高齢犯罪者の割合の上昇率は,総人口に占める高齢者の割合の上昇率を大きく上回っている。
 このような状況を踏まえ,平成20年版犯罪白書では,ルーチン部分において,定点観測的に19年を中心とした最近の犯罪動向と犯罪者処遇の実情を概観するとともに,「高齢犯罪者の実態と処遇」を特集した。
 本稿は,白書の構成に沿ってその主たる部分の概要を紹介するが,以上述べた特集部分に含まれている高齢犯罪者の動向等及び高齢犯罪者の保護観察については,本号に掲載されている他の論文に詳しいので,それらを参照していただきたい。
 
刑法犯の認知件数・検挙人員の推移 (昭和21年〜平成19年)


1 平成19年の犯罪の動向等

 (1) 刑法犯の概況
 昭和21年以降の刑法犯の認知件数及び検挙人員の推移は,図のとおりである。
 刑法犯の認知件数は,平成8年以降毎年戦後最多を更新し,14年に369万3,928件を記録したが,その後は,5年連続で減少し,19年は前年より18万6,144件(6.5%)減少となった。ただし,認知件数は,戦後を通じて見れば,まだ相当高い水準にある。
 例年刑法犯の認知件数の約6割を占めてきた窃盗が,平成15年以降5年連続で減少し,これが刑法犯全体の認知件数を減少させた要因となっている。窃盗を除く一般刑法犯の認知件数は,16年まで増加を続けていたが,17年以降3年連続で減少している。
 刑法犯の検挙人員は,平成10年に100万人を超えた後,翌11年以降16年まで毎年戦後最多を更新したが,17年に減少に転じ,19年は前年より5万7,022人(4.6%)減少した。
 かつて刑法犯全体で70%前後であった検挙率は,刑法犯の認知件数の急増に検挙が追い付かず,平成13年には,刑法犯全体で38.8%,一般刑法犯で19.8%と戦後最低を記録した。しかし,翌14年以降回復の兆しを見せており,19年には,刑法犯全体で51.6%(前年比0.6ポイント上昇),一般刑法犯で31.7%(同0.5ポイント上昇)となった。
 罪名別に平成19年の認知件数及び検挙率を見ると,殺人は1,199件(前年比8.4%減)・96.5%(同0.3ポイント下降),強盗は4,567件(同10.6%減)・61.1%(同1.2ポイント上昇),窃盗は142万9,956件(同6.8%減)・27.6%(同0.5ポイント上昇),詐欺は6万7,787件(同9.2%減)・41.3%(同0.9ポイント上昇)であった。
 (2) 犯罪者の処遇
 ア 検察
 平成19年の検察庁終局処理人員は,190万5,951人であり,その内訳は,公判請求12万5,787人(6.6%),略式命令請求55万8,696人(29.3%),起訴猶予95万7,907人(50.3%),その他の不起訴8万5,955人(4.5%),家庭裁判所送致17万7,606人(9.3%)であった。公判請求人員は,7年以降毎年増加していたが,17年から減少に転じ,19年も前年より1万2,242人減少した。
 イ 裁判
 平成19年の地方・家庭・簡易裁判所の通常の公判手続による終局処理人員は,8万791人であった。また,通常第一審における科刑状況は,死刑14人,無期懲役74人,有期懲役・禁錮7万7,373人(うち執行猶予4万6,214人)であった。略式手続による罰金は,55万1,672人であった。
 ウ 成人矯正
 平成19年12月31日現在における刑事施設全体の収容人員は7万9,809人(うち既決は7万992人),収容率は93.7%(うち既決では104.4%)であった。全体の収容率は,収容定員の増加が図られたため低下してきているが,依然として刑事施設は過剰収容下にあり,全75施設中48施設(64.0%)で,収容人員が収容定員を超えている。
 PFI(Private Finance Initiative)手法(公共施設等の建設,維持管理,運営等を民間の資金,ノウハウを活用して行う新たな手法)を活用した第1号事業として,山口県美祢市に「美祢社会復帰促進センター」が建設され,平成19年4月から我が国初の官民協働による刑務所として運営が開始された。その後,同年10月から「喜連川社会復帰促進センター」(栃木県さくら市)及び「播磨社会復帰促進センター」(兵庫県加古川市)が,20年10月から「島根あさひ社会復帰促進センター」(島根県浜田市)が,それぞれ運営を開始している。
 エ 更生保護
 平成19年の保護観察新規受理人員は,仮釈放者が1万5,832人(前年比249人(1.5%)減),保護観察付執行猶予者が4,148人(同325人(7.3%)減)であった。
 更生保護の基本的な枠組みを定めていた従来の犯罪者予防更生法及び執行猶予者保護観察法の内容を整理・統合して新たな一つの法律とし,更生保護の機能の充実強化を図るための規定や制度の整備を行うことを目的として制定された更生保護法が,平成20年6月1日から施行されている(犯罪被害者等の関与に係る規定は平成19年12月1日から施行)。
 (3) 少年非行
 少年刑法犯検挙人員(触法少年の補導人員を含む。)は,平成16年以降4年連続して減少し,19年は14万9,907人(前年比1万4,313人(8.7%)減)であった。少年人口比(10歳以上20歳未満の少年人口10万人当たりの少年刑法犯検挙人員の比率)についても,16年以降連続して低下しているが,19年は1,222.2であり,依然として高水準にある。罪名別に見ると,殺人は67人(前年比6人(8.2%)減),強盗は814人(同98人(10.7%)減)であった。
 平成19年の少年保護事件の家庭裁判所新規受理人員は,19万4,650人(前年比1万7,149人(8.1%)減)であった。少年鑑別所新入所人員は1万5,800人(同2,371人(13.0%)減),少年院新入院人員は4,074人(同408人(9.1%)減)であった。少年の保護観察新規受理人員は,保護観察処分少年が3万554人(前年比3,022人(9.0%)減),少年院仮退院者が4,344人(同367人(7.8%)減)であった。
 (4) 犯罪被害者
 人(法人その他の団体を除く。)が被害者となった一般刑法犯の認知件数及びその被害発生率(人口10万人当たりの認知件数の比率をいう。)は,平成15年以降,共に減少・低下している。19年の被害発生率は,女子(823.6)と比較して,男子(1,672.9)の方が800ポイント以上高かった。19年の生命・身体に被害をもたらした一般刑法犯の被害者数は,死亡者数が1,134人,重傷者数が2,927人,軽傷者数が34,961人であった。
 法務総合研究所では,国際犯罪被害実態調査の一環として,平成12年から4年ごとに犯罪被害実態(暗数)調査を全国規模で実施してきた。20年の第3回調査は,層化二段無作為抽出法により全国から選んだ16歳以上の男女6,000人(男女同数)を対象として実施した。
 調査対象とした過去5年間の犯罪被害に遭った世帯及び個人の,捜査機関への被害申告率を被害態様別に見ると,世帯犯罪被害では,自動車盗(85.2%),バイク盗(74.1%),車上盗(66.7%),不法侵入(64.2%)の順に被害申告率が60%を超えており,個人犯罪被害では,強盗の被害申告率が比較的高い(65.5%)一方で,性的事件の被害申告率は低かった(13.3%)。同調査においては,直接の犯罪被害以外に,犯罪に関する不安等についても同時に調査しているが,犯罪に対する不安は,第1回調査(平成12年)のときが最も低く(夜間の一人歩きに対する不安について「とても危ない」「やや危ない」と回答した比率の合計が22.4%),第2回調査(平成16年)において不安が高まったが(同33.7%),第3回調査(平成20年)においては,やや改善した(同30.0%)。
 (5) 司法制度改革の推進
 平成20年版犯罪白書では,司法制度改革について,近年の刑事司法制度の改革の全体像を概観するとともに,21年5月21日から開始される予定の裁判員制度等について紹介している。なお,19年の裁判員裁判対象事件の通常第一審終局総人員は2,436人であった。

2 特集─高齢犯罪者の実態と処遇─

 (1) 特集の構成
 特集においては,まず,高齢犯罪者の動向等について,検挙,検察,裁判,矯正及び更生保護の各手続段階における高齢の対象者の人員,高齢者比等を示すことにより,高齢犯罪者が,各手続段階を通じて,実数,構成比で増加しているばかりでなく,高齢者人口の伸び率以上の高率で増加している実態を示すとともに,罪名別に見て,特に,高齢者による窃盗が数の上で多数を占めること,傷害・暴行の近年の増加が著しいこと,殺人の高齢者比が高くなってきており,かつ,刑務所の初入者の罪名に殺人が多いことなどの実態を示した。
 次いで,多角的な視点から高齢犯罪者の実態を見るために,(1)犯歴調査により,高齢まで犯罪を繰り返す累犯者や高齢になってから初めて前科を持つに至った高齢初犯者の特徴を分析し,(2)刑事事件の記録を精査する特別調査により,高齢犯罪者の一般的な諸属性を見た上で,問題性が浮かび上がった高齢者による窃盗,傷害・暴行及び殺人の4罪名について,その動機・原因,被害者との関係等の特徴について考察した。
 その上で,(3)現在の我が国における高齢の受刑者及び保護観察対象者の処遇の実情を紹介し,(4)高齢化が進んでいる諸外国の主要な統計データを紹介するとともに,韓国及びドイツについて,その処遇の実情の一端を紹介している。
 そして,それらを踏まえ,高齢犯罪者の増加の原因及びその背景,高齢犯罪者の特性に応じた対策の在り方について検討した。
 (2) 高齢犯罪者の特性に応じた対策の在り方
 ア 多様な高齢事犯者への対応
 高齢犯罪者には,高齢期特有の心身上の問題点,社会生活能力や性格・行動特性という生活指導上困難と思われる課題,疾病等を抱えている者が多いという問題に加え,単身,住居不安定,無収入の者の比率が上昇し,周囲に保護・監督する者がなく,経済的に不安定な状態にあり,自立能力に期待できない者も少なくないなど,若者や壮年者とは異なる問題がある。高齢犯罪者の心身の状況,帰住予定先の家庭・社会環境等を把握するなどして,効果的な生活環境の調整を行うなどの取組の積極化が望まれる。
 高齢受刑者については,刑務所を出所後,早期かつ確実に福祉的な支援につなげることで社会的な受け皿を確保し,自立を促して,再犯に至るリスクを最小限にする必要がある。刑務所と連携し,保護観察所が中心となって,地域の福祉等の関係機関・団体との連携を図るとともに,生活環境の調整として,刑務所在所中の段階から,出所後円滑に福祉等の支援を受けながら自立した生活が送れるよう支援を行い,また,出所してから実際に福祉等の支援が受けられるまでの間は,更生保護施設での受入れを促進して,福祉等の支援への移行準備を行うとともに,社会生活に適応するための指導や訓練を実施することで,円滑かつ確実に福祉等の支援へとつなぐことが必要である。
 さらに,就労意欲があり健康な者に対しては,法務省が厚生労働省と連携して,就労支援策を積極的に適用することも考えられる。
 イ 高齢窃盗,傷害・暴行及び殺人事犯者への対応
 高齢窃盗事犯者については,動機・原因が生活困窮にある者が多く,その場合は,就労が不可能な者については直ちに福祉的な援助につなぐ必要があり,また,就労可能な者についても,就労につなぐまでの一時的な生活の援助が得られるよう,調整を行い,その上で,金銭管理指導等の生活指導などを行うことが必要であろう。一方,対象物の所有や節約を目的として繰り返し万引きに及ぶような場合は,単なる起訴猶予で刑事手続から離してしまうのではなく,起訴猶予処分後も検察官において処分後の経過を観察し,再犯のおそれが払拭できない状況にあれば事件を再起して起訴を検討するなどの運用も,今後検討すべきと思われる。また,窃盗を繰り返し,かつ受刑歴を有する者については,社会的に孤立し安定した職も持たない傾向が見られることから,積極的な手当てを検討することも肝要と思われる。
 高齢傷害・暴行事犯者のうち,前歴がないまま高齢になった後突発的に傷害・暴行に及んだ者については,余暇の過ごし方や対人関係のスキルの習得等,社会における犯罪防止教育が必要であろう。また,数は多くないものの,常習性が顕著な者もおり,傷害については再犯を重ねても繰り返し罰金刑に処せられる傾向があるが,このような場合は,再犯防止の観点から,保護観察に付し得る処分を検討するなど,より柔軟に処分を決める必要があろう。その上,酒害教育や,感情コントロール能力を身に付けることを目的とした処遇などのサポートができるよう配慮することが考えられる。
 高齢殺人事犯の多くが親族殺であり,その多くは,前科・前歴のない者が「介護疲れ」から,あるいは「将来を悲観」して,配偶者や子供などを殺害する高齢初犯者である。これらの場合は,刑事司法機関が早期に介入して事前に防止するのは容易なことではなく,社会福祉制度一般の充実を待つ外はないものと思われる。一方,高齢の親族以外の殺人事犯者は,以前から被害者に対し不満や怒りを抱いていた者が多く,前科のある者も多く,若年時ないし壮年時の前科の処遇において,感情コントロール能力を身に付けることを目的とした処遇などを徹底することが役立つであろう。 
 (3) まとめ
 高齢犯罪者は,高齢期特有の心身上の問題を抱えている場合が多く,生活指導上の困難性も有していること,さらには,再犯を繰り返している者が多くいる,などの特性がある。そのような高齢犯罪者を多く抱える社会における根本的な対策としては,生活の安定を確立した上で,社会の中で孤立させることなく安らぎと生きがいのある生活を提供することが極めて重要である。福祉制度の充実,住居や日中活動の場の充実,稼働能力のある高齢者に対する就労支援策の検討,地域社会の協力体制の確立などの取組と,刑事司法機関における取組とを密に連携させながら,社会全体で一体となって対策を講じていくことが求められている。

(法務総合研究所研究官)

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