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社会変動と刑事政策 ―平成15年版犯罪白書を読んで―
鮎川 潤


はじめに
 読者が要望する情報を提供しつづける一方で,新しい工夫を取り入れるのは容易ではない。犯罪白書はその課題に果敢に挑戦し続けているように思われる。長年にわたって既存の様式になじんだ読者からは,その慣習を守ることが期待される。他方,社会と犯罪状況は大きく変動しつつある。中身を欠くパフォーマンスのほうが一般受けする時代状況において,実質と内容を重んじる犯罪白書は時代の重要な道標になっている。

T.概説:平成14年の犯罪の動向
 1.女性犯罪
 例年,犯罪白書の4分の3を使って犯罪の動向について紹介される。そうした概要のなかで新たに設けられた項目がいくつかある。読者にとって予期しなかった情報が提供されており,ちょっと得した気分にさせてくれるかもしれない。今年は,そんな一つが,第1編第2章の女性犯罪の節だ。
 少年非行について,窃盗で見る限り男子が70.7%を占めており圧倒的に多い。しかし,万引きの検挙人員については性差がほとんどないことに気づかせてくれる。男子53.1%に対して女子は46.9%だ。また,女性の刑法犯のうちで,恐喝,傷害などは少年の比率が高く,女子非行少年の粗暴化に思いをいたらせてくれる。60歳以上の女性の刑法犯が増加していることも注目される。こうした新たな着眼点をもたらしてくれる節の創設は大歓迎だ。それがさらに開花していくことを祈りたい。

 2.犯罪率上昇の鈍化
 近年犯罪や少年非行に関する暗いニュースには事欠かない。人々は暗澹たる気持ちに襲われる。ただ,犯罪白書の概要から,平成10年以来急激な勢いで増加する傾向にあった認知件数の増加率が,昨年度はようやく低下傾向になったことが示されている。今後の動向が注目される。意外なことに,一般検挙人員における20歳未満の少年の割合が平成9年以来減少傾向にあったことも示されている。

 3.住居侵入・器物損壊
 人々の犯罪の被害にあうのではないかという恐れ,自分や家族が被害者になるのではないかという不安感は高まるばかりだ。そうした被害者化されてしまうことへの懸念は,路上におけるひったくりや強盗の増加にもよるが,住居侵入は住民の不安をかき立てるものであろう。これは強盗よりも一桁上のオーダーの確率で認知されている。家の中にいても犯罪の被害にあうかもしれないという不安は,いったいどこにいたら安全なのか,安心できる場所はどこにもないという気持ちにさせる。刑事政策を担う機関としてはぜひとも対策を迫られているといってよいだろう。
 住居侵入に加えてさらにもう一桁上のオーダーで器物損壊の被害が届けられている。民家が,店が,あるいは街が壊され,汚されていく。経済不況とあいまって,人々に不気味な不安感を与え,暗い気持ちを募らせるものと考えられる。財産犯は,熟練的でプロフェッショナルな犯罪から非熟練的で短絡的な犯罪へと移行してきたように思われている。しかし,すりの検挙人員も昭和48年以降減少しているわけではないことに白書は気づかせてくれる。ほぼ定常的なすりに対して,平成8年以降ひったくりの認知件数が急増したことがあらためて認識される。(図1-1-1-11)。ひったくりの認知件数は空き巣の約3分の1であるが一歩まちがえば被害者に身体的な被害がおよぶ危険な犯罪でもある。地域社会において人々が安心して生活できる環境が回復され保持されることを願いたい。

 4.少年の福祉犯
 例年,統計的に興味深い数値を示すのが,少年の福祉犯関係だ。平成11年,児童買春・児童ポルノ禁止法が施行された。しかし,この児童買春・児童ポルノ禁止法の検挙人員と青少年育成条例違反の検挙人員を合計した数値が,従来の青少年育成条例違反の数値となっている。おそらく,この検挙人員は社会統制機関のキャパシティが影響しているのではないかと推測される。ただし,生活安全課や少年課の警察官が増員されるように聞いており,法改正によって法執行が容易化したり,非常に注目される事件が起きて取締りへの社会的要請が高まれば,検挙人員は来年度以降変化することも予想される。

 5.来日外国人の犯罪
 来日外国人による犯罪は,国際化の進展するなかで日本が新たな対応を迫られている重要課題だ。来日外国人犯罪の場合,窃盗といっても侵入盗が多く,被害者の恐怖感の大きさ,被害者が身体的被害を受ける可能性などから一般住民の不安感が高い。
 来日外国人犯罪については,国別に数値を示すにとどめるのではなく,ビザの種類別の内訳の提示や国別と罪種別のクロス集計表の提示があってもよいように思われる。
 来日外国人犯罪の節では,刑務所で日本人とは異なる処遇を必要とするF級新受刑者が前年より4.9%増加し,中国人は41.0%を占めていることなどが示されている。保護観察については,中国,イラン,ブラジルの順で多いことが示されている。おそらく一般の読者にとっては,親が就労資格を持って日本で労働するために来日し,その際に同伴した日系のブラジル人少年などの場合については理解できても,最も多くを占める中国人の場合なぜ退去強制とならず保護観察となるのか不思議に思う人々もいるのではないかと思われる。白書では本文の箇所にあわせて用語説明のコラムが設けられていて非常に親切なので,こうした疑問に答える記述やコーナーが設けられると,読者によるいっそうの理解を促進するに違いない。
 また,100%を超える収容率のもとで多数のF級受刑者をかかえることが,矯正施設にとってどのようなことを意味するのか,刑務官の負担がどれほど増大しているのか,などについての記述があってもよいように思う。法執行機関から,検察,裁判,弁護,矯正,更生保護など,犯罪の端緒からその最後のプロセスまで幅広くカバーしている法務省ならではの白書の内容となり,重要な情報提供がもたらされることといえよう。第3編で「刑事司法における被害者への配慮」について好ましくも1章が設けられているが,わが国にとって新たな対応を迫られている課題についてはより詳しい記述がなされることが期待される。

 6.国際的視点から注目される変化
 過去5年間の第1審の死刑判決が年平均8人であったのに対して,平成14年は18人となっており,死刑判決が増加したことは国際的な観点から注目される。無期懲役は平成5年から平成10年以前は50人以下であったのが,その後50人以上となり,平成14年には98人となっている。これはわが国において凶悪な犯罪が増加しているためと考えられるが,あるいはそれに対処するための検察庁ならびに裁判所の姿勢を示しているとも推測される。

 7.高齢受刑者の増加
 受刑者のうちで60歳以上の者が占める割合は10.3%となった。60歳以上の新受刑者数は10年前の2.3倍になった。筆者がぜひともお願いしたいのは高齢受刑者の国際比較の表である。外国人受刑者の増加への対応も喫緊の課題であるが,高齢化がわが国の刑事政策において特徴的――あえていえば「特異」――な現象であり,世界的にみてわが国が最先端の課題に直面しており,待ったなしで取り組むべき重大な問題であることが明らかになるであろう。
 私事にわたって恐縮だが,教育上の必要から,筆者は毎年数多くの社会福祉施設の現場を訪ねる。そこではどのくらいのマンパワーが導入されており,職員と施設生活者との比率がどうなっているのか,痴呆となった高齢者を職員がどのように介護しているのかを目の当たりにしてきている。法によって刑務作業を課すことが定められている矯正施設においても,高齢受刑者の健康維持のために,医療や福祉の面で多くのサービスの提供を強いられているのではないかと思われる。あえていえば,現場ではほんらい矯正組織が担うべき業務以外の仕事も行わざるをえない状況となっているのではないかと推測される。
 今夏,アメリカ合衆国へ出張した際に買ってきた本がある。『高齢化する受刑者:アメリカ矯正の危機』(注1)というタイトルで,とうとう外国でもこの問題への取り組みが火急になったのかと期待して読み始めたが,よく見ると,2002年現在で州刑務所における50歳以上の受刑者が8.2%で,長期刑化によって高齢受刑者の増加が予測されるものの,過去10年間で50歳以上の検挙人員が増加したわけではない。
 刑事政策はその国の社会構造,社会状況にあったものを採用すべきだ,また各国の刑事政策はその国独自の取り組むべき課題を持っている,というのが筆者の持論だ。どこの国にも起こっていないことがわが国の行刑の領域では起きており,それが受刑者の高齢化だ。高齢受刑者の増加に対して早急に抜本的な対策を立てる必要があるといえよう。対策を実行しても数年後にしかその効果が現れることがないのが高齢者に関わる分野の特徴でもあるのだから。

U.特集:変貌する凶悪犯罪の検証と対策
 1.強盗の犯行時間
 本年の特集で,暴力的色彩の強い犯罪9罪種のうち暗数の少ない罪種にしぼって深く掘り下げるというのは有意義な試みである。(ただし,筆者は,「暗数」という捉えかたには,より相互作用に注目した別の認識論的な捉えかたがあるように思われるが,いづれにせよ本年のインテンシブな考察を歓迎したい。)何よりも目を引くのは,平成8年以降の強盗の増加と検挙率の低下であり,強盗致傷の増加でもある。
 強盗のうちでは路上強盗の増加が著しい。路上強盗の割合は,17.7%(昭和58年),28.0%(平成5年)であったのが,平成14年には41.4%にまでなっている。  テレビのニュースや新聞の報道を見ていると,コンビニエンスストアに押し入る強盗は深夜を狙っているようだが,路上強盗は夕方,あるいは白昼に起きているような印象を受ける。ところが,特別調査からは,22時から翌日2時までの時間帯の強盗が昭和58年には19.6%,平成5年には26.2%,平成14年には28.9%と増加しており。22時から6時まで見ると,昭和58年42.0%,平成5年47.1%,平成14年51.3%と過半数までに増加していることがわかる。このような事実が指摘されることによって,人々も適切に注意を払い,また法執行機関も適切な防犯シフトや対応策を考案することができるだろう。「市民が深夜時間帯に屋外を歩く機会も増大し,これを狙った強盗が多発するようになったものと思われる」という一言は非常な重みを持っている。

 2.少年強盗増加の契機
 少年による強盗は今回の特集の眼目の一つであり,どのように当初の予測よりも結果がエスカレートしたかの調査をはじめとして興味深い内容と知見が示されている。筆者も,情報化の進展,少年たちの生活世界の変動などと関連させて論じたいところだが,スペースの制約もあり,ここではただ一つだけ,時系列のグラフの重要性を確認しておくこととしたい。
 図5-3-2-2ならびに図5-3-2-12である。これを見ると,平成8年から平成9年へかけて少年の強盗の検挙人員は1,068人から1,675人へと一挙に1.6倍に増加した様子が示されている。その増加がどれほど激しいものであったかにあらためて目を見晴らされるとともに,あえていえばそれが不自然なものであったことが分かる。フーコーらが唱えるような歴史上の認識論的断絶が起こり,突如として少年たちの行動が激変したかのごとくである。
 しかしながら,このグラフは,強盗もまた犯罪を行う者とそれを取り締まる者との相互作用のもとで生み出されるものであることにあらためて気づかせてくれる。それは例えば図5-3-5-4に示される大阪府における少年の非侵入強盗の検挙人員人口比の突出傾向を見れば明らかとなる。図5-3-5-6など各県別の強盗の検挙人員,少年の検挙人員などを見る場合には,もともと強盗の少なかった県では数件増加しただけで,数百パーセントの増加となることに注意する必要もある。また社会の耳目を集めた少年事件が起きた県において,その後少年の強盗の検挙人員が増加している県もあるように見受けられる。したがって「大都市のベッドタウン地域を抱えて人口増加が激しい都府県」あるいは「夜間に営業している店舗・飲食店が多く,通行人も多い大都市」等だけによって説明がつくというわけではないように思われる。

 3.高齢者犯罪の「凶悪化」!?
 特別調査の一環として,殺人と強盗に関して昭和48年から平成14年に至る年齢階層別の時系列のグラフが掲載されている。
 平成14年における60歳以上の殺人の検挙人員は222人,同じく60歳以上の強盗の検挙人員は143人である。昭和48年の殺人と強盗の数値は残念ながら提示されてはいない。しかし,目測で恐縮だが,殺人については80人を越えているようには思われないし,強盗については10人を切る検挙人員と思われる。
 高齢人口の増加のために,人口比で大きな変動がなくても実数として顕著となることはいうまでもない。ただ,60歳以上の殺人検挙人員人口比は0.7であるが,これは14歳以上20歳未満の殺人の検挙人員人口比と大きな違いはない。このような表現は不謹慎かもしれないが,どちからといえばエネルギーが沸騰している血気盛んな,社会化が不十分な段階にある14歳以上20歳未満のティーンエージャーと,60歳以上で80歳あるいは90歳以上の人生の晩期を迎えられた人をも含み,さらには女性の割合が多数を占める年齢層における殺人を犯す人口比に大きな違いがないというのは穏やかではない。これを60歳代,70歳代,80歳代というように10歳区分で提示したならば,60歳代の殺人率は少年を上回るのではないかと思われる。なお60歳以上の殺人の被害者数が増加していることも注目されるべきであろう。
 60歳以上の強盗の検挙人員は,平成8年から激増した少年とは異なり,過去19年間にわたって順調な増加が示されている。幸いなことに人口比の数値は平成14年において0.5と少年よりもはるかに小さい。しかしながら,総務省統計局の人口推計によれば,わが国の昭和48年の60歳以上の人口は1,227万人,平成14年9月のそれは3,160万人である。人口増加が2.6倍に対して,強盗の増加は17.9倍となっている。

おわりに
 従来注目されることが少なく,また今回の犯罪白書でも十分に触れられてはいないわが国における高齢者犯罪ならびに高齢者における凶悪犯罪の増加の一端を特別調査の結果から検討した。(注2)高齢社会の到来とともに,統計の取られかたも,年齢区分をはじめとして変えられる必要があるだろう。そのことによってより適切な刑事政策を考案することができるのではないだろうか。
 新年度の犯罪白書が発行されるたびに増加が報告される高齢受刑者の数値は,刑務所を老人ホームの代替物とさせてはならないことに思いを新たにさせてくれる。将来,人権問題として国際的な非難をあびる可能性のある事態は早めに回避する手立てをとっておく必要があろう。エイジングが暴力衝動や反社会的行動と逆相関関係にあると考えられていることから,犯罪は社会の高齢化の影響を受けないように思われても,着々とその足音は矯正という重要な責務を担当する法務省に迫ってきている。
 信頼に足るデータと分析を提供しつづける犯罪白書にかかる期待は大きい。社会の変動を見すえ,その付託に今後とも答えていってくれることを祈りたい。


 1)Aday, Ronald H., Aging Prisoners: Crisis in American Corrections, CT, Praeger, 2003.
 2)高齢者と犯罪については,すでに30年前に辻村義男,西村春夫両氏によって『老人と犯罪―せまりくる老齢化社会のために―』(A.マリンチャック著,成文堂,1983年)が監訳されている。そこでは,被害者としての高齢者について考察するとともに,コミットする犯罪として窃盗,詐欺,酩酊があげられている。

(金城学院大学)

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