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平成18年版白書の概要
出口 保行


はじめに

 我が国の犯罪情勢を見ると,一般刑法犯の認知件数は平成14年のピークを過ぎた後,現在は減少の兆しを見せ始めているものの,依然として高水準にあり,予断を許さない状況のまま推移している。また,国民の治安に対する不安にも,根強いものがある。
 こうした中で,近時,刑事政策に関連する領域において,様々な新たな動きが生じており,その動きは,地域で行われている住民による犯罪予防活動等の取組から,刑事に関する新たな立法,裁判における量刑,犯罪者に対する施設の内外における再犯防止のための処遇上の取組等の幅広い分野に及んでいる。
 そこで,平成18年版白書は,ルーティン部分で定点観測的に我が国の犯罪動向及び犯罪者の処遇の実情等を概観した後,特集として「刑事政策の新たな潮流」を取り上げている。この中では,近時の犯罪情勢について,客観的な統計数値等に基づき分析し,その背景にあるものを探ることを試みた上,犯罪者処遇上の施策を含め,治安回復や国民の不安の解消に関連する諸施策を取り上げ,刑事政策に関連する新たな動きとして紹介している。また,国民が身近に不安を感じ,社会的関心の高い犯罪の一例として,性犯罪を取り上げ,刑事政策に関連する新たな動きの一つとして,性犯罪者の再犯防止のための処遇上の取組について紹介している。さらに,裁判員制度の導入をはじめとする司法制度改革を取り上げ,改革の進捗状況やこれを定着させるための取組についても併せて紹介している。
 本稿は,白書の構成に沿ってその主たる部分の概要を紹介するが,以上述べた特集部分に含まれている「最近の犯罪動向の分析」及び「性犯罪の現状と対策」については,本号に掲載される他論文に詳しいので,それらを参照していただきたい。なお,文中意見にわたる部分は,筆者の個人的見解であることをお断りしておく。

1 平成17年の犯罪の動向等

刑法犯の概況

刑法犯の認知件数及び検挙人員の推移は,1図のとおりである。
 平成17年の刑法犯認知件数は312万5,216件(前年比8.8%減),一般刑法犯(交通関係業過を除く刑法犯)認知件数は226万9,572件(同11.4%減)となり,いずれも3年連続して減少したものの,依然として高水準にある。例年刑法犯認知件数の約60%を占めてきた窃盗の減少(同12.9%減)が,刑法犯全体の認知件数を減少させた要因となっている。窃盗を除く一般刑法犯の認知件数は,16年まで増加を続けていたが,減少(同6.4%減)に転じている。
 刑法犯検挙人員は,平成16年まで戦後最多を更新してきたが,17年は127万8,479人(前年比0.8%減)となった。
 一方,検挙率は,近年低下傾向にあったが,平成14年以降,やや回復し,17年は刑法犯全体で48.2%(前年比3.5ポイント上昇),一般刑法犯で28.6%(同2.6ポイント上昇)となった。窃盗を除く一般刑法犯の検挙率は,近年急激に低下し,16年に戦後最低を記録したが,17年には40.5%(同2.7ポイント上昇)とやや回復した。
 罪名別に特徴を見ると,殺人の認知件数は1,392件(前年比1.9%減),検挙率は96.6%(同2.0ポイント上昇)であり,強盗の認知件数は5,988件(同17.9%減),検挙率は54.6%(同4.3ポイント上昇),詐欺の認知件数は8万5,596件(同3.1%増),検挙率は34.3%(同2.3ポイント上昇)であった。

犯罪者の処遇

 平成17年の検察庁終局処理人員は213万9,557人であった。そのうち,7年以降毎年増加していた公判請求人員は,14万6,352人(6.8%)であり,前年に比べ2,587人減少した。
 同年の地方・家庭・簡易裁判所の通常第一審終局処理人員は9万1,882人で,その量刑は,死刑13人,無期懲役119人,有期懲役・禁錮8万8,608人(うち執行猶予5万4,533人)であった。略式手続による罰金は71万3,855人であった。
 刑事施設の収容人員は,平成17年12月31日現在,7万9,055人であった。収容率は,収容定員の増加が図られたため,前年同時期に比べやや低下し,104.0%となったが,依然として収容人員は増加傾向にある。
 同年の保護観察新規受理人員は,6万2,562人で,うち仮釈放者が1万6,420人,保護観察付き執行猶予者が4,996人であり,共に前年に比べ減少した。

(1図)刑法犯の認知件数・検挙人員の推移(昭和21年〜平成17年)
  
少年非行

 平成17年の少年刑法犯検挙人員(触法少年の補導人員を含む。)は,17万8,972人(前年比7.3%減)であった。他方,同検挙人員の人口比(10歳以上20歳未満の少年人口10万人当たりの検挙人員の比率)は,1,418.4(同87.5ポイント低下)で,依然として高水準にある。罪名別に見ると,殺人は,73人(同17.7%増),強盗は,1,172人(同9.9%減)であった。
 同年の少年保護事件の家庭裁判所終局処理人員は,20万6,579人(前年比11.3%減)であった。少年鑑別所新入所人員は,1万9,627人(同6.7%減)で,少年院新入院者は,4,878人(同8.0%減)であった。少年の保護観察新規受理人員は,4万1,146人(同11.0%減)であった。

2 特集 ―刑事政策の新たな潮流―

刑事政策の動向

(1)「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」等
 犯罪情勢の悪化を受けて,政府は,平成15年12月,犯罪対策閣僚会議において,今後5年間を目途に,国民の治安に対する不安感を解消し,犯罪の増勢に歯止めをかけ,治安の危機的状況を脱することを目標として,「犯罪に強い社会の実現のための行動計画─「世界一安全な国,日本」の復活を目指して─」を策定した。

(2)地域の犯罪予防活動
地域住民による自主防犯活動は,最近,盛り上がりを見せている。平成17年12月31日現在,警察庁が把握している防犯ボランティア団体の数は,1万9,515団体,構成員数は,119万4,011人であり,前年同日現在と比べ,団体数では約2.4倍,構成員数では約2.3倍と大幅に増加している。

(3)最近の主たる立法動向
ア 刑法等の一部を改正する法律(平成16年法律第156号)
凶悪犯罪を中心とする重大犯罪に適正に対処するため,(1)有期刑の法定刑の上限を引き上げること,(2)殺人,傷害,傷害致死,危険運転致傷,強姦,強制わいせつ等の罪の法定刑を引き上げ,集団強姦等の罪を新設することなどを内容としている。
イ 刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(平成18年法律第36号)
窃盗,公務執行妨害等の犯罪に関する最近の情勢等にかんがみ,これらの犯罪に適正に対処するため,(1)窃盗,公務執行妨害等の罪に罰金刑を新設し,(2)業務上過失致死傷等の罪の罰金刑の上限を引き上げ,(3)略式命令で科することのできる罰金の最高額を引き上げることなどを内容としている。
ウ 執行猶予者保護観察法の一部を改正する法律(平成18年法律第15号)
保護観察付き執行猶予者に対する保護観察の強化を図るため,(1)保護観察付き執行猶予者が転居又は7日以上の旅行をするときは,あらかじめ保護観察所の長の許可を受けなければならないものとすること,(2)保護観察所の長が,言渡しをした裁判所の意見を聴き,これに基づいて,保護観察付き執行猶予者に係る特別遵守事項を定めるものとすることを内容としている。
エ 出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律(平成18年法律第43号)
国民の生命と安全を守ることなどを目的として,(1)上陸審査時に外国人(特別永住者等を除く。)に指紋等の個人識別情報の提供を義務付けること(未施行),(2)テロリストの入国等の規制を適切に行うため,退去強制事由の整備等を行うこと,(3)本邦に入る船舶等の長に乗員・乗客に関する事項の事前報告を義務付けること(未施行)などを内容としている。


(4)受刑者処遇の充実強化
ア 受刑者処遇の新たな展開
平成18年5月に施行された刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律では,受刑者の改善更生や円滑な社会復帰の実現といった受刑者処遇の基本的な理念や目的が明確に規定されるとともに,個々の受刑者の資質及び環境に応じ,その者にとって最も適切な処遇を行うとする「処遇の個別化の原則」が示された。また,受刑者処遇の中核として,「作業」,「改善指導」及び「教科指導」から成る「矯正処遇」という概念を新たに導入し,受刑者が,刑執行開始時及び釈放前の指導とともに,これを受けることを義務付けるなど,矯正処遇は,法制度上も明確に位置付けられた。
イ 新たな処遇制度
受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰のための処遇プログラムについて,特別改善指導,外部通勤作業,外出・外泊,制限の緩和と優遇措置などの新たな制度が導入されるなど,受刑者処遇の一層の充実強化が図られている。
ウ 再犯防止のためのその他の対策
受刑者の再犯を未然に防止するため,受刑者の釈放等に関して法務省から警察庁に対する情報の提供や,刑務所出所者等に対する就労支援などが行われている。


(5)更生保護制度の改革の方向

 保護観察対象者による重大再犯事件の発生を受け,更生保護制度全般の抜本的な検討・見直しを図るため,法務省は,平成17年7月に「更生保護のあり方を考える有識者会議」を発足させ,同会議は,平成18年6月,法務大臣に対して「更生保護制度改革の提言―安全・安心の国づくり,地域づくりを目指して―」を提出した。その主な提言事項は,ア 保護観察の充実強化,イ 執行猶予者保護観察制度の運用改善等,ウ 仮釈放のあり方の見直し,エ 担い手のあり方の再構築,オ 国民,地域社会の理解の拡大,カ 更生保護制度に関する所要の法整備である。
 こうした提言を踏まえ,法務省は,ア 保護観察官の責任を明確化するとともに,再犯防止に実効性のある処遇方法を開発し,実施すること,イ 保護観察官と保護司との役割を整理し,保護観察官は,権力的な措置を必要とする処遇困難な対象者にその業務を最大限集中すること,ウ 更生保護の既存の業務及び組織体制を見直し,保護観察官が,専門職として保護観察の現場の業務に専念できる組織体制を構築すること,エ 自立更生促進センター(仮称)構想を推進し,充実した就労支援を行うとともに,特に強化された処遇を行うことのできるセンター体制を設け,改善更生及び再犯防止を促進することなどに取り組んでいる。

(6)不法入国・不法滞在対策等の推進

前述した「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」では,不法入国・不法滞在対策等の推進を講ずべき施策の一つとしており,不法滞在者を,平成16年から5年間で半減させるという目標を掲げた。この行動計画を踏まえ,平成17年3月,外国人の入国及び在留の管理に関する施策の基本となるべきものとして「第3次出入国管理基本計画」が策定され,これに基づき,ア 水際対策として,不法残留に至ることの多い「短期滞在」等の在留資格について,特に厳格な上陸審査を実施する,イ 綿密な情報分析と関係機関と連携した強力な摘発を行うため,法務省入国管理局は,警察等の関係機関と連携して,不法滞在者に関する情報収集や合同摘発を恒常化すること等により,不法滞在者の摘発強化を図る,ウ 効率的な退去強制手続等のための制度の見直しのため,自ら入国管理官署に出頭した外国人で一定の要件に該当する場合には,簡易な手続で迅速に出国させるための出国命令制度を新設した。

司法制度改革

刑事司法の分野における司法制度改革は,(1)刑事裁判の充実・迅速化を図るための公判前整理手続及び即決裁判手続の創設,(2)被疑者に対する国選弁護人の選任制度を導入する国選弁護人制度の整備,(3)検察審査会の議決に基づき公訴が提起される制度の導入,(4)総合法律支援法の施行に伴う日本司法支援センター(愛称「法テラス」)の業務開始,(5)裁判員制度の導入が主な内容である。この中でも,裁判員制度は,地域住民の中から選ばれた裁判員が裁判の過程に直接参加する制度であり,この制度の運用に当たっては,国民に相当な負担を求めることになるものであることから,国民が裁判員として参加しやすくするための環境作りを適切に行い,国民の理解と協力を確保する必要がある。

3 おわりに

 平成18年版白書は,以上のような刑事政策の新たな動きと最近の犯罪情勢を踏まえ,今後における刑事政策の在り方を考えるに当たっては,「地域社会における犯罪抑止力の再生」,「有効な再犯防止対策の確立」,「犯罪被害者等の権利の保護等」という三つの課題が重要であると指摘している。
 そして,同白書は,「司法制度改革によって,刑事裁判における国民の司法参加が端的な形で実現されようとしている現在,刑事政策の今後を展望する」として,刑事司法関係機関は,今後も,なお一層地域社会等との交流や連携を深め,国民に対して開かれた存在になることが必要であると指摘している。さらに,刑事司法関係機関の在り方として,関係機関が国民や地域社会の活力と良識を自らの中に積極的に取り込むための努力を怠らず,そうすることによって自らの機能を高め,公共の安全と秩序の確保のために更に貢献することが望まれるとし,刑事政策の新たな潮流が目指すべき方向について示唆している。

 刑事政策の新たな潮流の方向性をどのように捉え,それを実際の刑事政策に具体的にどのように生かしていくべきか,国民の安全・安心を取り戻すため,その実質的な成果が問われることとなろう。

(法務総合研究所総括研究官)

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