日本刑事政策研究会 罪と罰
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平成20年版犯罪白書を読んで
高山 佳奈子
1 はじめに

 刑法犯の認知件数は2002年(本白書は元号と西暦の両方を用いるが,本稿は国際比較をふまえ西暦を原則とする。)にピークを迎えた後,5年連続して減少した。一般刑法犯の認知件数も減少し,検挙率は改善している。そこで,「体感治安」の悪化をあおる風潮を批判し,犯罪(特に少年犯罪)の減少を強調する意見もみられる。しかし,本白書の解説は,「認知件数は,戦後を通じて見れば,まだ相当高い水準にある。」と警鐘を鳴らす。また,特集「高齢犯罪者の実態と処遇」は,日本で高齢犯罪者が諸外国に比して特に深刻な問題であるという認識である。犯罪情勢及び高齢犯罪者の動向はどのように評価されるべきか。本稿では,白書のデータを手がかりにこれを検討しつつ,外国の状況に関する若干の情報提供を行いたい。

2 犯罪の動向について

(1) 治安及び「体感治安」の改善
 研究者の間では,いわゆる「体感治安」がマスコミの報道を受けて悪化し,これが厳罰化・重罰化を押し進めたことに対する批判が強い。確かに,犯罪の認知件数は既に2003年から減少に転じた。これは,殺人や傷害,性犯罪等の刑を引き上げた2004年の刑法改正(2005年施行)よりも前である。重罰化による抑止力を期待したのだとすれば,この改正は不要だったとの見方もありうる。さらに,少年の一般刑法犯の検挙人員は2004年以降毎年減少している。人口比で見ても少年の検挙人員は大幅に低下しており,これが成人も含めた犯罪認知件数全体の減少に貢献している。刑法犯全体の少年の検挙人員は50年ぶりの低水準となり,少年比は12.5%で,白書に掲載のある1946年以来の最低新記録を9年連続で更新した。
 これに関し,法務総合研究所が2000年,2004年,2008年(1‐3月)に実施した「犯罪被害実態調査」は興味深い結果を示した。「犯罪に対する不安」はいずれも,1回目から2回目の調査にかけて悪化したが,3回目には改善しており,「体感治安」も良くなったのである。
 今後,裁判員制度の導入に伴い,刑法改正がなくとも量刑が重罰化することが予想される。だが,仮に,抑止(消極的一般予防)や社会の安心感(積極的一般予防)を目的として重罰を科しうるとしても,治安及び体感治安の双方が改善している以上,量刑水準の引き上げには理由がない。また,そもそも刑の量定は,あくまで犯人自身に必要な刑の探求たるべきであり,一般予防を重視した量刑という考え方そのものに疑問がある。
(2) 予断を許さない犯罪情勢
 しかし,認知件数の減少にもかかわらず,犯罪情勢は予断を許さない。減少の幅が年々縮小しているためである。その背景には,経済的な情勢の変化が考えられる。犯罪の発生と経済状況との間には,従来密接な関連性が指摘されてきた。例えば,過去10年間の完全失業率と一般刑法犯の発生率とを見てみると,完全失業率(%)は1998年から2007年まで4.1,4.7,4.7,5.0,5.4,5.3,4.7,4.4,4.1,3.9で,2002年の5.4がピークである(総務省統計局ウェブサイト)。一般刑法犯の発生率(人口10万人あたり認知件数)は同期間で1608,1710,1925,2149,2239,2185,2006,1776,1605,1494であり,やはり2002年の2239件を最高とし,完全失業率と似た動きをしている。
 したがって,犯罪の認知件数が減ったといっても,それは主として景気が改善したためであり,経済状況が悪化すればすぐに事態が暗転することが予測される。特に,2008年の金融危機や今後の政情の変化により,経済が不安定になれば,犯罪の減少に歯止めがかかり,あるいは再び犯罪が増える可能性も十分にある。これに重罰化によって対処するのは適切でない。犯罪を行わずに生きて行くことのできる環境と能力との調整が必要である。
 現在,よく「格差社会」の問題が論じられるが,犯罪現象においても経済的弱者が目立ってきている。1つには後で述べる高齢者がある。他に,再犯者の増加も目に付く。一般刑法犯検挙人員中の再犯者率は年々上昇して約4割に達しており,立ち直りの困難な者が増えている。さらに,女子犯罪者も,経済的弱者を含むと考えられる。一般刑法犯検挙人員における女子比は上昇傾向にあり,2007年は21.7%である。窃盗のうち万引きでは実に女子比が44.2%である。新受刑者中の女子比も戦後最高の7.2%となった。少年犯罪について見ても,一般刑法犯の検挙人員で女子比が上昇傾向にあり,2007年は23.4%である。少年院への新入院者中では,無職の(就学も就職もしていない)者が男子で35.0%なのに対し女子では48.4%に上った。新入院者中,暴力団と関係する者の割合は男子2.6%に対して女子が4.7%である。これらを見る限り,成人では生活のために窃盗を犯す女子の割合が高くなり,全体として改善傾向にある少年犯罪でも女子の状況は芳しくない。女子比の増加は,女性が社会進出を進めて男性並みに活動するようになったためではなく,むしろ逆に,職業的に成功しない者が犯罪に出ていることによると推測される。
(3) 展望
 重罰よりも,犯罪を行わずに生活できる条件を整えることの重要性をよく示すデータが,保護観察に関する数値である。執行猶予の取消しにより保護観察が終了した者と,仮釈放の取消しにより保護観察が終了した者とのいずれにおいても,有職者に比べ無職者の割合が著しく高かった。また,仮釈放者と,保護観察付執行猶予者のいずれにおいても,保護観察の開始時と終了時との有職者の割合を比較すると,開始時には低かったものが,終了時には過半数へと大きく上昇した。保護観察による生活・就職指導が成功すれば,問題を起こすことなく保護観察の期間を終えられるケースが多いのである。
 保護観察に限らず,このように犯罪者の経済的自立を支援する制度が機能すれば,再犯が防止されるはずである。2008年6月1日以降に保護観察に付された者には,分類処遇に代えて段階別処遇による体系的な保護観察が実施されているとのことであり,今後効果が期待される。

3 高齢犯罪者──日本の状況──

(1) 経済的弱者としての高齢者
 高齢者(本特集では65歳以上)の数自体の増加にとどまらず,高齢犯罪者は人口比でも急速に増加している。1988年を基準とした場合,2007年の高齢者人口は約2倍となったが,一般刑法犯検挙人員中の高齢者は5倍近く,また新受刑者中の高齢者は6倍以上に増加した。1997年と2007年との年齢層別一般刑法犯検挙人員を比べると,20歳未満では大幅な減少を示したのに対し,50代以上では増加しており,60代・70代では上昇率が著しい。高齢新受刑者は男女とも急増した。年齢によるこの相違には様々な要因が考えられるが,一般的には,若年者のほうが社会の変化への適応力があり,経済状況の好転を敏感に反映して犯罪発生率を低下させたのではないか。
 これに対し,高齢者を取り巻く状況は厳しい。親族や地域社会の絆の喪失は,犯罪の防止・犯罪者の受容の両面で高齢者に不利である。身近な縁故者に恵まれない者が多く,有配偶者の割合は,一般高齢者の男子で81.9%,女子で47.2%なのに対し,高齢新受刑者では男子22.0%,女子26.2%にすぎない。高齢受刑者は「出所後の心配事」として,「お金が無いこと」「仕事が無いこと」を挙げ,仮釈放で保護観察対象者となった高齢者の意識調査では「治療費や薬代にかけるお金がない」を選択した者が約17%にも上った。
 ここでも女性犯罪者の問題は顕著である。一般刑法犯検挙人員中,高齢女子の数は男子の半数近くに上る。女子の高齢者人口が多いことを考慮しても,全検挙人員中の女子比(2割にとどまる。)との差は明らかである。女性犯罪の年齢別構成を見ると,20‐30代では暴行・傷害や遺失物横領も多いが,高齢者では万引きが8割以上である。女子新受刑者の主要罪名は,65歳未満では初入者・再入者とも覚せい剤取締法違反が1位だが,65歳以上ではいずれも窃盗が1位であり,初入者の約6割,再入者の約8割を占める。
(2) 高齢犯罪者のプロフィール
 本特集のハイライトは,高齢犯罪者を4つの類型に分けた「特別調査」であろう。4類型とは,(1)前科・前歴のない「高齢初発群」,(2)前歴はあるが前科のない「前歴あり群」,(3)前科はあるが受刑歴はない「前科あり群」,(4)「受刑歴あり群」であり,それぞれの典型例は,(1)が電車内での痴漢,(2)が食料品等の万引き(女性),(3)が飲酒酩酊しての暴行,(4)が常習的な無銭飲食である。本調査は,類型によってかなり異なる犯罪者像を浮かび上がらせた。高齢犯罪者全体では罪名として窃盗が多いが,(1)に属する対象者の中では窃盗が皆無であった。これに対し,(2)(4)では窃盗が約6割を占める。(1)(3)(4)で女子の比率は1割に満たないが,(2)では34.0%に上る。窃盗(主に万引き)で検挙された女子が,起訴されず(一般に女子の起訴猶予率は高い)再び窃盗に及ぶケースが想定できる。居住状況は,(1)では96.7%が自宅に住んでいるのに対し,(4)ではホームレスと住居不定が36.2%もいる。有配偶者の割合は,(1)で75.0%を占めるが,(4)では23.3%にすぎない。逆に同居者のいない者は(1)で23.1%にとどまるが,(4)では77.9%が単身で暮らしている。月収入は(1)で20万円を超える者が57.5%に上るが,(4)では「なし」が36.5%もいる。
 特に興味深いのは,犯行の背景に関する調査結果である。(1)では「頑固・偏狭な態度」「自尊心・プライド」,(2)では「開き直り・甘え」「経済的不安」,(3)では「経済的不安」「開き直り・甘え」,(4)では「経済的不安」「あきらめ・ホームレス志向」「開き直り・甘え」の比率が高かった。犯罪類型別に見ると,窃盗では「経済的不安」が比較的多数を占め,傷害・暴行事犯では「頑固・偏狭な態度」「自尊心・プライド」が突出している。殺人にはいくつかのパターンがあり,介護を苦にした殺人や無理心中が典型的に見られる(高齢者では配偶者に対する殺人の割合が高い)一方で,飲酒時に自尊心を傷つけられて激高して犯行に及んだ事案や,少年時から犯罪を重ねてきた事案(これらの被害者は親族以外が多い)なども報告されている。

4 高齢犯罪者──ドイツとの比較──

(1) 日本の特殊性
 既に平成3年版犯罪白書も,受刑者中60歳以上の者の割合が,当時日本より60歳以上の人口比率が高かったドイツなどよりもはるかに高いことを指摘していた。今回の白書によれば,ドイツでは全受刑者中60歳以上の者が3.0%しかいないのに対し,日本は諸外国を大きく引き離す12.3%である。犯罪者の高齢化は多くの国で見られるが,日本ほど急速に進んだ国はない。
 本特集に関連して,筆者はたまたま,2008年9月に大阪で開催された第7回国際法医学シンポジウムのセッション「高齢者の関わる犯罪」に参加する機会を得た。ここでは井田良教授とドイツの専門家が報告をされたので,白書を補足すると思われる部分を筆者の視点から紹介したい。
 井田教授によれば,日本の高齢犯罪者の割合は,若年層の検挙人員の減少ともあいまって急速に上昇しており,特に窃盗の増加が著しいのは,被害届が出やすくなっていることもあるが,90年代以降の構造改革が新たな貧困層を生んでいることを背景とする。介護を苦にした殺人や,刑務所に入ることを目的とした犯行も多い。高齢者においては矯正の効果に疑問があり,最低限の生活水準を維持できないための再入が少なくなく,刑務所が老人ホーム化している。刑務所では,過剰収容や,軽度の刑務作業すらできない者が問題となっている。仮釈放の条件が整わず満期釈放となる者も多い。近年,立法・量刑における厳罰化の傾向が指摘されるが,高齢犯罪者への対策の必要性は,これを見直す契機ともなりうる,と教授は結ばれる。
(2) ドイツの状況
 これに対し,ドイツでは,高齢犯罪者の増加は特に問題とされていない。ハンブルク大学U・カルペン教授によれば,高齢者の検挙人員・刑務所人口の増加率は高齢者人口のそれより高いが,警察・検察が寛大な扱いをする傾向もあって数値自体が極めて小さいため,深刻な問題ではない。女子の割合も低い。元ツェレ高裁判事G・ダネルト博士は,高齢者の行う3大犯罪として,交通関係過失致死傷(約4割),万引き(女子の大部分),児童に対する性犯罪(露出行為・言語による行為を含む。)を挙げられた。これは日本にも共通しよう。ハンブルク地検B・コルト検事は,高齢者収容施設の実情を紹介された。その1つが,本白書も言及するコンスタンツ刑務所ジンゲン刑務支所である(1970年〜)。粗暴性や逃亡のおそれのない者が収容され(受刑中に高齢となった者は含まない。),2006/07年の収容者の平均年齢は66歳(60‐80歳)であった。罪名は軽微な財産犯から殺人などの凶悪犯まで多様だが,近年は性犯罪が増加し,収容者の約45%に上る。大多数は児童を被害者とする犯行である。性犯罪者に対しては,一般の処遇プログラムと異なる形で,個別カウンセリングを通して犯した罪を理解させる試みが行われる。しかし,若年の性犯罪者への対応のほうが急がれているため,高齢者の処遇には十分なマンパワーがない。区画内では開放処遇が収容当初から行われ,トイレのない共同室は7‐22時の間無施錠である。建物の扉も日没まで開いており,敷地内を自由に移動できる(逃走の企ては過去数年間で1件)。付き添いを条件に,散歩や水泳,文化施設の訪問,教会ミサへの参加などの外出も許される。作業義務のある65歳以下の者は4割強だが,実際には8割の者が作業に従事している。独創的な手工芸などは難しいため,定型的作業を好む者が多い。検事によれば,大部分の州はこうした試みを計画せず,社会一般も高齢者を特別視しないノーマライゼーションの傾向にある。確かに,高齢者保護の観点からすれば,ドイツの刑務所では高齢者が少なく,弱い立場に置かれやすいし,年齢のため経済的自立が難しいことからも,特別の対応が必要である。しかし他方,高齢者のみを集めた刑務所は強制収容所化し,知的刺激が減るため社会復帰を更に困難にするとの指摘もあり,ニーダーザクセン州で同様の小規模施設が閉鎖された経緯もあるとのことであった。

5 おわりに

 本特集の分析は,高齢者犯罪が一様ではなく,「物欲から繰り返される万引き」,「突発的な傷害」などいくつかの典型を示すことを描き出すとともに,その特性に応じた対策の必要性を明らかにした貴重なものである。
 それと同時に,高齢者も含め,経済的弱者が犯罪を行うケースが全体としては多数に上ることも,やはり重要である。ここでは(潜在的)犯罪者に対するソーシャルワーカー的な援助が必要であろう。例えば,身寄りがなく,植物状態の人でも,生きる権利を持つのであり,その実現に必要な費用を社会が負担するのは当然である(さもなくば姥捨てや,ナチスによる「生きる価値のない生命」の抹殺の再来となりかねない)。そうだとすれば,自立できる可能性のある者を支援する費用もまた社会において負担されねばなるまい。本特集で,高齢者の比率が日本と大差ないにも関わらず,高齢犯罪者の比率は低いドイツの調査の結びに,「ドイツにおいては,国家的に社会福祉が充実しており,高齢者は原則として年金生活者であり,年金をもらえない者は生活保護を受けることができる。さらに,老人ホーム,帰住先のない者を受け入れる中間施設,教会等が主催するクラブなど社会全体で高齢者を受け入れる体制が整っている。」とあるのは印象的であった。
(京都大学大学院法学研究科教授)

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