1 はじめに
ここ数年,刑法犯の認知件数が増加する一方,検挙率が低下する傾向が著しい。こうした状況にかんがみ,犯罪白書では,平成13年版において,「増加する犯罪と犯罪者」と題して主として窃盗に焦点を当て,平成14年版においては,「暴力的色彩の強い犯罪の現状と動向」と題して,強盗,傷害,暴行,脅迫,恐喝,強姦,強制わいせつ,住居侵入及び器物損壊の9罪種に焦点を当て,その特質等の分析検討を行ってきた。
平成15年版犯罪白書は,これらを受け,更に発展させる形で凶悪犯罪(殺人及び強盗)を取り上げ,「変貌する凶悪犯罪とその対策」という特集テーマを組んでいる。殺人及び強盗は,件数的には刑法犯の一部を占めるに過ぎないが,生命,身体,財産に対する侵害の程度の高い重要犯罪であって,国民の関心も高い。そこで今回は,犯罪情勢の悪化を解明するための指標として,これらの犯罪に焦点を当てることとしたものである。
なお,本特集においては,犯罪統計の数値分析に終始することのないよう,多角的見地からの検討を心がけた。具体的には,まず,凶悪犯罪の変化の特質を概観するに当たり,完全失業率,多重債務に関する相談件数,高等学校中途退学者数,少年の意識調査結果等,他の分野の統計にも意を配り,その背景を探ることを試みた(特集第3章参照)。さらに,第4章においては「最近の強盗事犯少年の実態及びその問題性」につき,また,第5章においては「死刑又は無期懲役求刑の対象となった重大な凶悪事犯の近年の動向」につき,それぞれ全国規模の特別調査を実施し,最近における凶悪犯罪の実態について,より突っ込んだ分析を試みている。
強盗事犯少年に関する特別調査は,平成14年及び平成5年に全国の少年鑑別所に入所した強盗事犯少年(男子)のうち鑑別終了者全員につき,鑑別所にある資料に基づいて調査を行ったものであり,分析対象としたのは14年対象者が947人,5年対象者が327人である。また,凶悪重大事犯に関する特別調査は,平成10年から14年までの5年間に,全国の地方裁判所において死刑又は無期懲役の求刑のなされた殺人及び強盗の事件のうち,当該期間内に第一審判決のなされた全事案(ただし,犯行が平成3年以前の古い事件を除く。)について,判決書等の資料によって多角的な調査・分析を行ったものである。調査対象とした事件数は311件,被告人数は401人である。
これらの特別調査を行うことにより,各種統計に現れている特徴や問題点が,具体的事件中に実際に発現していることが確認できる場合もあるし,あるいは逆に,統計によるマクロ分析だけでは見えてこない特徴や問題点が浮かび上がってくることもある。いずれの場合であっても,この種の特別調査が,犯罪動向を的確に把握する上で有益であることは言うまでもない。とりわけ,前記2本の特別調査は,一定数の標本を抽出して行ったサンプル調査ではなく,「一定期間内に鑑別が終了した男子強盗少年」及び「一定期間内に死刑・無期懲役求刑の対象となった殺人・強盗事件」に関する全数調査である点で,意義を有するものと思われる。
以下では,平成15年版犯罪白書から,平成14年の犯罪の動向及び特集の結論部分について,その要点を紹介することとしたい。本稿中の意見及び評価のうち,白書における記述を超える部分は,いうまでもなく筆者個人のものである。
2 平成14年の犯罪の動向
(1) 刑法犯認知件数
我が国における刑法犯及び一般刑法犯(交通関係業過を除く刑法犯)の認知件数は,いずれも7年連続して戦後最多を記録しており,平成14年における刑法犯認知件数は約370万件,一般刑法犯認知件数は約285万件となった(図1参照)。
図1 刑法犯の認知件数・検挙人員・発生率の推移 (昭和21年〜平成14年) |
図1の1番上の折れ線(刑法犯認知件数)と2番目の折れ線(一般刑法犯認知件数)の間の部分が交通関係業過ということになるが,これを見れば分かるとおり,ここ数年の認知件数の急増は,交通関係業過というより,窃盗を中心とする一般刑法犯の増加によるところが大きい。
(2) 刑法犯検挙人員
検挙人員について見ると,刑法犯,一般刑法犯ともに増加傾向にあり,平成14年における刑法犯検挙人員は約122万人,一般刑法犯検挙人員は約35万人であった。
なお,一般刑法犯検挙人員の年齢分布について,過去30年間にわたる推移を視覚的に分かりやすく示す図表が,本年から新たに追加されている(白書1−1−1−5図)。検挙人員中,60歳以上の者の占める比率は年々上昇しており,30年前の昭和48年が2.4%であったのに対し,平成14年は初めて10%を超え,11.0%となった。行刑施設に目を転じると,受刑者中,60歳以上の者の占める割合は10.3%となっており(平成14年12月31日現在),刑事政策の分野においても,「高齢者対策」を考えなければならない状況にあることが見てとれる。
(3) 刑法犯検挙率
次に検挙率について見ることとする(図2参照)。刑法犯検挙率は,ここ数年低下傾向が続いていたが,平成14年は前年に比べて若干回復し,刑法犯全体で38.8%,一般刑法犯で20.8%となった。これは刑法犯認知件数の6割以上を占める窃盗の検挙率が15.7%から17.0%に回復したことの影響が大きい。ただし,窃盗を除く一般刑法犯の検挙率は,なお低下を続けており,14年は39.6%で戦後初めて40%を下回ることとなった。
図2 刑法犯の検挙率の推移 (昭和48年〜平成14年) |
3 特集―変貌する凶悪犯罪とその対策―
さて,ここで図1をもう一度ご覧いただきたい。平成14年においても刑法犯認知件数の増加傾向は続いているが,その増加のカーブはここ数年に比べてなだらかになっている。この傾向は特に窃盗において顕著であり,平成10年から13年まで毎年,対前年比で約12万件,12万件,22万件,21万件と大幅増を続けてきた窃盗の認知件数は,14年は約238万件で,前年に対する増加は3万件台(1.6%)にとどまっている。
このように認知件数の増加が若干弱まる兆候が現れる中,強盗の認知件数は増加を続けており,平成14年は6,984件(対前年比9.2%増)で,平成7年と比べると実に3倍を超える水準に達している。
ちなみに,ひったくりの認知件数も増加傾向が続いており,平成14年は約5万3,000件で,昭和48年(30年前)の約16倍,平成元年の約5倍となっている。大きな変動のないすりとの対比で見た場合,ひったくりの増加は極めて特徴的であると言ってよい(図3参照)。そのほか,平成14年は,建設機械等を使用してATM等を機械ごと盗み出し,機械内の現金を盗むという悪質な窃盗事件が57件(前年比48件増)と多発したことが紹介されている(白書14頁)。これらを見ると,手っ取り早く,荒っぽい犯行手口が増加しているとの感があり,強盗の認知件数の急増も,このような犯罪動向の一つの現れとして位置付けることが可能なように思われる。
図3 すり・ひったくりの認知件数の推移 (昭和48年〜平成14年) |
以上は,平成15年版犯罪白書のルーティン部分に掲載されたデータに基づいて,平成14年の犯罪動向を筆者なりに概観したものであるが,凶悪犯罪の動向を改めて特集テーマとして取り上げる必然性が御理解いただけることと思う。社会の耳目を集める凶悪犯罪の発生が後を絶たないところでもあり,本年の特集は時機にかなったものでもあると考える。
特集の内容の詳細については,是非とも犯罪白書本編をご一読いただくこととして,以下では,特集第7章,すなわち結論部分の要旨を紹介することとする。
(1) 変貌する凶悪犯罪の特質と背景・要因
凶悪犯罪の中で取り分け大きな変動があることが判明した強盗について,その変動の特質は以下の5点に集約される。
ア 少年を中心とした路上強盗の増加
近年,少年を中心とする路上強盗の増加傾向が著しい。路上強盗の増加は,コンビニエンスストアを始めとする深夜営業店舗や飲食店の増加により一般市民が深夜でも外出するようになったことに加え,少年犯罪に特有の背景要因として,@家庭の指導力の低下,A学校生活からの離脱・無職少年の増加,B少年の意識の変化などが指摘できる。
イ 成人を中心とした屋内強盗の増加
成人では,路上強盗と並んで屋内強盗,特に就寝前に侵入する「上がり込み」の増加が目立つ。成人の強盗の動機を見ると,遊興費充当とともに,生活困窮,債務返済を動機とするものが急増しており,その背景には,不況による無職者の増大や経済的破綻者の増加といった事情がうかがわれる。
ウ 暴力団と来日外国人による強盗の増加
暴力団の準構成員,来日外国人による強盗も増加している。暴力団については,暴力団対策法の規制を免れるため潜在化しつつある暴力団の末端の準構成員が,恐喝に代わる金品獲得手段として強盗を行っているものと思われる。また,来日外国人による強盗は集団化が進んでおり,大半が夜間の屋内侵入強盗で,店舗をねらった被害金額の高い大型犯罪も多いなどの特殊性がある。その背景には,来日外国人自体の増加のほか,職業的な強窃盗団の登場があるものと考えられる。
エ 大都市圏への集中と近接地域への拡散の兆候
強盗の認知件数は,東京・大阪等の大都市に集中しているものの,20年間における変動を見ると,大都市のベッドタウンを抱える近隣地域への拡散の傾向が現れている。その背景には,これらの地域は,匿名性の高い都市部に近接し交通の便もよい上に,人口の急増,防犯面の弱体化,夜間外出者の増加等の状況が現れたことが影響していると思われる。
オ 被害の増加と深刻化 強盗被害者の死傷者数は増加傾向にある。その要因としては,強盗犯に被害者の生命・身体を害することに対する抵抗感が少ないこと,多人数で強引に抵抗を排除するなど犯行が荒っぽいことなどが想定されるが,さらに,暴力に親和性のある暴力団関係者はもとより,共感性が乏しくエスカレートしやすい少年や生育環境等を異にする来日外国人による荒っぽい犯行が増加していることも,影響しているのではないかと思われる。
(2) 対策と課題
ア 防犯面での対策と課題
以上のような状況を受け,防犯面では,街頭緊急通報装置(スーパー防犯灯)の設置等のハード面,パトロール強化・犯罪に関する情報の市民への提供等のソフト面での施策の充実に加え,官民連携した防犯活動の更なる充実・発展が,急増する犯罪の防止につながっていくものと思われる。
イ 捜査・検挙面での対策と課題
殺人・強盗といった凶悪犯罪に対しては,被害者のためにも,また,同種事犯の再発を防止するためにも,迅速・的確な検挙と事案の真相解明が不可欠である。
その中でも,少年犯罪については,早期かつ的確に対処すれば再犯への道を封ずることが可能であるから,家裁・矯正・保護に十分な判断材料を提供するような捜査活動を行うことが,少年の自覚を促して更生意欲を高めるとともに,模倣性を遮断させ,他の少年による同種再犯の防止につながるはずである。
暴力団及び外国人による犯罪については,銃器の取締りとともに,収益剥奪等を活用した組織の弱体化,捜査情報の集積と共有化,不法入国者等を水際で阻止する態勢等の充実強化等を図ることが重要である。
また,強盗につながる可能性の高い暴力的な窃盗を,集中的・徹底的に検挙することが,強盗を未然に防止し,被害の拡大を食い止める一つの方策になると思われる。
ウ 処罰面での課題と対策
悪質重大な事犯に対しては,被害者感情にも十分配慮しつつ,厳しい量刑で望むことが必要である。また,少年の凶悪犯罪については,早期に犯罪の芽を摘むという観点から,適切な措置がなされるように努めることが必要である。
エ 矯正施設での処遇と保護観察所での対策と課題
行刑施設では,被害者の視点を取り入れた教育を実施して受刑者に内省を促し,罪の意識を覚せいさせる指導等を実施しているが,このような地道な処遇の充実が,結局は再犯の防止・減少へつながる契機となると思われる。また,保護観察対象者についても,学校や地域社会等との協力関係を維持拡大しつつ,社会復帰指導を一層充実発展させることが再犯防止につながることにもなると思われる。
オ 刑事司法関係以外での対策と課題
少年犯罪に対しては,家庭(親),学校,地域社会が関係機関と協力し,豊かな人間性のある少年を育成する方策を官民一致して考える必要がある。また,成人・少年を問わず,無計画な借入れや消費によって経済的破綻者となることのないように,関係する教育・広報を充実させ,相談窓口を拡充することなども凶悪犯罪の道に入らせない一つの方策となる可能性がある。他方で,薬物,手錠,スタンガン,催涙スプレー等犯罪に悪用されがちな物品の拡散については留意する必要があるのではないかと思われる。
(3) 結語―凶悪犯罪の少ない住み良い社会を求めて
凶悪犯罪の増加の要因は複雑で様々な要素が絡み合っており,特効薬のような対策は存在しないが,他方で,適切な対策が今ほど望まれている時期もない。
治安対策にはそれ相当のコストが必要であり,現下の犯罪情勢に適切に対応するには,刑事司法機関等の人的・物的体制の整備等,刑事司法の充実を図ることが何よりも重要である。
次に,しつけと教育の問題が重要であり,思いやりの心と規範意識をかん養することを,少年犯罪対策を考える上で基本に据える必要がある。また,少年の心身に悪影響を与え,非行に走る一因ともなる児童虐待や配偶者からの暴力(ドメスティック・バイオレンス)についても,その防止を図る必要がある。
第3に,地域社会の絆の復活と社会環境の整備も重要である。安全で安心できる社会の実現のためには刑事司法だけでは解決困難な問題が少なくなく,刑事司法関係諸機関,関係官庁,家庭・学校・職場・地域社会,ボランティア団体等すべての組織・個人が,お互いの垣根を越えて一致協力し,知恵を出し合いながら,凶悪犯罪を防止する努力を続けていくことが肝要である。