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犯罪白書
暴力的色彩の強い犯罪の現状と動向
―平成14年版「犯罪白書」から―
―平成14年版「犯罪白書」から―
大橋 充直
1 はじめに
我が国の刑法犯認知件数は,平成8年以降,連続して戦後ワースト記録を更新し,平成13年では358万件を越えた。一方で一般刑法犯(交通関係業過を除く刑法犯)の検挙率は戦後初めて20%を下回った。このうち認知件数の約86%を占める窃盗及び約5%を占める器物損壊の検挙率の低さが全体の検挙率の低下を招来させる要因であるが,身体的被害を伴うことが多い強盗の検挙率が低下したのは気掛かりな動向である。もっとも,入手し得た12年までの資料の範囲内で主な欧米諸国と比較すれば,我が国は,主要な刑法犯の認知件数と発生率が共に低い。その限りでは,今なお安全な国の一つと思料されるが,検挙率の急激な低下は,その安全を脅かす兆候であり,決して楽観視することは許されないであろう。
こうした状況にかんがみ,昨年の白書では,増加する犯罪の中から,窃盗,交通犯罪,薬物犯罪及び外国人犯罪に焦点を当てて分析を試みたところである。本年も,昨年に引き続き,他に増加がとみに顕著な「暴力的色彩の強い犯罪」として,強盗をはじめとする9罪種に焦点を当てて,凶悪重大事犯である殺人と比較しながら,その現状と動向を分析した。
これらの暴力的9罪種の現状と動向を分析することは,この種の犯罪に対する種々の刑事政策を策定する上でも有益と思われ,今後の施策のための資料を提供するため,本特集を組んだ次第である。
以下,刑事政策的施策を有効適切に講ずる上で,特集の分析・検討の結果が少しでも参考になればと考え,特集の要旨を紹介する。
刑法犯の認知件数・検挙人員・発生率の推移 |
(昭和21年〜平成13年) |
注 警察庁の統計及び総務庁局の人口資料による。 |
暴力的9罪種等の認知件数の推移 | ||||||
(昭和49年〜平成13年) | ||||||
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2 暴力的9罪種の概要
暴力的9罪種は,身近な生活場面で生起する犯罪である上に被害者の心身に与える影響は深刻なものと思われる。これらの罪種に関しては,戦前から各種立法で,死傷結果が生じた場合や危険な態様について重罰化が図られてきた。しかし,過去6年間において,暴力的9罪種の認知件数は増加の一途をたどるのみならず,窃盗と交通関係業過を除く刑法犯の認知件数の増加部分のほとんどは,暴力的9罪種の増加分で占められるに至っており,その検挙率は,平成元年に60%を割り,13年には,23.2%まで低下した。
3 認知・検挙状況から見た動向
暴力的9罪種の認知件数は,前年より7万5,182件増加したが,いずれの罪種でも,平成8ないし10年ころをターニング・ポイントとして顕著な増加を示しており,これに検挙件数や検挙人員の増加が追いつかず,その結果,検挙率の急落を招いている。罪種としては,器物損壊と住居侵入の認知件数が急増したほか,物取りを目的とした強盗や恐喝等の認知件数の増加が目立っている。
暴力的9罪種のうち,被害者の死傷結果の統計が存する殺人,強盗,恐喝,強姦及び強制わいせつ(但し,恐喝は負傷結果のみである。)を見ると,認知件数の急増に伴い,死傷被害者数が増加を示している。平成13年において,強盗では,死傷被害者総数が3,218人(前年比575人増),そのうち死亡被害数が80人(同18人増)であり,重傷者は昭和49年以降で最高の301人(同25人増)に達している。恐喝では,負傷被害者数が急増したのみならず,認知件数当たりの軽傷者・重傷者の割合がいずれも上昇傾向にある。
被害者と被疑者とが面識を有する比率を見ると,殺人は85%から90%の間を推移しており,各年に大きな変化は認められない。これに対し,暴力的9罪種では,強盗を除き,おおむね平成7,8年ころから,面識率が上昇する傾向にある。そのうち,傷害や暴行等では,被害者が親族である割合も同様に上昇している。これらを総合すると,面識を有する者や身近な親族を対象とした暴力的事犯が増加していることが認められる。
殺人及び暴力的9罪種(住居侵入を除く。)について,犯行場所の推移を見ると,屋外(駐車場,駐輪場,道路,広場等)における犯行の比率(屋外比)の上昇が目立っている。強盗では,平成12年に屋外比が約50%になり,恐喝では,13年の屋外比が70%近くに達している。性犯罪の屋外比を見ても,13年では,強姦が30%近くに達し,強制わいせつは50%を越えている。
犯行に際して凶器を使用する率(凶器使用率)を見ると,強盗では,ほぼ50%台を推移しているため,認知件数の急増に比例して凶器を使用する事犯が増加している。しかし,傷害や暴行では,凶器使用率が低下傾向を示しており,認知件数の急増に関わらず,凶器使用件数はさほど増加していない。脅迫では,凶器使用率が20%台を推移しているものの,刃物を使用する率が急上昇しているため,傷害や傷害致死に発展する畏れが否定できない。
共犯の状況を見ると,平成13年において共犯率が高い犯罪は,恐喝や強盗であり,低い犯罪は,強制わいせつ,暴行及び殺人である。強盗の共犯形態を子細に見ると,単に共犯化が進行しているだけではなく,多人数化の傾向が認められる。昭和62年と平成13年を比較すると,強盗の検挙件数が約2倍に留まっているのに対し,3人共犯が約3倍(279件),5人共犯が約4倍(110件),6人以上の共犯は約8倍(118件)に増加した。
殺人及び暴力的9罪種の年齢層別人口比(人口10万人当たりの検挙件数)の推移を見ると,近年,殺人,脅迫,強姦及び強制わいせつを除く罪種において,成人よりも少年の方が高くなっている。年齢層別に見ると,50歳代と60歳代では,全ての罪種で上昇傾向を示しており,特に,強盗,脅迫,強制わいせつ及び器物損壊の増加が目立っている。
来日外国人の検挙人員に注目すると,昭和60年ころから増加傾向を示しており,罪種別では,強盗及び住居侵入の増加が目立っている。検挙件数に占める来日外国人の構成比は,昭和60年には全ての罪種で1%未満であったものが,平成13年では,強盗が7.5%,殺人が4.4%及び住居侵入が2.6%に達している。
4 検察・裁判における動向
検察庁の終局処理人員を見ると,殺人は,平成期に入っておおむね1,300人台〜1,800人台で推移しており,ここ数年の起訴率も60%前後の横ばいである。強盗は平成5年ごろから,処理人員が増加しており,この増加に歩調を合わせるように起訴率も上昇傾向にあり,5年には80%を越え,11年以降は85%を越えた。また,性犯罪は,終局処理人員の増減に関わらず,起訴率が長期的には上昇傾向にある。強姦の起訴率は,昭和50年代が50%台であったものが,60年以降は60%台となり,平成5年以降は,60%台後半で推移している。強制わいせつの起訴率は,昭和50年代前半が30%台,同後半が40%台と上昇した上,平成に入ると50%を越えようになり,ここ2,3年は,60%前後を推移している。
裁判所における量刑は,殺人及び強盗の執行猶予判決を除き,おおむね実刑判決及び執行猶予判決の言渡し刑期が長期化する傾向がうかがえる。一方,執行猶予率を見ると,殺人及び強盗では,おおむね横ばいであるが,その他の罪種では,強姦を除き,おおむね上昇する傾向が認められる。
強姦では,執行猶予判決及び実刑判決ともに刑が長期化するのみならず,執行猶予率がおおむね低下しており,性犯罪に対する重罰化が進んでいることをうかがわせる。
5 矯正・保護における動向
矯正施設においては,平成8年ころから,傷害,強盗,恐喝,強姦,強制わいせつ及び住居侵入等の新受刑者の増加が目立っている。また,来日外国人の新受刑者で見ると,強盗の急増が著しい。
殺人及び暴力的9罪種について,新受刑者に占める再入受刑者(行刑施設への入所回数が2度以上の者)を見ると,再入受刑者の構成比が低下し,その分,初めて行刑施設に入所する者(初入受刑者)が増加している。
少年矯正の動向を見ると,昭和57年と比較して,家庭裁判所終局処理人員の少年院送致人員が増加した罪種は,殺人,強盗,傷害,恐喝及び強制わいせつである。増加した罪種について,昭和57年を100とする指数で見ると,平成13年では,強盗が414,傷害が279,強制わいせつが268,殺人が256の順となっている。
殺人及び暴力的9罪種(器物損壊を除く)の保護観察新規受理人員の動向を見ると,少年(保護観察処分少年及び少年院仮退院者)においては,強盗,傷害,恐喝が増加しており,保護観察処分少年について近時は,住居侵入や強制わいせつも増加傾向を示している。
成人(仮出獄者及び保護観察付き執行猶予者)では,受理人員が最も多い傷害を見ると,平成7年前後までは長期減少傾向が続いた後,増加傾向に転じている。仮出獄者の強盗等も,同様に七年以降で増加傾向が見られる。保護観察付き執行猶予者では,強制わいせつ及び住居侵入が急増している。
6 むすび
認知件数の顕著な増加を示す暴力的9罪種の現状や動向を総合すると,@犯罪の内容面では,強盗・恐喝等の物取りを目的とした犯罪,特に模倣性の高いコンビニ強盗や路上強盗が増加していること,A犯罪の態様面では,死傷被害者数の増加や多人数による共犯化が進行するなど,犯罪の凶悪化や集団化の傾向が認められ,また,屋外における犯行,面識者に対する犯行が増加し,衝動的・短絡的な犯行が増加していると推測されること,B犯罪者の属性では,高齢者による犯罪が増加し,来日外国人による凶悪犯罪が依然として多発していること,C犯罪者の主体面では,初犯者というこれまで犯罪経験のない一般市民にまで犯罪を起こす者が拡散しつつあること,D地域性の面では,犯罪における地域性が希薄になりつつあり,粗暴犯の中核をなす傷害が全国的規模で急増していることなどが指摘される。
このような暴力的9罪種の現状と動向は,その背景要因として,地域社会や家庭・学校の教育機能といった伝統的な犯罪抑止要因の機能が低下しているのではないかと考えられる。
こうした犯罪情勢に対しては,公的機関の対応のみでは限界があり,官民の協力体制の構築が重要である。また,社会情勢の変動,国際化,少子高齢化の進展,科学技術の加速度的な発展などにより,従来の価値観や枠組みでは想像できない犯罪の出現なども視野に入れる必要がある。こうした近未来の犯罪情勢をも想定し,地域社会,刑事司法機関,犯罪防止に関わる民間組織などが,その連携と相互理解を深めながら,安定した社会を築くための努力が求められている。
(法務総合研究所研究官)