日本刑事政策研究会 罪と罰
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刑事政策の新たな潮流
―犯罪白書を読んで―
高橋 則夫


1 はじめに

 元来数字に弱いので,犯罪白書に散りばめられた図やグラフへの抵抗感が依然として払拭できない。さらに,統計の専門家の間でも,統計の見方が異なるということになると,図やグラフは,私にとって睡眠誘発剤でしかないのである。犯罪白書は,基本的に事実(ザイン)を示すものである。しかし,その事実の理解に争いがあるとしたら,当為(ゾレン)を指摘することははなはだ困難な課題とならざるを得ない。
 わが国も,危険・リスク社会の一員となったことはたしかである。「世界で最も安全な国の一つといわれる我が国の平穏な社会が実現した」(平成元年犯罪白書)という評価から一転して,平成8年以降,一般刑法犯の認知件数は上昇し,平成14年には戦後最高の約285万件に達し,検挙率も平成13年には戦後最低の19.8%を記録したのである。そこで,治安回復が目標として掲げられ,平成15年,政府は犯罪閣僚会議において,「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を策定した。その結果,平成15年からは徐々に改善され,平成17年の一般刑法犯の認知件数は約227万件となり,検挙率も28.6%まで改善された。
 さて,このような推移をどう評価するかが問題である。犯罪白書はいう。「この認知件数の減少や検挙率の改善は,専ら窃盗についての数値の改善によるものであり,窃盗を除く一般刑法犯について見ると,認知件数の増加や検挙率の低下は,16年まで続いており,17年には,それぞれ改善は見たものの,近時においても,子供を標的にした特異な凶悪犯罪が続発するなど,今後の犯罪動向には,なお予断を許さないものがある。」と。これによれば,治安はまだ回復していないことになるが,他方,以前よりは徐々に治安は回復しているという評価も可能であろう。しかし,問題は何をもって治安が回復されたか否かを判断するのかという点である。すなわち,客観的な判断基準は何かという問題があると共に,犯罪に対する不安感という主観的な判断基準もあり,さらに,犯罪のない社会は異常である(デュルケム)ということであれば,共存しうる適度な犯罪の質量レベルはどのあたりなのかは,まったく不明なのである。
犯罪原因は何かという問題ともなれば,その解明は絶望に近い。犯罪白書によれば,失業率の低下が犯罪を減少させる方向で影響を与えたものと評価されている。たしかに,以前より,経済状況と財産犯の関係などについての研究もある。しかし,犯罪原因は重畳的あるいは並列的に存するのであり,加害者関係的原因,被害者関係的原因,コミュニティ関係的原因などが存することはいうまでもない。とすれば,脳科学の発展で根底から覆るかもしれないが,犯罪無原因論の妥当性も否定できないのである。
 このような,犯罪の現状把握が困難な状況の中で,その対策である刑事政策の在り方を検討することは,ますます困難な課題となろう。しかも,刑事政策とは何かという根本問題も依然として解明されておらず,「社会政策は,最良の刑事政策である。」というリストの言葉が現代でも十分に妥当するのである。そのつどの現象に刹那的に対処する「モグラたたき」療法を回避するためにも,刑事政策の体系化は焦眉の課題であろう。  今年度の犯罪白書の特集は,「刑事政策の新たな潮流」であり,近時の多様な対策が列挙されている。以下では,これらの多様な対策を,主体(担い手),客体(対象),方法,目的・限界などに分けて概観し,若干の感想めいたことを開陳することにしたい。

2 刑事政策の主体(担い手)

 刑事政策の主体とは刑事政策の担い手の問題である。現代は,担い手の拡大の傾向にある。担い手の拡大は,人的及び場所的コミュニティによる協力が必要となってきたこと,民間に委ねざるをえない状況となってきたこと,そして市民参加という民主主義的理念などから派生してきたのであろう。
 第1に,犯罪予防活動における地域住民による自主防犯活動である。防犯ボランティア団体は,近時,大幅に増加している。主な活動内容は,徒歩による防犯パトロール,通学路における子どもの保護・誘導などである。
 第2に,PFI の手法を活用した刑事施設の整備・運営である。PFI(Private Finance Initiative)とは,公共施設等の建設,維持管理,運営等を民間の資金,ノウハウを活用して行う新たな手法である。「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」に基づき,山口県美祢市に「美祢社会復帰促進センター(仮称)」を建設し,さらに,いくつかの市で建設が予定されている。この新たな刑事施設は,国,民間業者,地域社会とが連携した受刑者処遇を行うものである。さらに,矯正業務の一部を民間に委託するアウトソーシングも活用されている。
 第3に,更生保護における保護司の役割等の整理,民間ボランティアによる地域社会内のネットワークの構築,第三者機関の設置である。
 第4に,検察審査会法の一部改正が行われ,検察審査会の議決に基づき公訴が提起される制度が導入された(起訴議決)。公訴権行使に民意を積極的に反映させることとなる。
 第5に,裁判員制度の創設である。国民が刑事裁判に参加し,裁判の内容に国民の健全な社会常識が反映され,司法に対する国民の理解が深まることが意図されている。対象事件は,死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に係る事件,法定合議事件であって,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係る事件である。裁判員裁判では,判決等に係る事実の認定,法令の適用及び刑の量定について,裁判官3人及び裁判員6人の合議体において評議を行い,裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見により評決する。
 これらの主体の拡大に対して,刑事政策の責任の所在を不明確にするという批判が従来から存在する。刑事政策の主体は公権力を有する国及び地方公共団体であるべきというのであるが,ここでいう責任の意味は必ずしも明らかではない。犯罪に対しては加害者・被害者・(人的・地域的)コミュニティのすべてが「応答責任」を負うと考えれば,主体の拡大は,むしろ歓迎すべきことであろう。もっとも,それが実際に機能するかは別問題である。裁判員制度に対する国民の意見を見る限り,国民参加の理念が実現するまでには,なお苦難な道があろう。

3 刑事政策の客体(対象)

 刑事政策の対象も年々拡大傾向にあり,犯罪防圧に関わる事柄はすべて刑事政策の対象となっている状況といえよう。「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」も,「平穏な暮らしを脅かす身近な犯罪の抑止」,「社会全体で取り組む少年犯罪の抑止」,「国境を越える脅威への対応」,「組織犯罪等からの経済,社会の防護」及び「治安回復のための基盤整備」の5つの重点課題を設定し,結局,犯罪防圧に関するすべての事柄を包括するものである。
 刑事政策の対象は,主として,各犯罪・犯罪者類型,刑事手続の各段階,そして,犯罪の利害関係者(被害者,コミュニティ)などに分類することができよう。
 まず,犯罪・犯罪者類型につき,今年度の犯罪白書は,とくに「性犯罪の現状と対策」を取り上げ,性犯罪の動向や性犯罪者の実態及び再犯状況等を分析するとともに,最近,取組が開始された性犯罪者処遇プログラムなどについて紹介している。性犯罪の現状について,近年,強姦及び強制わいせつの認知件数が減少しているが,未成年者を被害者とする比率が高いこと,暗数となっている被害が相当あること,また,再犯者率及び有前科者率が高いことなどから,事態は少なからず深刻といえよう。法総研による実態調査と再犯状況調査は貴重な資料である。性犯罪者の再犯状況につき,調査対象者を,平成11年中に刑事施設を出所した性犯罪受刑者672人,平成12年中に執行猶予判決を受けた性犯罪者741人として,性犯罪再犯率は,前者のうち11.3%,後者のうち3.8%であった。性犯罪者に常習性が看取されるのであれば,後述のような,有効な処遇方法が必要となる。
 その他,犯罪類型としては,交通犯罪,財政経済犯罪,ハイテク犯罪,犯罪者類型としては,例年のように,外国人犯罪者,暴力団犯罪者,薬物犯罪者,精神障害のある犯罪者,再犯者,少年犯罪などが重点的に分析されている。
 次に,刑事手続の各段階につき,前述のように,起訴段階における検察審査会,裁判段階における裁判員制度の他,行刑段階における受刑者処遇,更生保護制度の現状が分析されている。
 最後に,犯罪被害者であり,犯罪被害者の視点に立った施策を出発点として,犯罪被害者の保護,その権利などが対象とされている。刑事政策の対象としての被害者は,被害者の落ち度を問題とした被害者学から,被害者の保護を問題とする被害者論に移行しており,この流れの行き着く先はどこかが問題となろう。

4 刑事政策の方法

 最近における刑事政策の方法としては,刑事その他の立法の活性化,再犯防止プログラムの実施,コミュニティ関係的予防,被害者関係的予防などが挙げられよう。
 刑事その他の立法の活性化は,近時の特徴の一つである。犯罪白書は,法定刑の引き上げ,人身売買罪等の新設,窃盗等に罰金刑新設,共謀罪等(継続審議),少年法一部改正(継続審議),犯罪被害者等基本法及び犯罪被害者等基本計画,犯罪被害回復給付金,刑事収容施設及び被収容者等処遇法などを挙げている。
 犯罪対策としての立法政策は,明確な立法目的と有効な立法効果を前提とする。たとえば,法定刑の引き上げとその効果を予測しうる判断資料は無きに等しく,量刑の問題としても,量刑目的の位置づけの検討が不可避であろう。受刑者処遇については,本年,「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」が成立し(平成18年6月8日公布),監獄法の全面改正が実現した。今回の法改正は,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」(平成17年5月25日公布)を改正し,刑事施設のほかに,留置施設等の基本及び管理運営に関する事項についての規定を整備し(刑事収容施設と総称),さらに,受刑者のほか,被逮捕者や被勾留者等の処遇,死刑確定者等の処遇に関する事項も同法律で規定されることとなり,その施行に伴い,「刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律」は廃止され,監獄法は完全にその姿を消すこととなったのである。
 再犯防止プログラムとしては,今年度から実施されている「性犯罪者処遇プログラム」が注目される。このプログラムは,認知行動療法の理論を基礎として,グループワーク等を通じて自ら性犯罪を抑止する力を身に付けさせることを目標とするものであり,矯正及び保護観察において実施される。刑事施設における性犯罪者処遇プログラムは,罪名及び事件内容,常習性,性犯罪につながる問題性の大きさという順で,対象者を選定し,調査センターでの調査を経た後,プログラムの実施に至るというプロセスをたどる。保護観察の場合は,類型別処遇制度の「性犯罪等対象者」に認定された仮釈放者,保護観察付き執行猶予者の全員を対象として,導入プログラム,コアプログラムなどを行い,家族等の同意を得て,家族を対象とした家族プログラムも実施される。
 このようなプログラムは,いわば対話による問題解決と位置づけることができよう。そこでは,加害者を対象とするプログラムであるものの,被害者への理解,コミュニティの支えなども考慮されている。このようなプログラムは,性犯罪者のみならず,犯罪者全体にとっても有効であり,また,犯罪予防全体にとっても有効であるように思われる。学校,職場,家庭等における対話による問題解決が広く実践されることが望ましいし,その萌芽は既にいくつかの箇所で存するのである。また,前述の裁判員制度においても,裁判官と裁判員,裁判員同士の対話がキーポイントである以上,対話の訓練が必要となろう。
 このように,問題解決方法の基本が対話であるとすれば,刑事政策の方法の基本も対話に求めるべきであり,それが不十分あるいは不可能な場合に,徐々に権力的な施策へと上昇していくという形をとるべきであろう。

5 刑事政策の目的と限界

 治安の悪化・国民の犯罪不安の増大という事実認識から,治安の回復・不安の除去のための諸施策はいかにあるべきかという問題意識は,危険社会,情報社会,国際社会という状況から見れば,一定の意味を有することを否定できない。しかし,刑事政策の目的が治安の回復・国民の不安の除去というのでは,ややもすると,抑圧的な施策を想起させるおそれがある。たしかに,刑事政策の目的は,一般に,犯罪の防圧すなわち犯罪の予防と鎮圧にあると解されているが,その実質的内容をいかに理解するかが重要であり,そうでなければ,刑事政策が社会政策に対して優越的地位を占め,社会政策の第1次性を看過する結果となる。刑事政策の限界を画するためにも,刑事制度として何が可能かが追求されるべきであろう。
 紙幅の関係で,結論を言えば,刑法及び刑罰の目的・機能を踏まえて刑事政策の目的を把握しなければならず,刑法の目的が法益保護にあり,刑罰は,この法益侵害行為・結果に関わる加害者・被害者・コミュニティ(人的・地域的)の3者を射程距離において実現されなければならないとすれば,たとえば,加害者については,再社会化(改善・処遇),被害者については,社会復帰(被害回復),コミュニティについては,社会的再統合(規範の回復)などが課題となろう。この3者の視点は,犯罪予防にも妥当するのである。


 また,合目的的であることがすべて正当であるわけではないことはいうまでもない。刑事政策における正当性の基準をつねに念頭におくべきであろう。すなわち,責任主義,法治国家原理(法的安定性),人間の尊厳から派生する手段の比例性・相当性や平等原則,人道主義などの諸原則との関係で,それぞれの施策を検証することを忘れてはならないだろう。刑事政策の新しい潮流は,このような視点を基礎として進むべきであるように思われる。

(早稲田大学大学院法務研究科・法学部教授)

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