1 はじめに
我が国は,長らく世界一安全な国といわれてきたが,ここ10年ほどの間に犯罪情勢は急速に悪化し,今や,市民が安心して暮らせる社会をいかにして取り戻すかが重要な課題となり,各方面で幅広く検討が進められ,様々な取組が行われている。そのために刑事司法が果たすべき役割としては,犯人を迅速・確実に検挙し,その責任にふさわしい刑を科することがまず挙げられるが,それだけでなく,犯罪者の改善更生・社会復帰のための効果的な処遇を行うことによって再犯を減少させ,これを通じて治安の維持を図ることもまた,刑事司法に与えられた重要な役割であるといえる。
加えて,矯正の分野においては,過剰収容の解消,行刑改革会議提言を踏まえた取組,監獄法改正などが重要な課題となっており,また,更生保護の分野においても,昭和20年代に現行制度が発足してから半世紀余りが経過しており,検討すべき事柄が多い。
このような観点から,本年の犯罪白書は,「犯罪者の処遇」と題して,成人犯罪者に対する矯正・保護を特集として取り上げ,治安が良好であったかつての「平穏な時代」と対比させつつ,近年における成人犯罪者処遇の実情を,その背景と共に紹介し,今後の議論に資するための資料を提供しようとしている。
犯罪白書が,「処遇」そのものを特集テーマとして取り上げるのは,昭和55年版の「犯罪者処遇の30年」以来,24年ぶりのこととなるが,今回は,これまで余り紹介されたことのないデータを数多く示しているほか,分りやすさを重視し,各種写真やコラムを盛り込むなどの工夫を凝らした点も,特徴として挙げることができるであろう。
以下では,平成16年版犯罪白書から,平成15年の犯罪の動向及び特集の内容を中心に,その要点を紹介する。本稿中の記述のうち,白書の内容を超える部分は,いうまでもなく筆者個人の見解である。
2 平成15年の犯罪の動向
(1) 刑法犯認知件数
平成15年における警察による刑法犯の認知件数は,364万6,253件(前年比4万7,675件減),一般刑法犯(交通関係業過を除く刑法犯)の認知件数は,279万444件(同6万3,617件減)であった。いずれも9年ぶりに減少を記録しているが,戦後全体を通じてみると,なお高い水準にあるといえる(図1参照)。罪名別の動向を見ると,窃盗が14万件余り減少しており,これが全体を減少させた大きな要因となっている。
(2) 刑法犯検挙人員
検挙人員は増加傾向にあり,平成15年における刑法犯検挙人員は126万9,785人(前年比5万221人増),一般刑法犯検挙人員は37万9,910人(前年比3万2,030人増)であった。
(3) 刑法犯検挙率
「刑法犯全体」,「一般刑法犯」,「窃盗」,「窃盗を除く一般刑法犯」という4つのカテゴリーに分けて,最近30年間における検挙率の推移を見ると,図2のとおりである。
検挙率は,近年低下傾向が続いていたが,平成14年からやや回復の兆しを見せており,15年は,刑法犯全体で41.3%,一般刑法犯で23.2%となった。これは,刑法犯認知件数の6割以上を占める窃盗の検挙率が回復したことによるものである。窃盗を除く一般刑法犯については,検挙率の低下が続いており,15年は,戦後最低の38.7%であった。
3 検察及び裁判
(1) 検察
平成15年における検察庁新規受理人員は216万3,085人(前年比2万6,373人減)であり,その内訳は,刑法犯が124万5,391人(57.6%),特別法犯が91万7,694人(42.4%)であった。刑法犯が前年と比べて3万2,000人余り増加しているのに対し,特別法犯は5万8,000人余り減少しており,全体の減少は,特別法犯(その中でも道路交通法違反)の減少によるものである。
平成15年における検察庁終局処理人員は217万9,363人(前年比2万5,215人減)であり,その内訳は,公判請求6.7%,略式命令請求36.1%,起訴猶予43.1%,その他の不起訴2.5%,家庭裁判所送致11.6%であった。公判請求人員は,9年連続して増加しており,15年は14万6,497人(前年比7,018人増)であった。
(2) 裁判
平成15年における地方裁判所,家庭裁判所及び簡易裁判所の通常手続による第一審終局処理人員総数は9万2,100人(前年比6.3%増)であり,うち有罪は9万1,641人,無罪は88人であった。また,簡易裁判所の略式手続による終局処理人員は,78万6,992人(前年比7.5%減)であった。
平成15年における死刑言渡し人員は13人で,内訳は,殺人9人,強盗致死(強盗殺人を含む。)4人であった。無期懲役言渡し人員は99人で,内訳は,殺人15人,強盗致死傷・強盗強姦80人,放火3人,麻薬特例法違反1人であった。
平成15年の通常第一審における有期懲役・禁錮の言渡し人員は,8万9,234人であった。また,同年における裁判確定人員について,有期刑の執行猶予率を見ると,懲役が62.2%,禁錮が93.7%であった。
4 特集「犯罪者の処遇」の概観
(1) 特集のねらい
冒頭で述べたとおり,現在,治安の回復が重要な課題となっているが,そのために刑事司法が果たすべき役割は,犯人の検挙・処罰に尽きるものではない。改善更生・社会復帰のための処遇を行うことによって再犯を減少させ,これをによって治安の維持を図ることもまた,刑事司法に与えられた重要な役割であるといえる。このように,犯罪者処遇が重要な治安対策であることを考慮すれば,治安回復のための方策を探るに当たっても,処遇の問題を含めた幅広い視野からの検討が必要なはずである。
加えて,我が国の行刑は,過剰収容の解消,行刑改革会議提言を踏まえた取組など,多くの点において,新たな問題への対応を迫られており,また,更生保護についても,検討すべき事柄が多い。
このような状況を踏まえ,本特集では,「犯罪者の処遇」をテーマとして取り上げ,治安が良好であったかつての「平穏な時代」と対比させつつ,近年の「犯罪多発社会」における成人犯罪者処遇の現状と課題を明らかにすることを試みた。
その際,現在と比較するための基点としては,昭和48年を選択している。我が国の治安は,戦後の混乱を脱した後,経済の発展とともに安定していくが,昭和48年は,その高度経済成長が終わりを告げた年であるとともに,一般刑法犯の認知件数及び発生率が戦後最低を記録した年でもある。同年における一般刑法犯検挙率は57.8%と高い水準で安定し,既決の収容率は82.4%(同年12月末日現在)で過剰収容とはほど遠く,当時の犯罪白書は「犯罪情勢は比較的平穏化している」と記している。平成15年から見てちょうど30年前に当たる昭和48年は,「平穏な時代」として,現在と対比するのにふさわしいと考えられる(図3参照)。
(2) 特集で取り上げる範囲
「犯罪者の処遇」は,多様な論点を含む大きなテーマであることから,本特集では,議論の拡散を避けるため,成人犯罪者の処遇に焦点を絞っており,非行少年の問題については,取り上げないこととしている。また,行刑の問題を論ずるに当たっては,犯罪者の改善更生・社会復帰に向けた働き掛けという意味で,「処遇の中味」にかかわる事項を中心に取り上げ,医療,不服申立制度などは,特集の範囲外とされている。
5 特集の構成及び各章の要点
(1) 第1章「はじめに」
本特集は,第1章「はじめに」以下,全6章から成っている。第1章は,特集のねらい,構成,範囲等を明らかにしており,その要点は前項において記述したとおりである。
(2) 第2章「成人犯罪者処遇の沿革」
第2章は,我が国の犯罪者処遇が「改善更生・社会復帰」を大きなテーマとして発展してきたこと,明治41年制定の監獄法が,実質的な改正を経ないまま今なお行刑の基本法となっていること,同法律が,国際的な行刑理念や受刑者の改善更生・社会復帰といった刑事政策的観点から不十分なものとなっていること,名古屋刑務所における受刑者死傷事案を契機として行刑改革会議が開催され,平成15年12月,「国民に理解され,支えられる刑務所へ」と題する提言がなされたこと,さらに,現在の更生保護制度が,昭和24年における犯罪者予防更生法の制定から出発し,徐々に発展を遂げてきたものであることなど,これまでの処遇の歩みを振り返り,制度改革が求められている現状の位置付けを試みている。
(3) 第3章「成人矯正の動向と課題」
第3章「成人矯正の動向と課題」は,現在の我が国の成人矯正が直面している問題について,量(過剰収容)と質(受刑者の質的変化)の両面から検討を加え,これに対する取組等を紹介している。
ア 過剰収容の深刻化
既決の年末収容人員は,平成11年以降,毎年2,000人〜4,000人台の増加を続けており,15年年末においては6万1,534人,収容率では116.6%となった。既決の年末収容人員が6万人を超えたのは昭和35年以来43年ぶりであり,既決の収容率も,これを把握し得る限り(昭和47年〜)において,最高である。このようなデータを踏まえ,白書では,「最近における既決の収容状態は,過去30年ないし40年の間で最も厳しい状況にある」と指摘している。
以上のほか,本章では,過剰収容が生じた背景という観点から,犯罪動向にも言及しており,近年の収容動向について,「犯罪多発社会における過剰収容」ともいうべき状況にあるとしている。
イ 受刑者の質的変化
白書は,新受刑者の特質の変化について様々なデータを提示した上,昭和48年当時と比較して増加が著しい,高齢受刑者,外国人受刑者及び覚せい剤受刑者を取り上げ,収容動向,特質,処遇などについて更に詳細に検討している。その要点については,本誌に掲載された小澤論文を参照されたい。
ウ 成人矯正の課題とこれに対する取組
@過剰収容対策(施設増設による収容能力の増強・人的体制の整備充実の双方の観点を含む。),APFI 手法を活用した新設刑務所の整備・運営,B刑務作業と矯正処遇の調和,C受刑者の特性に応じた処遇の推進,D外国人受刑者の移送の推進,E覚せい剤受刑者の処遇の6項目を取り上げ,様々なデータを紹介しつつ,成人矯正の課題とこれに対する取組を説明している。
(3) 第4章「施設内処遇から社会内処遇への架け橋――その推移」
受刑者の社会復帰を支援するための制度としては,環境調整,釈放前指導,仮出獄,仮出獄準備調査,中間処遇,更生緊急保護など様々なものがある。本章では,これらを取り上げて,その導入の経過や運用の推移などを含めて紹介している。
その中でも,中心となる話題は仮出獄である。紙幅の関係で省略せざるを得ないが,白書では,主要罪名別の仮出獄率の推移,主要罪名平均執行率の推移,初入・再入別及び刑期層別の平均執行率の推移,出所受刑者の再入状況など,これまで余り紹介されたことのないデータを種々紹介しているので,白書本編を御一読願いたい。
(4) 第5章「保護観察処遇の動向と課題」
本章では,保護観察対象者の変化と社会内処遇の担い手の変化という両面から,保護観察処遇について検討を加えている。
ア 保護観察対象者の動向
保護観察付き執行猶予に係る保護観察新規受理人員は,平成元年以降4千人台ないし5千人台で推移し,15年は5,371人であった。これに対して,仮出獄に係る保護観察新規受理人員は,8年以降増加傾向にあり,15年は1万5,784人であった。
以上のほか,本章では,様々な観点から保護観察対象者の特質を検討し,昭和48年当時と比較して増加の著しい,高齢の保護観察対象者及び覚せい剤対象者について,更に詳細に取り上げている。また,社会復帰に固有の困難を伴う長期刑仮出獄者についても一項目を設け,長期刑仮出獄許可人員の在所期間,刑期層別平均年齢,罪名,中間処遇の内容等を紹介している。
イ 社会内処遇の担い手の変化
矯正と比較した場合における更生保護の特徴としては,処遇の場が社会内であることとともに,処遇の担い手が,保護司及び更生保護施設という民間篤志家であることを挙げねばならないであろう。そこで,本章では,特に一節を設けて,保護司及び更生保護施設に焦点を当てている。
保護司のプロフィールの変化としては,女性の増加(平成16年においては,約4分の1が女性である。)と,高齢化(同年における平均年齢は63.3歳である。)が特徴的である。前者は,幅広い層から多様な保護司を確保するという観点から好ましいといえるが,後者については,平成16年4月におけるいわゆる定年制の完全実施ともかかわり,今後は,保護司の退任に伴う新任保護司の確保が重要な課題になると考えられる。
以上のほか,本章では,全国の保護司3,000人を対象に実施した「保護司の活動実態と意識」に関する特別調査の結果も紹介している。その内容については,本誌掲載の押切論文を参照されたい。本調査は,必ずしも新たな発見を伴うものではないかもしれないが,一般に言われていることを保護司自身の立場から裏付ける資料として,価値を有すると思われる。
ウ 保護観察処遇の課題と取組
保護観察処遇に関しては,@分類処遇・類型別処遇の充実化,A覚せい剤対象者の自発的意思に基づく簡易尿検査の導入,B民間協力の確保の3点を取り上げ,課題と取組に言及している。
(5) 第6章「おわりに」
第6章では,犯罪多発社会における犯罪者処遇の課題について改めて考察し,「治安再生に役立つ犯罪者の処遇」,「国民に開かれた犯罪者の処遇」,「犯罪者処遇のための基盤整備」が求められるとしている。第6章の要点については,次項で改めて紹介することとする。
6 犯罪多発社会における犯罪者処遇の課題
(1) 昭和48年に代表されるかつての「平穏な時代」と現在の「犯罪多発社会」とを比較すると,社会それ自体の有する犯罪抑止機能が多くの点で低下していることを改めて認識しなければならないであろう。
すなわち,昭和52年版犯罪白書「国際的視野から見た日本の犯罪と刑事政策」は,我が国と,米国,英国,フランス及び西ドイツとを比較した上,我が国における主要犯罪の発生率が低い理由について,@文化的・社会的等質性,A高い教育水準,B経済的安定,C家族的結合や社会的連帯感の強さ,D「恥」の観念や集団を重んじる東洋的社会倫理,E一般的な遵法意識及び捜査機関に対する協力的態度などを挙げているところ,現在は,国民の価値観や生活様式が多様化し,また,来日外国人犯罪の増加が大きな問題となるなど,我が国の社会が,かつてと同じ意味で等質性を有しているとすることはできないであろう。
また,長引く不況の影響は,新受刑者・保護観察対象者の無職率等の統計数値に今なお現れているし,世帯の小規模化や離婚率の上昇など,家族的結合の希薄化もうかがわれる。加えて,特に都市部において,他人への干渉を控える風潮が強まり,地域社会の連帯意識が希薄化していることが指摘されており,聞き込み捜査を端緒にして主たる被疑者を特定した事件の数及び比率が減少するなど,捜査に対する協力が得にくくなっている状況も統計的数値として表われている。
(2) このように,社会の犯罪抑止機能が低下している状況をみるとき,犯罪者処遇の重要性を改めて指摘する必要があろう。特に,希薄化した地域の連帯や家族の絆が直ちには取り戻せないものであることを考えると,処遇には,これらが果たしてきた犯罪抑止機能を補完するものとしてのより積極的な役割が求められよう。
これを,あえてキーワードとして表現すれば,治安再生に役立つ犯罪者の処遇ということになる。それは決して目新しいものではないが,犯罪者処遇が,極めて重要な治安対策であると改めて認識しておくことの意義は,決して小さくないはずである。
治安再生に役立つ犯罪者の処遇を実現するには,これまで以上に矯正と保護の連携を図るとともに,受刑者の特性に応じた処遇を推進し,また,保護観察処遇を充実させる努力が必要である。そして,その際には,例えば,覚せい剤乱用者に対しては,行刑施設における覚せい剤乱用防止教育を充実させるとともに,仮出獄後の簡易尿検査によって断薬努力をフォローするというような,柔軟な発想による新たな処遇方法の開発も求められよう。
また,行刑改革会議提言を踏まえ,監獄法の全面的改正が速やかに実現するよう努力を継続することも必要である。
(3) 今ひとつの重要な課題として,国民に開かれた犯罪者の処遇の実現が挙げられる。
行刑改革会議から「国民に理解され,支えられる刑務所」の実現が求められているだけでなく,民間篤志家を重要な担い手とし,社会内において処遇を行うことを任務とする更生保護の分野においては,国民に理解され,支えられることは更に重要であるといえる。
本年の特集も,国民に開かれた犯罪者の処遇を実現する一助たらんとするものであるが,治安の再生が重要な課題とされる今日,犯罪者の処遇が身近な問題として関心を持たれ,取り分け,更生保護の分野において,これまで以上に積極的な協力と参加がなされることを期待したい。
(4) 最後に,より積極的かつ効果的な処遇を行うためには,それにふさわしい基盤整備が必要である。
収容人員に応じた収容施設・設備を確保して,過剰収容を解消する必要があることはいうまでもないが,それだけでなく,犯罪者の処遇は,結局のところ,「人」対「人」のかかわり合いを通じた働き掛けが基本となることから,刑務官はもとより,各種専門スタッフの人的体制の整備も欠かすことはできない。また,我が国は,犯罪者を社会に再統合していく処遇の担い手として,5万人近い保護司という貴重な社会的資源を有しているが,定年制の完全実施に伴って多くの者が退任年齢を迎えようとしており,保護司・保護観察官についても,人的体制の整備が重要である。
犯罪者の改善更生・社会復帰のための処遇を行うことは,安全で住みよい社会を実現するための重要な施策であり,これに伴うコストは,最終的には国民の利益として還元されるものである。
(5) 今日,「世界一安全な国,日本」を復活させるために,幅広く検討が進められ,各方面で様々な取組が行われているが,これら「治安再生に役立つ犯罪者の処遇」,「国民に開かれた犯罪者の処遇」,「犯罪者処遇のための基盤整備」を,他の分野における各種施策及び社会全体による様々な取組と有機的に連動させることができれば,その実現のための大きな力となるであろう。